19
「ちょっとセリア……」
「いやいやいやっ」
「ねえ落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「ヨータは私をここに置いていくだ、一人は嫌っ」
陽太の話を聞こうとはしないでずっと首を振っていた。
「セリア、前も言ったじゃない、君がちゃんと住める所を探すって、僕はここなら安心して君が住める所だと思ったんだよ」
陽太は必死で説得するが、
「ヨータは私を捨てるんだ……邪魔になったんだ、一人でなんて生きていけないもん」
「セリアを捨てるわけないじゃない、僕は魔道士に成る夢があるんだ、その為に遙か南からここまで来たんだよ、学校に行けば修行しなくちゃいけないからセリアが安心して暮らしてくれれば僕だって修行に集中出来るんだよ」
「やっぱり邪魔になったんだ、ヨータは私を捨てていくんだ」
セリアが強く首を振る。
「違うよ、ちゃんと帰ってくるし、それまでここでゆっくり過ごしてて欲しいんだ、帰ってきたらもうセリアを離したりはしないよ」
「いつ帰ってくるの?」
答えられない質問が返ってくる。
「それは……」
陽太は口ごもってしまう。
「いつまで待てば良いの?」
「魔道士になるのにどの位掛かるかは行ってみないとまだ分からないよ、けどちゃんとした魔道士になれれば直ぐに帰ってくるし、時間があればここに帰ってくるからさ、それまで待ってて欲しいんだよ」
セリアは大粒の涙を拭こうともせず、ぽろぽろとこぼしていた。
「僕が嘘をついたことはないでしょう」
「…………うん、でも寂しい」
セリアは素直に答える。
「分かってる、僕だって寂しいんだよ」
陽太はセリアの手を握って目を合わせる。
「僕はセリアと一緒になりたいんだ、その為に今は我慢してエスタルで魔道士になりに行くんだよ」
「……ぐすっ」
「まだすぐに行くわけじゃないから、まずは家を買ってそこで住めるようになるまでは僕もいるから頑張ろう」
セリアにいつものようにお互いの愛を確かめる口づけをした、今までとは違うお互いの想いの深さを知る熱い口づけを交わす。
セリアを抱きしめながら陽太の決心は強く確固たるものになっていく。
(僕は決めたんだ、これからが本番だ、オルサもうすぐエスタルに着くよ)
もう昔のような気弱な陽太はここにはなかった、紆余曲折の経験をして少しずつ確実に強くなってきた陽太がここにはいた。
一人で引きこもって家で悶々と世の中を怖がっていた自分は、なんて小さい存在だったのだろうか、きっかけは背中を押された風にいきなりの逃避行から始まってしまったが、それでも何とかここまで来ることが出来た事が自信に繋がっていた。
今ではもう陽太は立派な大人に成長していて、旅に出たときよりは痩せてはいたが、精悍な顔になり目には生きる強さが感じられた。
朝、目覚めて隣で寝ているセリアをそっと撫でてから起きると、服を着替えて机の上に手紙を置いて静かに部屋を出て行った。
行き先はブランチおばさんの所で土地の購入方法を聞きに出かけたのであった。
朝早くにブランチ婆にセリアの話を説明をして、家の買い方を教わってから宿に戻ってきた。
部屋に戻ると寝台の上で起きていたセリアが抱きついてきた。
「……ヨータヨータ」
「どうしたの、手紙置いてあったでしょう」
「いなくなったと思った、字分かんない事が書いてあった」
「そっかごめん、ブランチおばさんのとこに行って直ぐ帰ってくるつもりだったんだ、セリアが気持ち良く寝てたから起こしたら悪いかなっておもってね」
食事を済ませた二人はブランチ婆に教えて貰った店に行った。
そこは国が管理する土地売買所であり、多くの人が壁に貼られた家の値段と土地を見ていた。
「いっぱいあるね」
地域ごとに書いてある貼り紙を見てブランチ婆の住む地域は何処だろうと、役人に聞いてみた。
役人の話だと南の町はチルミーの町らしく、南部の家が欲しいならあそこの壁に貼ってあるぞと、教えられた壁に行ってみた。
