15、皇帝サ・バン
4日目の朝、出がけの支度をしていると、ホロヴァスの使者が訪ねてきて、午後より皇帝サ・バンが謁見を許可する旨の、親書を携えてることを告げた。私はシスを伴い、ソートを駆ってゾダンガへ向かった。ソートに乗るのが初めてのシスのことを考え、20キロほどの距離をゆっくりと進み、しばらくして城壁にたどり着くとそのまわりを迂回しながら正門に到着した。
衛兵にサ・バンの親書を見せ、ワフーンの副首領の身分を明かすと、とまどった顔をした。凶暴なご面相の緑色人が現れると思っていたのに、小柄な赤色人がやってきたのでびっくりしたようだった。とりあえず親書が本物であることで納得したのか、つかの間の後、大きな正門の扉は左右に開かれた。通り抜けるとすぐに門は閉まり、頑丈なかんぬきが降ろされた。そこからは、衛兵の一人が宮殿まで私たちを先導してくれた。
石畳の広い街路にはヴィザードの国の民がごった返していたが、衛兵の一叫びで波のように人垣が分かれ、道が開けていく。さまざまな階級の人々が町を闊歩し、至る所で自由市場のテントが見られる。町は品々であふれ、活気に満ちていた。道行く人々は私のソートに道をあけたが、一様に興味深い面もちでこちらを見たり指さしている。
それも無理はない。名前を聞いただけで震え上がる、ワフーン族の身なりをした奇妙きてれつな赤色人が目の前にいるのだ。おまけに、首からは干し手首の装飾品をこれ見よがしにぶら下げているから、興味を示さない方がおかしい。お供の侍女が顔をすっぽりベールで覆っているのも、彼らにはミステリアスだったろう。
案内するままに町の奥へと進んでいくうちに、まわりの建物はいつしか壮大な高層建築だけになっていた。いま通過している街路は幅30メートルはゆっくりとあるように見えたが、200メートル級の建物が隙間なく林立する中では、思いのほか狭く感じられる。空を見上げても、建物に遮られてわずかの切れ目ぐらいしか見ることができないほどだ。昼だというのに、建物の影に入っているこの街路部分は、遅い夕刻のように足元もおぼつかないほど暗かった。
ゾダンガの町の外では無風状態なのに、この区画は地面と建物の上方の温度差で、いつも風が吹くという。事実いまも、冷たい下からの風が巻き上げていて、寒いほどだ。シスも寒さを感じたのか、今まで以上に身体を密着させてくるのが、背中に感じられた。
この界隈には、ほとんど民間人の姿は見られなかった。時折まれに、町の警備とおぼしき兵とすれ違うくらいで、寂しい有様だった。暗さと寒さで、実際以上に長く感じられた影の街路もようやく終わり、ゾダンガの中央広場とおぼしく場所に抜け出ることができた。
火星の都の常だが、都市の中央には数平方キロにもおよぶ広い公園がある。そこは、人々や王宮の憩いの場所であったり、さまざまな行事を行うための広場があったりする。さまざまな植物が植えられ、手厚い世話を受けて見事なまでの景観を作り出していた。あまりの開放感に、この先の試練を忘れてほっと一息ついてしまうほどの景色の変わりようだったのだ。
その公園にもまっすぐ街路が続いていたが、途中まで来て公園の中央を迂回するような道を進むと、目の前に宮殿が姿を現した。
建物自体は高さが100メートルほどで、他の建物よりずっと低く横に広がった様式だったが、その下の土台部分は驚くほど高かった。つぶれた四角錐の頭の部分を切り取って、そこに宮殿を建てたような情景を思い浮かべてもらいたい。建物より四方にすそ野をのばす斜道は割ときつい傾斜で100メートルほどあり、危険なくらい磨き上げられている。
全体の高度差は20メートルにもなろうか? その上に鎮座する宮殿の屋根より、高い尖塔が幾本も空に背伸びをしていた。その尖塔の中で屋根より200メートルはある、ひときわ高い塔が私の目を引いた。あの中に、リア・ソリスが幽閉されているのだろうか?
