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12、廃都バララック

 ふと気がついたとき、そこは見慣れぬ建物の中だった。いったいどうしてという思いが頭の中で渦巻いていたが、記憶が断片化していてすぐには思い出せなかった。ここは酒田か、バルスルームか? 

  ベッドの中よりまっすぐ上を望むと、高い天井には荘厳な絵巻が描かれていた。かすれた絵に描かれた大勢の人々は、白い肌の西洋的な人種ばかりで、東洋人は一人も見あたらない。また、身につけているのはおびただしい宝石類だけで、衣服に当たるものは見あたらないので、一種の宗教画的な雰囲気を持っていた。

  

 やがて誰かがしきりに自分に呼びかけていることに気がついた。そちらに注意を向けると……。悪夢に何度も登場してきた悪魔がそこにいた! 緑色人のカルド・ソルバルが、同じ部屋の隣のベットに横になりながらこちらに声をかけている。

「カオール!カイ。ありがたい!ようやく目を覚ましたようだな」

 なぜ彼と同じ部屋にいるのか?この奇妙な状況に混乱しながらも、今までの断片的な記憶は徐々につながっていった。

「夢ならさめてくれ……。ここは?」

「ゾダンガの近くにある廃都だ。君はまるまる一月以上眠り続けたのさ。そういってる私自身も、半月ほど眠りから覚めなかったようだがな」

「ゾダンガの位置はわかるが、君たちのワフーンからは遠いし、戦ったところからもずいぶん離れているんじゃないのか?」

 カルド・ソルバル自身もまだ包帯がとれる状態ではないようで、あちこちがぐるぐる巻きの状態だった。

「それについては、いろいろあって……」

 彼が語った話を要約すると、ワフーン族はある新興勢力のために協力しているのだという。その新興勢力は、ゾダンガを手中に収め、そこにおのれの首都機能を移すために都市の改造に着手しているのだが、その労働力となる奴隷を狩るのにワフーン族は手を貸しているらしい。その新興勢力とは忘れもしないヴィザードだった!

 

 また、なぜに二人とも同じ部屋にいるのかといえば、種族の中で族長を名乗るものは、ある程度自由に部屋を選ぶことが出来たが、族長自体は一部屋しか持ってはいけないことになっていた。もちろん、お着きのものとか奴隷の部屋は別にもうけても良かったのだが、族長の寝室は一つの部屋だけだった。この場合、同位に二人の族長がいる場合には、当然一部屋を共用しなければならない決まりになっていた。そのため、我々二人は相部屋の境遇だったのだ。

 

「ワフーン族が他の種族と協力関係になるなどということは、今までなかったと聞いていたのだが、なぜヴィザードと手を組んでいるのか?」

 カルド・ソルバルはいかにも苦々しげに吐き捨てた。

「金のために皇帝のケルド・ワングルはワフーン族の誇りを売ってしまったのだ。とにかくヴィザードは人手がほしいらしく、体力のある奴隷を連れていくと法外なほどの報奨金を気前よく払ってくれる。皇帝の命令で幾多の奴隷狩りの遠征隊が編成され、バルスーム上に派遣されているのが今の現状だ。ヴィザード側とは落ち合う場所があらかじめ決まっていて、月に一度、奴隷輸送船がやってくることになっている。そこで、奴隷と報奨金の交換が行われる」

 カルド・ソルバルの討伐対は、意識のない二人が足手まといになるために奴隷輸送船に乗せて、ゾダンガの近くにあるワフーン族の仮の出張所である、小さな廃都に送り届けたようだ。

「飛行艇は見つかったのか?」

「いや。あれから別の捜索隊を編成してソートの足で2日ほどの範囲をくまなく見て回ったようだが、残念ながらお仲間の船は見つからなかったようだ。ところで何者が乗っていたのだ?」

「傭兵仲間……いや親友かな」

 カルド・ソルバルにはそれだけしか教えるつもりはなかった。リア・ソリスは逃げ延びてくれた! ラジウム弾ははずれてくれたのだ! 分かれたときはヘリウムにあれだけ近かったのだから、今頃はジョン・カーターとデジャー・ソリスの手厚い保護の元で何事もない生活を送っていることだろう。唯一引っかかっていた心の重荷がなくなって、ほっと一安心だった。

