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matataki

待ち人来たらズ

作者: 大橋 秀人

瞬くと、隣り合う二体の銅像の距離がかすかに縮まった気がした。商店街の真ん中にある広場の中心に佇むそれは、何をモチーフに建てられたかは定かでないが、僕が物心つくずっと前からこの町を行きかう人々のことを見守ってきたのには違いなかった。僕は銅像を円状に囲む花壇に沿って歩いていた。花壇に咲く水色と黄色の水仙が昨日降った雨の雫を蓄え、時折、煌いた。

「今日もやっぱり、セツナイ距離してますな」

 半周ほど歩くと、二体は見慣れた姿勢で安定した距離感を保っていた。その様子を初めてみたときから、僕はこの題名すら知らない銅像にどこか切ない印象を抱き続けていたのだが、それが最近、二体のなんとも言えない距離感のせいなのだろうと思うようになってきていた―――もう一歩踏み出せば手が届くのに。

「にしても遅いよ。遅すぎてなんだかしんみりして来ちゃったじゃん」

 小声で宙に向かってツッコミを入れる。今日は一緒の高校に通うことになったアキラと春休みを満喫しようとここで待ち合わせしている。だけど一向に現れない。格好の待ち合わせ場所である銅像の周辺には何人かの待ち人がいたが、それらはやがて連れ合いが現れ、四方に広がる道のいずれかに吸い込まれていった。

 アキラが待ち合わせに遅れることなど想定内だったから、僕はあまり気にせず銅像を見上げたり、水仙に視線を落としたり、通り過ぎる人々の流れを眺めて時間をつぶした。携帯にも何度か電話を掛けたが不通だった。これも想定内。むしろ時間通りに彼が来た例などないのだから、もし来てしまったほうが驚いただろう。僕は彼が来ずに手持ち無沙汰の時間を楽しめるくらいの余裕はもっていた。

 それにしても来ない。さすがにそう思いながらももう一周、銅像の周りをグルリとまわってみるか、と歩き出したとき、像の正面にもう会うことはないかも知れないと思っていた人の横顔を見つけてしまった。

「こんなところでなにしてるの」

 思わずそう声を掛けた。自分でもびっくりするくらい自然に声を掛けられた。

「待ち合わせ。村瀬君は?」

同様に驚いた様子の高梨敦子は、でも教室では見せたことのない表情で僕を貫いた。

「俺も」

 化粧している。そう心に呟くと視線に困り、銅像を見上げた。二体は直射日光の照り返しでその正体を隠していた。

「さっちんと遊ぶ約束したんだけど、全然来ないし」

「俺も。アキラのやつ、電話しても全然でないんだわ」

「何時に待ち合わせ?」

「九時」

「うそ? もう十時過ぎてるよ?」

「だよなー」

 僕がヘラヘラ笑っていると、敦子は可笑しそうに、

「村瀬君って、本当にノンビリ屋さんよね」

 と言った。

「そうだよ、俺はノンビリ屋なんだよ」

 と答えながらも少し疑問に思って、僕は、

「そういう高梨は何時なの?」

 と問うと、彼女は少し恥ずかしがりながらも、

「実は私も九時だったの」

 と笑った。そこには、僕の知っている穏やかな彼女がいた。



★★★



 中学校の卒業式が終わり、僕たちは教室でバカみたいに騒いでいた。正確には、一生懸命にバカになって騒いでいた。

 これから先生が教室に入り、最後のホームルームが始まる。そうしたら本当にみんなが離ればなれになる。もちろんまた同じ学校に通う仲間もいるけど。


 でも、僕と高梨は別々の道を選んだ。


 そんなことを同じ空間にいながら別の方向を向いて僕は考えていた。

 彼女とは三年間同じクラスで、他の女子と少しだけ違う次元で仲が良かった。これは僕がそう思っているだけなのかもしれないが、僕の中では確かに高梨だけが周りと違うように見えていた。アキラに言わせるとそれこそが僕が彼女に気のある証拠なのだそうだ。

 でも、だからと言って僕達の間に何かがあったわけではない。いつも仲の良いクラスメートとして接してきただけだ。そしてそれは中学校最後の日になっても変わらなかった。

「なあ村瀬、お前が高梨と会うのも今日で最後かもな」

 騒ぎを尻目にアキラは何かもっと言いたげな表情をしてくる。僕は頷き、敦子を見る。彼女は窓際の席でサチと何かを話して笑っていた。

「このままでいいのかな?」とアキラ。

「なにが?」

「別に俺が言うことでもないけどさ」

「だから何の話だよ」

「まったく、お前って奴は…」

 いつものヘラヘラ笑いと少し違う笑顔を作りながらアキラはおもむろに立ち上がり、敦子とサチの間に割って入っていった。

 僕は急にものすごく寂しい気持ちに襲われて、でも、その場にとどまり笑いあう三人の表情を見守っていた。今日で俺たちの中学生活も終わる。今日で、高梨と会うのも最後なんだな。そんなことをぼんやりと考えていた。

