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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第三章 【ユニークチートの死神】
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第一話 『君は隣にいなくて』




「――ソラ様!」


「ん? どうかしたのか、イリス」


 駆け寄ってきたイリスの息は荒く、急いできた事が判った。

 乱れた髪と上気して赤く染まった頬はどこか色っぽく、思わず目を逸らしてしまう。


「はぁ、はぁ……? ソラ様?」


「な、なんでもないぞ! 寧ろどうかしたのか? 用があったんだろ?」


 どちらも焦っていては話は進まない。深く息を吐き、イリスに話を促す。


「そ、そうでした! 聞いてください、ソラ様! わ、私、先ほどお肉屋さんの息子さんに告白されたんですよ!」


「よし、イリス。そいつの所へ案内しろ。イリスに手を出そうとした責任は取ってもらうからな」


「ソラ様!? 止めてください、大丈夫ですから! 少し気にしてほしかっただけで、既にお断りさせてもらいましたから!」


 腰に抱き着いて俺の動きを阻害するイリス。

 気にしてほしかった、という言葉に疑問を抱いたが、それよりも先にイリスの柔らかさに意識が向かった。


 温かい。柔らかくて良い匂いもするし、心が休まるようだ。


「なぁ、イリス」


「どうかしましたか?」


 キョトンと首を傾げるイリスの頬を、優しく撫でる。

 小さく声を上げるイリスの顔が赤く染まった。


「温……かいな、イリスは」


 何故だろうか。イリスの温もりが、声がとても恋しいのだ。触れても近づいても、この思いは消え去ることはない。


 何処にも行って欲しくない。

 側にいて欲しい。

 俺の……側に――


「イリス……何処にも行かないでくれ」


「い、いきなりどうしたんですかソラ様?」


 狼狽えるイリスを抱き返して、俺はただ懇願する。


「ぁ……っ」


「寒いんだよ……独りは寒くて、哀しくて、辛いんだ。お願いだよイリス……俺の側に、俺と……一緒にいてくれ……!」


 こんなに近いのに、こんなに側にいるのに寒い。

 俺の身勝手な望みだ。せっかくイリスは奴隷から解放されたというのに、自由にこの世界に歩けるようになったというのに。


 また、俺は彼女を縛ろうとしている。


 でも、それでも。

 他人に勝手を押し付けて、自分の願いばかり考えてるくせに。

 俺はそれでも孤独は嫌だから。



「――大丈夫ですよ」



 そんな俺の不安を溶かすように、イリスが俺の頬を撫で返す。

 とても優しい笑みを浮かべて、俺の心を温めてくれる。


「イ、リス……」


「言ったじゃないですか。『ソラ様の見る景色を、私も隣で見ていたいです 』って。あの時から、いいえ、初めて出会ったときから。私は、貴方のお側にいるって決めているんですから」


