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6. ヴィザード艦隊出現

 その日もいつものように一艘の連絡艇がやって来て、リア・ソリス王女の謁見の栄誉に授かりたいとの申し出があった。王女の承諾を得たとの旨を連絡艇の兵に伝えると、小一時間ほどで西の空より近づいてくる船団が見えた。

 相手は最近になって小国を統合し、新国家としてスタートしたヴィザードの新国王とのことだった。甲板でその船団の到着を待ちながら、私にはそこにうさんくさいものを感じずにはいられなかった。すぐそばにヘリウムの艦隊を指揮するラング・ランドがいたので、疑問をそっとささやいた。

「謁見にしては船の数が多すぎませんか?見たところ、こちらの優に3倍はありそうですよ。それに、あまりにも密集隊形をとりすぎている」

「地球人カイ。むこうは正式に王女に謁見の申し出をしてきた。ここで気に入らないからと謁見を中止することは簡単なことじゃない。今は待つしかないんだ」

 そうやって心配しているうちにもヴィザードの船団はこちらに近づいてきた。船の重火器の射程距離に入ると思われるころには緊張は最高潮に達したが、何事もおきなかった。順調に2つの船団は200メートルほどまで接近し、悪い予感は気苦労だったかと、ラング・ランドが歓迎の配置に兵をつかせようとしたとき、ヴィザードの船団に新たな動きが見えた。最前列の巨大な戦艦が密集隊形をといて横に広がったのだ。

 

 見よ!その影から現れたのは小型の飛行戦闘艦だった!時を同じくして、最前列の戦艦の甲板よりたてつづけに小さな黒煙が上がった。砲撃してきた!

 日中は我が旗艦の前後を、護衛の大型飛行船が150メートルぐらいの間隔で随行していたが、後方の飛行船の胴体部分に被弾するのが見えた。砲撃一発で飛行戦艦が打ち落とされることはないはずだが、運悪くラジウム弾の保管庫に命中したらしく、小規模の爆発が立て続けに起きたと思った瞬間、船体の裂け目から紅蓮の炎が吹き出し、40メートルの戦艦は空中で粉々に四散した。ちりぢりになった船体の燃える破片とともに、100名からの勇敢な兵士達が、なすすべもなくゴミのように墜落していくのが見えた。

 

 なにもできないまま、僚船の最後を目で追っていたわけではない。百戦錬磨のラング・ランドの反応は早かった。砲撃の黒煙を認めた瞬間には、旗艦のマストにヘリウム王女の旗と戦闘開始の旗が掲げられた。

 我が軍が反撃を開始するまで、三隻の戦闘艦が尊い人命とともに失われていた。ヴィザード軍はヘリウム王女の旗が旗艦に高々と掲げられても、砲撃をやめる気配もない。普通は、強大なヘリウムの飛行船に、真正面から挑んでくる船はない。ましてやここら一帯はヘリウムの政治力、経済の影響が小さくない地域。常識から考えるとヘリウムに刃向かう、それも王女の乗る船に砲撃を仕掛けるなど狂気のさただった。

 

 我が軍が砲撃を開始すると、これが巧妙に仕込まれ綿密に計画を練ってから実行に移されたものだとわかった。ヴィザードの艦隊は風下にいた。一方ヘリウムの艦隊は風上にいたので、砲撃するたび砲手の前面には、黒色火薬の砲煙がまるで煙幕のように張り巡らされた。風が前方に流れていくまで、しばし敵船の姿を見失ってしまうことになり、砲撃は不可能に近い。かたや戦略的に地の利を生かしたヴィザードの艦隊は、常に風下の位置をたもち連続的に攻撃できた。

 不利な条件と、数に劣勢なヘリウムの艦隊はみるみるうちに追いつめられ、全滅は時間の問題だった。リア・ソリスの旗艦は今まで一度も砲撃を加えられず、敵の目的が王女自身なのだと私にもわかった。至る所に長距離ライフルの通常弾が飛び交っていた。私のすぐそばの砲手のからだが巨人の手ではたかれたように、がくんと反り返り後方に投げ出された。頭を打ち抜かれ、見るまでもなく死んでいる。

