20
陽太が家を出たのはそれから三日後、ブランチ婆とセリアが見送ってくれた。
「後のことはあたしに任せときな」
ブランチ婆はそう言ってくれた。
「有り難う、じゃあ行って来るよ」
セリアは泣いてはいたが、静かに陽太に手を振っていた。
これからは一人、陽太は最終目的のエスタル王国へと旅立っていく。
時季は冬になっていて雪は降っていなかったが寒さは日に日に強くなってくる。
陽太は首都アルステルへ向けてチルミーの町を抜けて北へと進んでいく、長い整備された街道を久しぶりにポムと一緒にまた旅が始まった。
懐かしいこのゆっくりとした時間を石畳の音を聞きながら楽しみながら意気揚々と進んでいった。
「おばさんがアルステルの町からエスタルまでは三日ぐらいって言ってたな、家からなら四日ぐらいかな、それならそう遠くはないね」
アルステルの農地は町を抜けてもずっと街道脇に続いている、ここで作られた野菜は北のエスタルやサスタークにも送られていく。
勿論大部分はアルステルの町で消費され、色々な料理使われていた。
「アルステルも人が大勢いて賑やだったな」
野菜を売りに何度も行っては大勢の前で野菜を並べて、歩く人々を眺めていた事を思い出していた。
アルステルの南町ムールを過ぎてムスト川の橋を渡りアルステルに入った。
アルステルの南北に通るタロス通りと東西のリーファス通りの交差点を東に曲がり東大城門からアルステルを出ようとしていた。
リーファス通りは長い屋根が建てられて、冬の間も屋台や露店と商売が出来るようになっている、今はその屋根の建設中で半分ほど終わっていた。
雪が降るまでに終わらせなければならなかったので、携わる人も汗をかきながら木材を運んでいた。
「この国は常に町の人のために色んな事業を行ってるな、それだけ農業がこの国を支えているんだな」
陽太がアルステルを出た頃はもう夕暮れで、そろそろ宿屋を探さなければならなかった。
予定ではもう少し行きたかったが、街道沿いの宿屋で今日は泊まることにした。
部屋の寝台で寝転がりながらセリアの事を考えていた。
(大丈夫かな初めての一人暮らし、今までおばさんか僕といつでも誰かと一緒に暮らしてきたのに今日から一人になるんだ、泣いてないかなセリア)
今更考えた所でしようがないんだと言い聞かせながら陽太は就寝していく。
陽太の旅は次の日にはすでにアルステル国を出て、エスタル王国に入って順調すぎる旅をこなしていた。
冬に入る前だったが天候にも恵まれ、ここ最近では暖かく気持ちの良い旅程だった。
「こんなに良い天気だと元気が出るな、今日中にいけそうな気分だ」
すれ違う行商の人も荷台でウトウトとしてる人がいる、気持ち良くて眠くなるのは誰もが同じのようであった。
昼前に店で食事を済ませて街道を歩いていると、道で何やら騒いでいる人達がいた。
こんな所で巻き込まれるのは御免だと陽太は道端を通り過ぎて行こうとする。
するといきなり、
「おい待てよ、てめえ何俺達を見てんだよ」
「え?」
完全な言いがかりであった、睨んでくる男達は三人でそれまで相手にしていた人は道ばたで顔から血を流しながら、陽太に注意がいったのを見て逃げていった。
「あっ」
一人の男が逃げた人に向かって叫んでいたが、興味がなくなって代わりに陽太に責任を押しつけてきた。
「おい、てめえの所為であいつが逃げたじゃねえか、どうしてくれる」
「えっ、僕は何もしてないし関係ないよ」
陽太は反論したが余計に相手の男達が怒っていた。
「うるせえよ、金出せば見逃してやるよ、俺達が誰か知ってんだろ」
「し、知らないよ、誰だよ」
「はっ知らねえだと? てめえお上りさんかよ、俺達はなエスタルの鷹爪団だ、俺達に逆らうとさっきの奴みたいに痛い目に遭うぞ」
男は指を鳴らして陽太に近づいてきた。
「ちょ、待ってよ、どうしてお金を渡さないといけないの」
もう何が何やら陽太は訳が分からなかった、ただ道を通っただけでお金を出せだなんて理不尽にも程がある。
「うるせえよ、ここにはここのやり方や決まりがあるんだよ、金さえ出せば許してやるって言ってんだろ、さっさと出せ」
「…………」
ピュッと何かが飛んできて一人の男の腕に刺さったと思ったら、そこから電撃が光って相手は痺れて倒れた。
