第二十四話 『訪れる【影】の脅威』
かなーり遅れました! 理由はまぁ、活動報告で見ていただけるといいと思います。
ウルは俺たちが和解したことを憤っていると思っていた。もしくは悔しがっていると。
彼女は俺とイリスの仲違い。その結果に訪れる俺たちの争いを期待しているのではなかったのか。だからわざわざイリスを煽るような言動した。
だが、結局は和解に繋がり、彼女の企みは潰える。
その筈なのに。
「なんで笑ってるんだ……お前の望みは俺たちの争いじゃなかったのか?」
笑みを浮かべているウルの真意がよく判らない。出会って少ししか会話していないが、彼女が掴み所のない奴だと言うことは嫌というほど理解している。
だからこそ、なんで彼女が笑っているのか検討もつかなかった。
「…………ボクが笑っている? そりゃそうさ。別にボクの望みは君たちを破滅に導くことじゃないからね」
「はっ? 何を言って……」
「嘘です! 現に、私をソラ様に嗾けるように誘導したじゃないですか!?」
イリスはウルに俺という悪を消すように言葉を掛けられた。でも、彼女には最初からそんなつもりが無かった。
だからそういうことにはならなかったが、一歩間違えればその可能性もあったのだ。
それについてはどう説明がつく?
「確かにボクはイリスちゃんをそういう風になるように誘導したね。でも、ボクは別に君たちの仲違いを望んでいたんじゃない。ボクの目的はイリスちゃん。君を試すことさ」
「わ、たし……?」
「そう、君だ」
ウルはイリスに笑みを向ける。
「なんでイリスなんだよ……?」
「イリスちゃんを試したのは君のためでもあるんだよ、ソラ・カンザキ。イリスちゃんが君を害する存在ではないか、ボクはそれを知りたかったんだ」
「害する? 私はそんなことしません!」
ウルの言葉にイリスは激昂する。
彼女は俺のことを想ってくれている娘だ。その分、俺に対する感情を否定されたような思いなのだろう。
でも、イリスがどんな感情をしていようが、ウルには関係がない筈だ。だって、俺にしか影響がない。
俺のため? 俺のためだとしたらそれはいったいなんのために?
「口ではなんとでも言えるからね。君は優秀な魔術師だ。【精霊術】と【魔法】を使える人はそうはいないよ。何故なら使えるのはエルフの血を受け継ぐ者に限られているから。でも、殆どのエルフは使い勝手のよい【精霊術】で満足し、人間が使う【魔法】に手を出さない。君みたいに挫折や困難を与えられた者しか、その二つの能力の両立は出来ないんだよ」
「それが、どうして私を試すのに繋がるんですか?」
「君は強いよ。しかも【精霊術】を手にしてまだ数刻だ。まだまだ君には成長が見てとれる。……でもね。その強大な力を手にして、君が本当に主人に敵対しないか心配だったんだよ。力はその持ち主までに狂わせる。小さな憎しみでも、力によって大きく変化する可能性もある。だから君を確かめた」
とても悲しそうな表情でウルは小さく笑う。なにかを思い出しているような、なにかを悔いているような、そんな表情だった。
そして、彼女の言葉は別に適当なことではない。
俺が『RWO』で過ごしたゲーム時代の初期の頃、プレイヤーキルが流行った事がある。それの犯人は当時トッププレイヤーと言われた男だった。
力に溺れ、持て囃されたからこそ、小さな好奇心が実行するまでに至る。そしてその男が最初に手にかけたのは、初期からの仲間だった。
それと変わらない話。可能性はいくらでもあるだろう。
「もし君がソラ・カンザキに手をかけるなら、ボクは君をその前に殺していた。実が成る前に種を摘む。当然のことだろう? でも、君は彼と共に歩くことを選んだ。ボクとしては期待していたことなんだよ」
「こ、殺す……? えっ?」
「うん。君が彼の頬を叩いた瞬間、殺しそうになったよ。でも、結果的に死ななくて良かったねっ」
「――――ッ!」
ウルはまるで当然というように笑うが、発した瞬間、彼女から滲み出る魔力が冗談ではなく本気だということが否が応にも理解させる。
イリスは小さく悲鳴を上げ、俺の外套の袖を掴む。実際、俺も身体中から冷や汗が流れた。
だが、恐怖を押し殺しイリスを背後に寄せる。
「お前は……なんで俺を?」
「君はこの先強くならないといけない。強くなって、仲間を増やす。この前【ノールム王国】に召喚されたという勇者よりもね」
「勇者……愛羽達か……」
召喚されたという話は聞いたことはあったが、どこに召喚されたかは知らなかった。もしかしたら皆と再会出来るかもという期待感と共に、どうしてウルが知っているのか気になった。
迷宮の主が、外界と殆ど接触がないであろうウルが何故知っているんだ?