 すかさず彼の死体をわきによせ、長距離砲に取りついた私は、旋回緩衝用のエアシリンダーの抵抗を感じながら砲をまわし、手近の敵船にねらいを定め砲撃を開始した。ごついトリガーを引くと、ものすごい音と反動とともに目の前が黒煙で真っ黒になった。それでも構わず敵船のいたとおぼしき方角に連続発射し続けた。弾薬の無駄など考えても仕方ない。いつ、火器が役に立たなくなるかわからない局面にためらいは無用だ。早くも私の体はススで真っ黒になっていて、目を開けていることさえ困難だったが、王女を敵の手に落としてはいけないという一念から必死になっていた。

 

 極限に状況下では、私の視界はモノクロに変わる。あたりの阿鼻狂乱は色を失い、それとともに恐怖心も消えていた。砲台に取り付けられた装甲に、激しい音を立ててライフルの弾丸が当たり、ラジウム弾が破裂するのを心のどこかで認識していたが、今の私には感心ないことだった。

 気まぐれな風の向きが変わった。目の前の黒煙の幕が、舞台の開幕を告げるようにさっと横に引かれた。私が必死で追尾し続けていた敵の大型戦闘艦が、ほとんど戦闘力を失い、甲板の至る所が炎に包まれている。煙と炎いがい動くものは見えない。

 が、その後方にはおびただしい数の飛行戦艦が空を覆うように迫りつつあった。振り返り、ヘリウム軍の戦況を目にして我が目を疑ってしまった。煙の上がってない船はこの船ぐらいで、ほとんどが火災に包まれ、一目見るだけで戦闘力を失っているのがわかった。

 すでに舵手を失った船が、片側に残ったプロペラの回転が止まらず、同じところでコマのように回転している。かたわらには前部の浮力タンクをやられたのだろうか、おもちゃの船が後部に結びつけられた糸一本で吊るされたように、大きくかしぎながら、ゆっくり墜落して行くのが見えた。火災をあげながら漂う船達は、互いにぶつかり、その瞬間に激しく炎をあげて運命をともにした。

 

 装甲の陰に身をかがめながら、自分いる甲板の様子をうかがうと、戦闘に参加している者はほんの一握りの人数しか残っていなかった。残りの大半は甲板の血の海に静かに横になっていたり、負傷を負って身をよじりながらうめき続けていた。戦闘中に墜落死したものも大勢いたことだろうと思われた。隣の砲台では、ラング・ランドが鬼のような形相で乱射していた。視線を感じたのだろうか、彼はこちらを見ると怒鳴った。

「カイ! 何をしている、撃ち続けるんだ!」

 ラング・ランドの声で、ぼんやりした状態から我に帰った私は、残り少なくなったラジウム弾の連装カートリッジを取り換え、再び火線に参加した。いくら風の向きがさっきより良くなったと言っても、砲の連射は再び目の前を黒煙で覆い尽くし、敵の動きを見えなくしていった。

 ハンマーがむなしく空振りするのにようやく気がつき、空の弾薬カートリッジを交換しようとしたとき、船体に激しい突き上げを食らった。砲台からほうりだされた私は、甲板の血の海を滑っていき、キャビンの壁に激しくぶつかりようやく止まった。揺れ戻しが来る前に、手すりにつかまった私の目に映ったのは、横付けした敵の船から大勢の戦士が、まさにこの船に乗り込もうとしているところだった。ヴィザードの船はこの旗艦の死角、下からひそかに接近していたのだ!

 乗込み部隊の船はすでに無数のフックでこの船に固定され、今さら砲撃しても切り離すことは不可能だった。こうなったら考えていても仕方ない! 

