18
巨大な熊も陽太の光で一瞬ひるんだのか大声を上げて森へと逃げ出していく。
お互いが驚いてその場を離れて走り出していた。
もっと驚いていたのはセリアだった。
かな切り声を上げて陽太を呼ぶ声が荷台から聞こえてくる。
闇の街道を暫く走り続けて少しずつ落ち着き始めた陽太は、馬車の後ろを覗き込んで何かが追ってきていないかもう一度光の玉を街道に投げ込んだ。
パァと照らされた街道に何も生き物は付いてきてはいない事を確認すると、馬車を止めてセリアの元に行く。
泣きわめいているセリアをなだめて落ち着かせた。
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
「うわああん、ヨータヨータ」
抱き合うと自分の物かセリアの物か分からない程の鼓動を感じた。
セリアはいきなりの陽太の声と動き出した荷台で驚き、訳が分からない状況で目が醒めて怖くなってしまったセリアは陽太を呼び続けていた。
何度も何度もセリアの名を呼んで落ち着かせようとしたが、自分もかなりの動揺をしていたので自分に対しても落ち着こうと言い聞かせるように連呼していた。
やがてセリアが泣き止んで落ち着いた所で馬車を走らせる。
暗くランタンの明かりだけが頼りの街道で速度は出なかったがこれ以上一カ所に留まるのは危険だったので、陽太は夜が明けるまで夜通し走ることにした。
セリアの肩を抱きながら前の街道だけに視線を置いていた。
「ヨータ何があったの、どうして急に走り出したの?」
「森の中に大っきい動物がいたんだよ、ポムが怯えてたから森の中を見たら、もの凄く大きな動物がいたんだ」
「襲ってきたの?」
「襲われてはいないけど向こうも魔法でびっくりして逃げたかも知れないな、とても大きかったよ」
陽太は思いだして身震いした。
「セリアには驚かしてしまってごめんね、騒いだら襲ってきそうだったから」
「ううん」
セリアは目が覚めてしまい寝付けずに陽太に寄りかかりながら返事をした。
「この森は危ないとこだ、野宿はやめて人がいるとこまで急ごう」
足元の砂利道だけを見ながら街道をひた走り、夜が明けてくるとぼんやりと道が青白く輪郭が見えてきた。
「やっと朝だ」
見えるというのがこんなにも安心できるなんてと感動しながら息を吐いた。
白い息が口から出ているのが見えると寒さで体を震わせた、かなり走ったのかそれとも気候が変わってきたのか、陽が昇っても気温は中々上がらず毛布に包まりながら顔に当たる風の冷たさを感じていた。
前も後ろも景色が同じように見えていて、どれぐらい北に走ったのか確認出来なかったが、今日もこの街道で野宿はしたくはなく早くアルステルに入りたいと思っていた。
たまにすれ違うのは剣士みたいな腰に剣をぶら下げて馬で駆けてくる人達を数回見ただけで、旅人や商人の格好をした人達は全く見かけなかった。
「ここを通る旅人はあんまりいないのかな、そりゃあんな怪物がいるとこに丸腰じゃ危ないもんな」
道を間違えたかな、あの分かれ道は右が正解だったのかなと思った。
早くアルステルに着きたかったから左を選んだのだが、まさかこんな危険な一本道だとは知るよしもなかった。
まだかな、まだかなと言い聞かせながら旅路を進むと、街道を塞ぐように小さな建物が見えてきた。
「検問所かな」
簡素な砦に兵士が立っているのが見え始めた。
「やっと国境だ」
長い街道でやっと見えた建築物に安堵しながら検閲をして貰った。
ここからやっとアルステルに入るんだ、もうじき町が見えてくるんだなと人恋しさが沸いてくる。
街道は検問を過ぎてから綺麗に舗装されていて、石畳に変わりカコン、カコンと気持ちのいい足音が響いてくる。
検問されているときに兵士からはよくこんな道から来たなと物珍しそうに言われた。
初めてだから分からなかったと答えると、次からは東の道を使った方が安全だぞと教えられた。
この街道は獣が頻繁に出始めてからは腕に自信のある剣士や魔道士か、兵士達が通るぐらいで旅人や商人などは東回りに作られた比較的安全な新街道を通るのが一般になっているみたいだったが、アルステルは南の国との交易はそれほど頻繁に行われていないのでもっぱら通るのは旅人ぐらいらしい。