やられた男が地面を転がり回っているのを仲間が驚いて見ている。
街道の南から馬に乗った男がもう一度何かを投げると、もう一人の男の足に刺ささった。
「いてええ……」
「なんだ、どうした」
何が起こったと残った男が動揺して倒れている仲間を見ている所に、馬でやってきた男が陽太に向かって「走れ」と言ってきた。
陽太は誰なのか分からなかったが、その言葉に直ぐに反応してポムを走らせた。
男達には馬はなかったのでその場を離れれば追いつくことは出来なかったが、陽太は必死に後ろも見ずに思いっきり逃げていった。
暫くすると後ろから蹄の音が聞こえてきて陽太の隣に並んできた。
横を向いて乗っている男を見ると青いフードを被った魔道士の格好をしていた。
男はフードを降ろして陽太に叫んだ。
「おい速度を落とせよ、馬がバテるぞ」
そう言われて速度を緩めてポムを止めた。
「そんなに慌てて逃げなくても奴らは追ってこないさ」
「君が助けてくれたの?」
「まあな、というよりあいつらは俺の商売敵みたいなもんなんだ、たまたま俺もエスタルに帰るとこに見かけたんでやっただけだ、お前はついでに助かったみたいなもんだぜ運が良かったな」
陽太が驚いた、と言うことはこの男も……。
「君もあいつらと同じ……」
「まぁよく似てはいるが、俺達は脅したりはしねえよ、あいつらは最近エスタルで暴れ回ってるから俺達みたいなもんからの評判が悪いんだ、まっ俺は盗賊じゃねえけど、よく似たもんだけどな」
「……あの、それで僕に何か要求でもあるの?」
「ん? 特にねえな、ただエスタルに行くんだったら一緒に行こうぜって言いに来ただけだ、ところでお前、名前なんて言うんだ?」
「え……っと」
陽太は迷っていた、同じエスタルなら又会うかも知れないといけない、盗賊みたいな人達と仲良くなるのは面倒が増えるだけだと思っていたので、どう答えようかと考えた。
「俺はミサエル、ステイ・ミサエルだ」
先に男が自己紹介をしてきた。
「ぼ、僕は……バ、バルート、ミナド・バルートだよ」
と、少し考えてから嘘の名前を言った。
南から来たからミナドと、陽太の名前を逆さまに太陽はここではバルだったのでその二つを少し変化させて答えた。
だが、ミサエルと名乗った男は変な名前だなと言っただけで、疑ってはいないようであった。
「ミサエルでいい、よろしくな」
「あっ……うん、よろしく」
黒髪のぼさぼさ頭に頬が少し痩けているぐらいで、何処にでもいそうな普通の顔だった。
「ところでエスタルに行くんだろ? 何しに行くんだ」
二人で街道を進みながらミサエルが聞いてきた。
「えっと、その……ちょっと用事で」
「ふうん、俺はアルステルに買い物に行ってたんだ、欲しい物はなかったけどな」
(どうしよう悪い奴には見えないけど盗賊の仲間なんだよな、へんなのに捕まっちゃったな)
折角のいい旅が突然の事件に遭遇して気持ちが落ち込んでいた。
「なあバルート、お前も魔道士なのか?」
「う……ううん、正式に魔道士になってないけど……」
「そうか、俺と一緒だな、俺は今魔道士学校に行ってる見習いだ」
「え!」
(うわっどうしよう、同じ所に行ってたらまた顔を合わせることになるぞ、参ったな……)
そんな陽太の思いとは裏腹にミサエルはお構いなしに言い放つ。
「バルートも魔道士に成りにエスタルに来たのか、なら時季が悪かったな」
「ど、どういうこと?」
驚いて聞き返した。
「入学試験は夏に終わったぞ、入るならまた来年だってことだ」
「ええっ」
陽太は愕然とした、折角目前まで来たのに一年も棒に振らなければならないのかと愕然とした。
「変わってるだろ、こんな時期に入学なんてよ、ははっ」
「えっとそれはいつ終わったの、来年まで待たないといけないの?」
陽太がミサエルに問い詰めた。
「なんだ、やっぱり学校に入りに来たのか、夏の前に入学試験があるんだよ、まぁ俺は入ったから関係ないと思ってあんまり聞いてなかったが、途中入学は何たらかんたら言ってたような気がするなぁ」
(どうしよう、一年も遅れるなんて折角、折角の魔道士になる夢が……一年も待ってられないよ)
「俺もこれでも遅いんだぜ、十五で入るとこを十六で入ったんだ、周りより遅かったのは金がなかったからなしようがねえ、金を貯めてやっと今年入れたんだしお前も来年頑張れよ」