 私は長剣を抜くと、乗り込んでくる敵の渦中に勇んで飛び込んでいった。地球では普通の男だが、ここ火星の、薄い空気と低重力の世界で育った男相手では、私は怪力の戦士だった。飛び込みざまの剣の一閃で、ヴィザードの戦士が3人、血祭りになった。その3人がまだ倒れる前にかたわらを抜け、現れた相手に突きをいれると、勢い余った剣はなんなく胸を貫通し、柄まで刺さってしまった。敵は続々船の甲板に乗り込んで来るが、目の前の光景にぎょっとして一様に足を停めた。

 そこにはヴィザードの戦士をくし刺しにした小柄な男が仁王立ちしていたが、見よ! その死体の両の足は空中に30センチも浮いていた! 剣を持つ戦士は、片手で楽々それをやってのけている。ヴィザードの兵がリア・ソリスの旗艦に見た戦士とは誰あろう、私、ジャスームのカイだった。

 私は戦いながら心は矛盾に苦しんでいた。こんな殺し合いはしたくなかったのだ。だが、そうしないとリア・ソリス王女の身が危ない。バローズの本を読んでるときは、勇ましいジョン・カーターの戦いの姿に一喜一憂し、自分もああいうスーパーヒーローになりたいと、あこがれにも似た気持ちを抱いていた。だが実際に戦闘に参加してみると、絶え間なく襲ってくるおう吐感と、自分に対する嫌悪感との戦いだった。

 自分はいったいここで何をしているのか? 飛び散る真っ赤な血、自分が致命傷を与えた相手の苦悶の顔。いっそこのまま敵の剣に身を投げ出してこの苦しみから逃れようかと思ったが、脳裏にリア・ソリス王女の美しい顔が現れ、あこがれと同時に傷つけられたプライドの痛みを思い出し、今ここで死んだら何も残らないと思った。

 

 己のしなければならないことを、果たすのだ! 

 

 そう決意をすると、殺戮にたいする迷いは消えていた。傷つけられたプライドと義務感が私を救った。再び戦意を取り戻した私は、敵の船に死体を投げ込み、自由となった長剣を握り直して切り込んでいった。極度に興奮した私の、渾身の一撃の剣の威力はすさまじかった。ガードの構えをしても私の剣の勢いは止められず、敵の剣もろとも首をはねてしまうほどで、後ろに回り込む者がいてもテレパシーで気配を感じとるのでよけることができた。

 だが、あまりにも敵の数は多すぎた。草をなぎ倒すように敵の兵を切り払っても、倒れる前に次の相手が出現してくるのだ。眼前の敵の壁は巨大なうねりのようになって、私をしだいに後退させていった。この事態に気づいたヘリウムの戦士たちが我先にと助太刀にきて勇敢に戦ったが、多勢に無勢、一人また一人と倒されていった。そうこうするうちに反対側にも敵の船が現れ、あっという間に多数のフックで固定されてしまった。新たな敵が乗り込んでこようとしていた。敵の兵は数百名だが、こっちはすでに10名も残ってない様子。全滅するのも時間の問題だった。

 

 ラング・ランドは歴戦の戦士らしく、いまだにしぶとく生き残って大勢を相手に剣を交えていた。彼もあとせいぜい一分もがんばれれば、いいほうかもしれない状況だ。味方はあと5名。

「ラング・ランド! リア・ソリス王女を逃がそう! ここはあまり持ちそうにないぞ!」

 そう叫んだ私は、ラング・ランドの返事も聞かずに後ろ向きに5メートルほどジャンプし、船室の入り口に陣取った。彼の代わりに残りの3名の戦士が持ち場を変わり、死を覚悟で敵を足止めしようと勇敢に戦った。

 ラング・ランドは部下に防御を頼むと、こちらに走ってきて通路にはいると、厚いドアを閉めて頑丈なかんぬきをかけた。

「これで少しは時間が稼げるだろう。さあ、王女の部屋に急ごう!」

 私にとって、王女の部屋に近づくのはあの日以来禁じられていたから、この斜面の通路を登るのはずいぶんと久しぶりだった。自分の命があと幾ばくもないのに、彼女の顔をまた拝めるかもしれないと考えると、どうしても顔がほころんでしまう。ラング・ランドは斜面を登りきったところにあるカメを剣で叩き割ると、中の油を斜面にぶちまけた。またこれで、ほんの少しだが時間を作ることができるだろう。