 気をよくした私は、地球からバルスームに放り出されてからの、これまでのいきさつを彼に語り聞かせていた。もちろん、リア・ソリスのことは言わなかったが……。


 カルド・ソルバルが一番興味を示したのは、地球での食生活だった。山形の酒田では例年冬になると、日本海の寒ダラをつかった鍋料理の「寒ダラ祭り」が行われるのだが、その料理を詳しく聞きたがった。寒ダラは捨てるところがないほどで、皮から内臓まですべて鍋にする。それに豆腐とネギを入れて、みそで味付けをすればあつあつの「寒ダラ汁」ができあがる。脂ののった肝と、雄の精巣(酒田ではダダミと言う)がこれまたうまい!雪降る中、屋外のテントで振る舞われる「寒ダラ汁」は一度食べた者には忘れられない味だ。

 酒田周辺は海にも山にも近いせいで、いろいろなおいしい物が季節により豊富だ。メロンやイチゴ、山菜からキノコ、海産物といろいろあり、話の種は尽きなかった。話を聞き終わったカルド・ソルバルはつぶやいた。

「昔はバルスームにも広大な海があったと聞いている。そのころには、確かに寒ダラのような魚がいたのかも知れないが、今は運河の中やイス河や支流にわずかにいるぐらいで、私は魚を食べたことはない。一度でいいから寒ダラ汁を腹一杯食べてみたいものだな」

 彼に初めて出会った時から名前の意味のことで気になっていたことがあり、それとなく伺ってみた。

「私のカルド・ソルバルと言う名は、大人になって初めて決闘に勝ったときに、一族のものが名ずけてくれたものだ。それまでは単に”カルド”と呼ばれていた。”異邦人”という意味合いを持っている。”ソルバル”は”偉大”という意味だ。なぜ私が異邦人と呼ばれるかは、100年ほど前にさかのぼるが……」


 彼の話はこうだった。緑色人は卵生で、産み落とした卵をまとめて大平原の中の秘密の場所に集めておき、孵化する5年後に再びキャラバン隊を組んで、誕生した新しい種族の一員を集めに行くのだが、150年から100年前にかけての50年間は隠しておいた孵卵施設が他の種族、おもにサーク族に連続して荒らされたことがあった。この結果、50年間ワフーンには新たに加わる戦士が生まれなかったことになる。戦乱激しい火星の世界では、このことは部族の戦力の衰退を意味し、他の国と戦争になれば滅亡の恐れも出てきた。

 そこでワフーン族は苦渋の決断をした。サーク族の孵卵施設から生まれ落ちる前の卵を大量に盗み出し、彼らをワフーン族の戦士として教育したのだ。だが、長い世代の因習から来る欺瞞の念により、これら”異邦人”には印が付けられることになった。卵から生まれたばかりで何も知らない彼らは、理不尽にも左の耳を半分切り取られて、他の者と区別されたのだ。女の子は不要とされて殻から出たところで殺され、男でも戦士となった者は、戦闘の一番矢面にさらされていた。500名ほどいたこれら”異邦人”も、わずか100年ほどでカルド・ソルバルただ一人になってしまったという。 

 ワフーン族は強い戦士を尊敬する。いつも阿修羅のような戦いぶりで種族に勝利をもたらすカルド・ソルバルが、族長の座をめぐっての決闘で勝ち残ったとき、人々は”偉大”という意味のソルバルをつけて、彼を称した。そのときから、彼の名はカルド・ソルバルになったのだという。

 彼は、素手で互角に戦った私のことをいたく気に入った様子だった。ある種の親密感というか、友情にも似た思いが二人の間に生まれつつあった。

 