なので陽太達みたいな子供二人がこんな危ない道を通るのは珍しかったそうだ。
「もうアルステルに入ったんだ、早く宿で休もう」
「お腹も減ったよ」
「そういえば朝はまだ食べてなかったね」
緊張してたからお腹が減っていることなど気にしてもなかったが、アルステルに入れたことで急にお腹が空いてきた。
視界の先に一気に開けた田畑が見えてくる。
広く耕された土地は街道を挟んで両脇に広がっている。
色々な葉が畑から伸び、沢山の野菜が栽培されているのが直ぐに分かった。
「わあすごい、こんな森の中に大きな畑だね」
朝の畑仕事をしている人達が汗を流しながら作物を取っているのを横目にみながら馬車を走らせていると、物珍しそうに陽太達に振り返ってくる。
畑は次第に横に広がっていき沢山の人が畑で従事していた。
「ヨータ、あそこに町が見えるよ」
「本当だ、やっと着いたね」
陽太達は一番近い町で宿屋を探すがこの辺りは畑を持つ人達の家ばかりだからないよ、もっと北に行けばあると言われて次の町で探すことにした。
畑で働く人はここで暮らしている人が多いらしく、農業町と言われてるそうだった。
言われたとおりに向かって進んでいると次の町が見えてきた。
「ここはどこだろうね」
町は一軒一軒が大きく、庭に自分達の畑を持っている家が多く見受けられる。
なかには家畜を飼っている所もあり、隣とも離れて家が立っていた。
「のどかな所だね」
町というより村の方が似合っていそうな場所だった、だがその場所も先に進むと家が密集している所に出てくる。
木の家が連なり普通に店も建っていた。
その家々の中にあった宿屋に泊まることにして部屋を取り、久しぶりの寝台に二人で横になった。
「このふかふかが気持ちいい」
大きく伸びをして体全体に布団の柔らかさを堪能する。
「気持ちいい、ヨータ」
足をばたつかせてはしゃいでいるセリアに笑顔で答えた。
まだ陽が昇って日差しが差し込む気持ちのいい時間だった、それに身をゆだねて布団の気持ちよさと日差しの暖かさでいつの間にか二人は知らずのうちに眠りに落ちていった。
目が覚めたときはもう夕方でセリアが起こしてくれた。
「ヨータお腹がすいたよ」
「ふああぁ、よく寝た」
窓の外を見るとまわりの家々が赤く染まっている。
「もう夕方になった?」
「うん」
疲れが取れた二人は外に出て食事が出来る店を探して歩く。
それほど店は多くもなく賑やかというほどの人もいなかった、まだこの辺りは農業を営んでいる人も少なからずいるみたいで、一応の宿屋や武器屋、雑貨屋などはあった。
土地も開発してるみたいで伐採した木が積まれていて、開けた場所に家を建築している所もあった。
開発中の町みたいな場所だと陽太は見ていた。
食事処で今日初めての食事にありつきながら陽太が考えていたのは、ここならセリアに良いのではないかと云うことだった。
(町の人ものんびりしてそうだしそれほど人も多くもない、一応の必要な店もあることだし、それに家を借りるなり買うなりして家庭菜園でもすれば生活費も少しは浮くしな、明日にでも探してみよう、って先にセリアと話さないといけないな、参ったな)
目の前で一所懸命食事に夢中のセリアを見ながら、どうやって話そうかと悩んで食事をしていた。
「ねえセリア、ここの焼き物美味しい?」
「うん美味しいよ、ここのパンも固くないし野菜も一杯入ってるよ」
「……そう、気に入ったみたいだね、明日はもう少しこの町を散策してみようか」
「うん、いいよ」
夕食を食べた後はぶらりと町を歩いてから宿に帰った。
次の朝、早くから明るい町の風景を見に二人は散策に出かけた。
森を開拓した町は北側に密集した家々が建ち並び、南に行くほど家の間隔が大きくなっている。
初めに店がある北側の町の中を見て歩くと、目に付いたのは武器屋や鍛治屋が多いことに気づく。
「なんでこんなに多いんだろうね」
カンカンと鉄を打つ音が店から聞こえてくるので覗くと、熱気が充満していて顔が火照ってくる。