 王女の船室は最上階にあり、そこまでは3つの斜面を経由しなければならなかったが、そのつどカメの中身をあけた。すでにここはヘリウム王家の専用領域。通路には金糸の織り込まれた見事な絨毯が敷かれていたが、我々が通ったあとは、赤い血で汚れていった。王女の個室の扉をラング・ランドは3.3.4とたたいた。

「リア・ソリス様、ラング・ランドでございます! この扉を開けてくださいませ!」

 我々二人にはじれったいほどの時間がたってから、ようやく中のかんぬきが抜かれ、扉は開いた。そこには数人の侍女と蒼白な顔をした美しいリア・ソリスが立っていた。

「ラング・ランド何ごとがおこったのです? 先ほどからの外の騒ぎと、船のゆれに尋常なことではないと思っていましたが……」

「ヴァイザードの艦隊が前触れもなく攻撃を仕掛けてきました。残念ながら、数に劣る我がヘリウム海軍は全滅です! 残る船はこの旗艦のみ。王女様、ご決心を! 一刻も猶予がありません、今すぐ脱出を!」

 彼の無念さは見ていて痛ましいほどで、怒りと悔しさで全身がふるえていた。リア・ソリスは何のためらいもなくて荷物をまとめると、大きな布に手早く包んで背中に結びつけた。

「さあ、行きましょう!」

そのとき、ラング・ランドが一人の侍女を手招きして言った。

「ナデレード、おまえは王女に変装し、私と一緒に敵の目をそらすんだ。早く、王女の装身具をつけて!」

 ナデレードと呼ばれた侍女は美しかった。

身なりこそ王女と比べると質素だったが、見事なプロポーションの持ち主で、リア・ソリスと並んでもその輝きを失ってなかった。ふつうこれらの侍女は、幼くして……卵のうちから略奪されることもある……奴隷となったものたちだ。幼い頃から高貴な人たちに混ざり、同じような教育をされ、一生をともに過ごす。そのため、彼女らに奴隷という意識は薄く、またリア・ソリスにとっても彼女らは、奴隷と言うより幼い頃から一緒にいた友達みたいな存在に近かった。

 奴隷の印である首のリングをはずすと、ナデレードとリア・ソリスは男の目をはばかることもなく、互いに胸の飾りをはずした。赤銅色の肌よりも赤い乳首があらわになると、この非常事態にも関わらず、私の目はリア・ソリスの胸に吸い付けられた。私はよほど物欲しげな様子だったに違いない。リア・ソリスと目が合うと、彼女はさすがに赤面していた。「失礼」とあわてて目をそらすが、二人の会話の様子から腰の飾りの交換を始めたのがが分かると、この場で打ち首にされても一目見てみたいという衝動を抑えるのに苦労した。

 互いの装身具を交換した二人の娘は、私たちに振り向いていいと言った。そこには王様と乞食の話にでてくる二人のような、身分まで交換した姿があった。どう見てもナデレードがヘリウムの王女だった。一生身につけることはあるまいと思っていた王家の印の装身具を身にまとい、ナデレードの愛らしい顔は紅潮していた。この晴れ姿にはラング・ランドも驚いた様子だった。一方リア・ソリスのほうは、意外にも解放されたような顔をしてそこに立っていた。


 すかさずラング・ランドがこれからの指示を出す。

「自分とナデレードはここに残り、最後まで敵を足止めする。カイは部屋の奥のかくし扉より、船の後部にある高速飛行艇の格納庫までいって、二人で脱出してくれ。運良くこの戦闘空域を抜け出せれば、まっすぐ東へ向かい、ヘリウムまでは高速艇なら3日の距離だ」

