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それから数日間、平原を走っては野宿を繰り返して、やっと目前に険しく高い山の全貌が見渡せる場所までやって来た。
山は見えども近づく気配のなかった旅は、やっと眼前に見える所まで来る事が出来た。
しかし、山への街道は真っ直ぐ続いておらず緩やかに道が曲がっていたり、山に近づいたと思えば森の中に入っていき、迷路のようにぐねぐねとしていて森を出ると山はあらぬ方向に見えたり、横目に山をずっと走っていたりと中々麓までたどり着けずにいた。
「これほんとに街道なのかな」
まるで獣道をそのまま利用したような街道だったが、半日以上掛けてやっとの思いで麓まで来られて安堵した。
麓から伸びる道は山の上の方まで右に左に長い階段みたいに伸びている。
「ここ登るの?」
「うん、だからちゃんとローブを着て毛布を被ってた方が良いよ、ここでも少しひんやりする」
「うん、わかった」
「もしかしたら山で野宿することになるかも知れないからね、いくよ」
麓で十分休息をしてポムにも沢山の草を食べさせておいた。
「少しポムの草も持って行ってあげようかな」
荷台が重くならない程度に草を集めて積み込んでおいた。
「じゃあ出発」
山道に足を踏み入れる。
転がる砂利で滑らないように足元に気をつけながらポムの歩きやすいところに手綱を引いて誘導していく。
緩やかだが進む距離は相当長かった、だがポムにとっては急な坂よりは負担が減って安全に進めそうである。
この旅がポムの一番の見せ場になるかも知れない。
ポムは鼻息を荒くしながら一生懸命荷車を引いて崖を登っていき、曲がり角もなんのその、軽々と向きを変えて上へ上へと山を登っていった。
平坦な場所があればポムを休ませてまた歩き出す。
時間を掛けてしばらく登っていくと周囲が一望出来る高さまで登ってきていた。
眼下に見えるのは広い平原と深い森、陽太達が通ってきたくねくねした形の山道を見ることが出来た。
「僕たちはあそこから来たんだよ」
陽太が指指す先にはプラハの森があり、深い森の中に首都があるなんてここからでは分からず何も見えない、ただ街道が森の中に向かって伸びているのでプラハに続いていることだけは分かるぐらいだった。
「ちっちゃいね」
「あんなに広かった森なのにここからだと小さい茂みに見えるね」
「ヨータほら、下見て」
「結構な高さまで来たね、危ないからあんまり顔出さないでよ」
ガタガタと揺れる荷台でセリアのお尻が浮くと叫び声を上げて陽太に飛びつく。
「だから危ないって」
まだ中腹にも来ていない場所でも既に眼下の景色は豆粒みたいに小さくなっていて、気温も下がってきていた。
それほど気にする程の寒さではないが、汗をかく程の気温ではなくなっていた。
横に連なる山や頭上にそびえる尖った山は自然の防壁のように山肌に当たる風を押し戻している。
下から吹き上げる風は生温かく不快に感じていた。
「もっと上に行けば冷たくなるよ」
話してる間にもポムが頑張って荷台を引っ張ってくれていて、それから一時間も進むと山肌は剥き出しに草すらも生えていなくなっていた。
岩肌と砂利道だけの道で眼下を見ることも出来ない山奥まで登ってきていて、次第に平坦な道に変わってきた。
道の頂上に登り切ったのだと思ったときには、太陽が赤く色づき始めてくる。
「ヨータ寒いよ」
「毛布を足まで隠して、もっとこっちにおいで」
陽も傾き始め、一気に気温が下がり始めて身震いをするほどに冷たさが伝わってくる。
セリアは二枚の毛布で身を包んで顔だけを出していてもまだ寒がっていた。
陽太は一枚の毛布を肩から掛けているだけで、懐かしい冬の寒さを思い出しているぐらいだった。
「今日は山越えは無理かな、こんなとこで野宿は出来ないし」
暗くなれば足場の悪い山道は進むことが出来ない、少し歩を早めて行ける所まで行くしかないと手綱でポムを急かした。
地平線に見える赤い太陽がみるみるうちに隠れていき、帳が降りてくる。
陽太はポムを止めてランタンを灯して野宿出来そうな場所に出るまで我慢して進んだ。
足元を注意深くゆっくりと進んで行くと、岩場の風を防いでくれそうな場所に着くと、ポムを止めて野宿をする準備に取り掛かった。
あまりの寒さで手がかじかんで中々火が点かず、何度も試すが虚しく失敗して諦めた。
