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バルートはタイムトラベラーだった。
本名は神場陽太、十二歳、不登校になって一ヶ月、中学に入ってすぐにいじめに遭い二学期から学校に行かなくなった。
元々内気で話し方におどおどする節があったのが気に入られなかったのか、些細ないじめから悪質な物へと変わっていき、人と接するのが億劫になったのが原因だった。
一日中部屋の中でパソコンと向き合い、嫌な出来事を忘れるかのように趣味に没頭していた。
親と向き合うと学校の出来事を根掘り葉掘り聞かれるのが嫌で、会話をしないよう何かあればドアの隙間から紙切れに用事を書いて出しておくのが定番になっていた。
それから一月後、いつものように好きな考古学のサイトを見ていた。
考古学になりたいわけでは無く、遺跡や出土品、建築や文明がどんなものかを想像するのが好きだった。
オーパーツなど不思議な出土品を見て考えるだけでわくわくしてくる。
その時その時代に誰が何を見て作ったのか、現代の文明でも作るのが難しい物が何千年もの昔の人が作れたなんてロマン溢れる出来事に、興味が沸かないはずが無かった。
(現代だってあと何千年も先の人がみたら同じ事を思うかな、もしかしたら昔の国も現代ぐらいの文明があったんじゃないのかな、僕らが知らないテクノロジー、機械では無く何かもっと別の……、錬金術、魔法みたいなの)
サイトには色々な遺跡やオーパーツの写真が掲載されており、見たことのある物から新しく発見された物までたくさん説明付きで貼られていた。
明らかに最近作られたのでは無いかと思う様な物から、世紀の発見と世界の考古学者のお墨付きの物まで閲覧者の心をくすぐる内容で書かれている。
陽太は画面をスクロールさせて一覧を確認していき、面白そうなのが無いかサイトの隅々まで見ていく。
すると、小さな記事を隅で発見した。
一見すると何でも無い一本の石碑のようなものが、地面に突き刺さっているだけのものである。
説明文からは古代の建築物の柱ではないかという内容だったが、陽太はその柱が異常に気になっていた。
円柱では無く、石を四角く切っただけの柱というより石碑に感じられ、表面には文字が刻まれていた痕跡があった。
それも説明では柱に彫られた模様だと言うことだったが、陽太にはなにか言葉が彫ってある様に見えた。
長い年月と雨風で彫られていたものはかすれていて、凹凸があるぐらいしか分からないほど削られていたが、近くで見れば模様に見えなくもなかった。
陽太はその石碑の立っている場所にも気になっていた。
緩やかな丘の上にぽつんと立っているだけで、周りには他に建物があった痕跡すらなかったのである。
丘の周囲にだけ短い雑草が生えており、丘の下には樹木がうっそうと茂った森が広がっている。
場所も表示ではヨーロッパとだけ書かれていて、詳しい地名は明記されていなかった。
(見てるとなんだかへんな感覚になるなぁ)
石碑をじっと見ていると、時折拡大された風の視界になってしまう、意識が引っ張られると言えば良いのか、体を画面に近づけていないにもかかわらず、眼前に石碑が見えるのだ。
(寝不足かな)
何度もおかしな感覚が襲ってくると、気分が悪くなって車酔いみたいな目を閉じても体が揺れている気分がしてきた。
それでも見ずに入られない得たいの知れない魅力を感じてくる。
段々と引っ張られる感覚の間隔が短く、強くなってくる。
それにつれて視界が戻らなくなってきて、今や石碑の細部まで見えるぐらい視界が近づき、手を伸ばせば届きそうな、考えればもちろん石碑に触ることなど出来ないのだが、それすらも忘れるほど妙にリアルで触れそうと思えるほどの感覚が脳裏に浮かんでくる。
意識はすでに石碑の虜になっており、体の感覚もなく夢をみているみたいに意識だけがそこにあった。
(視点がぼやける、気持ち悪い、もう見ていられない)
陽太はぐるぐると視界が回りながら暗くなり、そして落ちていった。
眩しい日差しで気がつくとそこは海岸の砂浜だった。
(へ? ゆ……め……かな、それにしても暑いな)
Tシャツの上にトレーナーを着て、Gパンを履いているいつもの普段着だった。
起き上がった陽太は靴を履いておらず靴下だけだったので、熱い砂の温度が伝わってきて立っていられなくなった。
「熱っ」
後ろを見ると木々が生えていたのでそこまで走って木陰に入った。
トレーナーを脱いで腰に巻き付けると、汗で濡れたシャツに気持ちの良い風が通り抜ける。
風を感じながら景色を眺めると目の前には透き通る海が広がり、遠くは色の濃い海が広がっている。
一面海で何処にも島などは見えない。
きめ細かく軽い砂は風が吹くとさらさらと飛んでいくほどだった。
海岸沿いの木々は見たことの無い植物で、幹は細く大きな葉が生えていて上のほうにいくほど尖った小さい葉がまとまって生えていた、それが幾重にも木から垂れ下がって木陰を作っている。