ソートの歩が進むにつれ、塔は宮殿の陰に隠れて見えなくなり、入り口のところで衛兵が停止を命じた。そこで我々はソートを降り、今度は果てしなく長い廊下を徒歩で進んだ。
廊下の両側には古代の絢爛絵巻が等身大で描かれている。こんな場合でなかったら、思わず足を止めて時間を忘れてしまうぐらいに見事な物だった。そこには現代の赤色人の姿は一人も見られない。もっと肌の色の白い人々ばかりだ。もし次の機会があるのなら、じっくり鑑賞したいものだなと思わずにはいられなかった。
ようやく控えの間に通されると、そこで私の武器のたぐいは取り上げられてしまった。リア・ソリスに火星の文化のことは学んでいたのだが、謁見の前に戦士の武器を取り上げるのは聞いたことがなかった。どこの国でも剣や銃は正装と同じ意味を持つのに。このばあい、ヴィザードの皇帝サ・バンが暗殺に対して極度の臆病になっていることを暗示するのだろうか?
取り上げた長剣や短剣を、数人の係りの者が紐で鞘から抜けないように、しっかりと結わえ封印した。そしてその剣を捧げ持ったまま、私に随員するようにとシスに教授した。やはりヴィザードの謁見では、女が武器を目上に捧げ持ったまま主についていくのが本道らしい。
本日の謁見の予定者は、私を含めて3人ほどか。いずれも立派な身なりの男達だったが、どう見ても戦士には思えず、どこかの国の商人のようだった。皆、美しさを競うかのような美女を連れていた。謁見の時間は一人15分ほどだったが、二人目の謁見者が戻ってくると、随行していた女の姿はなかった。不思議に思いながらも、衛兵の呼び出しの声で思考は中断された。いよいよヴィザードのサ・バンと対面するときが来たのだった。
扉が開き、一段高い玉座へと続く部屋の中央を、私はシスを従って歩いていった。心底緊張しまくっていたが、表面上はできるだけ堂々と見えるように気をつけながら、歩を進める。謁見に使われた部屋は間口が30メートル、奥行きが40メートルもあろうかと思われたが、近代に一度改修されたようで天井も低く廊下にあったような絵巻は描かれてなかった。両の壁際には、ヴィザードの高位の貴族や将校とおぼしき男達が並んで立っていた。
「停まれ!」
サ・バンの側近が声をかけた。ヴィザードの皇帝と私は互いに相手を値踏みするかのようにしばし見つめ合って、沈黙が続いた。玉座に座るその男は、背丈は私より頭一つ高そうだったが、がりがりに痩せていた。頬の落ち込んだ顔に、落ち着きのない異様に大きい目がまず目を引く。黒い髪は天然のちぢれ毛で、まるで自らの意志で乗ってるかのように、頭に張り付いていた。印象としては、過去に大病を経験したか、恐怖体験をし心を病んでしまった男のそれだった。私は謁見のしきたりをよく知らなかったが、沈黙に我慢ができなくなり口を開いた。
「ワフーンの副首領カイでございます。このたびはヴィザード国の皇帝の謁見を拝し、共栄至極でございます」
「カイと言われるか。オマッド(名前が一文字だけの下級戦士)のお主がなぜにワフーンの副首領を務める?」
そこで私はカルド・ソルバルとの出会いのいきさつを、手短に説明した。生死をかけた素手での戦闘の話を聞いたサ・バンは、興味を引かれたように目を細くした。
「お主が奴隷達に埃よけの布を配ったおかげで、死体係が仕事が少なくなって嘆いていたぞ。わしとしては、建設の能率が上がったのですこぶる感謝しているがの」
「これで、後はヘリウムがじゃまをしなければ、神殿建設は当初の計画通り進むと考えています」
私は精神を集中し、サ・バンが漏らす思考波を細大漏らさず捕らえようとしたが、何一つ感じられなかった。だが、危険を冒して口にしたヘリウムの言葉は無駄ではなかった。
「心配することはない、族長カイ。わしにはヘリウムのプリンセスが二人も人質になっているのだ。火星の大元帥ジョン・カーターとて、うかつには手を出せないでいる。正直言って、先ほどのカルド・ソルバルとの決闘の話を聞いて、お主を変装したジョン・カーターかと考えもしたが、背の高さや人相が違いすぎて間違えようもない」
この男は以外と頭が鋭そうで、気をつけなければとならないと感じた。
だが、ヘリウムのプリンセスが二人もここにいる! リア・ソリスの他にいったい誰が、デジャー・ソリスか?