「もう今日は食べて直ぐ寝よう、寒いけど我慢できる?」
セリアはぶるぶると震え、食欲もないようだった。
「少しでも食べておいて、体が温まるから」
荷台に落ちてた石で車輪止めをすると、二人寄り添いながら夜を過ごすことになった。
持っていた服を着込んでなるべく風の当たらないようにしながら朝が来るのを待つ。
二人が眠りに落ちた夜更けに風は止んだが、顔に当たる空気は冷たかった。
「ハクション!」
陽太は自分のくしゃみで目が覚めた。
鼻は冷たくむずむずする。
「……寒い」
風は止んでいたがしんしんと空気が冷えていて冷凍庫みたいだった。
「火を起こそう」
荷台から降りて、かじかむ手で何度も試しながら火を点けた。
小さな火が大きくなってくると、じんわりと手の感触が戻ってくる。
まだ荷台で寝ているセリアを起こして二人で暖をとった。
「もっと体を温めないと出発出来ないね」
「ヨータお腹減った」
袋から取り出した干し肉はかちかちに凍っていてそのままでは食べられなかったので、一度火で炙って温めてからセリアに渡した。
「うわっ、水も凍ってる」
水袋は石にでもなったみたいに固く、逆さにしても水が出てこなかった。
「これも温めよう」
火の近くに置いて溶けるのを待っていた。
「こんなに寒くてもポムは元気だね」
草を持って行くと元気よくいなないて、分厚い皮膚と毛が体温を逃がさないのか鼻息を鳴らしながら黙々と積んでいた草を食べ続けている。
夜が白々と明けてくると少しずつ気温も上がってくると、
「あとは下るだけだから頑張ろう」
「うん」
顔だけ出して火に当たっていると眠くなってきたのか、セリアは言葉少なげに陽太の膝を枕にして目を閉じていた。
陽太は火に薪をくべながら干し肉を静かにかじる。
(やっとここまで来たんだ、もうすぐエスタル王国か……長かったな、あの村から逃げて追われて捕まりそうになって崖から落ちて死にそうになって……、あの時はまだ旅をしている意識もなかったし、とにかくエスタルのある北に向かうしか目標がなかったな、あれからどれだけの月日が経ったんだろう、半年? いやもっと経ってるかも知れないな、もうすぐ僕も十五になっちゃう頃だな、ここでの年齢に意味があるのかどうかも疑問だけどまだ十五だもんな)
いつまでも元の世界の基準で考えるのは、何処かでいまだに自分は元の世界の住人という意識がどこかでありわけ隔てている自分がいた。
(ここではもっとしっかりしなきゃいけないんだ、泣いたり悩んでたりしても誰も助けてくれない、それに……)
膝の上のセリアを見た。
(セリアを守ってあげないといけない)
陽が高くなり体に暖かい日差しを浴び始めると荷台に乗り込み、アルステルに向けて出発した。
暫くの平坦な道を行き山を越えていく、固い岩場の道を抜けるとそこは一面の森が広がっていた。
広大な森は視界に入る全てが森であったが、街道だけが森の真ん中を突き抜ける感じで北に伸びて森を両断しているのが見える。
まず麓まで降りるだけでもかなりの時間が掛かることが予想され、そこから更に北に進まなければならない。
この広大な森の中にアルステルがあるのだろうかと陽太は目を懲らして探すが見当たらないほど広大で地平線いっぱいに森、森、森で埋め尽くされていた。
何とも広大な森だと陽太は息をのんだ。
ミーハマットも大きな森の中にあり、迷いそうになるほどの土地の中に国があったが、アルステル国とエスタル王国、そしてもう一つ北にあるサスターク国の三つの国が隣同士にあるという、三つの国が南北にに並んであるというのに、ここからではそれらしき建物が一切見えない、となると一体この広い森は何処まで続いているのだろうかと想像するとも出来ずに身震いを覚えた。
「……広すぎる」
その言葉しか出てこないぐらい素朴な感想だった。
森の中は陽太もセリアも苦手だったが、ここまで来て森を横断するのが怖いからと言って引き返せるはずもなく、意を決して山を下り始めた。
麓まで降りるのに半日が掛かってしまい、到着したときは高い森の木が二人を迎えていた。
長く真っ直ぐに続く街道を見ると楽に走破出来そうな錯覚が起きるが、上から見ていた陽太にはこれは中々大変な道だと思っていた。
砂漠とは違い、別の違う怖さがあった、砂漠は暑さと水の確保が重要な所だったがここでは周りの森の不気味さがある。