「おい、そんなところで湿気たツラしてないで、こっちに来いよ。高梨がお前としゃべりたいってさ」

 大声で呼びかけられて飛び上がるようにその輪に加わった。敦子はアキラに大げさに悪態をつきながらも、こちらをチラチラ伺い見ていた。

「最後なんだ。何か言うことあるだろ」

 アキラが耳元で囁く。でも何を言ったらいいのか、僕は言葉を見つけられない。

「村瀬君とも今日が最後だね。今まで仲良くしてくれてありがとう」

 うじうじしていると、敦子は笑顔でもどこか苦しそうに呟いた。

「うん、最後だね。こちらこそありがとう」

 そう応えるとなぜだか僕も無性に息が苦しくなり、苦しさのあまり自分の席へと逃げ帰ってしまった―――同時に担任が教室に足を踏み入れ、号令がなされた。礼をする間に窓際に目を向けるが、肩まで伸びた黒髪に隠され、敦子の表情は窺い知れなかった。



★★★



 僕たちは約三週間会わなかっただけなのに、長い間別離していたようにその短い期間で起こった身の回りの出来事を聞かせ合った。どういうわけか中学時代よりお互いスムーズに話ができているような気がする。それは僕が、彼女とこんな風に喋れたらと思うような距離感と一致していて、彼女もどこか一歩近づいた印象だった。僕は妙に冷静に、それが中学と高校生活に挟まれた特殊なこの時期だからこそできているのだろうとぼんやりと思っていた。

「それにしても来ないね」

 会話が途切れたついでに時計の針に目を落とす。針は十時半に刺しかかろうとしている。

「さすがに遅すぎるな」

「もうすぐ映画、始まっちゃう」

「え、今日は映画の予定だったの」

「うん」

「何時から?」

 そう問うと高梨は小さなハンドバッグから一枚のチケットを取り出した。

「あ、それ」

 僕はジーパンのポケットにしまっておいたそれを引っ張り出し、皺を伸ばしてみせた。

「同じの見る予定だったんだ」

 そう彼女は笑う。

「うん。この映画、今日が最後だから見るならこの回じゃないと後は遅くて見れそうにないな」

 映画はあと十分ほどで始まってしまう。僕は一瞬あせったが、すぐに諦めてまたヘラヘラと頭をかいた。

「でもアキラが来ないんじゃ仕方ない。一人で見るのもさみしい気がするし」

「そうよね、一人ではきっと見ないわ」

「映画は諦めて出直すとしますか」

 無理に明るい声を上げ、僕はひとつ伸びをする。

「・・・そうよね、映画が見られないのは残念だけど、しかたない」

 彼女が同意すると意に反して僕の鼓動はデタラメなリズムを刻みだした。

「じゃあ、帰るとしますか」

「・・・そうね。わかった。帰る」

 しばらく考えたあと、敦子は僕の脇を抜けていった。僕とすれ違うとき、彼女は口を真一文字に結んでいたように見えた。

「―――と言いたい所だけど、せっかくチケットもあるし、高梨がいやじゃなかったら一緒に僕と映画を見てくれませんか」

 だからかはわからないが、僕は彼女の背中が遠ざかる寸前でそう引き止めた。心臓がデタラメに脈を打ち、自分でも腑抜けた表情をしているのがわかる。それでも僕は振り向いた彼女に近づくため、一歩前へと踏み出した。

「早くしないと間に合わない。急ぎましょ」

 そう言うと彼女は突然、僕の手を引き駆け出した。

 走りながら窺った横顔は晴れやかで、それを見た僕は今にも踊りだしたいような気分になった。

 振り返るとどんどん広場の中央にある二体の銅像が遠ざかっていく。そこで僕は思わず、あ、と小さく発してしまった。

「なに? チケット落としちゃった?」

 敦子は走る足を止めず、楽しそうに聞いてくる。僕は大きくかぶりを振り、彼女にも後ろを振り返るよう促した。

「広場の銅像。この角度でこの距離なら、二対が手を結んでいるように見えるんだね」

 僕は自分が言っていることが少し恥ずかしく思えたが、それでも言わずにいられなかった。

 彼女は一瞬振り返ると、本当だ、と目を丸くしていっぱいに笑って応えた。

 僕はその表情に心が満たされ溢れていく感覚を覚えながら、心地よい春風に背中を押されたような清々しい心の高揚に身を任せて彼女の手を引いたのだった。

    


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― 新着の感想 ―
[良い点] 話しの展開がとても良かった。主人公の感情が起伏があって、とても楽しく読めました。 [気になる点] 途中、何箇所か ん?って思う文章がありました。それと、卒業時に素直に言えなかった自分の気持…
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