謁見とは言っても、挨拶の顔見せの意味合いが大きかったので、いつ退席を命じられてもおかしくなかったが、皇帝はなかなか退席を命じず、たわいもない世相の話が続いた。私としては、ヘリウムのプリンセスが捕らえられていることの確認ができたので、早く一人になってじっくり考えを練りたかったのだが。
「お主の侍女は顔をベールで隠しているが、なぜなのじゃ?その見事な体つきからすると、たぐいまれな美女に違いないと考えるが?」
彼が興味の目でシスをなめるように眺めるのを見て、激しい嫌悪感を抱いた。そこで私は、シスが奴隷狩りにあった際に焼き討ちに会い、顔にひどいやけどを負ってしまったことや、口が利けないことを説明した。
「実際にこの目で見ないと、納得できかねる話だ。一度ベールを上げて顔を見せてもらえないか?」
大勢の聴衆がいる中でシスをさらし者にするのは忍びなかったのだが、この場合は仕方ないと感じた私は彼女のベールを持ち上げた。低いどよめきが謁見の間を包んだ。
「もうベールを下げてもよい。お主の話が本当であることは分かった。そこで相談だが、その侍女を金1000で譲ってもらえないだろうか?」
皇帝の申し出に私はさすがにびっくりし、つい言葉が出てしまった。
「ヴィザードの皇帝よ、なぜに哀れなこの女を所望するのでございますか? 宮廷にはこれより遙かに美しい女達がたくさんいられると存ぜられますが?」
「わしは立派な世継ぎがほしい。そのためには完全無欠な女体が必要なのだ。その侍女はいままで見てきた、どの女よりも美しい肉体を持っている。顔のやけどや声は生まれてくる命には影響がないだろ。どうだ、譲ってくれないか?」
自分の身勝手な欲望のために、人のことを考えないこのサ・バンと言う男に、私は心底怒りを覚えた。だが当面の目的のためには、今は我慢が肝心だった。
「皇帝よ、お許しください。このシスは幾度か献身的な看護で、私の命を救ってくれた恩人。ご覧のように、今は顔を人前に曝すことをはばかっていますが、心の中は私にとっては女神にも匹敵するほどの美しい光で輝いております。いずれは、正式に妻にしたいと思ってますので、この申し出は辞退のほどをお願いしたい。ですが、私の忠義心はいつまでもあなたの足元にいることを覚えておいてください」
この言葉にしばし考え込んでいた皇帝は、側近に何かを相談すると結論に達したようだった。
「失礼した、ワフーンの族長カイよ。あまりに見事な女体を目の当たりにして、言葉が過ぎたようだったな。我々ヴィザードはこれからもワフーンと良い関係を保っていたい。だから、今までの言葉はなかったことにしてくれないか」
この言葉を聞いて私は心底ほっとした。あくまでシスを欲しいと言われたら、戦うしか道は残ってなかったし、これだけの人数が相手では勝てる見込みなどない。皇帝も、私のワフーンの中での地位を考慮した損得勘定での判断だったろうが。
その後皇帝より、ゾダンガに自由に出入りできるお墨付きをもらい受ける約束を取り付け、その場を後にした。控えの部屋でお墨付きの手形のようなものをもらうまでに小一時間ほど待たされ、ようやく宮殿を後にしたのは午後も遅くなってからだった。
来たときに案内してくれた衛兵と別の衛兵が、都の出口まで先導してくれることになった。ソートの所まで来たときにハプニングが起きた。シスがへたへたと地面にくずおれたのだ。どうしたと尋ねると、彼女は答えた。
”サ・バンのところで、ご主人様とお別れになるものと覚悟しました。うそを付いてまで私をかばってくださって、本当にもったいのうございます。”
彼女が言った嘘とは、正式な妻にもらうと言うことだと思うが、私自身には嘘を言ったのか、本心を言ったのかの、本当のところは分からなくなっていた。衛兵に先導されたまま道を進んでいくと、おかしな点に気がついた。来たときと道が違うようなのだ。気がつかないうちに大通りからはずれ、いつしか人気のない通りまでやって来ていた。
「おい、君。ちょっと道がおかしく……!」
声をかけたのと同じくして、謎の大勢の赤色人戦士に囲まれていた。何かの罠にはまった!と思ったときはすでに手遅れで、私はソートから引きずり降ろされると、なんの抵抗もできないままにめった打ちにされた。薄れゆく視界に、シスが連れ去られるのが見えたのが最後だった。




