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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第二章 【迷宮探索者】
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第二十一話 『迷宮の終着点』

今までテスト期間で執筆が出来なくて文量も多くありませんし、内容もいつもよりも質が落ちているかもしれません。ごめんなさい!






『――今日、お兄ちゃんと一緒に寝ても良いかな?』



 ……懐かしい。その光景には覚えがあり、同時に理解する。

 これは、夢なのだ。



『いつもありがとっ、お兄ちゃん!』



 そう言ってくれる妹の顔を見て、心が暖かくなるのを感じる。そうだ。俺は彼女にとって立派な兄貴になりたくて、理想の兄妹になりたかった。


 俺は……本当にユキにとって必要とされる兄になれたのだろうか?



『――おっ、空! 今からラーメンでも食いに行かねぇか? 母さんには内緒だがな!』



 そうやって下品に大口を開けて笑っている親父。親父はいつもそうだった。苦しんで、悩んで……そんな吐き出せない俺を気遣ってよく夜に飯に誘ってくれていた。



『――ほら、ソラちゃん。手を洗ってきなさい。今日は特製チーズケーキを作ってみたのよ』



 母さんはパートが休みの時、いつも新作料理を俺に披露してくれる。自分は忙しくて疲れているはずなのに、しっかりと俺の母として笑ってくれていた。俺の料理は、母さんから生まれたと言っても過言ではない。


 俺は……親父や母さんが誇れるような息子になれたのだろうか?



『ほらっ、今日のタッグ戦、頼りにしてるからね。私のパートナーさんっ』



 目の前で愛羽が動かすアバターが俺の背中を叩いて笑顔を向けている。確かこれはイベントのタッグ戦で組んだ時の話だったと思う。

 あの頃は俺と愛羽の実力は拮抗していて、『RWO』でも優勝候補とも言われていた。


 俺は……アイツにとって最高の相棒になれたのだろうか?



『――ラさま……』



 そして……俺には彼女と共に歩いていく価値はあるのだろうか?


『――ラ様。ソラ様……』


 本当に判らない。結局のところ、俺は彼女になにも返せていないのだ。

 彼女にとって俺は命の恩人……そんなことはない。寧ろ孤独で異世界にいた俺を彼女が支えてくれているだけなのだ。

 そうでなければ、俺はきっといつかダメになるから。


 俺こそ……彼女に恩を返していないから。

 それに気づいているのは、俺だけ……いや、彼女も気づいているかもしれない。


 だから――


『信じていました、ソラ様』


 彼女に見捨てられないように、俺がやるべきことは――



『――ソラ様と……いえ、貴方とはお別れしたいです』



 冷たいなにかが頬を伝った気がした。






◇ ◇ ◇






「――ん…………」


 ゆっくりと目を開き、ぼやけた視界で周りを見渡す。

 どうやら、俺は横になっているようだ。迷宮を照らす蝋燭が俺の視界に光を与えてくれている。


「……っ痛。身体のあちこちが痛い……」


 俺は今までなにをしていたっけ?

