第二十六話 『金色(コンジキ)』
2ヶ月以上お待たせしました!
リアルで忙しかったのと、書き溜めをほんの少しだけしておりましたので……。
今週はしっかりと更新しますので……(震え
神速の一撃。
焔を乗せた最高の斬撃が、ウルの身体を切り裂いた。
それは人間という脆弱な存在が耐えきれる筈はない。鉄をも切り裂く斬撃だ。例え皮膚が鋼だとしても無事では済まないだろう。
だから、ウルはその命を途絶えたはずだった――
「…………どういう冗談だよ、そりゃ?」
勝利の余韻に浸ることも出来ない。真っ二つにぶった斬ったというわけではない。だが、ウルの身体の半分は刃を通したはずなのに、ウルの傷口からは流れるべきものが無かった。
傷口から流れるべき――深紅の血液が。
「――ぃつつ……少し油断しちゃったなぁ」
切り裂いた傷口を再生するように癒着しながら、ウルは頬を小さく掻く。
回復魔法を使っている様子もない。明らかにおかしな光景に言葉も出なかった。
「まだ……戦わないといけないんですかっ!」
「流石にもう無理だぞ……!」
イリスは疲労した身体を無理矢理動かしてウルに杖を向ける。
それに遅れて俺も剣を構えた。だが、重い。腕にあまり力が入らず、剣先が腕の震えに同調してブレている。
この状態で剣を振ることは……無理だ。
「あぁ、安心してくれていいよ。ボクに戦うつもりはない。迷宮の主として潔く負けを認めないとね」
「だからって、安心できると思うか?」
戦意は感じられないが、だからと言って完全に信用することなんて出来ない。身体は限界でも、少しの油断で取り返しのつかない事になるよりかはマシだ。
いざとなったら相討ちになってでもウルを討つ。イリスだけは護らないといけないのだから。
「いや、無理だろうね。君たちにとってボクは敵であって倒すべき相手だ。なら、そのままでも構わないよ。何度も言ってるけど、ボクは君たちに危害を加えるつもりはないけどね」
ウルは敵意が無いように見せるためか、持っていた小杖をスルリと手放し、両手を軽くあげる。
魔導師なのだからその行為はあまり意味がない気がするが、それを判っての行動だろう。
「……判った。信用するわけじゃないが、俺もイリスも限界だ。一応武装は解くよ」
「ソラ様ッ!」
「いいんだよ。どうせ今の俺たちじゃ奴には敵わない。不意をついて致命傷を負わせたけど、回復されればそれも関係ないし、魔力も向こうは有り余ってる。どっちにしろあまり変わらねぇ」
俺は握っていた刀を鞘へ仕舞う。
勝つための一発逆転の秘策。それを防がれればもう打つ手はない。
だからと言って、無抵抗なわけではない。ウルの挙動には目を張り、イリスだけは逃がす。ただそれだけだ。
「……ソラ様がそう言うなら」
イリスは渋々といった感じだが、俺に倣うように杖を腰に差す。
だが、彼女はなけなしの魔力を練っている。
何時でも魔法を撃ち込める準備はしておくと言うことだろう。
「さて、色々と聞きたいことはあるが……なんでお前は死んでいない? 俺は確かにお前をぶった斬った筈だ。お前は……本当に人間なのか?」
「――――」
おかしいではないか。
人間には全身に血管が通っている。少しでも傷を作るだけで、その傷口から赤い血が流れてくるのは必然のことだ。更には相手の身体を深く切り裂いたのなら尚更だ。
なのにウルは血を流すことなく、致命傷という傷を一瞬にして治癒していることから、俺には彼女が人間だとは考えつかない。
まだ【精霊】の方が納得がいくだろう。
「――人間であり、人間ではないのが答え……かな」
「はぁ? よくわかんねぇ。お前は人の姿をした【精霊】かなにかか? それとも亜人とでも言いたいのか?」
「いいえ、【精霊】ではないのは確かです。ですが、なんでしょうか。ウルさんを魔力が包み込んでいる? いいえ――」
イリスが【精霊術師】として開花した魔力を『視る』特殊な力。俺も魔力の波動くらいは判るようになっているが、イリスには遠く及ばない。
魔力を『視る』なんてこと、イリスにしか出来ないから。
少し経ち、『視る』ことに集中していて疲労していたのだろう。眉間を指で押さえながら、そしてイリスはその結果を口にした。
「――これは、魔力。ウルさん自体がまるで魔力のような……ということでしょうか?」
魔力。
それは実体はなく、酸素のように宙に浮いている。この世界にあって当たり前のもの。
魔力は生活する事にも必要なものだ。魔力が無ければ火も起こせない。魔力を対価にして、俺達人間は生きているんだ。
だが、その魔力自体がウルだと?