 それから、一週間ほどしてようやく私がまがりなりにも歩けるようになると、カルド・ソルバルは私を奴隷市に誘った。

「お前を見ていると、緑色人の女から世話をされているのはお気に召さない様子だからな」


 この古都のはずれで、月に一度奴隷がゾダンガに運ばれてくるときに、略奪された女達が奴隷市に出されるそうだ。もちろん男の捕虜達はヴィザードの労働力として高く売れるので、ここの市に出されるのは女と子供ばかりだった。この申し出を承諾したのは、半分はベットに縛り付けられる生活に退屈していたのと、どんな奴隷達が市に出されるのかという興味があったからだ。もちろん、奴隷というものに対しては私自身は反対だったが、この世界では男が戦士として戦をするように当たり前のことだったのだ。私も一応ワフーンの族長の一人としてある程度の権利があったが、あくまでも日々の生活の待遇面だけだった。従者の担架に乗せられて奴隷市が開かれる町はずれまではものの数キロだった。

 そこについてみると、結構な盛況で奴隷達がお披露目されるお立ち台が見えない有様だった。だが、ここでもカルド・ソルバルと私の肩書きは功を奏した。私たちが族長と知れると、人々は道をあけ、おかげでバイヤー席の一番最前列が確保できた。

 

 健康な状態だったら、奴隷を使うなどとは考えもしなかっただろうが、今の私には身の回りの世話をしてくれるものが必要だった。買い取った奴隷は時期を見て、自由の身にするつもりだったが、次から次に出てくる略奪されて連れてこられた女達は一様に美しく、早々にオークションで落とされていく。この奴隷市に来ているのは、緑色人だけでなく、ゾダンガにいるヴィザードの赤色人も多く見られたので、結構速いペースで主人が決まっていった。

 私はそれらの悲しい女達の運命を案じながらも、黙ってみているしかできなかった。それに、美しさにかけては地球人などお呼びもつかないほどの美女が次から次と登場してくるのだが、リア・ソリスとどうしても比べてしまって、買う意志が起こらなかった。そんなことをしているうちに、最後の一人になっていた。

 

 顔をベールで覆い隠した、奇妙ないでたちの女がお立ち台にたたされた。顔が見えないから体から判断するしかなかったが、若い女のようだった。均整がとれた、はっとするほどの理想的な女体の持ち主だった。バイヤーが期待のまなざしで注目の中、顔のベールが取り払われた。そこに見るはずの絶世の美女の顔はなかった。

 ひどいやけどを負ったのだろうか? 顔中がケロイド状につっぱていて、ようやく目鼻立ちがわかるほどの、悲惨な運命の女の姿だった。期待していたバイヤー達から不満ごうごうのやじが飛ぶばかりか、石まで投げつけてくる者もいた。オークションが始まるが、誰も買う意志を示さない。

 悲劇の運命の女奴隷に集中していると、彼女の精神の波をかすかに感じ取れた。彼女はこれほどの群衆の中で、一糸まとわぬ姿のままでも取り乱すことなく平静だった。だが、だれかの助けを求めているいるのも確かだった。ざわめきが起こり、その原因となっているのが手を上げている自分だと気がついた。他に買う意志を見せる者はいない。彼女は、こうして私の奴隷となった。

 

 商人に金を渡し、奴隷の首輪の鍵を受け取ると、再びベールで顔を覆った姿の彼女と対面した。彼女から受け取る感情の波は奇妙に混乱したものだった。たぶん緑色人の族長の格好をしたおかしな人間である、私のせいだろう。

「名前は?」

 答えを期待した口から漏れたのは奇妙なぜいぜい声だけで、言葉はなかった。さかんに喉元に手をやり奇妙な動作を見せる。その意味は明らかだった。彼女は口が利けないのだ!たぶん、略奪の際に家に火をつけられてやけどを負い、熱風と煙を吸い込んで喉の声帯をやられてしまったのだろう。帰りの露天市で小さな石版と白墨を買い、彼女に持たせた。

 

”ありがとうございます。シスといいます。”


 石版に書いた字は達筆なもので、この女が奴隷になる前は相当好い暮らしぶりをしていたことを伺わせた。

「私の名前はカイ。わけあってワフーン族の族長の身なりをしているが、何も恐れることはない。私の身の回りの世話をしてくれるだけでいい」

 この日から、シスとの生活が始まった。値千金とは彼女のことを指すのにぴったりの言葉だった。とにかく良く気がついてくれて、私の傷もみるみる良くなっていった。想像するしかなかったが、シスの仕草や教養の高さから、以前は言い寄る男の誘いに困るほどの美女だったに違いないと感じた。時折ベールの下に美女の顔があると思いこんでしまうときがあり、そんな時はついシスを呼び寄せてしまい、ベールをめくっては現実に引き戻されてしまうのだった。

