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【冒険者】

「この屋敷はオモロイ。嫁はんにも子供にも見放されて現世で生きる目的を失うとったワシに活力を与えてくれた。ワシゃ好奇心にかられてこの屋敷に忍び込んで以来、めくるめく冒険の日々を送っとるよ。いうてみりゃワシャここでようやく生きる意味を見い出したのじゃ」


「……そう。まあ好きずきだけどね」


 僕は半ばあきれ、半ば感心した。確かにこんな超絶だだっ広い迷路のような屋敷の中にいろんな怪物がウロウロしてるんだから毎日手に汗握る冒険の日々が送れることだろう。


「でも」と僕は寿司山喜三郎のジイサンに聞く。「十年のあいだ、いったいどうやって生活してきたの。たとえば食べものは? 風呂は? それからトイレは?」


「そこ見てみい」喜三郎のジイサンが指をさした柱に、一本の斧が立てかけてある。


「あれがどうしたの、いったいどこからあんなもの手に入れたの」


 斧だけじゃない、柱から吊されている提灯や、さまざまな食器や小物、お針箱なんかもある。


「十年以上も屋敷の中を旅しとったら、そらいろんなもんが手に入るわい。からっぽやと思とった箪笥の引き出しから思わぬお宝が手に入ったりすることなんかしょっちゅうじゃ。あんがい物には困らん」


「それ、でも、泥棒だよね、いってみりゃ」


「まあ、そうともいうがの」そういってジイサンは汚い歯を見せて笑った。「あの斧はどこで拾たかのぉ。納屋みたいな部屋から拝借したんやったかのぉ。もう忘れたのぉ。ワシゃあれで獲物を狩るんじゃよ。んで、狩った獲物の肉を調理して食うのんじゃ。まあ、あれじゃな、ワシゃここで狩猟生活をしとるっちゅうわけなのじゃ」


「狩猟生活って……」イヤな予感がする。「ひょっとしてジイサン、まさかこの屋敷にいる怪物を狩って食ってるってこと?」


 すると寿司山喜三郎はニヤリと笑い、


「おまえ、怪物怪物ちゅうけどのぉ、中にはもともと食用のやつもあるし、食うてみたら結構美味なもんじゃぞ。よくいうじゃろ。グロいもんほど旨いって」


「聞いたことないよそんなの」僕はドン引きしていった。


 今まで出くわした怪物どもはどれもグロテスクだったが、旨そうに見えたのは一匹もいなかった。


「まあダマされたと思ていっぺんこれ食うてみ」


 喜三郎がスライスされ焼かれた肉の皿と、コップに入った赤い液体を差し出した。「腹へっとるじゃろ」


 僕は顔をそむけて「カンベンしてよ」といった。


 でも、ふと鼻腔に何ともいえない食欲をそそる芳醇な香りがただよってきた。そこで僕ははじめて自分が空腹であることに気がついた。


 チラと喜三郎の差し出した盆を見ると、調理されたばかりの肉からは食欲をそそるほくほくとした湯気が立ちのぼっていて濃厚なソースがかかっている。コップの液体はおそらく怪物の血だろうというのは想像がつくけれども、肉のほうにはグロな原型を想起させる要素がみじんもない。


 だんだんたまらない気持ちになってきた僕は、おそるおそる盆を受け取ると自分の前に置き、添えられていたフォークを手に取った。

 肉に突き刺すと、ジュワリとした油が滲み出てきて、これがまた直接すきっ腹を刺激した。僕はたまらずに肉を口に運んだ。


 うまい! 何これ? メチャクチャうまいんだけど。


 いったん口に入れたらもう止まらなくなり、とうとう僕は一気に完食してしまった。気がつくと赤い液体さえゴクゴクと飲んでいたから、よっぽどお腹がすいていたんだろうということはあるにせよ、こんなおいしい料理は十七年の人生ではじめてかもしれなかった。いきおいで思わずこのまま膝栗毛屋敷津々浦々グルメの旅にでも出たくなったくらいだった。


 そんな僕をニヤニヤした顔で喜三郎が眺めている。


「どうじゃ、うまいじゃろ」


 手の甲で口をぬぐった僕は、


「うん、こんなうまいのはじめて食べたよ。ほんとに怪物の肉なの」


「正確には怪物やないけどの」喜三郎のジイサンはいった。「だいたいなんでおまえ、この屋敷にこないたくさんのわけのわからん生き物がウロウロしてるか知っとるか」


「それは僕もずっと気になってたんだ。何でなの」


「ワシが屋敷にもぐりこむ前に世間で噂されてたところによると、要するにあれじゃ、この屋敷のあるじ、膝栗毛卓也が全世界から集めてきた珍獣たちだそうじゃ」


「珍獣……」


「そうじゃ。パピントン条約で輸入輸出が禁止されとる世界中の変わった生き物を、膝栗毛卓也は裏ルートで屋敷に持ち運びしとったんじゃ」


「どうしてまたそんなこと……」


「膝栗毛卓也は人嫌いの変人じゃからの。やつが昔、銀幕の大スターだったことはまだ若いおまえは知らんかもしれんけどの」


「僕がちいさいころ大スターだったってことは聞いて知ってるよ。急に引退して屋敷に引きこもったってこともね」


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