21
大勢の人がひしめき合う沢山の音が耳に入ってくる。
通りの幅もかなり広く、露店も並んでいて買い物客でごった返していた。
その広く大きな通りに居る人達に話しかけて魔道士学校の場所を教えて貰い、その場所にやっとの事でたどり着けた。
西側の街にある一帯に更に壁で囲まれている地域があった。
門もなく警備もいない入り口からは、中の建物や運動場が丸見えになっている、だが建物にも運動場にも人は居らず静かな物だった。
「休みなのかな?」
中の様子を窺うが誰も人っ子一人いない。
「どうしよう、誰もいないんだけど……」
一歩敷地内に足を踏み入れると、雰囲気が一瞬で変わった。
「……あっ」
運動場に人が溢れていた。
皆一列に並んで魔法の練習をしている。
建物の通路にも人が歩いているのが見え、教室の窓には授業をしている人が大勢座っている。
「なんで……」
外からは誰もいないように見えたのは確かだった、それに要は振り返って外の様子を確認すると、外からの雑音も聞こえてこなかった。
学校の外を見れば通りに人が歩いているのは見えるが音は聞こえてこなかった。
「不思議だ」
「君、何をしてるんだ、どこの組みの生徒だい」
突然、声を掛けられ驚く。
振り向くと一人の男性の魔道士が立って陽太を見ていた。
黒いローブとフードを身につけて目元は垂れている髪で隠れていたが、口元は若そうで肌に張りがありとても落ち着いた声をしていた。
「え、いや……僕はここの生徒では……」
これが魔道士学校なんだと陽太は思った。
「私はここの教師です、君は何故ここに入っているんだい、出て行き給え」
「いや、そうじゃなくてここの学校に入りたくて来たんだよ」
「入学試験はとうに終わってるよ、来年また来てもらえるかな」
冷静に陽太の対応する姿に戸惑いながらも食い下がった。
「僕どうしてもここに入りたくて南のヴァンって国から長い旅をして来たんだ、どうか入学させてよ?」
「と、言われましても規則ですので、それに私にはその権限もありませんのでどうかお引き取りを」
男はやれやれと言いたげに断った。
「……でも、どうしても入りたいんだ、ここの校長にお話させてよ?」
「魔道長はお忙しいので無理です、さぁ」
男が陽太の腕を掴み、外に追い出そうとした。
「僕、魔道士になりたいんだ」
陽太が大声で叫んだ。
その様子を運動場で練習をしている生徒達が何の騒ぎだと、一斉に振り向いて二人を見ていた。
「大声を出さないでください、授業の邪魔になります」
「だってとても長い時間掛かってやっと来たんだ、それなのに、やめて……」
陽太が腕から逃れようと暴れるが、力の差がありすぎて振り解くことが出来なかった。
「騒ぐなら力ずくで追い出しますよ、ここでの私達には力を行使する権限はあるのですから」
「だって……僕はここに入る為に、オルサが僕に期待してたんだ、こんなことで一年も待ってられないよ」
「それは君の事情で、私達には関係のないことですよ」
「……」
なおも腕から逃れようと暴れる陽太を見かねて、男が詠唱を唱えた。
瞬間、陽太の体に電撃が走る。
「…………あっ」
体がこわばり、その場に崩れ落ちた。
「全く世話の焼ける……」
地面に倒れた陽太は意識があるものの体が痺れて動くことが出来なかった。
その目には悔しさの涙があふれて流れ出ていた。
「待ちなさい」
陽太の耳に今までの男の声とは違う別の男性の声が聞こえてきた。
「どうしたのですか、その子は?」
「いえなんでもありませんよ、良くいるんですよ規則も守らずにここに入りたいと言う者が」
「あ……ああっ」
「まだ小さい子供ではありませんか、厳しすぎではありませんか?」
「いえ導師、これぐらいなんてことはありません、ヴァンから来たという田舎の子供なんてどうせろくでもない身分ですよ」
「貴方はすぐ身分だの身なりだのと言いますね、この子が折角遠くから来てくれたのに、もう少し優しく出来ませんか」
聞こえてくる声の主は穏やかで丁寧に話していた。
「その子を医務室に連れていってあげて下さい、私が話を聞きます」
「ですが導師……」
「……早く」
穏やかだが言葉に反論を寄せ付けない力強さがあり、陽太は抱きかかえられて医務室に運ばれ寝台に寝かされた。
陽太は言うことの聞かない身体に力を入れて起き上がろうとすると、隣に座った導師と呼ばれた男が陽太を止める。
「もう少し寝てなさい、こんな子供に無茶をする、大丈夫ですよ貴方の話は私が聞きましょう」
陽太は男の言うことを聞いて力を抜いた。
