第二十話 『言葉の残滓』
今回はテスト期間ということもあり、時間がなくあまり文章がよくありません。申し訳ないです。
今回はイリス視点です
「――ソラ……様……?」
声を震わせ、ピクリとも動かない、地に伏している人物の名前を呼ぶ。
――愛しい、主の名を。
「ど、うして……」
だけどソラ様は返事をしてくれなくて、私を見てくれなくて、笑顔を向けなくて……。
その原因は……直ぐに判った。
「…………貴方が」
「――――」
ゆっくりと、視線を上げていく。ソラ様の側には狼のような姿をした化け物。そしてそれ以外に男性が立っていた。
この男性はソラ様の事を知っている。そして、或いは――
「――貴方が、ソラ様をこんな目に合わせたのですか?」
自分でも驚く程の低い声の響き。だけど、そんなことは私には関係ない。
溢れ出てくる抑えきれない魔力、そして怒り。でも、そんなことは私にはどうでもいい。
問題は、ソラ様をこんな目にあわせたのは誰か……ということだから。
私は一番可能性が高いであろう目の前で私を睨み付けている男性に目を向ける。
男性は私を明らかに警戒しているみたいだが、ふいにつぐんでいた口を開かせ、
「だとしたら……なんだ?」
「――――」
男性は不敵な笑みを浮かべる。しゃがみ、うつ伏せの状態のソラ様の髪の毛を掴みながら、その顔を私に向けてきた。
ソラ様は痛みで顔を歪ませているが、表情を変えれないほど重傷ではないようだ。少し安心したが、それとこれとは別問題である。
『――落ち着きなさい、イリス。確かにあの男はアンタの主を痛め付けた張本人でしょうけど……怒りに身を任せれば判断が鈍るわよ』
「……判ってます。今はアイツからソラ様を離す方法を考えるのが先決ですから」
そう。怒りは飲み込むしかない。
ソラ様をあんな目に遭わせた男を、私は絶対に許しません。でも、それは今ではない。
今の私にとってソラ様こそが一番大切で愛おしい人。彼の安全を確保するのが最優先だ。
「ソラ様から離れなさい。さもないと……痛い目を見ますよ?」
インベントリから弓と矢を取りだし、男性に向かって強く弦を引き絞る。手を放せば、いつでも貫けることは出来るだろう。
男はそんな私の様子を見てキョトンとしていたが、直ぐに笑みを浮かべ、
「……成る程な。その手捌きや俺に迷いなく矢を向けることが出来るとは……気に入った。俺はバルクだ。とある……まぁ、組織みたいなものだが、『勇を信ず者』の一員だ。出来ればお前の名前も教えてくれないか?」
「――――」
『勇を信ず者』……キールさんと同じ狂信組織ですか。つまりはソラ様を利用しようとする組織の仲間で間違いはない。
バルクは、敵だ。
「――私の名前は、イリス。ハーフエルフの魔術師で、ソラ様の……奴隷、ですッ!」
「ッ!?」
名前を教えた瞬間、引き絞っていた矢をバルクに向かって放した。完璧な不意討ち。バルクも私の矢に反応出来てなかった。
これでバルクに致命傷を与えたでしょう……そう思っていたが、少し甘かったようです。
「――『スカルナイト』!」
「なっ!?」
私の矢がバルクを貫く刹那、急に現れた手のひらがその矢の柄を掴む。
私が信じられないような顔でその手の主を見ると、骨だけになり、古びた鎧を纏っている骸。だが、鎧は鋼本来の重い光を放っている。その骸骨の瞳の奥は、紅く発光していた。
「ど……うして……?」
「俺は『調教師』なんでな。今までテイムした魔物を操り、自分の意のままに操ることができる。そしてそれはいつでもどこでも召喚することが出来る」
初めて聞く言葉だ。そんな能力など、聞いたことがない。
だが、それは事実なのだろう。目の前に起こった現象が説明するためなら、その言葉を信じるのが正しい。
「こいつはとある地域で『調教』した魔物でな。光に弱いから使える場所は限られているが、こういう迷宮では自由に動かせる。こいつはそう簡単には倒せないぜ」
「……簡単に倒せなくても、私は倒さなきゃいけないんです」
そうだ。相手がどれほど強いとか、そんなことは関係ない。
私がスカルナイトを討伐しないと、バルクを倒さないと、ソラ様の安全は保証できない。
私には、ソラ様の奴隷としてやらなければならないことがあるんですから。
「……くはっ。面白い……奴隷と言ったな? てことは、お前がソラ・カンザキと共に行動しているという魔法を使うエルフか」
バルクは声を出して笑い、私に話しかけてくる。
ソラ様は知らないかもしれないが、街ではソラ様と私は中々有名な冒険者みたいだ。とても早い段階で冒険者としてのランクの昇格と実力。それにこの前デリックさんとソラ様が親しい関係という姿を見られていて、貴族とも関係のある冒険者と噂になっているのだ。
