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17、追跡

 サンダルの先が、溝にうまく入らないときは指だけが頼りだったが、火星の重力が弱いとは言っても長時間そんな状態が続くと、さすがにしびれてきて危険だった。それに、私には左手の指が二本ないというハンデもあった。壁面を登る際に、腰に下げた長剣がぶつかって音を立てないように細心の注意もしなければならなかったし。

 地上数百メートルという高度から来る不安と戦いながらも、ようやく敵の飛行船の上甲板近くまで到達した。舷側から2本のロープが出ていて、窓の中に消えていた。このロープで船を係留しているのだろう。いったんそのままの姿勢で静止し耳を澄ますと、甲板を歩き回っている数人の足音がした。何名か、見張りが残っているのか? 敵に姿をさらす危険を避けるために、今の窓をあきらめ、塔の側面を横に移動しながら、船から見えない位置の窓を探すことにする。横に移動するのは、まっすぐ上に登るよりずっと難しい。今まで以上に慎重に、手がかかる部分を探して、ゆっくり移動する。

 

 窓の下側は、20センチぐらい外側に張り出している。そこに手をかけ上体を持ち上げると、あいにく鉄の格子がはまっていたが、中の様子を見るのにはじゃまにならなかった。窓自体は、高さが1メートル半ほどか。格子を手でつかんで身体を支えようとすると、かなりぐらついている状態なのに気がついた。たぶん、相当の年月をへて、格子の枠を留める部分が腐食してきているのだろう。無理な力を加えて枠ごと下に落ちる危険を犯すのは、愚の骨頂だ。

 窓の張り出しにつま先を引っかけ、私の体が中から見えないように気をつけながら室内を覗き込む。明るいランプに照らし出された室内には、数名の赤色人の女性と、ヴィザードの皇帝サ・バンがいた。外側の壁には天井から豪華な壁掛けが下げられていて、ぐるっと室内を一周して覆っている。部屋の中央には差し渡し3メートルほどの円柱状の壁があり、扉が一つ見えた。この丸く湾曲している壁は、この塔の下から上まで貫通しているのだろうと思われた。その中に梯子かエレベーターのようなものがあって、この最上階まで登ってこられる構造なのだろうと見当がついた。部屋は必然的にドーナッツのような円形だったが、残念ながら、中央の壁がじゃまになって、その向こうは見ることはできなかった。この位置から見えるのは手前の女性達と、壁の向こうの人物に話しかけているサ・バンだ。

 

「……この期におよんでも、まだ私を拒むつもりか! 何度も言うようだが、ヴィザードの国民以外のバルスーム人は、一人として生き残らないのだぞ。私の救いの手をはねつけることは、すなわち自分自身の死だ」

「それがわたくしの望みなのです。愛するヘリウムが滅んだ後に、わたくし一人が生き残っていても、悲しみを思い返すだけの、後悔の日々となることは分かっております。それに、わたくしには誰よりも愛する人が、この世界のどこかに待っています。ヴィザードの皇帝サ・バン、諦めて立ち去りなさい! ここにいる女達は、誰一人あなたの誘いに従わないでしょう」

 そのせつな、サ・バンの右手が素早く振り下ろされた。いきなり暴力を振るわれた女性は、よろよろとよろめきながら壁の向こうから姿を現し、床に崩れてしまった。

 

 リア・ソリス!

 

 別れたときとは違う、豪華な装飾を身につけてはいるが、彼女に間違いない! 昏倒した彼女をかばうように、陰から姿を現した一人の女性を見て、私は怒りをあらわにした。シスではないか! 今まで確信までは至らなかったのだが、その姿を見て、あの時の拉致事件がすべてサ・バンの指金であることを知った。

 シスは気絶したリア・ソリスの上に身体を覆い被せるようにして、暴君の暴力を防ごうとしていた。次の瞬間、私は怒りに我を失った。サ・バンがシスの脇腹をつま先で蹴り上げたのだ!

 

 ゆるんだ窓の鉄格子を、力任せに引き剥がし、気がついたときには室内に躍り込んでいた。息もつく暇もなくサ・バンのそばまで跳躍し、怒りのパンチを打ち込んだ。地球人があれだけの力を込めたパンチ、当然サ・バンは向こうの壁まで吹っ飛んで当たり前だった。ところが予想に反して、彼は軽く頭を振ると、にやりと笑ったではないか! 私は、この事態にびっくりして一瞬放心し、麻痺していた。サ・バンは、口から唾と一緒に血を吐き捨てると言った。

「ご自慢の地球人の力が通じなくて、驚いているようだな。だが、不思議でもなんでもないことだ、私も地球人なのだから」


 サ・バンが地球人!

