第三話 『――ありがとう』
襲いかかる暴力の波。
赤く染まった筋肉が、その凶暴さを示している。
手に持つ棍棒の巨大さ。迸る殺気。昔の俺だったら、この『鬼』達の前に茫然自失していたかもしれない。或いは、背を向けて無様に逃げ去っていたかもしれない。
だけど、あの迷宮で様々な苦難を乗り越えた俺ならば、対等に戦えるはずだ。
「「「グゴァアアアアアアアッ!」」」
「急かすんじゃねぇよ……。直ぐ、叩っ斬ってやるからよッ!」
咄嗟に目を動かし、散開したオーガ達を観察する。
(……前に出ているのは他のオーガよりも更に大きな二体。右に一体、左に二体。そして最後尾には一際小柄な一体か……)
直感する。
あの小柄なオーガ……他のよりも強い。
「だが、邪魔するならぶっ倒すだけだろうがッ!」
既に飛び出している自分と襲いかかるオーガ達。あと数瞬で俺が挽き肉に、もしくはオーガ達が切り身になるだろう。
極限の中、高速に頭を回転させ、どう立ち回るか思考していく。
「……行くぜ」
足裏に魔力を通し、一瞬で脚力を強化する。
瞬間、足元の土が踏み込みにより吹き飛び、一瞬で先頭のオーガ二体との距離を詰めた。
オーガ達には俺の動きが見えなかったのか、慌てて棍棒を振り上げる。肥大した筋肉が脈動するように軋み、その一撃は人を簡単に殺すことが出来るだろう。
だが、その少しの時間があれば十分だ。
オーガの側面に回り、振り上げた腕に目を向ける。
遅い。いきなり移動した俺の動きについてこれていないのだ。
俺はその無防備な腕……その関節部分である肘を『受け流し』の要領で刀を薙ぎ、その骨を砕いてやった。
オーガの絶叫が周りに響き渡り、その痛切なまでの痛みを感じさせる。
「そんなのは、関係ないがな」
片方の腕が使い物にならなくなり、バランスを崩したオーガの首に飛びかかり、喉元を貫いた。
声にならない音を口にし、オーガは仰向けに倒れた。
「まだ……だ。――『魔法剣“紅蓮”』!」
一瞬で刀身に焔を纏わせ、既に振り下ろしていた棍棒ごとオーガの腹部を切り裂いた。
内臓まで刀が届き、二体目のオーガも絶命した。
それを確認したあと、右のオーガが下ろす拳を冷静に見つめる。
この軌道……このままだと俺は潰れてしまうだろう。
――このままだと、な。
俺は拳を受け止めるように腕を突き出す。
拳は俺の手を砕くように向かい、掌に拳が触れた瞬間、骨が軋むような感覚を得た。
刹那の痛み。だが、俺は相手の拳を受け流すように包み込み、そして受け流しながら相手の拳の側面を押す事でその軌道から逃れることが出来た。
受け流されたことで体勢を崩したオーガは、その隙だらけな身体を俺の前に見せる。
拳は地面を砕き、同様に拳すら砕いてしまう。
有り余る力も困りものだと、そう思った。
「【流水剣術】の応用で、相手を受け流すことに特化した体術だ。ユニークスキルのせいかな……受け流すことに関して、随分と慣れているみたいだが、まぁ、」
一閃。
焔の太刀は、オーガの上と下の半身を分けるように真っ二つに両断された。
返り血が顔にかかる。凄まじい血の臭いだが、対して気にならなくなるくらい俺はこの世界で血を浴びてきた。
「強くなってるのには、変わりねぇ……こんなふうになっ!」
残り三体。
小柄なオーガは警戒しているのか、近付いては来ない。それとは対称的に、二体のオーガはバカの一つ覚えのように棍棒を振り上げながら襲いかかってくる。
「次だ……『魔法剣“蒼波”』!」
焔の太刀を解除し、代わりに水を刀身に纏わせる。
二種類の【魔法剣】を使用することはかなりの魔力を消費してしまう。無駄のない魔力を、動きをする必要がある。
「『水月』!」
刀身に纏わせた水を、斬撃に変えてオーガ二体にぶち当てる。
水圧で鉄をも切り裂く斬撃に変わった鋭い水の刃は、向かってくる二体のオーガを上半身と下半身を分けるように両断した。
「残り……一体だ」
小柄なオーガを一瞥する。
やっぱり他のオーガ達とは違い、しっかりと間合いを取っている。警戒心が強いのだろう。