だからバルクがソラ様と私の話を知っていてもおかしくはない。
「エルフのくせに魔法しか使わないと聞いて出来損ないと思っていたが、気丈なその様子……考えを改めないといけないな」
「貴方の評価なんてどうでもいいです。取り合えず貴方にはソラ様を置いて逃げ帰るという選択肢はないんですか?」
「そりゃあ……ないよな」
バルクは私の提案を一蹴した。戦う気ということみたいですね。
判ってはいた。出来たらこの先にある迷宮の終着点の時の為に魔力を温存したかったですが、こうなってはもう仕方がない。
「――なら仕方ありませんね……大人しく眠っててください! 『風刃』!」
開戦の合図の変わり。風の刃を二つバルクに向かって撃ち込む。
……あれ? どこか威力が高くなっている気がする。
『そりゃ当然よ。私は風の精霊だからね。エルフは魔法なんて使わないから知らないかもしれないけど、精霊の力は魔法にも及ぼすのよ。貴女の風魔法は中級魔法でも上級魔法並の威力があるはずよ』
成る程……それはとても良い。なら、風の魔法を重点的に使っていった方が良さそうですね。
上級魔法に匹敵するほどの大きな風の刃。だが、それはバルクを切り裂く前にスカルナイトによって阻まれた。スカルナイトが腰に差している長剣を振り切った瞬間、風の刃は霧散する。
「…………嘘じゃないですよね……?」
「俺のスカルナイトは強いだろ? こいつを『調教』するために従えていた魔物を二十体も無駄にしたからな」
あのスカルナイトを相手にするのは相当難しいだろう。なら、狙い目は術者であるバルクをどうにかして倒さないといけない。
ですが、さっきの矢のタイミングでスカルナイトに防がれたのですから、不意打ちでも難しいでしょう。
どうにかしてスカルナイトの隙を狙ってバルクを撃ち抜くしかない。
「それにしてもあれは『風刃』だろ? 中級魔法のはずなのにあの威力……ソラ・カンザキよりもお前の方が価値はありそうだがな」
「……ソラ様は、貴方が思っているよりも強いですよ。あの人はどんな逆境でも、乗り越えて見せます。私が危機に陥っていても、助けてくれるんです」
そうだ。私にとってソラ様は憧れの存在で、慕う大切な人だ。
ソラ様はきっと私がいなくても十分強いのだ。私はソラ様の前では霞んでしまう。でも、それでもいい。
少しでもいい。ソラ様のお力になれるなら、私はそれでいいから。
「……はははっ! 強い? ソラ・カンザキが? そんなわけないだろ?」
「…………なにが、貴方に判るんですか?」
頭に血が昇っていく感覚。ソラ様を馬鹿にしてきた……私にとって大切なソラ様を……この人はっ!
私はわなわなと口が怒りで震えているのを感じる。
「寧ろ、お前も判っていないんじゃないか? 自分の大切な主様のことをよぉ」
「判っているに決まってます……! 私はソラ様を一番知っている人間だという自信があります! ソラ様をずっと見てきた私には!」
ソラ様はここではない異世界から転移してきた異世界人だ。
ソラ様は私以外にはその事を打ち明けていない。私はソラ様の抱えている秘密を知っている人間だ。過ごした期間はまだ短いですが、少しずつ知っていっています。私は、ソラ様の理解者になりたいから。
だから――
「貴方になにがわかるんですか!? 判っていない? 判っていなくても、判らないところはこれから知っていくんですよ!」
「……それならこいつは――」
「五月蝿いです! 聞きたくありません!」
バルクがなにかを言おうとしたが、私はその言葉を遮るように『風精霊の矢』を撃ちます。先程の矢とは比べ物にならない速さと威力が篭った矢は、スカルナイトの鎧を貫いた。
「なっ!? 精霊の加護も籠められるのか! 魔法だけでなく『精霊術』まで使える……これはソラ・カンザキよりも逸材だろう。うちに欲しいくらいだ」
「私の! いるべき場所は! ソラ様のお側だけです!」
間髪入れずに『風精霊の矢』を撃ちつづける。バルクは躱しつづけ、躱しきれない矢に関してはスカルナイトが受けるという形を取っている。やはり骸だからか、スカルナイトは一向に倒れる気配はない。
『落ち着きなさい、イリス! 冷静な判断が出来なくなってるわよ! その調子じゃ、貴女の魔力も精神力も直ぐに切れるわ!』
シルフィが私を落ち着かせようと声を掛けてくれた。それで冷静さを少しですが取り戻した私は矢の連撃を一旦止めます。
「ハァ……ハァ……ありがとう、シルフィ」
『良いわよ……アンタは私が目をかける程の価値があるんだから。そのアンタにはそう簡単に死んでほしくないだけよ』