 

「お前はいつぞやの謁見の時の男だな。私にはお前の素性が一目で分かったが、そっちは見抜けなかったようだな。バルスーム人相手なら、その変装も通用するかも知れないが、地球人から見れば東洋人以外の何者でもない。どんな手段を使って、地下の牢から脱出したのか知らないが、あの時すぐに片を付けておかなかったのは、失敗だったな」

 素早くかがみ込んだ皇帝は、未だに意識の戻らないリア・ソリスとシスの身体に短剣を突きつけた。

「おっと!動くんじゃないぞ。この短剣には毒が塗ってある。この場で私を倒すことが出来ても、この娘の身体に短剣の刃がふれたらどうなるか分かっているだろうな」

 彼は短剣を構えたままリア・ソリスの身体を引きずるようにして、手の届かないところに後退していった。窓の所まで下がると、船に合図をしたらしく、大勢の兵士が塔のこの部屋に入ってきた。

「冥土のみやげに、いい話を聞かせてやろう。私はアフリカ探険の最中に、この火星に転移した。マナトス付近で赤色人の種族に捕まり、奴隷として50年も虐げられ続けてきた。火星の50年だぞ! 地球だったら、100年にもなる気の遠くなる時間だ。私はこの無情な世界に、いつの日か復讐をしてやると誓いをたてて、これまで生きてきた。夢に見たその日が遂に来たのだ! 私が選んだ人間以外は、この火星から消えてなくなる日だ。おや? どんな方法かと知りたがってるようだな。焦ることはない、お前にもじっくりと味わってもらうからな」

 この男は狂ってしまっていた。私の時と違って、友も知らず、愛する人とも巡り会わずに、孤独なままでこの世界を生き抜いてきたのだ。同じ地球人にもかかわらず、私にはサ・バンが違う星の人間に見えてしょうがなかった。だが彼の言っていた、火星に対する復讐とはなんなのか? 

 リア・ソリスを人質に取られて手出しの出来ない私は、サ・バンの警護の兵士達に縄で手足を縛り上げられてしまった。シスが顔を上げて私を認めた。思わず手をこちらにさしのべるが、兵士によって拘束されてしまった。リア・ソリスも意識を取り戻した様子で、サ・バンの腕を逃れようとしたが、地球人の男の腕力にはかなうはずもない。兵士達は、抵抗する女性達を次々に船に連行していった。窓から船にわたるところで、リア・ソリスは縄に縛られた私の存在に気がついた。

「リア・ソリス! きっと助け出してみせる!」

 ちょっとびっくりした様子が表情に現れるが、私が期待したような、愛する人との再会という思いはその顔からは伝わってこなかった。彼女はとっさに何かを口にしようとしたが、サ・バンがその口を手でふさいだので、聞き取ることは出来なかった。勝ち誇ったようにサ・バンが叫んだ。

「生きて再び会うこともないだろう。あの世にいったら、私が作る新しいバルスームを楽しみながら見ていてくれ! ここにいる女達は、私の身体の下で毎日のように、悦楽の涙を流すことになろう。そして、この女達が産み落とす、私の子孫達が未来永劫繁栄する様を見るといい!」

 高らかな笑いを残し、ヴィザードの皇帝は船縁を越えて見えなくなった。係留していたロープが落とされ、駆動系のモーターとローターの音が高まり、船は窓の外から消えていった。

 バルスームの未来そのものより、私にはリア・ソリスの妙に他人を見るような目つきが気になっていた。シスのほうに心は傾いていたのだが、やはりショックは隠しきれない。あの時の愛の告白は、極限状態におかれた女の、一時の気の迷いだったのか?サ・バンの最後の捨てぜりふに、自分の愛する人が暴君の意のままに蹂躙される姿が想像され、怒りと悔しさに歯ぎしりした。

 

 しばらくして、ジョン・カーターが船とともに、窓の外に姿を現した。

 火星の歴史上でもっとも偉大な英雄がこちらに近づいて来るにつれ、自分の犯した軽率な行動に激しい怒りと、強い後悔の念を覚えた。あの時リア・ソリスとシスに加えられた暴力に、我を忘れたとはいえ、後先のことを考えずに激情の虜になってしまった。ジョン・カーターだって他人の私に運命をゆだねるより、自分自らこの塔に乗り込みたかったはず。それなのに……会わせる顔がなかった。ジョン・カーターは一目でなにが起こったか悟ったようすで、なにも言わずにかがみ込むと、私の戒めを剣で切りはなってくれた。