つまりウルは人間ではなく、ただ人間の形をした魔力ということになる。
力の奔流。それがウル。
これも、この『迷宮』が作り出した魔物とでも言うのか?
「んー……イリスちゃんのは的は外れていないし、寧ろ大正解だよ。でもね、完璧な答えというわけじゃない」
ウルは一瞬、俺を一瞥して、
「ボクは魔力の塊。それは間違っていないけど、この魔力はボクという『存在』を構築してくれている。謂わば人の皮膚や筋肉のようなものだよ。ボクの身体はこの迷宮に『封印』されているからね。魔力で作られた身体に意識だけ入り込んでいるだけなんだ。だからボクは血も流さない、死なない『化け物』の完成さ」
「封……印?」
「そう。元々ボクは人間だったんだけど、ワケあって身体がこの『迷宮』に封印されているんだ」
ウルは寂しそうに笑みを浮かべる。
「なんで……なんで封印されているんだよ? お前はなにかしたのか? この迷宮が存在する何百年も前から、お前は封印されてるって言うのかよ」
「そうだね。……そうか。もう下はそんなに年月を重ねていたのか。太陽や月すら見えないこの息の詰まる迷宮じゃ、時間の感覚が麻痺してしまうみたいだ」
「ど、どうして貴女はそんなに平気そうなんですか!? おかしいですよ! 自由がないなんて、ずっと孤独なんて……どれだけ辛いことなのか貴女も判っているんじゃないんですか!?」
イリスは悲痛な表情を浮かべてウルに訴える。
ハーフエルフとして、自由に生きていけなかった人生を過ごしてきたイリスにとって、ウルの態度がどうしても許せなかったんだろう。
俺だって、孤独の辛さはよく知っている。
「平気……ね。平気なわけないだろう?」
「っ! だったら……」
「平気なわけじゃないさ。でも、仕方ないじゃないか」
ウルは自嘲するように笑う。
背中が小さく見える。あの堂々とした偉大な魔術師が、弱々しい表情を浮かべているのだ。
「仕方……ない?」
「そう。ボクたちの封印は罰のようなものだよ。犯した過ちを、償うための罰だ。ボクたちはこの手で、世界に危機をもたらした。それを償うためのの罰がこの封印というのなら、ボクたちは受け入れよう」
「ボクたち? 封印されているのは、お前だけじゃないって言うのか?」
そうだ。さっきから不思議に思っていたんだ。
ウルは言動の所々に、自分以外の仲間の存在がいることを匂わせていた。
同じく同罪の仲間がいるというのなら、もしかして他の仲間も封印されているのだろうか?
「そうだよ。言わなかったかな? この世界にある五つの【空中迷宮】。その迷宮には、全てボクと同じ罪を犯した仲間達が封印されている」
「他にも……四人?」
「ウルさんの仲間が……まだ封印されているの?」
謎多き【空中迷宮】は只の迷宮ではなかった。そこには罪により封印され、自由を奪われた人間が迷宮主として君臨している。
もう何百年も封印され、孤独を味わったのに。まだ解放させてはくれないのか。そんな人達に、俺は刃を向けなければいけないのか。
それはなんて残酷なんだろうか。
「その心配は杞憂だよ、ソラ・カンザキ」
すると俺の気持ちを見透かしたようにウルが笑いかける。
話を聞けば、彼女も加害者であると同時に被害者なのだ。罪がどうであれ、俺達は十分罪を償ってきたウルに剣を向けたのに、なにが杞憂だというのか。
この迷宮でウルに憎しみを抱いていたことは否めない。でも、彼女の話でその憎しみや怒りが揺らいでいる。
俺はそう簡単に割り切れないというのに。
「この迷宮でボクが君と戦い、そして君がボクを撃ち破ったことは、ボクたちにとっては望んでいたことだよ」
「な、何を言って……」
「ボクたちだってただ黙って封印されているわけじゃないのさ。ボクたちを騙し、裏切り、大切なものを奪った奴等に報復するため、ボクたちはこの迷宮で、力を授けるに値する『候補者』を選定しているんだよ」
「――――」
つまり、この迷宮はウル達が復讐するための協力者を探すための場所。
直接手を下していないとはいえ、アゴールさんが死んだのは、そのための『結果』とでも言うのか。
そんなの、そんなの――ふざけんな……ッ!