確かにあのままだと直ぐに私は攻撃出来なくなっていたでしょう。『精霊術』は体内の魔力を使わない変わりにかなりの精神力を使うから、多少なりとも精神力を使う魔法も使えなくなっていたはずだ。
「まったく……愛されているな、ソラ・カンザキは。まさかスカルナイトを捨て石みたいに使うことになるとは思わなかった。『精霊術』を扱うエルフの魔術師は荷が重いな……」
矢の連撃が終わったことでバルクが軽く息を切らしながらスカルナイトを一瞥した。
スカルナイトの身体にはあちこちに穴が空いている。どうやら私の『風精霊の矢』の速度には、スカルナイトでも打ち落とすことが出来なかったみたいだ。
だが、スカルナイトはまったく堪えた様子はない。流石は強力な魔物だけある。
「判ったらとっとと逃げ帰ってはどうですか? 今なら逃がしてあげますよ?」
本心では、早く逃げ帰って欲しいのだ。逃がす逃がさない関係無く。
早くソラ様の安全を確保したい。ソラ様に傷をつけるわけにはいけませんから。
そう思ったが、その願いは叶わない。
「そうだな……そうしたいが、なっ!」
「っ!? 貴方……ソラ様を離しなさい!」
バルクは倒れ伏しているソラ様の服を掴み、意識を失っているにも関わらず立ち上がらせる。
脱力して目を閉じているソラ様。そのソラ様にスカルナイトが長剣を突きつけた。
いわば、人質。
「離すと思ったのか? 離すわけないだろう。ソラ・カンザキは『勇を信ず者』に連れていく。元々、それが目的だったからな」
「だから、私に反抗させないようにソラ様を人質に取っているつもりですか……」
「――あぁ、その通りだが?」
不敵な笑みを浮かべるバルク。私の額に冷たい汗が伝う。
マズイ……このままだと、ソラ様が連れてかれてしまう……!
『落ち着きなさい……彼を連れていくつもりなら、殺される危険はない筈よ』
今はそうだとしても、連れていかれたら? その不安が私の脳裏によぎった。
――その時、
「そう簡単には死なないよなぁ?」
「…………ぅくっ……!」
私に見せつけるように、スカルナイトにソラ様の腹部に刃を突き立てさせた。生々しい音が鳴り、ソラ様が微かに呻き声を上げる。
「――――」
視界が、真っ赤に染まった。
◇ ◇ ◇
「ソラ様にぃいい! よくもぉお!」
私は怒りに身を任せて『風精霊の矢』を撃ち込んだ。怒りで判断能力が鈍っていたとしても、寧ろ鋭くなる五感は的確にバルクとスカルナイトに向かっていき、回避の為にソラ様を離す。
「くっ! なんで撃ち込んでこれた!?」
「逃がしません! 混合魔法――『|散雹の吹雪
(ディフュージョン・ブリザード)
』!」
離れた瞬間、今の私にとって最高の攻撃を放つ。風精霊の加護により威力の高くなった吹雪は、バルク達を飲み込んだ。
私は倒したと確信する。だが、吹雪が晴れたあと、そこにはバルクが血も流した様子もなく立っていた。
「な、んで……!?」
「さっきの魔法のせいでスカルナイトがやられちまったよ……これは最初から本気を出すべきだったかな?」
バルクが呟いた言葉に、私は愕然とする。
あれほど全力を出したというのに、バルクを倒すことは出来なかった。それどころか、最初から本気を出していなかったという事実。
――勝てない。そう思った。
「やっぱり俺はソラ・カンザキよりもお前の方が価値があると思うがな。まあ、今日のところは独断ということもあるから撤退するか。きっと、『あの方』もそれを望んでいるだろうし」
「――――」
「あ、最後に一つだけ言っといてやるよ」
「…………な、にを……?」
圧倒的な強者の前で、私は見逃されるという安堵に包まれながらも、そのカチカチに固まった唇を動かしてなんとか声を出した。
「――自分の主は、そんなに強くないと覚えといた方がいいぜ。そのままだと、いつかお前らは破綻するからな」
「――――」
「……だんまりか。まぁいい。また会おうぜ」
そう言い、瞬きした瞬間にバルクの姿が消えた。どういう原理なのだろうか。でも、今はそんなことはどうでもよかった
私は安心感から大きく息を吐き、膝をついた。これは私がソラ様を護りきったわけではない。ただ、見逃されただけ。
とても不甲斐ない自分を恥ながらゆっくりと立ち上がり、ソラ様の元へと向かう。
私の脳裏にはしばらく、バルクの言葉がこびり付いていた。
お気づきかもしれませんが、タイトルを変更いたしました。前のは何故か気に入らなかったので自分勝手な理由ですが……。
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