赤い鉄を上半身裸の主人が金槌で打ち付けては水の桶に差し込んでいた。
陽太も初めて見た鍛治屋の仕事に興味を持った。
店内の壁には主人が作ったであろう様々な武器が飾ってあり、見るからに痛そうな武器が沢山あった。
店の主人と目が合うと気まずそうに店を離れる。
セリアは興味がないので他の店を見ようと急かされて、陽太はもう少し見たそうにしながら腕を引っ張られて連れて行かれる。
女の子だから雑貨屋の小物や飾りが気になり、アルステルの衣装など目を輝かせて物色している。
「ヨータ、これどうかな」
動物の形を模した大きな髪飾りを頭に付けて見せると、陽太に見せて意見を聞いてきた。
「似合ってると思うよ、でも大きすぎないかな」
飾りが大きくてセリアの頭の大きさと釣り合っていないと感じた。
「可愛くないの?」
「いや、そうじゃないよ、もう少し小さい飾りの方がセリアは可愛く見えるって」
「じゃあこっち?」
セリアが櫛に小さな玉が連なった飾りが何本もぶら下がっている色とりどりの髪飾りを差してみる。
「そうだね、そっちのほうが良いかも」
「うふふ」
セリアがにんまりと笑っていた。
他にも服を見て麻で編んだポンチョみたいな服が気に入ったみたいで、模様も青や赤のせんが入っているだけの簡単なものだったが、軽くて旅をするには楽そうだとセリアが言った。
「そう、気に入ったなら買ってあげるよ」
陽太は苦笑いをしながらその服をセリアに買ってあげた。
(はぁ……まあいいか、前に買って上げた服以外持ってないもんな)
「ねぇセリア南の方も見に行ってみない?」
二人で南の畑や家を見に行くことにした、セリアにはここでどんな作物を育てているのか見に行きたいとだけ言っておいた。
広い土地を持つ家を見ていると、のんびりと菜園をしている人達の姿は物腰も柔らかそうでこちらを見つけてもにこりと笑ってくれた。
色々な葉物の野菜を栽培しているみたいだったが種類までは分からなかった。
歩きながら気候や人柄、豊かさ等を注意深く確認していく。
若い人は少なそうで恰幅の良いおばさん達が近所の人と笑いながら談話していたり、沢山の野菜を籠に入れて歩いていたりと殺伐としていなさそうで治安は良いみたいだった。
かなり南に歩いてくると庭でおばさんが畑仕事をしていたので声を掛けてみた。
「おばさん、ここでは何が採れるの?」
近寄ってきたのは恰幅の良い小太りのおばさんで、採れたての野菜を見せてくれた。
「ほら、これだよ、何だいあんた達はここの子じゃないね、そんなに浅黒く日に焼けて旅の子かい?」
「そうなんだ、アルステルは初めてでどんな所なのかなって見て歩いてるんだ」
「あらあらそれじゃあ良い所を見せとかないといけないね」
おばさんは大きな口を開けて笑っていた。
「じゃあさ、ちょっと家に寄っていかないかい、丁度昼めしを作ろうかと思ってたんだ、あんたたちも食って行きなよ、なぁに心配はないよ今は私一人しかいないんだから三人で食べた方が楽しいさね」
セリアと目を合わせると人見知りしているのか、無口に陽太の後ろに体を半分隠していたが大丈夫だよと言い聞かせて、家に入れて貰うことにした。
手を振って呼んでくるおばさんの家にそっと入っていくと、テーブルの上には大きなパンと果物が置かれていて、椅子に座るように促された。
「待ってなよ、すぐ作るからね」
火が点いたかまどに鍋を置いて、切った菜物や根物を鍋にぶち込んでいく。
その後に何の肉なのか分からないが、一口サイズに切った肉も入れて最後に黒い液体を注ぎ込んだ。
「あとは出来るまで待つだけさね、ところであんた達はどこから来たんだい? その女の子は南国の顔をしてるけどあんたは見かけない顔立ちだねえ」
おばさんが陽太の顔をじっと見つめながら考え込んでいた。
「僕は陽太、南の端のヴァン国から来たんだよ、ほら挨拶しないと」
陽太がセリアに言った。
「私はセリア、ドゥーラントから来たの」
上目使いでおばさんを見ながら小さな声でセリアが挨拶をする。
「セリアは人見知りしてるだけだから、普段はもっと明るいんだよ」