数は少なかったが土地は広そうで、間取りが絵で描いてあった。
何件かの家の場所を覚えて一度見に行ってみることにした。
セリアはまだ納得がいかない様子でむっすりとしながら、何も言わず陽太についてきていた。
「ほら、これから一緒に住む場所になるんだよ、あとでここが嫌だって言っても駄目なんだからね」
手を繋ぎ書いてあった場所の家の前に着いた。
切り開いた森の端に建ててあるこぢんまりとした新築の家で、可愛いらしい家に広い畑が付いていたが、余りにも家が小さすぎる感があり陽太としては不満があった。
「セリアはここはどう思う?」
「……森が近いとこは怖い」
「そっか、じゃあ他を見てみようか、ここから近いし」
もう少し南に行くと周りには人家がある空き家だった。
「ここは空き家だね、ここはどうだい? 家も大きいし畑も広いよ」
「周り知らない人ばっかり」
「そりゃあ初めは知らない人ばかりだよ、そこから親しくなっていくんじゃない」
「ここ嫌っ」
「しようがないな、じゃあもう一軒」
更に南に歩いて行くと建てたばかりの木の香りのする家だった、中央の街道からは離れてはいたが森も近くはない。
なによりもう少し南に行けばブランチ婆の家があるので、ここなら物件的に良いんじゃないかと思った。
「ここにしようよ、ほらすぐそこにブランチおばさんもいるよ」
「…………」
「ねえセリア、僕とエスタルに行って向こうで住んでも僕は学校に行かないといけないんだよ、その間、周りに誰も知り合いもいない所で一人で過ごさないといけないよ、学校がどんな所か分からないからもしかしたら寮生活になるかも知れないんだ、向こうに行ってからアルステルが良いって行ってもすぐには戻れないよ、それでもいいの?」
「…………うぅ」
「ここならブランチおばさんもいるし寂しくないじゃない、僕も向こうで手続きしたら一度帰ってくるし」
何度もこのやり取りを繰り返しているが、何度言われてもセリアの中では不安が拭い切れていなかった。
「本当に帰ってくる?」
「結婚するって言ったじゃない、帰らないでどうするの、セリアももうすぐ大人になるんでしょう、だったら元気で待っててくれないとね」
「……うん、待ってる」
「じゃあここにしよう、早速店に行って購入しよう」
なんとかセリアをなだめて家を決めた陽太は、店に戻り早速あの家の貼り紙を手に取り受付で購入しようとした。
「えっと金粒大百五十に銀粒小八十か」
陽太はお金袋の中を見た、オルサから貰ったお金も大分減ってきていた。
家は買えるがエスタルの学費の為に残しておかないといけなく、少し迷ったが今は家が必要なんだとお金を支払った。
土地購入証にサインをして地主証明書を受け取り、それを持って買った家に引っ越しをするために宿屋を引き上げて新居に向かった。
「簡単に買えたよ、これで家は僕たちの物だ」
家に着くと初めにブランチ婆の家に行き挨拶をした。
「おやおや、家を買ったのかい、ご近所さんになるんだね宜しくよ」
「うん、当分ここで住めるように畑仕事をして野菜を売ろうと思うんだ、また分かんないことがあったら聞きに来るね」
「あいよ何でも聞きにおいで、町に売りに行くときゃ一緒に行こうさね、早く野菜をいっぱい作るんだよ」
そういうと二人は家に戻り、馬車で家財道具や生活用品を買いに出かけた。
二人で掃除道具を持って、これから住む部屋を隅々まで掃除をし終えると、二人で選んだ寝台を運んで陽太が組み立てる。
家財道具も最低限いるものだけを買ったので、セリアは机や椅子、鍋やお皿などを設置したり、重い物は陽太と二人で運んで夜までに何とか生活出来そうなぐらいまで終わらすことが出来た。
「終わったぁ」
「疲れたぁ」
平屋の家であったが二人で住むには広い方であった。
出来たての寝台に寝転がって二人で笑う。
「ここからは気兼ねなしに寝ていられるよ、どう?」
「気持ちいい」
見つめ合った二人は自然と唇を重ね合う。
「明日からは畑仕事になるからね、今日はお祝いに町にご馳走を食べに行こうか」
