10
やっとの思いで山を越えると直ぐさま動物のいた場所に向かって街道を逸れ、大きな岩がごろごろと密集している場所に向かった。
「この辺りだったはずだけど……、あっ」
陽太が大きな岩場の周囲を見渡すと岩が重なりあってその間に大きな洞穴が出来ている場所を見つけて急いでその中に入って行く。
外からは岩場の塊にしか見えなかったが、奇跡的に重なりあった岩の隙間に出来た空間の砂が長い年月でなくなって出来た穴だと思われた。
影になっている所に触れるとひやりと肌を冷気が撫でる。
穴の中に入ると奥の方で動物のいななき声が聞こえた、先ほど見た動物とその仲間達が数匹この避暑地に逃げ込んでいたのであった。
この辺りに住む動物なのか身体は大きかったが攻撃的な威嚇はしてこず、逆に怯えたように奥に身を寄せ合っていた。
「ここに住む草食動物なのかな、ごめんよ、何もしないからここにいさせてね」
馬から降りると新たに取り出した水袋でポムと水を分け合った、かなり喉が渇いていたと見えてポムは一気に水を半分近くまで飲み干すとやっと落ち着いた様子を見せた。
「ここは涼しい……」
大きな岩がお互いに支え合う形で均衡がとれていて屋根の様に中央の天井が高くなって飛び跳ねても届かないくらいだった。
岩の隙間から冷えた空気が洞穴の中の熱気を外へと押し出していて熱くなった身体に気持ち良く、火照った身体を冷ましてくれた。
「ここはいいね、涼しくなるまで休もう、暑い中にずっといたから疲れちゃったよ、なんだか生き返るように頭がすうってするね」
食欲は沸かずに火照った身体が冷えてくると疲れが出てきて眠気が襲ってくる。
乾いた地面にマントを敷きその上に横たわると、地面の気持ちよさで直ぐに眠りに落ちていった。
「ふああ、よく寝た」
外はすっかり暗くなり夜空に星がちりばめられていて、雲一つない空には月からの明かりが青白く地面を照らしていた。
「今日から旅は夜になるね」
奥の方で休んでいたポムが陽太の側に寄ってくる。
他の動物たちは陽太が寝ている間に何処かに行ってしまったようで、洞穴にはポムと陽太だけだった。
「よし行こう、ってその前に何か食べとこう」
今宵は月明かりのおかげで地面が青白く、松明がなくとも普通に歩くことが出来た。
街道に戻った陽太はマントで身体を包んで先へと歩み始めた。
夜は昼と打って変わって気温の差が激しく昼間の汗だくだったのが嘘のように肌寒く、マントを羽織っていても身震いするほどであった。
「ここは砂漠なのかな、周りに何にもないしこの前まで大っきい木があったのに山を越えてから何処にも見当たらなくなってる」
月夜の街道は何とも幻想的で昔見たアラビアンナイトを思い出していた、海外に行ったことなどなかった陽太には、砂漠をらくだに乗った旅人が月夜に照らされシルエットになっている光景を自分が体験するなど思ってもいなかった。
自分の境遇を考えると誰も知り合いのいない所に行きたいとよく思っていた、人をいじめる事で自分達の威厳を保つことに必死になっている奴らの小さな世界の中で、一緒に生活をしたくないとインターネットで世界の風景などを見ながら思いに浸っていた時期があった。
それが今、この世界に自分の願っていた場所が沢山あるのだ、自然と魔法に広大な大陸は陽太に高揚感を与えていた。
青白い街道をポムと二人静かに北へと進んでいく、見渡せる限りで休憩場所となれる所はないか確認しながら走っていた。
今日陽が昇るまでに避難出来る場所が見付け無ければならなかった。
山を越えてから陽太の目の前に広がるのは砂と岩だけの平原であった、その中に一筋の街道が北へと延びている。
「しばらくは平坦な道のりだね」
行く先の道が分からない山道での絶望感は金輪際味わいたくなかった、二日目にして死ぬ思いをさせられ、これからの旅について考えを改めていた。
どれだけ寝ていたのか、だが夜空には星空がまばゆく輝き陽が昇るのはまだまだ先であることはわかった。
早くどこか人のいる場所に着きたくてポムを走らせる、山道と違いぐんぐんと加速していき颯爽と街道を駆け抜けていく。
