5. ヘリウムの兵士に
そうこうするうちに、部屋の外に数人の足音が聞こえ、ドアのかんぬきがはずされる音がした。そこには、最初の日にリア・ソリスの謁見に立ち会った、ドワールのラング・ランドが立っていた。手錠をはずすよう部下に命じると、ラング・ランドは言った。
「地球人カイ。リア・ソリス王女の命令により、おまえの身柄は私が当分のあいだ預かることになった。ヘリウムの兵としての訓練をたたき込んでくれとのご所望だった。さあ、一緒に来るんだ!」
私自身は彼女への怒りと興奮で何かをしないと爆発しそうだったから、願ってもないことだった。それこそ「上等じゃないか!」と叫びたいほどの心境だったのだ。
彼らに促されるまま船内をついていくと、大勢の兵士が剣の練習をしているトレーニングルームがあった。一対一で剣を交えるものがいれば、一対二で練習に励むグループもいる。数十本の剣が打ち合わされているのに不思議なことに、耳を差すような金属の打音がしていない。
激しい息遣いと、サンダルで床を踏ん張る時に出る音と、攻撃の際に口から出る気合いの音だけが混とんとした騒音の中から聞き取れた。手をとめた剣を見ると厚い革のようなもので、刃の部分がすっぽり覆われていた。なるほどこれだと痛い思いはするだろうが、致命傷となる深い傷はある程度防げる。まともに頭に剣が振りおろされれば、刃のプロテクターも役には立たないだろうが……。
気合いの入った練習の光景を見ているうちに、何か違和感を覚えたが、それがなんなのかは、その時はまだわからなかった。
「やめい!」
ラング・ランドの野太い声は、この騒音の中でも聞き逃すはずはなかった。瞬時に全員が切っ先を下げ、整列した。皆の呼吸の乱れがおさまるのを待ち、ラング・ランドは話し始めた。
「ここにいる不思議な客人カイ殿は、大元帥と同じジャスームから来た方のようだ。大元帥の剣の腕前は今更言うまでもないが、同じジャスームの人でありながらカイ殿は今まで剣を握ったことがないそうだ。今日から一緒に剣の修練にはげむことになるので、皆よろしく頼む。さっそくだが、そこの二人、緑色人の長剣を壁よりはずして持ってきてくれないか」
指名された二人は見事な筋肉質の引き締まった体躯をしていたが、長さが3メートルにもなる緑色人の長剣は、二人がかりでも壁よりおろすのは大変そうだった。よほど重いのだろう。運んでくる二人の筋肉は力が入って盛り上がっているのに、その腕は重さに耐えかね伸び切ってしまっていた。二人は私の足元にごろりと長剣を置くと、もとの場所に引き下がっていった。ラング・ランドは身振りでこの剣を私に持ってみろとうながした。
地球と比べて低重力だからといって、屈曲の戦士が二人がかりで苦労する物をもてるはずがなかったが、長剣の柄を両の手で握り締めると力を込めた。すると、入れた力が空回りするほど、あっけなくそれは持ち上がった。確かに重いが、野球のバット二本を一緒に持ったぐらいにしか感じなかった。
それより重さの割には体の重心の位置が感覚的におかしく、よほど体を後ろに反らさないと前に倒れそうになる。低重力のもと、持ち上げようとするものは軽くなったが、同時に私の体も同じ分だけ軽くなっているのを改めて自覚させられた。
「振りまわしてみろ」
ラング・ランドの指示で整列していた兵士達は場所を空け、私は3メートルの長剣をさまざまに振りまわしてみた。天井は低すぎて上段から振り下ろすことはできなかったが、何とか重心を保つことができた。規律正しく命令通りに整列していた兵士達から、驚きのどよめきが上がる。
剣を水平にした状態で片手で支えられるかなと思ったが、さすがに無理で、数秒しかその姿勢を保つことができなかった。切っ先がたまらず床につく。
「そこまでだ!」
その声でとてつもなく重い剣から開放されてみると、肩をゆらすほど息が上がっていた。次にラング・ランドは、最前列の兵士より抜き身に革のプロテクターがかぶさった本来の長さの訓練用の長剣を借りると、私に持つようにと言った。適当に一人の兵士を選ぶと、試しに手合わせをしてみろと言う。剣を一度もあつかったことのない私にはむちゃのことと抗議したが、聞き入れてくれない。
唐突に相手の剣士が踏み込みざま、私の肩にねらいをつけて振りおろしてきた。不意をつかれて、あっと思ったが、その剣の動きは私でも目で追うことができるほど遅く感じられ、難なく体をねじることでよけることができた。
手心を加えているとはいえ、自信があった一手を簡単にかわされて、相手の剣士はさすがに驚いた様子だった。踏み込んだ足をもとに戻すと、変幻自在の太刀さばきで私に切りつけてきた。もう、先程のような手加減は感じられなかった。それでも、私の目にはその剣先を目で追うことが何とかできた。足を同じ場所から動かさず、体の屈伸とひねりでそのすべての動きは見切ることができるほどだった。
よけることに注意が行き、気がつくと持っている剣先を下げてしまっていた。相手を倒さないといつまでも終わらないことにようやく思いいたった私は、胴を狙ってきた水平の剣の下をくぐって、相手の心臓の部分を剣先で触れた。
「勝負あった! カイ殿の勝ちだ」
私は異常なほどの鋭い感覚と、機敏な動きに驚きながらも、徐々にこの手合わせを楽しんでいる自分に気がついた。なぜかはわからないが、相手の剣士が剣を動かす一瞬先に、気配というか、それがわかってしまうのだ。自分にも、ジョン・カーターよりは弱いが、読むだけはテレパシーの能力があったのかも知れない。ラング・ランドは感心したように私を見て、肩に手を置いた。
「カイ殿。見事な身のこなしに、このラング・ランドも感服した。だが、剣術の基本の方はまるでいけない。まずは基本から覚えてもらうことにしよう」
そうして、私の剣の地道な修練が始まった。試合をさせると、誰よりも強いが、剣の扱いはまるっきりのしろうと。私にまつわるうわさ話は、いつも不思議な男だった。剣術の練習をしながら、ほかにも飛行艇の操縦方法を学んだり、厨房で料理を作らされたり、船に備えてある火器の扱いを習ったりの毎日が続いた。
船はヘリウムを出発してから、赤道に添って西へと行路を延ばしてきた。飛行船の航路にあたる部分の気象観測が目的のため、その進度はゆっくりしたものだった。毎日のように、交易の品々を乗せた飛行船とすれ違ったり、いろいろな国の艦艇と出会い、たまにヘリウム王女に謁見の申し込みがあると船団を停止し、船を横付けしたりの毎日だった。