「…………」
陽太は考えながら二人の足取りはエスタルに徐々に近づいて行く。
「おい、もう夕方だし今日はあそこで泊まらねえか」
陽太はあれからずっと黙り込んでいて、夕日が街道を照らしているのに気づかなかった。
何も言わずミサエルの後を黙って付いていった。
部屋は別々だったが食事は一緒の卓で食べた。
食事中も黙り込みながら食べている陽太にミサエルが声を掛ける。
「あんまり落ち込むなよ、そりゃ一年は長いさ、けど気付けばあっという間だぞ」
そう言いながら口にパンを放り込んだ。
(その一年が長いんだよ、早く魔道士になってセリアと一緒になるんだから、一年も延びたらセリアがまた悲しんじゃう)
「僕は時間が欲しいんだ、とにかくエスタルの学校に行って話をしてみる」
「まぁそうだな、折角来たんだしな」
「だから僕、明日早くに出るからここでお別れだよ、助けてくれて有り難う」
陽太は礼を言うと、出された料理を素早くお腹に入れて、もう寝ると言って部屋に戻って行った。
「あ……ああっ」
ミサエルは陽太の食べる速さに唖然としながら返事をした。
(早く朝になれ)
早くエスタルに行って話をしてどうにか入学させて貰いたかった。
気が急いて中々寝付けずに、眠りについたときには夜更けだったが、直ぐに目が覚めて起きると支度をした。
外は薄暗いがもうすぐ夜明けだった、急いで荷物をまとめて馬小屋に向かう。
ポムも静かに寝ていたのを起こされると小屋から引き出されて、エスタルに向け出発していった。
あと二日はかかる旅程を陽太は急いで駆けていく、とにかく一日でも早くエスタルに着きたかった。
「何の為に遠い南から来たのか、長い時間を掛けてやっとエスタルまで来たのにこんな所で足止めなんて嫌だ……」
陽太の目に涙が浮かぶ。
伸びる街道の見える場所まで走り付いてもまた長い道が現れて、走っても走っても道が途切れることがないように思えてきても、一心不乱にポムを駆り立てて北に進んだ。
宿場すら陽太には目に入っていないようで止まらずに走り抜けていき、ポムの足が遅くなって走ることが出来なくなるまで突き進んでいった。
ようやく綱を幾ら引いてもポムが走ってくれなくなってから休息にしたが、休んでいる間も魔道学校の事を考えていて気が急く。
それなのに一向にポムが動こうとせずにそわそわしていた。
「ポム早く行こうよ、ねえ頑張ってよ」
それでもポムは息を切らしていて陽太を見ようともしなかった。
太陽が昇り真上を通り過ぎていくまで休みを取ったが、時間だけが気になってしようがなかった。
やっとポムが草を食み元気が出てきた所で移動を開始する。
エスタルに入って二日目、街道には宿場町が増えてきて、どこでも泊まる事は出来るのだが、陽太は暗くなって道が見えなくなるまで先を急いでいたが、
「もう真っ暗だ、あそこに泊まろう」
目に付いた宿屋でその日は泊まり、晩飯もそこそこに直ぐに寝台に潜り込んで眠りに付くと、朝早くに宿を出て行った。
もう今日中にはエスタルに着くぐらいの距離に来ているはずであった、街道は荷台を引っ張る馬達が薄暗い中、すれ違いに通り過ぎていく。
いくつかの宿場町を通り過ぎた頃に朝日が昇り始めると、人々が道に出てきて店を開ける用意をしている。
「もうすぐなのかな」
陽太は一本道をひたすら真っ直ぐに走って来ただけであったが、余りにも長い距離を走っていたので通り過ぎてしまったのではと思い始めた。
歩みを止めて、店の支度をしていたおばさんに声を掛けて聞いてみると、
「それならもうすぐだよ、もう少し行けば左手に町の壁が見えてくるよ」
「有り難う、おばさん」
(良かった、行き過ぎてなかったんだ)
街道は森に入り小高い丘を越えてやっと目前にエスタルの町が見えてきた。
高い壁の中に一際高い城が頭を突き出していた、城はずっと北にあるのだが丘からでも見えるぐらいに高く尖った塔が幾つも建っている。
「あれがエスタルか」
魔道の中心と言われているエスタル王国、その魔道士学校に入るためにやって来たんだと陽太の中でこみ上げてくる物があった。
「行こう」
丘を駆け下り街道を折れてエスタルの町中に入っていった。