「……何を考えてる? 俺が強くなることでお前にプラスになることはあるのか?」
「ある。と言ったら君は満足かな? まぁ、君に強くなって欲しいのは事実だよ」
「……俺はお前に思われる筋合いはないし、それにお前が企んでいないとは限らない。俺はお前を信用してないし信用出来ない。そしてなにより――」
魔力には、魔力で対抗する。イリスを包み込むように優しく、でも強く魔力を放出する。魔法に変えてないため魔力は消えないが、これはかなり疲れる。でも、宣戦布告には都合がいい。
【蒼月】の柄を握り、切っ先をウルに向け、
「――俺の『仲間』に手を出そうとしたことは許せないッ!」
イリスを殺そうとした。未遂とはいえそれは事実。
俺を信じてくれて、好きだって言ってくれたイリスをこいつは手にかけようとしたんだ。それは到底許せるものではない。
私怨でもいい。俺はもう、自分のために剣を振るうことに決めたんだから。
「お前が考えてること、どうせ吐いてはくんねぇんだろ? だったらお前をぶっ倒して、無理矢理でも全部吐かしてやるよ!」
「……出来るのかい? さっきまでボクの【影魔法】に手も足も出なかった君が」
ウルが自分の影を動かし始める。あの魔法は本当に汎用性が高い。俺の高速の突撃が一瞬にして防ぐあの魔法。それを越えるにはなにか策を考えないといけないだろう。
「確かに俺はお前にやられたよ。完膚なきまでにな。だけどさ、俺はもうお前には負けない、今度こそお前を地に伏せてやる……いや、違うな――」
「きゃっ」
イリスの肩を掴み、片手で身体に包み込む。急なことにイリスは声を上げるが、それを無視して今度は俺がウルに笑みを向ける。
「――俺たちが、お前を叩き潰してやるよ! 『剣士』と『魔術師』が揃えば、誰にも負けねぇ。俺たちが、最強だ!」
さっきは俺が独りよがりな戦いをしていたせいで簡単にやられたんだ。イリスのサポートも無視して一人で戦ったせいで。
でも、イリスのおかげで目が覚めた。俺たちが揃えば、誰にも負けない。今の俺たちなら、どんな困難だって乗り越えられる気がする。
そして不敵な笑みを浮かべる俺を見て、狼狽えていたイリスも呆れたように微笑んだ。
「……えぇ、私とソラ様の『仲間』としての初陣です! 前までの私たちだと思わないでくださいね!」
「そうか……ふっ、やっぱり面白いな。ソラは次々と魅力的な仲間を増やしていく……まったく、ボクは君が羨ましかったよ。誰かの心に入って、誰かを救って、そして心を通わせていく君が」
「何を言ってる?」
意味不明なことを呟き、瞑目するウル。羨ましかった? 何を言っているのだろう。その疑問を解消する前に、
「――さぁ、決着をつけようじゃないか! 迷宮の主『ウル=メイア』と探索者『ソラ・カンザキ』、『イリス』の戦いを!」
その言葉と共に、俺は駆け出す。姿勢を低くしてウルを迎え撃つ。
左肩はウルと話している間にイリスに少しだが治癒してもらった。といっても動かせるようになっただけなため、無理は出来ない。でも、刀を振るにはこれで十分だ。
「さっきと同じ手かい? 馬鹿の一つ覚えみたいにそんな戦い方しても無駄だというのにね――『火槍』」
呆れたように呟き、炎で作られた槍を作り出す。純度の高い炎だ。質の高い魔力で作られたおかげだろうそれは通常の『火槍』よりも攻撃力を秘めているのは明らかだった。
だが、もう俺は一人じゃないって言っただろう?
「私の事を忘れてもらっては困ります! 『水槍』!」
イリスが撃ち込んだ水の槍がウルの炎の槍と衝突し、激しい蒸気を発しながら二つの槍は消滅していき。
「流石だね……同じ魔術師であるボクも君の素質には嫉妬を隠せない。イリスちゃんはいずれボクを超える力を手に入れるかもしれないね……まぁ、まだ負けるつもりはないけど」
「この力は、ソラ様の為に使うって決めました。だから、私は最高の『仲間』としてソラ様を支援します! 魔術師として、私も貴女には負けれません!」
ウルとイリス。彼女らは間違いなくトップクラスの魔術師だ。ウルは元々化け物染みた能力。イリスはウルには劣るが【精霊術】もあることにより負けていない。
魔術師のプライド。それがイリスとウルにはあるのだ。
「ハァァァアッ!」
イリスの思いに、決意に負けてられない。
もう迷いはない。ウルを殺す気で剣を振ろう。俺の苦悩を、悲しみを、罪をイリスは共に背負ってくれると言ってくれた。だから、俺はもう怖くない。
先程までとは比べ物にならないくらいブレない鋭い太刀筋で、ウルに向けて【蒼月】を振り下ろす。
「何度やっても無駄だということは判らないのかな。『暗影の壁』」
俺の突きを防いだ壁が目の前に現れる。速い。やはりそう簡単にはいかない。この影の壁は見た目とは裏腹にとても硬い。きっとこの俺の刃は届かないだろう。
それを判っているから、
「『風精霊の矢』!」
「なっ!? くっ!」
俺の攻撃を防いだと同時に飛んできた矢。ウルは俺とは違う方向から飛んできたその矢の襲撃を防ぐことが出来ずに腕に矢を浴びてしまう。何故か血は流れていないが、どういうことだ?