「後を追おう!」

 それだけ言うと、ジョン・カーターは先に船に飛び乗った。係留されずに塔の外に浮かんだ船は、彼が乗ったわずかな衝撃で、ゆらゆらと5メートルほど漂い始めていたが、私はためらいもなく甲板めがけてジャンプした。

「サ・バンの乗った船はこの塔と街の城壁の、あの見張り塔を結んだ延長線上に消えていった。方角としてはほぼ東になるが、見当はつくか?」

 ジョン・カーターは私の失敗について一言もふれずに、こう切り出した。

「ここから東には……サ・バンが作らせている神殿があります。その先は大気製造工場です。彼らの向かった先は……」

 私がすべてを言い終わらないうちに、ジョン・カーターは飛行船を急発進させていた。近くに手すりがあったのでかろうじてしがみつくことができたが、そうでなかったら甲板にもんどり打っていたところだ。コンパスを見ながら、計器以外には灯火一つもつけずに夜の闇を船は切り裂いていった。

 

 ゾダンガ市街地を抜けるまで、目の前には幾多の塔が目の前に現れたが、ジョン・カーターはスロットルをゆるめることなく、巧みな飛行術でギリギリのところを最短距離ですり抜けていく。二つの衛星が空にあって、全くの暗闇ではなかったが、夜にこの速度で船を飛ばすのは自殺行為に近い。あっという間に飛行船は城壁を越え、障害物のない平原の上に出た。

「それで、君が見た部屋のようすはどんな具合だった?」

 そう聞かれて答えようとした私は、はっとなった。ほとんどなにも見ていないことに気がついたのだ。時速百キロもの高速で飛行する船体は、ものすごい風切り音とちぎれんばかりに回転を続けるプロペラの轟音で耳を聾せんばかり。私はできるだけ近づいて、大声で怒鳴らなければならなかった。

「あの窓から覗いたとき、私の目に見えたのはサ・バンとリア・ソリスとシスだけでした。ほかに大勢の囚われの女性達がいたのに、覚えているのはそれだけです。リア・ソリスとシスが暴力を振るわれるのを見たとたん、なにがなんだかわからないうちに部屋に飛び込んでいました。でも、人質を盾に取られて、なにもできないうちに縛り上げられてしまったのです。お力を借りたのに、役に立てなくてすみません。ですが、ヴィザードの皇帝サ・バンは地球人です! 長い間囚われの身になっていて、狂ってしまってます。最後に彼は、火星上のみんなが死ぬようなことを言っていました」

「早まったことをしたと叱りつけるのは、その現場にいなかった者の愚かな台詞だ。私が君の立場で、愛する者が暴力を受けていれば、たぶん同じことをしていただろうな。すぎてしまったことは気にしなくていい。大切なのはこれからどうするかだ。それにしても敵の正体が地球人とは……さすがに考えてもみなかった」


 そう言っている間にも、船の速度は最高速に近づいていた。普通、このクラスの小型巡航船は最高速はせいぜい200キロ止まりである。設計の最初から高速巡航を目的とした偵察艇などと違って、船の威信を示すために威圧感のある船体デザインをとり、国旗などを掲げるための複数のマストがついている。プロペラを駆動する推進器は、戦闘時の素早い転舵と強力な加速を得るために船の能力以上の力を秘めていた。

 船体後部にある、狭い操舵装置の風防の陰に身を寄せるようにして、我々はスロットルを最高に入れっぱなしにしていた。船の計器は、すでに危険な速度に入っていることを示していたが、敵を追跡する二人にとってはそれでももどかしいぐらいだった。

 

 突然大きな音がし、中央のメインマストが根本より折れて吹っ飛んでいった。目の前を、風防すれすれにかすめて飛んでいく太いマストに、思わず首を縮めながらも、私はジョン・カーターの方を盗み見ずにはいられなかった。長い牢生活で伸びきった髪の毛は、風防が巻き込んだ風に激しくなびいていたが、目は見開いたままで、遙か前方にいる敵の船を眼孔で射抜くように鋭い光を放っている。驚いたことに、口元にかすかに笑みを浮かべていた。まるで、今の状況を楽しんでいるかのようだ。