 

 ある時、一度だけシスを怒鳴ってしまったときがあった。就眠中、リア・ソリスから作ってもらった左手のプロテクターはベットサイドのテーブルにはずしておくのだが、ある日の朝目覚めてみると、そのプロテクターがきれいに修繕されていた。すぐにシスを呼び、なぜ手を加えたのかと声を荒げてしまった。

”かなりほころびが見えたもので、勝手に修繕してしまいました。申し訳ございません”

 心より許しを請う娘の姿に、次第に怒りは冷め、シスに辛く当たってしまったことに後悔を覚えた。この娘はよかれとやったこと。それを思い出の品には違いないが、理不尽なことで大人げないことをしてしまった。

「これは、私の大切な人が作ってくれた思い出の品なのだ」

 シスはちょっと考え込んでから石版に文字を書き、ためらった末に見せた。

 

”その女性は母親、それとも恋人?”


「母親ではない。私は深く愛していたが、恋人といえるかどうか……。最後には彼女も愛を告白してくれたが、身分が違いすぎた。もし彼女が君のような……奴隷だったらと思うときがある。今頃結婚できていたかも知れないな。つまらない話を聞かせてしまったね。もう、その彼女とは……会うこともないだろうな」

 シスはこの話をじっと聞いていた。その胸の奥でなにを考えていたかは、ずっと後になるまで私が知ることはできなかった。


 我々のいる廃都は、小高い丘の上にありバララックと呼ばれていたが、私が見た感じでは太古には船による通商でにぎわった都市と思われた。建物からすこしづつ下る感じで、階段状の船着き場の跡が残っていた。だが、その船着き場も、大平原の始まる3メートルほど手前で終わっていた。これ以上は海が浅くなって、たとえ船着き場を建設しても船が使えないとあきらめてしまったのだろう。そんな時代はどのくらい前だったのか? 

 船が存在したことを示すものは、船着き場のあとぐらいしかなく、壊れて放置された残骸の痕跡もないことからすると、数万年も前のことと思われた。町の建物は立派な石作りで、ほとんどが5階建以上の高さがあり、港から一直線に都市中央部まで幅30メートルほどのメインストリートがあった。街の中心から外に向かってこの通りのはてを見ると、空中都市と異名をとるゾダンガの都が、地平線の向こうに広がってるのが見えた。栄華を極めていた頃は、船から降ろされた積み荷がこの通りを運ばれていたのだろう。

 人々がこの都市に見切りをつけて去って行ってから、少なくとも数千年は時が過ぎているだろう。建物の窓には鎧戸がついているが、その半分は壊れていたり、あるいは開かれたままになっていて、壁にぽっかりと開いた暗い窓は、死者のうつろな眼窩を思い起こさせた。我々はその中で、少しでもましと思えるような建物を選んで自分たちのねぐらとしていた。

 

 シスの賢明な看病と魔法の軟膏のおかげで、ようやく五体満足に動けるようになると、カルド・ソルバルにしつこく投げ縄の技を伝授してくれるように迫った。緑色人が使う標準的な投げ縄だと、小柄な私にはいささか太すぎて固すぎるので、特別に細めの縄を作ってもらっての練習だった。

 ワフーン族の投げ縄の投法は、右手で腰の脇に投げ縄を構え、サイドスローのように素早く投げる方法だった。この方法を使うと、コンマ数秒の単位で縄を投げることが可能だった。地球のカウボーイのように頭上で投げ縄を回して、輪を大きく広げながら投げる方法とは根本的に違っていたので最初はかなりとまどったが、練習を重ねるうちに少しずつコツを飲み込んでいった。その際問題なったのは、バルスームの重力の違いから来る感覚の狂いだった。いくらそっと投げたつもりでも、必ず目標を飛び越えてしまうのだ。

「カイは、腕に力が入りすぎている感じだ。いいか、腰から縄を投げるときに、素早い動作で投げようと意識するから、どうしてもよけいな力が入ってしまうんだ。ゆっくりでもいいから、そこの置くように優しく投げてみるんだ」