「私は魔道士学校の上級魔道士のメイザスです、貴方の名前を教えて貰えますか」
陽太が頭を何とか動かしてメイザスに向けると溜まっていた涙が頬にこぼれた。
「泣かなくても大丈夫ですよ」
メイザスの面長で優しそうな目がにこりと笑った。
「……ぼっ……僕は、バ、バルート……です」
話を聞いてくれると言ってくれただけでも嬉しくてまた涙が溢れてくる。
「ではバルート君、痺れが治ったらまた来ます、それまでここでゆっくりしてなさい」
メイザスは立ち上がって部屋を出て行った。
陽太は一安心して痺れが取れるまで横になったままじっとしていた。
外では魔法の音なのか爆発音や光が部屋に入ってくる、ここでの音を外に漏れないように学校に何らかの結界でも張ってあるのかと感じながらメイザスがやってくるのを待っていた。
暫くして陽太は自由が利くようになると起き上がって身体を調べていると、メイザスが部屋にやって来た。
「もう大丈夫みたいですね」
「うん、もう痛くもない」
メイザスが椅子に座ってじっと陽太を見た。
「バルート君、自己紹介は出来るかな?」
「うん、僕はミナド・バルート、今年で十……五歳、南端の国のヴァンから来たんだ」
「十五? これはこれは失礼、子供だと思ったら十五でしたか、もう少し若いのかと思ってました」
「ううん、いつもそう見られるから気にしてないよ」
「では、何故ああまでしてこの学校に入りたかったのですか? 来年また受ければよろしいのではないですか」
「駄目なんだ、僕は早く魔道士になりたいんだ、待ってる人がいるし僕が魔道士になるのを願ってエスタルに行ってこいと送ってくれた人の為に頑張って長い旅をしてきたんだ、大事な人は死んじゃったし、色んな危険な目にも遭ったけど、これから生きていく為の指標となる人とも出会ったんだ、それなのにここに来て一年待てだなんて……」
陽太の熱弁を口を挟まずにメイザスはじっと聞いていた。
「僕にも入学試験をさせて欲しいの、どんな事をしても入りたいんだ」
メイザスは目を閉じていて、陽太には自分の真剣さが伝わったのかは判断できなかった。
陽太にとってはエスタル王国に知り合いもつてもない状況では、ただの他人でしかなく、特別扱いされる理由もなかった。
素性の知れぬ人間を入れてしまって、例え今熱心に自身を語った所で入学したら態度が変わる人物だったとしたら入学を認めた者の責任が問われてしまう。
人を見極めるにも情報が少なく、信用するに値しない者をどうするかメイザスは迷っているようであった。
どんなに自分が真剣に語っても現時点で信じて貰えないことは陽太にも分かっていた、だが今出来ることはお願いするしかなかったのだ。
「一つだけ叶えてあげられることがありますが、もしそれに失敗すれば今年は諦めてまた来年、来てくれますか?」
目を開けたメイザスが真っ直ぐ陽太を見る。
「うん、どんなことでもするよ」
「あとでこんな事は卑怯だと言わないようにお願いしますよ」
「うん、言わないよ」
「分かりました、上に掛け合って貴方の入学試験を行ってもらいましょう、ではここでもう少し待っておいて下さい」
またメイザスが部屋を後にして出て行った。
(やったあ、試験を受けられる、少なくとも受けられないより入れるチャンスは残ったんだ)
これから受ける試験がどんな無理難題であろうともそれをクリアするしかないのだ、オルサに教わった全ての力を出して絶対合格するんだと陽太は自分自身に言い聞かせていた。
小一時間後、メイザスが数人の人達を引き連れて部屋にやって来た。
「バルート君、こちらはこの魔道士学校の魔道長デモス・ホルパトゥス導師です」
「こんにちは」
眼鏡を掛けた初老のデモス導師が陽太に声を掛けた。
白髪交じりで額に深い皺があったが肌はまだ張りがあり、年寄りと言うにはまだ早そうであった。
「それとこちらはロマリス魔道士とキリング魔道士、二人とも中級魔道士でここの教師をしています」
「こんにちは」
二人ともフードを降ろして顔を見せていた。
まだ若そうな二人は愛嬌のある顔で同じように挨拶をしてきた。
「こんにちは」
陽太も二人に挨拶を返した。
「この三人と私で君の審査を行います、この試験は普段の試験とか異なり特別と言うことで皆様に来て頂いておりますので試験内容は厳しくして頂きます、それに合格すれば明日から晴れてこの学校の生徒として扱いましょう、ですが不合格であれば来年もう一度来るか諦めるかは貴方次第ですよ」
「うん」
陽太は首を縦に振った。
「では、こちらに」