押し寄せてくるように街道の両脇の木が首をもたげて通る旅人を上空からのぞき込んでいるような不気味な感じを醸し出していた。
「ヨータ、早く行こう、なんか怖い」
「そうだね、早く抜けたい」
一応大きな石も少なく人の手が加えられた街道に足を踏み入れていく。
景色も何も街道を行く先に少しだけ見えるだけで、あとは昼間なのにうっそうとした暗い森の中ぐらいしかない。
「セリア大丈夫?」
「うん、まだ明るいから」
セリアはきょろきょろと森の中を見ては何かいるのかどうか見ていた。
「怖いね」
「何かいるのかな」
「さぁ、こんなに広いから何かいるかも知れないね」
「大っきい動物が出てきたらどうしよう」
「これだけ木が多ければ、大きい動物が来たら音で直ぐ分かるよ」
「でも、真っ暗になったら何処から出てくるか分かんないよ」
「だからなるべくこんな道で寝泊まりしないように飛ばしてるんだよ」
ポムには申し訳ないが、せめて開けた場所か宿場町がある所までは頑張って走って欲しかった。
ポムが疲れてきたら少しの休憩をして頑張って貰った。
まるで進んでいないかのように変わらない景色の街道を急いで走っていると、対面からやってくる人影を見つけた。
馬に乗った二人組は黒いローブを着ていてフードを降ろし顔が見えない。
通り過ぎるまで陽太はじっと見ていたが、相手はこちらにちらりとも見ずにすれ違っていった。
「なんだろうねさっきの人達、今の時間からだと山に入ったら直ぐに日没になるのにあんな軽装で何処に行くんだろう」
訝しんではいたがこっちもそれどころじゃなくなっていた。
山を降りてからずっと街道を進んできたが一向に町や村すら見えてこず、太陽の位置を考えてもあと一、二時間で陽が暮れてしまう。
街道にも変化はなく、今日中に人のいる所に着ける自信がなかった。
「ポム頑張って!」
鼻息が荒く今にも止まりそうになるポムに声を掛けるが、速度は落ちてきておりここまでかと思い始めた。
「少し休もう、ポムがバテそうだよ」
街道で止まって休憩をしている間にも陽は傾き赤く色が変わっていくと、街道に暗い影が伸びてきて黒く染まっていった。
「急いで野宿の用意をしなくちゃ」
取りあえず火を起こさないと何もならない。
森に落ちている枯れ草を集めて火を起こし、ポムを近くの木に繋いでおいた。
「ああっ、とうとう野宿になっちゃったね」
「ヨータ、ヨータ」
「早く食事を終わらせて寝れば大丈夫だよ、目が覚めたら朝だから」
何もないただの道に一つの明かりだけが小さく灯っている。
気温は下がり肌寒く、毛布を被りながら食事を済ませて体を温めてると、荷台に入って寄り添いながら眠りについた。
夜中に陽太が目を覚ますと、ポムが騒がしくいなないていた。
荷台から顔を出してポムを見ると何かから逃げるように後ずさりをしているが木に繋がっているので逃げることが出来ずにいた。
「何かいるの?」
目を懲らすが真っ暗闇で何も見えない、恐る恐る陽太は荷台から降りて消えていたたき火に再度火を灯すと、燃えた薪を持ってポムの近くに寄った。
「どうしたの、なにかいるのかい」
松明を森の中に照らすして確認するが動くものは見当たらない、が、ポムは相変わらず逃げ腰で鳴いていた。
もう一度よく森を火を照らして見ると、何かの光る目が見えた。
「わっ」
何かがいる。
距離は分からないがそれほど離れているわけでもないように見えた。
その目は陽太の背よりもずっと高い位置で光っていたので、初めは見つけることが出来なかったが、それは大木に寄りかかってこちらを見ているようで微かに唸る声が聞こえていた。
体が痺れたみたいに震えて声が出ない陽太だったが、頭の中ではここで弱音を見せたら終わってしまうと冷静に状況を把握して、震えながらもゆっくりとポムをつなぎ止めている綱を外して荷台につなぎ合わせた。
刺激しないようにゆっくりと荷台に乗った陽太は詠唱を唱えて森の中に放り投げた。
すると弾けた光の玉が森の中を昼間のように明るく照らす。
その瞬間、森の中にいた物の姿が露わになった。
それは恐ろしく巨大な熊のように、二本足で立ち上がっていて大木を両腕で小枝を握るように掴んでいた。
余りにも大きいのですぐ目の前に居るように思えたが、飛びかかってこれるような距離ではなさそうだった。
「うわあっ」
陽太の叫びと共にポムが走り出した。