「――――」


 欲しかった言葉。


 イリスはいつも、俺が欲する言葉を贈ってくれる。

 だから、俺はイリスの優しさに溺れてしまうのだ。


 俺はイリスを強く抱き締ようと腕に力を入れようとする。

 その温もりを、光を逃がさないように。

 ……だが、


「イリス……?」


 包み込むはずだった腕は空を切る。

 イリスが、いない。


 どうして……――




◇ ◇ ◇




 目が覚める。

 現実に戻される。

 誰もいない、イリスがいない孤独な部屋へと。


「……夢、だったら良かったのになぁ」


 本当に、夢だったら。

 そう願って、夢を見続けたというのに。

 もう涙すら出ない。現実は俺に事実を冷酷に突きつけるだけなのだから。


「――寒い、な」


 もう少しだけ。

 寂しさを紛らわすように、自身の身体をギュッと抱き締めた 。

 さっき感じたイリスの温もりを逃さないように――




◇ ◇ ◇




 ギルドの扉を開く。

 軋んだ古い木製の扉が鈍い音を立てた。

 俺がギルドに入ると同時に、中にいた冒険者たちが俺に一斉に視線を向け、そしてそれぞれ違う反応をしていく。


 目を逸らす者。心配そうに視線を向ける者。畏怖を向ける者。

 あるとしたらそんなものだろう。

 まぁ、今の俺にとってはそんなことどうでもいい。


 掲示板から手頃な依頼を手に取り、受付へと足を運ぶ。

 いつも通り、ティオさんのところへ依頼書を見せた。


「これを受けたいんだ。手続きお願いできますか」


「で、出来ますが……この依頼はCランク相当のものですよ? カンザキさんはDランクですし、病み上がりですので一つか二つランクを下げたものの方が――」


「――どうでもいいでしょ。さっさと承認してください」


 ティオさんの言葉をぞんざいに振り払う。

 キツく告げられた言葉にティオさんの瞳が揺れる。そんなことは構いやしなかった。

 今、誰かの気遣うような言葉すら俺には辛いものなのだから。


「カンザキ……テメェッ!」


 ふいに後ろから怒号が飛び、振り向くと同時に服の襟元を締め上げられる。

 俺を締め上げているのは、滅多に怒らなかったアランさんだ。その人が顔を赤くして、憤怒に表情を歪ませている。


「……離してください」


「黙りやがれ! テメェ……いくらなんでもティオちゃんにまで当たるこたぁねぇだろうが! 関係のない人に八つ当たりしてんじゃねぇよ!」


「アランさんも関係ないことでしょう。それこそ、どうでもいいことだ」


「て、めぇ!」


 頬に走る衝撃。それと同時に「キャアッ!」という女性の甲高い悲鳴が聞こえた。

 一瞬の浮遊感のあと、背中からギルドのテーブルに衝突する。

 どうやら俺は、アランさんに殴り飛ばされたらしい。

 口が切れたのか、口内から血の味がした。


「……痛ってぇな」


「どうでもいいって、なんだよ! 傷付いているお前の為を思って俺たちは言っているんだ! イリスちゃんがお前の所からいなくなったからって……ッ!」


 アランさんは続きを発することは出来なかった。

 唯一アランさんにも勝る敏捷で、今度は俺がアランさんの襟元を締め上げたからだ。


「……アンタに」


「カン、ザキ……」


「アンタに、俺の! 俺のなにが判るって言うんだッ!?」


 怒声を張り上げ、思いをぶつけるようにアランさんを睨み付ける。

 戸惑うような視線を向けるアランさんや、怯えるような態度をするティオさんの姿が視界に映る。でも、真っ赤に染まった視界の中では気にもならず、


「『傷付いているから慰めないと』って同情はいらねぇんだよ! 結果は出ている……俺の隣にイリスはいない。それが『答え』だろうがッ!」


 かつて俺の側にいてくれると言ってくれた少女はここにはいない。

 俺に一言も告げず、俺の隣から何処かへ去っていった。


 それから導き出せる『答え』は一つ。


「イリスは奴隷から解放された。つまり、アイツを縛るものが無くなったってことだろ。ならアイツは自由だ。自分を苦しめていた存在から逃げ出すのは普通だろうが」


 迷宮で彼女はウルから差し伸べられた手を振り払い、俺と共に歩くことを望んでくれた。

 イリスに対して負い目を感じていた俺にとって、彼女が俺を選んでくれたことは、どれだけのことだったのか。

 本当に嬉しかったのだ。先の見えない暗闇に彷徨っていた俺にとって、本当の救いだったのだ。


「ち、違います! イリスさんは本当にカンザキさんの事を!」


「だったら、今の状況の説明はつくんですか?」


「そ、それは……」


 ティオさんの言葉に説得力は皆無だ。

 目が覚めて、来る日も来る日もイリスが俺に笑顔を見せてくれることを待っていたというのに、彼女は二度と俺の目の前に姿を現さなかった。


 拐われたことも考えたが、イリスが一人でこの街を発ったことは、門番から話を聞いたことで判っている。


 イリスは自分の意思で、姿を消したのだと。


「……反論も出来ないなら、そんなことは言わないでくださいよ」


 力なくアランさんの襟元を離す。

 溜まっていた思いを吐き出し、自嘲気味に笑った。


 何を言っているのだろうか、自分は。

 最低だ。こんな自分の事しか考えない人間だから、イリスは俺の元から離れていったというのに、それも判っていなかった。


 イリスが悪いのではなかったのだ。やっぱり、俺が悪かったのだから。

 結局、みんな俺の側から離れていく。


「すみませんでした。アランさん、ティオさん。それに、他の人も……俺はさっさと出ていきますね。これから依頼があるんで」


「お、おいカンザキ……」


 背後からアランさんの思い遣る声が掛けられる。

 そんな言葉を掛けられる価値なんてないというのに。


 俺は一度も振り向かず、ギルドを後にした。



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