 記憶も曖昧な中、立ち上がろうとすると身体の節々に痛みが走った。怪我をしているのだろうか。


 そう思って自分の身体を見下ろすと、毛布が掛かっているのに気づいた。

 俺は毛布など出した覚えもない。だけど、その毛布はやけに暖かく、俺は毛布に顔をうずめた。


「…………涙……?」


 毛布を顔をうずめたことで気づいたが、頬を伝う水。汗ではないし、おそらく涙なのだろう。視界がぼやけていた理由も納得した。


 ふいに、俺の脳裏にさっきまでの悲しい夢がよぎる。

 今は会えない家族やクラスメイトの言葉を思い出し、自分が今いる場所を改めて再認識させられた。

 俺があそこに帰ることは出来るのだろうか。


 そして最後の……彼女の言葉には――



「……ソラ様……!」


「――――っ」


 頭に浮かんでいた声と同じ声。

 背後から見知った声を掛けられる。判っているのに……この声は誰なのか、どんな感情が込められているのか知っているくせに。


 今はどうしようもなく、それが怖かった。


「…………イリス」


「起きたんですね……! 良かった……本当に良かったです……!」


 うっすらと涙を浮かべているイリス。それを軽く指で拭き取って彼女は笑顔を見せてくる。

 そんなイリスに対し、数時間ぶりの再会に俺は素直に喜ぶことが出来なかった。


 今だけは、会いたくなかったから。


「お、お前こそ……無事だったんだな。良かったよ……本当に」


「いえ、私もソラ様が無事でなによりです! 驚いたんですよ。この部屋に入った途端、ソラ様が倒れているんですから……」


「――――」


 背筋に冷たい汗が流れる。心なしか、どこか息苦しくも感じた。


 この場にいたということは知っているのだろうか……彼女は。

 俺がこの場所でどのような罪を犯し、醜態を晒したのかを。そんな最悪な想像をし、唇が恐怖により震え出した。


『貴方とはお別れしたいです』


 そうだ。そんなの、イリスを支える主人である価値なんてありはしないから。


「イリス……俺が倒れていた時、誰かここにいたか?」


「――――」


 恐怖を押し殺し、イリスに問いかける。

 俺が倒れていた。その時間はいったいどれだけかは判らないが、俺を気絶させた男……バルクがこの場に留まっていた可能性もないわけではない。


 もしバルクがこの場にいたのなら、イリスは知っているのかもしれない。俺の脆弱さを。

 それならイリスの涙は、笑顔は、俺を欺くための偽物フェイクなのだろうか。

 俺の醜態を聞いて、彼女が俺を慕ってくれるとは考えられない。……だから、怖いのだ。


 イリスがいなくなってしまえば、俺はまた独りに戻ってしまうから。


「――私はソラ様しか見てません。他の方なんて、私が来たときには誰もいませんでしたよ」


 ほんの少しの沈黙を持って、イリスが口を開いた。

 その内容は、俺にとっては救いがある言葉。望んでいた言葉だ。

 良かった……まだイリスは知らない。大丈夫だ。


 まだ俺は、イリスと一緒に歩ける。


「そうか……よし、よし!」


「ソラ様……?」


 拳をキツく握りしめ、自分の目を覚まさせるかのように吠える。そうだ。弱気になっていてどうする。俺にはまだ、やるべきことがあるのだから。

 そんな俺を見て、イリスが困惑したように声を掛ける。不安にさせたのだろうか……でも、もう大丈夫だ。


「なんでもないさ……! それよりもやっとここまで……迷宮の終着点まで来れたんだ。準備が出来次第、気を引き締めていくぞ!」


「ソラ様……」


「大丈夫だ、心配すんなよ。俺だってお前と別行動する時とは別人のように強くなっている自信があるぜ! だから、全部俺に任せておいてくれよ」


 イリスに頼ってばかりではいけない。俺がイリスを導く人間になるんだ。

 心の弱さが自覚できるほどに沸き上がっているが、それを呑み込んでイリスに笑顔を向ける。

 俺が護ってやるから、だから安心してろ……という意思表示のように。


「あの……っ」


「取り合えず今から飯を作るから。イリスも腹減ってるだろ? ごめんな、マトモな食糧を渡していなくて。干し肉とかじゃ満足しないだろうし、直ぐに俺が美味い飯を作ってやるよ」