表情が苦痛に歪み、あのウルが俺から距離を取った。
「やっぱりな……影は一つの場所にしか使えない。俺を相手している内は後ろからの攻撃は防げないってことか」
「……まさかソラ・カンザキを囮にしてくるとはね。てっきり君のサポートをするのがイリスちゃんだと思ってたんだけど」
「そんなのはブラフだ。前までの俺たちならそうしたかもしれないが、今のイリスは【精霊術】を扱える。イリス自身も既に強力なアタッカーなんだよ」
俺じゃ近距離からの攻撃しか出来ない。当たれば強力な剣を持っていても、絶対的強度を持つ盾には敵わない。見え見えの攻撃は誰だって防げるから。
だったら、その攻撃さえも本命のための囮にしてしまえばいい。
俺の剣とイリスの矢。その二つの選択肢を盾はどちらか一つしか防ぐことが出来ない。
つまり、必ず一つは攻撃は当たるということだ。
ウルがどれだけ強くても、その余裕を引っぺがせば、最低でも優位性は変わる。
ここからは俺たちのターンだ。
「俺たち個々の力じゃお前には敵わない……けど、俺たち二人なら、お前にだって充分戦えるんだよ!」
「――そうか、うん。そうじゃないと困るよ。それぐらい出来なきゃ、ボクたちは君に託すことが出来ない」
そう呟き、彼女の魔力が練り込まれてることが判った。大量の魔力。それはハーフエルフであるイリスにも劣らない魔力だ。
「これくらいは……防げるよね?」
瞬間、十にも届くであろう『風刃』が俺を襲う。
風の刃は速い。刀で防ごうとしても正直限界がある。
焦燥感に、額に冷たい汗が流れた。
「ソラ様! 【魔法剣】を!」
「ッ! 『魔法剣“紅蓮”』!」
イリスの言葉に反射的に刀に焔を纏わせる。これなら風の刃を防ぐことが出来るが、なにぶん数が多すぎる。全てを防ぐことは無理だ。
だが、その心配は杞憂のようだった。
「風の精霊よ。散れ」
イリスがそう呟いた瞬間、ウルが放った『風刃』が七つ程霧散した。強い風が吹き荒れるが、その風に殺傷能力はない。
「『二重焔奏“弧月”』!」
焔の刃を身体ごと回転させることにより自分に迫る風の刃を全て切り裂くことができた。
数が多ければ風の刃に負けて致命傷を負ってたかもしれないが、三つであれば防ぐこともそう難しくはない。
俺は小さく息を吐き、
「い、イリス……今のは……?」
「私はまだ未熟ですが、風の【精霊術】なら制御することは可能です。先程は【風精霊】に呼び掛け、魔法の形を掻き回してほしいと頼みました。といっても、三つほど出来なかったものもあったみたいですが、ソラ様が防げると信じていたので問題ありませんね」
「いや、問題って……まぁ、信用してくれてたことは有り難いが」
本当の『仲間』になったおかげで信用度も違う。俺なら、彼女なら。信頼できるだけで戦い方もなにもかも変えれるし、安心できる。
今の俺たちにとって、いい傾向だ。
「そういえば【精霊術】にはそんな効果もあったよね。まったく、味方なら頼もしいけど、敵なら本当に厄介な相手だよ。しかもまだ『風』だけ……他の属性も制御することが出来たのなら、魔術師にとって天敵と言っていいよね」
肩を竦めながらウルは不敵な笑みを浮かべる。
ゾクッと、背筋が凍える感覚。なんだ。よく判らず、気がつけば一歩後ろに下がっていた。
いったい、ウルはなにを……?
彼女は小さな小杖を取り出す。古びたソレは上に大きな『魔結晶』を載せているが、その他はなんの変哲もないただの杖。
ウル程の実力者が、あんな子供用みたいな杖を使っている? そのアンバランスさに首を傾げるが、あの『魔結晶』は明らかに格が違う。
「正直、今の力が制御されているボクでは本気を出さないとキツいだろうね。だから、本気で戦うよ。そうでもしないと、ボクも危ないからね」
「なっ!? 制御されている……お前、それでも全力じゃないのか!?」
「嘘……でしょう?」
「残念だけど事実だよ。でも、そのボクくらいには勝てないと駄目だろう? 他の迷宮に行くのなら、強くなるならね」
ウルが本気じゃない。化け物みたいなあの実力で? そんなの到底信じられなかった。
制御されて力も満足に出せない。そして本気でもないウルに、俺とイリスは拮抗していた戦闘をしていたのだ。
じゃあ、それで本当に俺たちは彼女の本気に勝てるのか?
「覚悟してね……これがボクの……【影魔法】だ!」
瞬間、【黒】に染まる。
お久しぶりです。本当はこの話で決着が着く筈だったのですが、文字数が多くて多くて分けてみました。
なので、次話は18時更新予定です。