陽太は校庭に連れて行かれて、外に置いてあった沢山の置物に注目した。
「ではまずバルート君の属性検査を行いましょう」
「あっ僕、水と光だよ」
「もうお済みでしたか、どこでそれを?」
「魔法を教えてくれたおじいさんに調べて貰ったよ」
「魔法を覚えてどの位ですか?」
「一年ぐらいかな」
「そうですか分かりました、では御三方、水と光で試験を行うということで宜しいですか?」
後ろの三人が頷いた。
「ではこの位置より、あの桶に入っている水を隣の桶に移して、移した水で向こうの的を破壊して下さい、これは正確さと魔力の力量を測る物ですよ、それから次にあのつぼみの花に光を当てて花を咲かせてみて下さい、これは魔力の持続力を測るための物です、普段なら適正試験を経て、魔法が使えるかどうか魔力の有無の試験を致しますが、君には使いこなせるかどうかを試験させて貰います、よろしいですか?」
メイザスが説明を終えると陽太は頷いて答えた。
「秘薬はここに、好きなだけ使用して頂いて構いませんよ」
差し出された秘薬袋を受け取ると持っていた杖を構えた。
距離は十メートルはあったが、陽太は気にせず集中して詠唱を唱え始めた。
桶の水面がざわめき始めて一気に水柱が立つと、審査の四人が感嘆を漏らして、水はそのまま隣の桶に吸い込まれるように水柱が落ちていった。
陽太は一呼吸入れてもう一度詠唱を唱えると、再度立ちのぼった水柱が一直線に的に向かって飛んでいくと、木で出来た的を杭ごと地面から引き抜いて跳ね飛ばした。
間髪入れずにつぼみの花に向けて手を伸ばし詠唱を唱える。
花の周りが光出して全方位から光りを照射させる。
光の輝きは増していき日の光が当たっているような暖かさまで光度を上げると、その状態を維持して集中していた。
これはかなりの集中がいるのか陽太の額に汗が浮き出てくる。
流れる汗にも気を取られずに花に集中していると、じわりじわりとつぼみが膨らみ小さな花弁が顔を出した。
「ぐく……」
審査の四人は魔法だけを見ていなかった、陽太の詠唱の早さや表情も審査の内にはいっていたが、それを陽太は知らない。
陽太は自分が見られていることなど知るよしもなく、全神経を花に集めていた。
「あと少し……」
あとは花びらが開ききるだけの状態だったが、開き切るまでの時間が陽太にはもの凄く長いものに感じられた。
魔法の維持は陽太には経験が浅かった為、これほどの力がいる物なのかと感じていた。
身体から力が抜けていくような脱力感が襲い始めてくると一気に力が入りにくくなるようであった、今力を抜けば意識が落ちてしまうのではないかと気力を振り絞る。
(もうあと花が開くだけなのに、どうしてこんなに時間が止まったように長く感じるんだろう)
意識が遠のくように視界が揺れてくるのを必死で花を見つめて食い止めていた。
(…………あっ)
息をしたその一瞬で気が緩んでしまい、陽太の意識が飛んでしまった。
バタリと地面に屈伏するような形で倒れ込むと、メイザスが駆け寄り抱き起こした。
「大丈夫ですか、直ぐに医務室に」
遠くメイザスの声が聞こえてくる、それに反応する力もなくされるがままに身体を持ち上げられ揺られる感触だけが脳裏に残った。
陽太が目覚めたときには周りに四人の審査員が寝台を覗き込んでいた。
うっすらと開けて目の焦点が合うと陽太は起き上がった。
(あれ、試験中だったのに……、倒れちゃったのかな)
焦る陽太に周りの人の表情はほっとしたように安堵の笑みを浮かべていた。
「痛っ……」
陽太はうずいた頭を押さえる。
「横になっていなさい、試験中に倒れてしまったのですよ」
「えっ……試験は……」
最悪の予感がした、試験中に倒れたということは落ちてしまったのかと思った。
「大丈夫です、ほら見て下さい、ちゃんと花は開花していますよ、全員一致で合格です」
「……本当?」
「まだ一年ほどでこれだけ出来るのは素晴らしいこと、君の素質と真剣さも見させて貰いました」
魔道長のデモス導師が言った。
「ええ、良く出来ました、これで晴れて明日から我が校の生徒になったのです」
同様にメイザスも陽太を褒め称えた。
「う……ううっ……う……」
陽太は皆に見られている中で大声で泣いていた。
(やったよオルサ、僕、エスタルの学校には入れたんだよ……、やっと、やっと長い旅を終えて……)
長い旅路の中にあって陽太をここまで頑張れて来られたのは、オルサとの約束が原動力となっていて苦難を乗り越えやっと実を結んだ。
陽太の止まることのない涙はそれら全ての結晶の成果であった。