 俺はインベントリから大量の食材と料理器具を取り出しで準備を始める。きっとこれが最後なのだろうから、めいいっぱい使ってやろう。


 そうやって虚勢を張って……俺は内心、この行為がなにを示していたのか判っていた。

 でも、出来るだけ……少しだけでもいいからいつもの『俺』を演じないといけない。でなければ、不審に思われるかもしれないから。


 ソラ・カンサギは、誰かに頼りにされるような人間にならないといけないから。


「……ソラ、様……っ」


 背後のイリスが泣いているように聞こえた。






◇ ◇ ◇






「デケェな……」


 腹ごしらえを済ませ、俺達は巨大な門の前に立っている。

 俺とイリスが合流した部屋の壁に埋め込まれているようにその扉はあり、門の両隣には槍を抱え、甲冑を着た巨大な騎士が二体存在していた。


「えっと……キールは『審判の祠』で取った称号を示さないといけないって言ってなかったかな……どうすりゃいいんだよ」


「示し方が良くわかりませんね……」


 あの時『審判の祠』で取った称号が迷宮の最奥を開く鍵とか言っていたが、実際にどうすればいいのか判らない。

 そしてキールの事を考えると同時に、バルクの事が頭をよぎる。浮かんできた嫌な考えを必死に首を振って掻き消した。


「取り合えず門に近付いてステータスプレートでもかざしてみるか」


 示すにはステータスプレートぐらいしかないと思い、巨大な門に接近する。

 近付けば近付くほど、そこはとても大きな門ということが実感でき、どこか威圧的な感じもしていた。




『――ひらかれよ』




 ふいに、『審判の祠』で聞いたような声が迷宮内に響き渡る。重みのあるその声と同時に、二体の騎士がゆっくりとこっちを向き、持っていた槍を天高く突き上げる。


 すると重々しい音を立てながら、門がゆっくりと開いていった。


「……近付くだけで良かったってことか。だが、これで終着点の道は開かれたな……」


「ソラ様……」


「大丈夫だってイリス、そんな心配すんなよ。どんな事があろうとも俺が護ってやるからさ」


「――――」


 そう言い、俺は門の方に向き変える。背後のイリスは俺の言葉に満足したのか、なにも言ってはこなかった。

 それでいい。それでいいのだ。

 俺がイリスにとって有用な者だということを理解させるんだ。必要な存在だと、一緒にいたい人間だと思わせなければ……だから、まだ油断は出来ないのだろう。

 バレないように、怪しまれないように、俺は手を血に染めていない『俺』を演じないといけないから。


 そうこうしている内に、門は完全に開かれた。だが、奥は光が完全に遮断されているかのようで、異様に暗闇でその先を確認することは出来なかった。


「行って確認するしかねぇな……。よし、行くか、イリス」


「……はい」


 返事をしたイリスの声に覇気がないものの、疲れが溜まっていると判断して俺達は歩みを進めた。

 ゆっくりとゆっくりと……門の境目へと足を――




 ――踏み入れた。






◇ ◇ ◇






「うおっ……なんだこれ……」


 越えたと同時に門の奥に光が灯される。壁に備え付けられている蝋燭が、ひとりでに火を灯していく。

 門の中は大理石のようなものでドーム状に広がっていて、結構広い。蝋燭の火の影がゆらゆらと揺れている。


「――やあ、よく来たね」


 誰かの声。それは決して俺でもイリスの声でもなかった。

 だが、それは聞いたこともない声というわけではない。


 紫紺の大きな瞳。白髪のセミロング。その髪に負けない程の白い肌。

 イリスのような黒いローブをその身に纏った中学生くらいに見える少女が立っていた。

 だが、その姿とは裏腹に魔力が滲み出ているのが判る。圧倒的な魔力は、ハーフエルフであるイリスよりも多いかもしれない。


「アンタが……」


「なんて魔力ですか……! 私の里にもここまで強い魔力を持っている人は居ませんでしたよ……!?」


 イリスは腰に差している魔導杖を構え、戦闘態勢へと入った。

 そんなイリスとは対称的に、俺は気を警戒心を解いていた。そんな容姿を目にしたせいだろうか、はたまた違う理由かもしれないが、警戒心を解いたことで自分で自分を叱責する。


 なにやってんだよ……俺は……!


「まぁ、初めまして……でいいのかな?」


 少女は軽く笑みを浮かべて肩を竦めてみせる。その姿は、その容姿など関係ない、年を重ねているような、どこか年長者の雰囲気があった。




「――ようこそ【ウル迷宮】へ! ボクは『ウル=メイア』。この迷宮の管理者にして、君達の言葉で言うラスボスだよ」




 心底嬉しそうに、少女はそう笑った。







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