フードを深々とかぶり、突き抜けていく冷たい風が服にはいらないように片手で服を押さえながら手慣れた手綱さばきでポムを操る。
星を見ながら短い休憩を挟んでとにかく北へ北へと距離を稼いでおきたかった。
たき火もせずに少しの水と干し肉で腹を満たすと直ぐに馬に乗り込み駆け出していく。
はっきりと見えていた星空が薄く光を落とし隠れていく替わりに、空全体が地平線より沸き上がる明かりで白く濁り始めてきた。
「もうじき朝だ」
陽太は周りを見渡しどこかに避暑地はないか探していたが、ここに来るまで平坦な街道には何処にも休める場所はなかった。
暗闇の中だったのでもしかしたら見逃していたのかも知れない、そう思うと焦りが見え始めてくる。
「……早く見つけないと」
明るくなったことで遠くまで見渡せるのは有り難かったが、それだけ時間もないと云うことでもあった。
地平線にはわずかながらの山が見えるがあそこまではまだかなりの距離があるとみえ、もっと近場にないか目をこらしながら先を急いだ。
右手から朝日が地面にきらめく光を照らし始める。
陽太は頬に暖かさを感じ始めるとポムを急かせた、陽が昇り始めたらあっという間に気温が上がってくる、その前に避暑地を見つけなければならない。
周囲は水色から黄色の世界に様変わりを始めた事で見えなかった物が見え始めていた。
陽太は遠くまで視界が広がったことで地形を確認できた。
「あれは……」
走る先の街道沿いに小さな小屋を見つけた、大きな岩の影に隠れてわずかにのぞく屋根が見えたので、陽太は急いでその小屋に向かった。
それは最低限の木材で作ったような囲いに屋根が付いただけの小屋であった。
入り口には扉もなく、中は剥き出しの地面だけで他の設備など一切なかったが、取りあえずの避難場所の為に使われているみたいだった。
これでも炎天下で走るよりかははるかにましで、中に入るとマントを敷き水をポムと分け合った。
「この先もこんな風に道沿いにあると良いんだけど、どんな小さくても良いから早く町に入りたいな」
持ってきた三袋の水も半分になっていた、初日で無駄使いしてしまって旅に不安を感じていた。
「ポムも水だけじゃお腹がすくよね、砂漠だし草なんかないしね……、あれ? 昨日いた動物たちがいたってことは何か食べ物があるんだよね、何処かに食べるものがあるならポムに食べさせてあげたいな」
地図を広げて確認するも今自分達がどの辺りにいるのか分からなかった、街道だけの細い線が書かれているだけで次のサンまでの間に名の書かれた場所は少なかった。
「多分、この辺りまで来てるのかな、この山を越えてここだとすると……何にもないや、海にも遠いし戻るにしても三日も歩いてきたから帰るにも距離があるなぁ」
地図上で進むにしても戻るにしても中間地点に近く、陽太は迷ったあげく先に進む事に決めた。
もしかしたらそれまでに地図にはない村や人家があるかも知れない、戻ると今来た日数が掛かるのなら我慢して一気に砂漠を抜けたかった。
「ここだって人が来られない場所でもないんだ、道があるって事は何処かに繋がってるはず、ポム我慢してね」
隣で座っているポムの頭を撫でてやると、嬉しそうに大きな口を開けて唇を振るわせてくる。
陽太はポムの身体に身を寄せて夜が来るのを眠りながら待った。
陽太はまたもあの苦々しい日々の夢を見ていた。
苛められている陽太を遠巻きにして関わらないように距離を置くクラスの男女、苛めてくる奴らに目を付けられないように授業時間以外は教室から出ていく、その目はうっすらと嘲笑を浮かべている様にも見て取れる。
多分、外でひそひそと仲間内で馬鹿にしているのだろう、陽太がいくところに苛めてる奴らも付いてくるから教室から出るなよとでもいいたげな眼差しであった。
苛めている奴らも陰険に見た目に暴力を振るってこない、言い逃れが出来るように不意を装った故意を演じてくる。
卑怯な人間はどこにでもいる、いない世界なんてないだろう、ならどこでなら自分は生きていけるのだろうと考えていた。
頬を伝う涙の冷たさで目が覚めた陽太は暗くなった小屋の天井を見ていた。
「ああ……、そっかここは元の世界じゃなかった」