「やるしかねぇ……『六花“貫”』!」
先手必勝だ。
先ずは小手調べといった具合に【魔法剣】を解いたただの突き。そして『六花』は敏捷が高ければ高いほどその威力が増す技だ。【魔法剣】を使用してなくても十分な威力を誇るだろう。
だが、高速の突きはオーガに突き立つ事はなく、オーガは後ろに跳躍することでその凶刃を回避する。
「チッ……今までの動きで学習したってことか」
俺の敏捷については理解していたのだろう。警戒して距離を取ったことで、回避する余裕を取っていたのだ。
他の頭の足りないオーガ達とは全くの別物だ。
「ただのオーガじゃねぇな。明らかに学習している魔物……まさかあの魔物使いか?」
脳裏によぎる迷宮で出会った強力な魔物使い。そしてアゴールの仇でもある相手。
オーガの群れが襲い掛かってくる出来すぎた状況も、あの『勇を信ず者』達が関わっているとしたら納得は出来る。
思い出すだけで憎悪が湧き上がってくるが、かつてイリスが掛けてくれた俺の荒々しかった心を癒してくれた言葉を思い出し、なんとか思い直す。
――居なくなってもお前は俺の心にいるんだな。
俺は皮肉げに笑う。
「さて、どうするかな」
瞬間、オーガが動いた。
棍棒をなんの工夫もなく振り下ろすオーガに拍子抜ける。難なく『受け流し』で棍棒をあしらい、オーガの身体を切り裂こうと刀を一閃させたが、それは罠だった。
「なに!?」
オーガは必要最低限の動きで、致命傷にならない程度に刃を受け、その間に戻した棍棒を俺の頭に振り下ろした。
俺は咄嗟の判断で背後に跳躍し、頭は回避することが出来たが、脇腹に棍棒が振り下ろされた。
「ぐ、はっ!?」
骨と肉が砕けるような感覚に、目を見開いて吐血した。
脳に走る痛みの信号は、この世界に来てから何度も味わった死の感覚を感じさせる。
「くっ……ひ、『水癒』」
青く腫れた脇腹に回復魔法を唱え、少しだが痛みが和らいだ。
だが、完治まで待ってくれそうにはない。
「グガァァァァッ!」
「くそっ……『火球』!」
棍棒を振り回しながら追撃してくるオーガの顔面に『火球』を撃ち込む。そこで生まれた隙に、なんとか体勢を立て直す時間を得た。
「あ、危ねぇ……!」
一つ間違えれば、俺は死んでいた。
少しの油断が命取りだ。様子見のつもりで全力で行かなかったのは間違いだったのだろう。
俺はまだまだ甘いし弱いな……そう思った。
「……『魔法剣“紅蓮”』」
焔の太刀。
全力でこのオーガを仕留めると決めた、紅い焔。
その刀身を鞘に戻し、居合い切りの構えをする。
焔を見て警戒心を露にしたオーガだったが、焔ごと鞘に収めた姿を見て油断したのか棍棒を振り上げて襲いかかってくる。
「やっぱり魔物は魔物か……ウルやキールだったら、構えを見ただけで更に警戒するだろうけどな」
それはそれで好都合。
限界まで近付いてきたオーガ。
振り下ろそうと棍棒に力を入れたオーガ。
棍棒が俺の頭蓋を砕く寸前、俺は地を蹴って鞘から刀身を抜いた。
「――『“抜刀”三火月』」
不意打ちではあったが、ウルすらも対処できなかった神速の刃はオーガの身体を両断する。
オーガは視認すら出来なかったのだろう。両断されて分かれた上半身は倒れながらも棍棒を振り下ろし、そこで息絶えた。
「……これで、全滅か」
気を抜いた途端、疲労が俺の身体にのし掛かる。
死ぬかと思った戦いも、いざ戦ってみると油断さえしなければ大分余裕があった。
強くなった……それを実感した戦闘だった。
そう、イリスがいなくても――
「……帰るか」
そう言って、俺は殺戮の現場から踵を返す。
俺の心は、晴れることはなかった。
◇ ◇ ◇
依頼の前に事件を起こした手前、ギルドに戻るのは気が引けた。
だが、報告しないわけにもいかず、俺は意を決してギルドの中に入った。
ギルドに入ると各々が色々な反応をするが、そんなことに意を返さず、俺はティオさんの元へ歩いていく。
ティオさんの側には幼い少女を連れた女性が立っている。もしかして取り込み中だったのだろうか。