 そう言う自分をかえりみると、この危険きわまりない追跡行にわくわくしていることに気がついた。バルスームという世界が、自分には合っているのかもしれないと感じた瞬間だった。

 もう一本のマストが飛び、船体が不気味に振動をおこしはじめると、さすがの大元帥もスロットルを若干戻さないわけにはいかなかった。追いつく前に船がバラバラになってしまったら、どうしようもない。サ・バンが逃走を開始したときに3分ほど水をあけられていたが、追跡から5分もすると前方に飛行艇の赤い識別灯を認めることができた。

 

「サ・バンの船です! 識別灯を消していないところからすると、まだこちらの尾行には気がついてないようですね」

「いずれにせよ、空中では手出しができない。目的地がはっきりわかるまで、こっそりついていくのが利口なようだな。少しスロットルをゆるめよう」

 我々の船は、前方を行く船にこれ以上接近しないように速度を調整しながら、追跡を続けた。私はこの夜の体験を、一生忘れないだろう。肩と肩がくっつきそうな近くに、あのあこがれの英雄ジョン・カーターがいて、自分は同じ目的を持って行動をともにしている戦友だ。バローズの「火星シリーズ」のページをめくるたびに感じる、あの血沸き肉踊る、何ともいえない快いおののきを感じずに入られなかった。私は知らぬ間に笑みを浮かべていたのだろう。ジョン・カーターが話しかけてきた。

「カイもバルスームが気に入ったようだな。私もこれまで幾多の冒険を経験してきたが、バルスームに来てからのことは、まるで夢の中の出来事のように思えてしまうんだ。あとで振り返ると、本当に今までのことは自分がやったことなんだろうかと不思議に思えてしまうことがある。どういう運命の神のいたずらか、無我夢中で行ったことが、バルスームの歴史を変えることになってしまっていた。いくつかのことは、本当にこれで良かったのかと思うときもあったが、自分の信じる道を突き進むしかなかった。一つだけはっきりしているのは、デジャー・ソリスのためだったら、私はどんな非情な男にもなれるだろうと言うことだ」

「ジョン・カーター、私はバルスームに来るまで、平気で人を殺すことができる人間なんていないと思ってました。でも、いざ自分がここへ来てみると、何人も殺してしまっている。まだ地球でのモラルを引きずっているところはあるけども、どんどんバルスーム的な考えを身につけている自分を感じます。このワフーンの族長の印の首飾りも、初めは不気味に感じていたのが、今では誇らしく思っている。本当にこれでいいのでしょうか?」

 しばらく考えてから彼は答えた。

「この世界ではそれが日常なんだ」

 それ以降、二人の会話は、ぷっつり途絶えてしまった。たぶん、ジョン・カーターも私と同じ疑問を持っていたのだろうが、いつしかバルスームの騒乱の果てに埋没してしまったのだろうと思われた。

 

 そろそろ神殿建設現場に到達しそうだと思われるとき、前方の船は高度を下げ始めた。やはり思った通り、神殿はこのときのために建設していたのか! まだまだ空気の流れは速かったが、船の進行速度が目に見えて遅くなったのを感じて、船首部分に移動して様子を探ってみた。何もない平原に、そこだけ街が出没したかのように、無数の灯りが目についた。建設現場と、そのまわりの駐屯地の灯りに違いない。サ・バンの船は、神殿正面をめざしてゆっくりとした速度で降下していった。私は状況を一目で認めると、ジョン・カーターの元に戻り、叫んだ。

「ジョン・カーター! このまま、あの船のすぐ近くに降下しても、神殿警備の兵にやられるだけです。神殿の右に、丸く灯りの集中している場所が見えると思いますが、あすこはワフーン族の師団が駐屯しています。そのすぐ近くに降りてもらえますか!」

「ワフーン族のまっただ中に? 降りたらどうするつもりなんだ? 君の考えを聞かせてくれないか?」

「長い間サ・バンに捕らえられていましたが、私のワフーン族の地位は副首領のままだと思います。彼らに命令して、神殿に攻め入るのです! 我々二人だけで人質を救うには時間がかかりすぎ、なにもかも手遅れになるかもしれないと考えるからです」

 ジョン・カーターは分かったと一言叫ぶと、目のくらむような速度で一気に降下していった。

 

 駐屯地の光のサークルがどんどん大きくなり、このまま激しく墜落してしまうのではないかと恐怖を覚えたが、大元帥の操縦技術を信じて、歯を食いしばって耐えぬいた。船は高度を下げると言うより、舳先をほとんど真下に向けて突き進んでいく。下にいる連中も、船が異様な速度で接近しているのが分かったらしく、墜落の直撃をさけようと蜘蛛の子を逃がすように四散していく。地面まであと100メートルもない、これから降下速度にブレーキを効かせても激突はさけられそうにない! 