涙を拭うとゆっくり起き上がり荷支度をする。
昨日と同様に夜が明ける間、距離を稼ぐため先を進んでいった、この何もない砂漠では代わり映えのない景色に間隔が麻痺するときがあった。
昼間はいくら進んでも足踏みしているのではないかと思うほど山が遠くに見え、暑さで視界がぼんやりと一分がもの凄く長く感じられてならない。
夜は暗闇の中、風景を楽しむことが出来ないかわりに夜空を眺めて物思いに耽りながら気持ち良く進むことは出来た。
(問題は明け方だ、夜中に見つけ出すのは難しいな、周りが見えてきたら隠れる場所を探さないといけないや、それまではこの時代の夜空をゆっくり眺めよう)
ここでの旅の厳しさは十分体験出来たと陽太は感じていた、昼間の暑さから逃れられるように各所で簡易では有るが避難場所を建て、旅が安全に出来るようにと作ってきたのだろう、どこにあるのか知っていればかなり余裕を持って旅が出来るのだろうけれど、それを聞いてこなかった事に陽太は後悔した。
「とにかくこの砂漠を越えるのが先決だね」
それから二日、かなり北まで進んだ陽太が明け方に見つけた小屋で昼寝をしていると、何かの物音で目が覚めた。
「ん? 何……あっ、誰?」
陽太の荷物を漁る少女と目が合った。
「何するの」
陽太は飛び起き少女の持っていた水袋を取り返した、最後の貴重な水だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、殺さないで」
少女は小屋の壁にへばりつくように手で頭を押さえて懇願していた。
「殺したりなんてしないよ、でも人のものを盗むのは良くないよ」
「水を、水が欲しいの、お母さんが……お母さんが死んじゃう」
涙を流しながら必死に訴えてくる少女の表情は怯えきっていたので、陽太が優しく聞き返した。
「君のお母さんはどこにいるの、病気なの?」
陽太の質問に首を振る少女。
「サンに行こうとお母さんと旅をしてるの、でも水がなくなってお母さんが倒れちゃったの、助けて」
少女のひび割れた唇から微かに血が滲み出ていて、それも直ぐ乾いて赤黒く変色していた。
「まずは君がこれを飲んで、ゆっくり口を濡らすんだよ」
陽太が少女に水を差しだしゆっくりと喉を潤わせた。
「君の名前を教えてくれない? 僕は陽太だよ」
「私はセリア」
少女は口の中を潤すと水を陽太に返す、それを受け取った陽太は荷物をポムに積み込むとセリアに言った。
「行こうかセリア、君のお母さんの所に、その前に……」
陽太は袋の中から布を取り出すとセリアの頭にかぶせてやった。
「まだ使ってないから汚くはないよ、こんなに暑い中でそのままだと日射病になるしね」
「ニッシャ……、わからないけど有り難う」
「行こうか」
炎天下の外はじりじりと熱く、こんな時間に外に出てくるなんて自殺行為だと思いながら、少女をポムに乗せて駆けだしていく。
「ここから遠いの?」
陽太が聞くとセリアは首を振った。
「すぐそこなの」
セリアの指差す方向へと馬首を向けていくと、街道から外れた東の岩山のほうに向かっていく。
ごろごろと大小の岩が密集して転がっている方へと進みながら、
「あの山の下」
セリアが指差して教えてくれた。
距離にして陽太の小屋からはそう離れていたわけでもないが、それでも女の子が歩く距離ではかなりの距離だった。
馬を飛ばしセリアのいう場所に来ると、岩山に掘られたのか自然に削れて出来たのか定かではないが小さな洞窟があった。
セリアはポムから降りると走って中に入っていった。
陽太は周りを見渡し安全かどうか確認するとポムと中に入って行く。
暑さはしのげる場所であったが、ここだと街道から離れすぎて人が来そうもなかった。
「お母さん、人を連れてきたよ、助かるから頑張って」
奥からセリアの声が聞こえてくる。
陽太が水袋と食糧を持って声のする方へ向かうと、セリアが傍らで倒れている女性に話しかけているのを見つけて駈け寄っていった。
「おばさん大丈夫? 今、水をあげるから」
かなり衰弱していてやせた体をしていた。
陽太に気づくとうっすらと開けた目はうつろで頬がこけていた。