だが、ティオさんは俺の姿を視認すると側の女性になにか声をかけ、俺を紹介するように手を向けた。
「……? どうかしたんですか?」
「はい。実はその女性がカンザキさんに伝えたいことがあると……」
「俺に?」
ティオさんに謝罪するタイミングを逃したが、この女性の話を聞いてからでも遅くはないだろう。
俺は首を傾げながら、女性に目を向けた。
「貴方が、カンザキさんですね……?」
「そうですけど、おれになにか用でも?」
女性は幼い少女を一瞥し笑顔を向けたあと、要件を口に出した。
「貴方は覚えているでしょうか。アゴールという人の名を」
「アゴール……さん」
覚えている。
忘れるわけがない。
迷宮で出会い、共に食事の床につき、そして俺の目の前で死んでしまった人。
彼のことは、一生忘れることは出来ないだろう。
「勿論覚えています……でも、何故アゴールさんを?」
この女性はアゴールさんの知り合いだということだろうか。
俺は迷宮から帰ってきたあと、アゴールさんの死をギルドに伝えた。知っていてもおかしくはないだろう。
「アゴールは……私の夫でしたから」
「…………え?」
アゴールさんが夫。つまり……この女性はアゴールさんの奥さんってことだ。
そして、この幼い少女はアゴールさんの――
「…………ぁ」
俺がアゴールさんを死なせてしまった事実を、この人たちは知っているのだ。
俺が犯してしまった、償いきれない大罪を、この人たちは知っている。
そう考えた瞬間、俺は視界が真っ暗になるような錯覚に襲われた。
俺の手を引いてくれる『少女』はもういない。俺はこの人たちの憤怒や悲嘆を一身に受けなければならないのだ。
怖くなって、なにも見えなくなって、絶望に陥ってしまう。
結局、俺はイリスが俺の側から離れたことによる怒りや哀しみに囚われ、他の人を考えてすらいなかった。
利己心の塊だった自分自身に気付いて、そんな俺に嫌悪感を抱いてしまう。
俺は……最低だ。
――だが、
「――カンザキさん、ありがとうございました」
「……え?」
予想外の言葉。罵倒でもなく、それは感謝の言葉。
「ど、どうして……!」
「あの人が死んでしまったのは、仕方ないです。迷宮に自分から行ったのですから。危険だって沢山あるのに、自業自得なんですよ」
「本当に、仕方ない人ですよね」と、瞳に涙を浮かばせながら微笑む女性。
なんで、そんな表情を、言葉を言うんだ。
「そして、迷宮で命を落としたあの人の死を、遺品を届けてくれたのは、他でもない貴方のお陰なんですから」
そう言って、彼女は重いであろうアゴールさんの使っていたメイスを手に取る。
それは、アゴールさんが生きていた証でもある。
「お、俺は……!」
膝をつき、俺は地に顔を向ける。
顔を上げれない。冒険者でありながら、マモルコトスラ出来なかった俺を、貴女達は責めることが出来るのに……なのに!
「だから……ありがとう、ございました……!」
「――――」
感謝の言葉を聞いて、俺は立っていられなくなる。動けなくなる。
そうして、呆然としている俺の背中に突如伝わる、温もり。
顔をゆるゆると上げると、そこには幼い少女の姿。
「おにいさん。ぱぱをわたしにかえしてくれて――ありがとう」
「――――ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は少女から顔をそらした。
我慢できない。堪えることが出来ない。そんなことは、不可能だ。
「……? ないてるの?」
応えない。
少女の慈しむような声に応えることが出来ず、俺はただ顔を隠し続けた。
周りの人たちの視線に晒されている中、俺は決めた。
――もう悲しみを生まない為に、絶対に死なせない。
俺の背中を擦ってくれる少女の手の温もりを感じながら、俺はただ唇を噛み締めたのだった。
遅れて申し訳ありません。
頑張りました! 今日書きまくって……。
あと、20ポイントで念願の4000pt……頑張ります!
あと面白ければ『面白い』って感想頂けるだけでも励みになりますし、『好き』って作者に告白してくれても励みになりますよ(期待)