 わかったと私は言い、壁掛けの下の巧妙な仕掛けの扉を開けると、リア・ソリスとともにくぐり抜けようとした。ふと、ラング・ランドが呼び止めた。私の肩を右手で痛いぐらいに強くつかむと「王女を頼む」深くうなずいた私は、何度も振り向いてナデレードとの別れを惜しむ王女をうながして、かくし通路に入っていった。

 後方で扉が閉められるとあたりは鼻をつままれてもわからないほどの暗闇に包まれた。私の左腕をしっかりつかんでリア・ソリスは付いてきていた。私は右手を壁伝いに沿わせ、すり足ながらも先を急いだ。

 

 二人は一言も口を利かなかったが、この世界に来てわずかばかりにテレパシー能力を持った私には、漠然とした感情の波を感じた。不安と信頼、私に関するわずかな不信感。もっともだった。生粋のヘリウムの戦士に守られるべき自分が、よその世界から来たと証する得体の知れない男の手に命を預けている。選択肢はなく、否が応でもそれに従うしかない自分。強大なヘリウムの王女たるリア・ソリスが、パンサン=放浪戦士にも等しき男に運命を握られている!

 そんな感情が彼女から発せられるのをひしひしと受け止めながら、私も無言のまま先を急いだ。通路が下りにかかると、一瞬躊躇して足が止まったが、手すりも下っているのがわかったので、いっそう注意を喚起して王女をリードした。長いように感じた通路もやがて行き止まりとなり、手探りすると正面は板壁になっていた。両手であたりを探ると、小さな突起物を見つけた。突起を横にずらすと、どんでん返しの壁が開き、暗闇に慣れた目にはまぶしすぎるほどの光にあふれた部屋が現れた。

 

 そこは単座艇や、二人乗りの偵察機が駐機された屋内格納庫で、大小合わせて7機の船があった。リア・ソリスが指さす方に、ひときわ目立つ船がおいてあった。鋭利な刃物のようなデザインの、競艇の船にも似た、いかにもスピードの出そうな船だ。長さが6メートルほどの二人乗りで、操縦席全体が透明のキャノピーにおおわれていて、空気抵抗を低減するようになっていた。また、船体の下にはジェットエンジンと見間違うような、二基の推進装置が取り付けられていた。これはプロペラに近いインナータービンを内蔵した、燃焼を伴わないある種のジェットエンジンだった。

「兄のカーソリスが設計した超高速艇で、父が命名したマーズ号です。これは強力すぎて、兄しか乗りこなすことができません。違う船にしましょう」

私もそれまでは、ラング・ランドの厳しい教育課程を経て、一通りの飛行艇を飛ばせるぐらいにはなっていた。この船を選ばないとあとで後悔すると、内なる声が叫んでいた。キャノピーをスライドさせながら、私はリア・ソリスに言った。

「このマーズ号に決めました。さあ、乗ってください!」

 私が操縦席に乗り込むのを見た彼女はあきらめて、隣のシートについてセフティベルトで体を固定した。二人のベルトの具合を確認し、メインスイッチを入れるとマーズ号は数ヶ月の眠りより覚め、船底の推進器がラジウム機関の動力でうなりだした。

 コンソールにあるスイッチで、船を固定するキャリアのロックをはずす。右手で推力を徐々に上げていくと、船はガイドローラーの上をゆっくりと前進していった。別のスイッチで格納庫のゲートを開く。左手で第八光線調整レバーをゆっくり動かしていくと、中央の大きなメーターの針がマイナスより徐々に動き出し、やがて一番上の中立浮力で静止した。

 「しっかりつかまって。行きますよ!」

 リア・ソリスが隣でこくりと頷く。強力な火星のラジウムモーターの回転を可変する、40段階の接極子ベアリングの組み合わせで飛行艇は速度を調整していたが、このマーズ号はカーソリスの飽くなき探求心と冒険心により、夢の火星毎時7千ハード(時速千マイル)に迫ろうとする高速を出せる。接極子ベアリングにつながるスロットルレバーをぐいっと後ろに動かすと、マーズ号はけた外れの馬力で格納庫を飛び出していった。

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