「セリア、おばさんを支えてあげて」
二人で両脇から上体を起こすと、口に水を流し込んであげる。
「ゆっくりと飲んで」
陽太が言葉を掛けると、女性の喉がごくりと動く。
「心配しないで、僕も旅をしてるんだ」
女性のもっとくれという仕草をするが一気に飲ませようとはしなかった、貴重な最後の一袋の水というのも有るが、ここで水がなくなったら三人とも共倒れになってしまう。
「おばさん、次はこれをよく噛んで食べて」
取り出した干し肉を一口、女性に食べさせた。
陽太は唾液が出てお腹に何か入れば満足感が出るだろうと思った。
「有り難う」
目に輝きが戻ってきた女性が陽太にお礼を言う。
「いいよ、こんな場所だもの、助け合わないとね」
そう言ってセリアにも干し肉の袋を渡して食べさせてあげた。
セリアと母親は夢中で干し肉をむさぼり食う、それを見て陽太が二人に聞いてみた。
「でもなんでこんなとこで、荷物もなしに」
二人は手荷物というものもなくただこの洞穴にいたのが気になった、その陽太の問いに母親が答える。
「私達二人でこの砂漠を旅してサンのタムサって街に向かってたのよ、そしたら強盗に襲われて荷物を置いて逃げてきたのよ、馬はいつの間にか何処かに逃げて行ってしまって食糧も何もなくずっとここに隠れてたんですよ、もう三日も何も食べずにここで死ぬのだと覚悟していたんです」
母親は擦れた声でゆっくりと話した。
「こんな所に強盗が出るの?」
陽太は何もない砂漠のど真ん中に物騒な奴らがいるなんて思っても見なかった事を聞いて驚いた。
「運が悪かったんでしょう、たき火の明かりを見てやって来たんです、私達は徒党を組んでやってくる一団を見て咄嗟に逃げ出したんですよ、明け方に戻ってみると荷馬車の荷物を持って行く奴らがいたので仕方なくここで人を待つことにしたんです」
「あっ! そうか分かった、君たちがあの荷馬車に乗ってたんだね、砂漠に入る前に僕を追い抜いていったのを見たよ、そうかあの時の……」
不慣れだった道のりで後れを取ったのが幸いしたのか、もしあのまま難なく砂漠を進んでいたのなら自分が先に強盗に遭っていたのかも知れないと思った。
「僕はエスタル王国ってとこに行く旅をしてるんだよ」
「エスタルって遠い所なの?」
とセリアが聞いてきた。
「それが分かんないんだ、僕はずっと南の国から出てきたから外の国のことは知らないんだよ」
陽太は頭をかきながら照れた。
「何をしに行くんだい?」
続いてセリアの母親が聞いてくる。
「うん、実はエスタルにある魔道学校に入りたいと思ってるんだ、一緒に暮らしていたおじいさんが亡くなる前に教えてくれたんだ、僕は素質が有るからエスタルに行って腕を上げて来いって」
「まぁ、魔道を使えるのかい? 魔道なんて使える人は私達の周りにはいなかったから噂でしか聞いたことがなかったけど、どんなことが出来るんだい?」
セリアの母親は起き上がって座り直した。
「そんなに魔道が使えるわけじゃないんだけど、水と光が使えるんだ」
「それは凄いわね、水とか出せるのなら飲み水に困らないんじゃないのかい?」
「駄目だよ、ここは乾燥しきっていて空気中に水分が少なすぎるからね、水を作るって訳じゃないんだ、扱うって言ったほうがいいかな」
陽太もそれが出来ればお腹いっぱい飲ませてあげるんだけどな、と頭の中で思った。
「そっか残念」
セリアが残念そうにうなだれた。
「サンはここから遠いのかな、かなりの距離を来たと思うんだけど……、一緒に行ってあげたいけど乗り物がないしなぁ、どうしよう」
ポムに三人も乗れるわけもなく、自分が歩いたとしてセリアと母親を乗せても荷物を捨てなければならず、陽太が考えているとセリアの母親が提案した。
「もしかしたら荷台は残っているかも知れないわね、荷物と馬は持って行かれたかも知れないけれど、もし残ってれば良いんだけれどね」
「うん、わかった夜に見に行ってみるよ、セリア場所教えて頂戴ね、夜までゆっくり休もうよ」
もし動けそうならポムに引っ張ってもらいサンまでいけるかも知れないと一縷の望みに賭けた。