「そうかい構いやしないさその内慣れてくるさね、あたしゃブランチだよこの辺じゃブランチ婆で通ってるよ、しかしあんた達子供二人で良くここまで来られたもんだね」
ブランチ婆は関心して二人を見比べていた。
「僕はエスタルの魔道学校に行くために旅をしてたんだ、セリアは途中で出会ったの、砂漠でセリアの母親が盗賊に襲われちゃって身寄りがないから一緒に旅をしてるんだ」
「あらあら可哀相に、まだ小さいのにねえ」
セリアの目に涙が浮かんで、声を出すのをぐっと堪えていた。
「まぁまぁ泣かない泣かない、おおっよしよし、悪いことを聞いちゃったね、ごめんよ」
ブランチ婆がセリアを抱きしめて慰めていた。
「おばさん、鍋が……」
「あらあら」
吹きこぼれそうになっている鍋に慌てて走って行く。
「セリアもう泣かないで、おばさん良い人だよ」
「……うん」
セリアの涙を拭いてやって頭を撫でていると、ブランチ婆が鍋を持ってくる。
「何もないけど、これ食べて元気だしなよ、人は悲しいことがあっても腹は減るんだ、沢山食べれば元気が沸いて出るもんだよ、さぁさぁお食べ」
熱そうな鍋から色んな野菜や肉を取り分けて貰って食べる事にした。
「セリアの好きな肉も入ってるよ、ほら僕のもあげるから食べよう」
二人で冷ましながら食べる、陽太には懐かしい鍋料理で出汁も薄味だが美味しくてお替わりを貰うほど食べていた。
「ねぇおばさん、この辺りは森を切り開いて家を建ててる所が多かったけど人気がある場所なの?」
「ああ……、この国は農業が盛んでね作っても作っても直ぐ売れちゃうんだよ、なんせアルステルの野菜は人気があるしね、それにここは世界中から傭兵が一稼ぎしに集まってくるんだよ、沢山のギルドもあるみたいだからアルステルの野菜の消費が激しいんだよ、だから農業をする人も増えてきてるんだよ、国も農業には力を入れてるから森を切り開いて農家をする人に売ってるんだわさ」
(じゃあここは新興住宅地みたいなものかな)
「この辺りの土地って高いの?」
「安いさ、何と言っても森を切り開けばいくらでも土地はあるんだしね」
(よし)
「ここの人はおばさんみたいに良い人ばかりなのかな」
「あはははっ、あたしが良い人か嬉しいこと言ってくれるねぇ、ここいらの人達ゃみんなのんびりと暮らしたい人ばかりさ、人が増えるのは嬉しいことだけど騒がしくなるのも嫌だね、あたしが言うのも何だけどね、あははは」
セリアがじっとブランチ婆の顔を見ていた。
「お替わりかい、良いさ良いさどんどんお食べ」
ブランチ婆が台所にいっている間、陽太がセリアに話しかける。
「美味しかったみたいだね、よかったね」
「うん、美味しい、おばさんねお母さんみたいな匂いがしたよ」
「そう」
セリアの母親とは体格も性格も違ったが、セリアが母親の匂いがするといったので少なからず好意は持ってるみたいだった。
それから昼過ぎまでブランタ婆とおしゃべりをしてこの町のことを色々と聞いていた。
帰る頃にはセリアも元気になったみたいでブランチ婆に手を振っていた。
(ここなら生活資金も稼げそうだし周りにブランチおばさんみたいな人がいてくれれば安心出来るな、家も僕のお金なら何となりそうだ、後は……セリアだけか)
結局は本人が納得してくれないといけないわけだが、前からいつか何処かでちゃんと住める所を探すといってたので、今言わないとあとはもうエスタルに行くしかなくなる。
(ここは心を鬼にしてちゃんと言わないと)
宿に帰り着いたときはもう夜になっていて、自分の寝台に座ってセリアと向かい合っていた。
「セリアはこの町はどう思う?」
「どうって?」
「いや、この町は良い所かなって思わないかなってこと」
「んっ、分かんない」
「ブランチおばさんや美味しい物がいっぱいあるんだよ、それに人もそれほど多くないしのんびりしてるよね」
「うん」
「僕はここがセリアにとってはいい場所だと思うんだ」
その言葉を聞いてセリアが身構えて陽太をじっと見ていた、多分次の言葉が何を言い出すのか分かったように目を大きく開けて震えていた。
「いや!」
セリアは陽太が言い出すのを恐れて首を振った。