「――お前がっ! お前らがやってることは、ただの人殺しじゃねえか! 力を授ける為に仕方なかった。このくらいで死ぬような輩は必要ない。祠で得た『資格』を持ってない奴は、どうでもいい。そんなのお前らの勝手な都合だろうが! てめぇらのせいで、アゴールさんは……ッ! ここで死んでいった奴等は、なんの、ために……」
奥底から煮えたぎる怒りの炎を全力でぶちまける。
こいつらは十分罪を償った? それは誤りだ。
自分達の復讐のために、ウル達は結局同じように罪を重ねている。自分達を封印した奴等が許せないから。憎いから。
そんな私情に巻き込まれて命を落とした人たちは……一体なんのために。
「あれはイレギュラーだったよ。『勇を信ず者』―― 彼らがもう動いているなんてね。もう少し警戒するべきだったと反省しているよ」
「……どういう、ことだよ。お前はあいつらの事を知っているのか? 知っているのかよ、どうなんだよ!」
「ソラ様! 落ち着いてください!」
イリスが心配そうな表情を俺に向ける。
「知っている。……何故なら、彼らこそがボクたちが復讐すべき相手なのだから」
「――――」
『勇を信ず者』が復讐すべき相手?
俺のような異世界人を利用し、初代勇者『ヒイラギ』しか見たことのない迷宮の最果ての解明をする組織。
でも、それはつい最近結成されたわけじゃないのか?
何故なら歴代勇者達が迷宮の最奥になにかがあると踏んだから、その代わりに自分達が調べようとしていたんだ。
なのにその組織と、何百年前から封印されているウル達に何かの確執がある。
どういうことだ?
「なぁ、それを詳し――」
「――少し、喋りすぎじゃないかしら」
鈴のような音が、迷宮内に響き渡る。
勿論俺の声ではない。イリスでも、ウルでもない。
そして、なにより問題なのは――
「ぅぐぁッ!」
――聞こえたのが、俺の背後だということ。
「ソラ様!? 貴女……ソラ様によくもぉ!」
イリスが声を上げ激昂する。
彼女が怒りに顔を染め上げるなんて似合わない。
止めたいのに……でも、イリスを宥めることは無理なようだ。
頭に響いた強烈な一撃が、俺の意識を奪っていく。
「どうして……どう――貴女が……――」
ウルの声が聞こえる。どうやら、彼女にとってもイレギュラーだったのだろう。
彼女の困惑している声なんて、初めて聞いた。
イリスの怒号。ウルの戸惑い。
謎の乱入者は、一体なんの目的があるのだろうか。
このままだと、俺は死ぬかもしれない。イリスを護れずに。
……そんなのは、嫌だ。
「ぃ、リスぅ……まも、らなきゃ……お、れが……!」
でも、身体は動かない。
舌を噛み、意識を留まらせようとする。
血の味。でも、構わない。
なにも出来ないまま死ぬのは嫌だから。
だけど――
「少し休みなさい、ソラ……――」
慈しむように頬を撫でられ、俺の意識は薄れていく。
優しい言葉に、温もりに飢えていたのだろうか。
愛しげに触れられた指の細さに、身体が弛緩していく。
自分の意思に逆らい、身体は『安心』しきってしまった。
意識を失う前に、襲撃者の姿が目に入る。
霞む視界に映ったのは――美しい『金色』だった――
目標の4000ptまで、あと250……頑張ります!
一周年経ちましたが、これからもよろしくお願いいたします。