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001B 海上の少年少女 その2


「……美味し」

「うん、おいしいね。でも凄く高そう」


 スズメさんのナンパ発言をバッサリと否定した僕は、なぜか不機嫌顔になったスズメさんを連れてフェリー中二階のテラスへと上がった。

 落としてしまったコップやお菓子を返却し、新しいジュースとお菓子をトレイに乗せた僕たちはテラス席で向かい合っている。


「……DEクリエイティブ所有のレジャー用フェリーだし、多分有名ホテルとかに卸されてるのと同じだと思う」

「有名って(高級)って付く?」

「……うん。このオレンジジュース、ヒルトンで飲んだのと同じ味」

「ひ、ヒルトン?」


 お、おお? ひょってしてスズメさんってオカネモチなのだろうか? 言われてみれば着ている白いワンピースとか袖口なんかに刺繍とかしてあってお高そうに見える。ブランドになんて全く詳しくない僕だけれど、流石に量販物かどうかの判別は付く。

 だがまあ僕たちの間でそんな事を言うのはマナー違反か。一念発起してこのイベントに参加したんだし、普段僕たちを苛んでいる生活環境には触れないでおくのがルールだろう。


「あれだね。良く考えてみればこのフェリーにはさまよいアニマルの皆とか、同じ目的で作られた掲示板の人達が乗ってるんだよね」

「……うん。港をいくつか回ったから乗った場所は違うだろうけど、外海に出た今なら多分痛ネームとかも乗ってるはず」

「あはは、ブレイバーさんかあ。どんな人なんだろう?」


 しかし別の話を振ろうにも女の子と話すための話題なんて引き籠りの僕に有るはずもなく、無難にSNS仲間の事を口にした。

 でもブレイバーさんか。下のテラスとは違ってこの中二階のテラスには僕たちと同じ年頃の男女がチラホラと座っているので、この中にブレイバーさんが居てもおかしくは無い。


「……さあ、脳筋? どっちにしても痛ネームが普通の人間ではないのは確実。多分見れば解る」

「あはは、スズメさんは本当にブレイバーさんが好きだね。でも確かに見れば解りそうな気もするね。スズメさんの事も見て解ったし」

「……む、だれが好きって? 誤解は止めて。……あ、あとスズメで、良い」


 おや、スズメさんが拗ねてしまった。感情の薄い顔に乗った可愛らしい唇を尖らせてジュースをすすっている。何気に床に届いていない足も不機嫌に揺らしているけど、呼び捨てで良いと言ってくれたのは嬉しい。まあ本名じゃないからだろうけど。

 うう~ん。でもちょっと不躾だったかな。普段文字で会話している相手だとは言え、初対面の女の子に対して少し馴れ馴れしかったかもしれない。反省しないとね。と、僕が気まずげに笑っていると、突然テラス下の甲板から声が聞こえてきた。


「うー! みー!」

「…………」

「…………」


 男とも女とも断言できない中性的な声だ。離れた場所にまで届く綺麗な声だったけれど、その言葉の内容に関してはなんとも言い難い。さっき僕も似たような事をして恥ずかしくなったのでなおさらである。

 しかし、もの凄くタイミング良く聞こえてきたこの声に僕の頭の中ではとある名称が浮かんでいた。


「あ、はは。まさかね」

「……知らない」


 なんとなく冷や汗が出てきた僕はスズメに笑いかけたのだけど、どうも僕と同じ人の事を思い出していたのかムスッとした顔をしていた。

 そうしてなんとなく無言となってしまった僕たちが気まずげな空気を醸し出しながらジュースを飲んでいると、一階の甲板から上がってきた一人の……女の子?と視線が合った。


「あれ? ひょっとしてスズメ?」


 その女の子?は僕では無くスズメの方を見て言った。うん決まりだね。僕たちのハンドルネームを知っているのはあのSNSの人だけだし、これはもうどう考えてもあの人だろう。


「ねえ、スズメだよね?」

「……知らない」


 僕たちの席へとやって来た女の子?はスラリとしたスレンダーな体を屈め、椅子にチョコンと座るスズメの顔を覗き込んだ。とうのスズメの方はプイッと可愛らしく顔を背けて否定したけど、女の子はやけに自信ありげに断言する。