 みるに見かねたカルド・ソルバルのアドバイスを頭にたたき込みながら、ようやく輪が標的にかかったのは、練習を開始してから1週間もたってからだった。腰の位置から投げる際、小さな輪をきれいに広げるこつは、初めから輪の形で投げないで、縄をハートの形にし、その内側のとがった部分を握ってから、外の輪に折り畳んで投げると空中でぱっときれいに広がることもわかった。

 

 そのころになると、私も自由に動けるようになり、アルイド・ナヴァスから引き継いだ奴隷や、従者達のほとんどをカルド・ソルバルに譲り渡していた。カルド・ソルバルは族長たるものが大勢の家来を持たないのはおかしいと言って、はじめのうちは断っていたが、再三の頼みの果てに折れてくれた。これで直接、毎日顔を合わすのはシスだけになったが、3人ほどは鎧や部屋の手入れと食事の世話のために借りていたので、別に不便だとも思わなかった。

 

 私は投げ縄の練習とリハビリ毎日だったので、それこそ時間が足らわないくらいに充実していたが、一通り看病の終わったシスは手持ちぶさたで時間を持て余していた。ある日の投げ縄の練習中、ふとシスのことが気になり、屋敷として使っている建物のほうを見ると、彼女は寂しそうに入り口にたってこちらを見ていた。誰一人知る人もない土地に放り出されて、頼れるのはまがりなりにも主人の私だけの生活。見るに見かねてシスを手招きした。ここは建物の中庭だったし、カルド・ソルバルもある程度の基本を教えたところで練習につきあうのはやめていたので、その日は二人っきりだった。おずおずとやってきたシスに、投げ縄を差し出しこう切り出した。

「シス。二人で投げ縄の練習を一緒にやらないか?もちろん基本から教えてあげるよ」

 彼女はその申し出のびっくりした様子だった。もちろん顔は薄いベールで見えなかったから表情はわからないが、かなりとまどってる感じは受けた。

「さあ、縄をこう持って……」

 私は彼女が断る理由を見つける前に、強引に練習の仲間に引き込んだ。はじめは嫌々ながらだっただろうが、そのうち投げ縄の面白みを知ったようで、みるみるうちに本気になっていくのがわかった。そう、シスの上達ぶりは教えた本人の私でさえ驚くほど早かったのだ。もちろん、遠投の標的は力の違いの差でどうしようもなかったが、5日もすると7メートルぐらいまでなら私より上手になっていた。

 

 シス専用の投げ縄をプレゼントしたが、よほどうれしかったのだろう。自分のベットで寝るときも肌身離さず持ってるぐらいだったから。毎日の投げ縄の修練の日課が、徐々に彼女に明るさを取り戻してくれた。中庭に標的の杭を何本も立て、二人で競い合うこともした。


”今度はあの一番高い杭をねらいます”


 だいぶ上達した彼女は、腰の右に下げた投げ縄の束を右手で器用に操ると、目にも留まらぬ早業で投げていた。きれいに広がった輪は、高さが5メートルぐらいの杭を見事に捕らえていた。

「見事だシス! 私でもあのぐらい早くは投げられないし、たとえ投げることが出来ても標的ははずれていたな」

 そのとき彼女が口を利くことが出来たら、ウイットに富んだ返答が出来たのだろうが、ただ両手をひらひらさせて照れた様子を見せるだけだった。最近、リア・ソリスの面影をシスに重ねている自分に驚くことがある。リア・ソリスと対等の身分の立場だったら、二人っきりでいた時間はどんなにか楽しいものになっていたか。考えても仕方のないことだった。もう、二人があんなふうに出会い、話をすることもないのだ。

 

”ご主人様、何かお気に召さないことでも? 少し悲しい顔をしていられるので。”


 我に返ると、頭を振って言った。

「いや、なんでもない。どうしようもないことを懐かしんでいただけさ。」

そう、どうしようもないことを……

ある程度投げ縄に対して手応えを感じるようになったので、その後はカルド・ソルバルと剣の手合わせをし、武術の修練を積み重ねる日々が続いた。こうして2ヶ月ほどが過ぎ、そろそろ自分の身の置き場所を探す必要があった。


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