森の奥の方も太くは無いがしっかりと真上に向けて伸びている幹に、同じように尖った葉っぱが生い茂って木陰を作り、中は薄暗くなっているのがわかる。
幹は鱗ののように木の皮が下からめくれて登りにくくなっている。
「何処だろう、ここは…………夢なんだよね?」
一体何が起きてどうしてここにいるのかさっぱり分からない、最後の記憶は自室だったと思っていたが、いつ自分がこんな所に来たのか身に覚えがなかった。
(ここにいてもしようがないし、どうしようかな)
海以外は深そうな森しか見えない、かといって靴も履かずに森の中は歩けないと悩んでいると、右手から男が二人砂浜を歩いてきて陽太を見ると立ち止まり、何かしら会話を交わしていた。
手には槍を携え、上半身は裸で革の短いスカートを履いて腰に何か袋がぶら下げられていた。
現地民なのか上半身には出来上がった厚い胸板が盛り上がって動くたびにぴくぴくと筋肉が震えていた。
嫌な予感がしながらも夢だし大丈夫と思い少しの間二人を見ていると、相手が槍を両手に構えてこちらに歩いてやって来る。
男達の様子を見てるとどうも怪しげにこちらに好意があるようには思えない表情だったので、身の危険を感じ始めた陽太は、捕まったらどうなるのかと思うと良い想像が出来ずにどうしようかと迷った。
幸い男達との距離は結構あったので、こちらに来るまでに森のどこかに隠れられれば逃げ切れるのではと、一か八かの勝負に出るしか考えが思い浮かばなかった。
素早く後ろの森の中に逃げ込み、奥へ奥へと走って行く。
男達も陽太が森の中に逃げていったのをみると、駆け足で向かってきた。
森の中はひんやりとしていて、地面には落ちて積もった葉っぱでふかふかとしていて走りにくかったが足を怪我することを思えばかなり楽だった。
どんどん奥へ分け入り、木々の密集が濃くなってきて日光が地面まで当たりにくくなってくる。
薄暗い森の中で方角も分からずに、隠れる場所がないか探しながら奥へと入っていく。
後ろの方から奇妙な声が聞こえてきて背筋が寒くなってくる。
英語でもない、TVで見たどこかの部族の言葉でもない、聞いたことのない初めて聞く言葉だった。
(英語でも話せないのにそれ以外の言葉なんてわかるはずがない、なんで僕は外国にいるんだ?)
走っても走っても隠れられる場所が見つからない、周りの景色はどこもかしこも木々が等間隔で生えており、同じ景色にしか見えなくなっていた。
「はぁはぁ、なんだよ」
どんどん奥に入っていくと木々の途切れた広場が見えた。
その場所の木々は切られて切り株が何本もあった。
そこを通り抜けようとしたが、切り株に足を引っかけてしまい前屈みに転倒してしまった。
足首に痛みが走って起き上がれずにいると、男達は広場で倒れている陽太を見て急いでやって来た。
「わああ、僕何もしてないよ、助けて」
槍を構えた男達が何か陽太に叫んでいたが、言葉が分からない。
男達の声も怒気をはらんでいるのは分かっていたが、どうしようも無かった。
「助けて助けて、助けて」
大声を上げ頭を両腕で庇いながら、懇願した。
男達の槍が陽太に振り下ろされようとしたとき、陽太の頭上を何か熱い風が通り過ぎていく。
途端に男達が叫びながらのたうち回った。
陽太が顔を上げると、二人は炎に包まれ地面に転がり回っている。
「わわわっ、何?」
何がどうなって火に包まれているのかも分からぬまま、呆然と二人を見ていた。
後ろの森から足音が聞こえ、人が出て来る気配を感じて振り返ると、ローブを着た老人が立っていた。
「うわっ、誰」
老人はじっと陽太を見ていた、頭からつま先までゆっくりと眺めると陽太の顔を見ていた。
「ぼ、僕は何もしてないよ、助けて」
老人は何も言わず、きびすを返して歩き出した。
陽太は歩いて行く老人の背中を見ていると、立ち止まった老人が振り返り手招きをするとまた歩き始める。
「え、何? 付いてこいって……、どうするつもりなんだよ」
後ろでは息絶えた男二人から焼け焦げた嫌な臭いがしており、周りは見渡す限りの森の中、ここにいて夜になったら身動きも出来ないしなにより食べ物もない。
「こんなとこで隣に死体と一緒に寝れないよ」
身震いすると、慌てて立ち上がって老人の歩いて行った方に付いていった。
老人との距離をつかず離れず十分ほど歩いていると、次第に地面に傾斜が出てきてどうやら山に登ってるようだった。
(何処まで行くんだろう)
老人は淡々とした足取りで山を歩いている。
それから一時間歩き続け、靴下しか履いていない陽太は歩きにくい山道に悪戦しながらもなんとか老人を見失わずに歩いていた。
すると森に差し込む光で薄暗かった森が少しずつ明るくなってきて、老人の歩く先の森が途切れるとやっと森をでたことに気付いた。
重苦しい雰囲気からやっと抜け出せたと深呼吸をした。