 

 だめだと思わず目をつぶった刹那、船は一気に姿勢を変えて舳先を天空に向けた。甲板はほとんど垂直の壁となり、手すりをつかんだ手が離れないようにするのが精一杯だった。次いで、爆発的にスロットルが開かれ、すべての推進器は極限まで咆吼した。ものすごい加速度に身体がちぎれそうになり、頭から血が下がり、気が遠くなる。ジョン・カーターは飛行船をまるでロケットかなにかのように、船尾から着陸させようとしているのだ! 

 

 船の構造材は悲鳴を上げ、ついには竜骨から無数の板が、ボルトを引きちぎって弾けていく。足元の甲板が大波のように盛り上がり、私の身体を手すりからもぎ取ろうと躍起になっていた。鋭い破裂音の連続がおこり、船の背骨といえる竜骨が、限界を超えてメリメリと折れた。無数の破片とおびただしい埃が舞い上がり、息もできなく目も開けられない。甲板に亀裂が入ったと思ったら、一気に裂けて、まるで生き物か何かのように身をくねらせる。内部の構造材が甲板を次々に突き破り、私を今にもかみ砕こうとする野獣の牙か槍のように林立した。無我夢中のまま、つかんだ手は死んでも離すまいと思っていたのだが、ついにその手すりがちぎれ飛び、私もろとも空中に放り出されてしまった! 

 

 どこが上か下かも分からず、次なる衝撃に備えて頭を手で覆い、身体を丸くするのがやっとだった。どしんという感じで地面にたたきつけられ、息が停まり気を失いそうになったが、どうやらそこまでだった。完全にくの字となり、船底を激しく損傷させた船は、一瞬静止したかと思うとゆっくり右に傾ぎ、激しい埃とともに地面に横倒しになった。それを見届けた私は、地面に手足を伸ばして大の字になった。今は、何一つ考えられる状態になかった。放心状態の私の名前を、呼ぶ声が聞こえた。

 

「カイ!どこにいる!? 生きているか!」

 その声に私は、一瞬の茫然自失状態から脱した。ジョン・カーターだ!

「ここにいます! 何とか生きてるようです」

 がれきの山と埃の中からジョン・カーターが姿を現し、こちらに駆けてくるのが見えた。すぐに私を見つけると、抱き起こし肩を揺さぶり、大丈夫かと尋ねた。私は露をはらうように頭を振って意識をはっきりさせると、腕を借りながらも立ち上がることが出来た。周囲に目をやると、大勢の緑色人兵士が、こちらに近づいてくるところだった。 

「私はカイだ! ワフーンの副首領のカイだ! ドワールのネルス・ザンドロはいないか?! いなければパドワールの誰でもいいから、いないか?!」

 大声で叫んだ私の問いかけに、すぐに一人の戦士が前に出てきた。彼は第7ユータンのパドワールということだが、長い間私が姿を見せないので、その目で見るまでは信じることが出来なかったようだった。おそらく、族長カイという存在は、駐屯地にいるワフーン族の兵士の中では死んでしまっていることになっていたのだろう。

 

 ジョン・カーターを、パンサン時代の友人のドタール・ソジャットと紹介し……ジョン・カーターの名前は火星上では知らない者がいない……これからしばらくは、行動をともにすることになると説明した。パドワールが十分に納得したのを見極めて、人質奪回の指令を下した。すぐさま各部隊に伝令を走らせ、非番の者も含めてこの作戦にあたらせることにする。ヴィザードの船が着陸する前に、何が何でも神殿の入り口を占拠し、人質のプリンセス達が神殿内部に連れ去られるのを阻止しなければならない。この際、いかなる理由があろうとも、人質の女性を傷つけてはならないと強調した。

 

3キロほど離れた神殿から漏れる灯りや周囲の施設のたき火に照らされて、暗闇から降下しつつある飛行船が見えてきていた。サ・バンの船は、夜ということでずいぶん慎重に着陸しようとしている様子だった。それにしてもジョン・カーターは、ずいぶんと時間を節約してくれたものだ。

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