「わあい」
次の日からは陽太は朝早く起きて荒れた畑を耕し始める、筋肉痛になりながらも休むことなく毎日働いた。
セリアも料理を覚えるためにブランチ婆にちょくちょく行っては、覚え立ての料理を陽太に振る舞ってあげて徐々に腕を上げていった。
前みたいにセリアは寂しがることも減り、一人でブランチ婆の家や買い物にいけるようにもなっていて、それを見ていた陽太はセリアも自分と同じで少しずつ成長してるんだと感じていた。
「ふう、よし」
何日も掛けて耕した畑に種を植え終えると詠唱を唱えた。
耕した畑に水が降り注いでいく、万遍なく水が土に染みこんでいくと陽太は仕事を終わらせた。
「あとは毎日水やりだ、あっセリアお帰り」
「ヨータ、おばさんからまた料理覚えてきたよ、つくったげるね」
元気に答えるセリアと一緒に家に入り晩ご飯の支度に取りかかる。
毎日が楽しくて毎日が新しい経験で、セリアは見違えるほどアルステルが気に入ったようで元気になってくれた。
二人が住み始めてから半年経ち、採れた野菜を売って少なからずお金を稼ぎ生活も安定してきた。
いつも仲が良く近所でも若い子が来てくれて活気が出てきたと評判の二人になっていた。
「結構荷物も増えてきたね」
家具を少しずつ買っていたらいつの間にか色々な物が家の中に増えてきていた。
「綺麗になったねセリア、大人っぽい」
気がつかないうちにセリアの髪は背中まで伸びてきているのに気づいた。
いつもまとめて結い上げていたので気づかなかったが、結いをほどくと真っ直ぐでキラキラと輝く栗色の髪が背中に流れた。
「髪伸びたね、とても綺麗だよ」
「えへへ、ヨータが長いのが良いって言ってたから伸ばしてたの」
「とても綺麗だ……」
陽太はセリアに見とれていた。
あの日、震えて埃まみれの顔で水を盗みに来た時の幼いセリアの面影はなく、綺麗な肌に大きな目、少し面長になったのは背が伸びたからなのか、それで見栄えが損なわれることはなかった。
セリアと出会って八ヶ月近く、ずっと一緒に生活をしてきた陽太ももうすぐ十五歳になる年齢で、子供というより青年と見られるようになってきた。
セリアの方も十四歳になり背も伸びてすっかり大人びた容姿になり、近所でも指折りの美人で有名だった。
その夜、寝台に入り込んだ陽太は隣のセリアに伝えることがあった。
「セリア、僕エスタルにいこうと思ってる」
天井を見上げながらそう告げた。
「…………」
返事がないセリアに陽太は横を向く。
セリアは陽太を見ながら涙を流していた。
「ここでの生活も覚えてきたみたいだし、ブランチおばさんとも仲良くしてるからさ、今なら安心して学校にいけると思うんだ」
「……いつか、ヨータがいつそれを言ってくるのかといつも怖かった、いつかは出て行くんだろうと……」
セリアが涙ながらに答える。
「今の生活は素晴らしいよ、とても満足してるけど僕が魔道士になりたいのは知ってるよね、オルサが命を賭けて僕をエスタルへ送ってくれたんだよ、それに報いなければオルサは浮かばれないよ」
「……ヨータ」
セリアは嫌だとは言わなかった。
その代わり陽太に抱きつき静かに泣いていた。
「セリア、次にここで一緒に生活するときは夫婦として暮らそう、それまで……」
セリアが陽太の言葉を唇で塞いだ。
熱く情熱的に何度も何度も唇を重ねてきて、肌の温もりを忘れない為に体に覚えさようとセリアは求めてくる。
「セリア……」
「ヨータ、一緒になろう……」
セリアは起き上がり服を脱ぎだした、露わになった肌を隠そうとせずに寝台に潜り込んで陽太に抱きついて口づけをした。
陽太は何も言わずにそれを受け入れた。
セリアの体がこわばり緊張しているのが肌から伝わってくるのを、陽太はぎくしゃくしながらも緊張をほぐそうとセリアを抱きしめた。
お互いの温もりを感じながら、二人の深い夜が訪れる。
二人は何も言わずお互いを求め合い、時が経つのも忘れて何度も何度も一晩中愛を確かめ、将来の夢を願いながら長い夜を過ごしていった。