(ふう、やっと出られる)
そこは断崖の細い道だった。
足下の道は大人二人分ぐらいの幅しかなく、その下は切り立った山肌を見せていた。
(うは、高い)
目眩と身震いが一気に襲ってきた。
一歩森側に寄って余り下を見ないようにしていた。
老人はそんな陽太のことも気にせず黙々と山道を登っていく。
道は砂利道で足が痛くて歩きにくかったので歩きやすい場所を探しながら付いていく。
少しずつ老人との差が離れていくと感じると時折駆け足で距離を縮める。
(結構登ってたんだな、あんまり暑くはない、気持ちいいな)
崖の下に広がる森と快晴の空、ずっと向こうには海も見えた。
(空気も澄んでて全身に駆け回るように流れるのが分かる、ここは一体何処なんだろう、こんな場所知らないぞ)
夢で情報のない場所なんて所を見るものだろうかと考えながら歩いていたら、いつの間にか日陰に入っていた。
ひんやりとして上を見上げると高々と山がそびえ立っていた、中腹の山道で平坦になっており木々は消え左側は全て山肌になっている。
老人は時折後ろを見るものの速度を変えようとはしなかった。
いつまで歩いて行くのか、足に痛みを感じ始めた頃、山道が行き止まりに着くとそこには小さいが立派な家がぽつんと建っていた。
周りは山肌と崖で、隠れるように家がそこにはあった。
老人が家に入っていくと陽太は家の前までいくとすぐには入らずに家の周りを注意深く観察していた。
(他に誰もいないな、薪と畑があるだけか)
家の窓から中を覗いてみると老人が鍋に火にかけていて、老人以外の人は居なかった。
どうしようかと迷っていたが、かなりの時間歩いてきたので足の痛みもあり休憩はしたかった。
陽太は思いきって家のドアをノックして中に入っていった。
老人が陽太を見ると何か言ってきたがよく分からない。
「ぼ、僕は陽太、神場陽太です」
老人が何やら話すがとても会話にならない、そこで陽太はジェスチャーと単語だけで老人に自分のことを教えてみた。
自分に指を差し、陽太、陽太と何度も老人に伝えてみた。
すると老人が陽太を指差して陽太と答えた。
「そうそう、陽太、陽太です」
大きくうなずき自分の名前を連呼した。
「ヨータ、ハハハ」
老人は何度も陽太を呼び笑った、そして胸に手を当て、
「ツィバル、ファヌベサルオルサ、フィルオ」
「え?」
陽太が首をかしげると、
「オルサ、オルサ」
老人は自分の胸を叩いて連呼する。
「おるさ?」
やっと伝わって嬉しかったのか老人が笑った。
出会ってからぶっきらぼうに陽太をここまで連れてきたが、案外明るい性格のように見えて陽太も少し気が緩んだ。
お互い名前を知ることが出来ただけでもぎくしゃくした関係が改善された気がした。
だがそれだけではこの先のことを考えるとまだまだ不安を感じずにはいられなかった。
気分が良くなったのかオルサが鍋に色々な野菜や肉を入れていく。
オルサは陽太に椅子に座れと手で促すと、陽太は素直に座った。
ぐつぐつと煮込んでいる鍋から何とも言えない良い香りが漂ってきて、匂いを嗅いでいると急にお腹が減ってきた。
出来上がった料理を出されると陽太は夢中になって食べ始めた。
「美味しいよ」
何杯もおかわりを貰い平らげていく、陽太の食べっぷりをオルサが笑いながら眺めていた。
満腹になると疲れがどっと出てくる、熱い日差しの中と長時間歩き続けてきた疲労が出てきたのだ。
目を擦りトロンとまぶたが重くなってくる、それをみてオルサが何か言ったが勿論意味はわからない、首を上げ下げする内にそのまま椅子で寝てしまっていた。
目が覚めると体のだるさがまだ残っていたが、上体を起こすとそこはベッドの上で眠っていた。
辺りは暗くすでに夜になっていて、家の中は静かで物音一つ聞こえてこない。
時間が分からないのでベッドから降りて窓の外を眺めてみた。
ここは家の二階だったみたいで真っ暗な景色にはシルエットになった森と遠く月明かりに照らされた青い海が見える。
(ここは一体何処だろう、なんで僕はこんな所にいるのだろう)
これは夢なんだろうか、それにしても感覚がリアルだ、歩いてきた時間の感覚も食事の食感も現実のものだった、ただ自分が今ここにいるという感覚だけが実感が持てなかった。
もしかしたら次の瞬間自分の部屋で目覚めるのではないのか。
常に付きまとうのはこの感覚であり、家の者に起こされた瞬間意識が一気に引き戻されるのではないか、そう考えるとそれまではここで変わった夢を見ているのも悪くないと思い気が楽になる。
(願えば空も飛べるのかも)
ふんふんっと意識を集中してみるが飛ぶことは出来なかった。
いつになったらこの夢から覚めるのか、一体自分はどうなってしまったのか何も分からぬままベッドに戻って布団をかぶりもう一度寝た。
朝になって起きたら何事もなかったかのように自分の部屋で目覚めるかも知れないと思いながら……。