「いや! キミはスズメだ! その言葉までの間! 正にスズメだ!」

「……ウルサイ」

「とすると、ひょってしてキミはフヨウかい? いやあ、良い意味で想像とは違うなあ!」

「あはは、ブレイバーさんですよね? 初めまして」

「おお! やっぱりそうだ! 失礼するよ!」

「……あっちいけ」


 嫌がるスズメを無視して僕たちの座るテーブルに着くブレイバーさん。うん。ちょっと想像とは違ったけれど、ブレイバーさんだと言われてそうなのかと納得するほどにはブレイバーさんらしい態度だ。

 でもスズメと言い、見た目ではとても引き籠りだとは思えない。サラサラとしたボブカットの黒髪と好奇心の強そうな大きな目。姿勢がとても良く、足を揃えて綺麗に座る姿はスズメと同じく何処かの御嬢様のように見える。

 恰好は白のカッターシャツに黒っぽいソフトジーンズと、男が着るようなラフな衣服をしているので遠目には男の子の様にも見えるのだが、極一部分、胸の部分が凄く膨らんでいるので女性だとはっきり解る。


「いやあ~、スズメは本当に想像通りの可愛い子だなあ! 妹にしちゃいたいよ!」

「……へ、へんたい。さわるな、さわるな」


 ニマニマと笑いながら頭を撫でようとしたブレイバーさんの手をスズメが弾く。その攻防をしばらく続けた二人だったけれど、全く無為な行為だと気付いたのか乱れた身だしなみを整えて座りなおした。


「でも奇遇……という訳でもないか! 同じ船に乗るのは解ってた事だし!」

「はい。それでもやっぱり奇遇じゃないですか。お互い顔も知らなかったんですし」

「……うん奇遇。痛ネームは知らないけど、わたしを助けてくれたフヨウは奇遇」

「えっ?! 助けた!? なにかあったのかいスズメ!」


 ブレイバーさんの声が大きい。SNSの書き込みでも!を多用する人だったけれど、まさか素で!な人だったとは思わなかった。多分引き籠りだらけだと思うこの場の人たちがブレイバーさんの大声に迷惑そうな視線を送っている。あれだ。図書館で煩くする子供に向けるあの目だ。


「……痛ネームうるさい。周りの迷惑」

「おっと、これは失敬!」


 スズメも同感だったのだろう。そこで初めてブレイバーさんに顔を向けて抗議した。しかし小声で!を付けたブレイバーさんは器用だな。


「大した事は無いですよ。船が揺れた時にバランスを崩しそうになっていただけです」

「ああ、そう言えばさっき大きく揺れたね! 船に乗りなれないと危ないかもね!」

「……フヨウ、ありがと」


 スズメは何故か僕に感謝をしたけれど、ひょっとしてさっきの事を少しはぐらかしたからだろうか。

 テンションが高いブレイバーさんに燃料を投下するだけの気概が僕に無いだけなのだけれど。階段から落ちたとか言えばきっとブレイバーさんは大騒ぎするだろうから。


「これで後は管理人さんが居れば完璧だけど、彼女は向こうで待っていると言う話だったよね!」

「うん。最後の書き込みでそう言ってたね」


 今朝一番の書き込みで管理人さんが既に目的地に居る事が解っている。一足先に乗り込んで仕事の疲れを癒しがてら僕たちの受け入れ準備をしているそうだ。ここはいいとこ一度はおいでーとか発言していたので、もうバカンス脳になってるのかとスズメがこき下ろしてた。


「ふふ、でもほんとうに楽しみだな! ボクは見た目がこうだから良く誤解されるんだけれど、こう見えてかなり一杯一杯だからね! ストレスを発散しないとヤヴァイ!」

「……ふん」


 その言葉に異論はない。ブレイバーさんの発言に噛みつくスズメも鼻を鳴らしただけで同意している。スズメとブレイバーさんの問題が何かは解らないけれど、引き籠りのストレスの大抵は家族絡みの物だ。

 家族、か。僕はその言葉を脳裏に浮かべただけで心がモヤモヤとしていくのを感じ、蒼く澄み渡った空を見上げた。

 夏真っ盛りの青空。陽射しは強く、ジリジリと僕の肌を焼く。

 引き籠りがバカンスと言う名の冒険をするには少しばかり暑い季節だった。


 ――それから数時間。当たり障りのない会話で時間を潰した僕たちの目の前に、想像もしていなかった驚愕の光景が現れた。


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