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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第二章 【迷宮探索者】
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第十九話 『俺は紛い物でいい』

今回は5000文字ちょいと少なめですが、スランプから抜け出したので少しずつペースを上げていきたいと思います。







「……あ、……ぅあ……ぁぁっ!」


 肺から全て空気を排出し、もう吐くものなどないのにそれでも声を出そうとする。声は既に出ず、呻き声のような嗚咽に変わっていた。

 もう、なにも聞きたくない。見たくないのだ。

 耳を塞ぎ、目を瞑り、声を出して外界からの接触を全て無かったことにしたい。でないと駄目なのだ。自分が犯した現実に目を向けないといけなくなるから。

 それなら、ずっとこのままでいたいと思うから。


「……おい、どうしたよ? 『ヘルハウンド』を殺したお前がそんな塞ぎこんじまって」


 五月蝿い。そんなものは俺ではない。

 俺があの魔物を倒せたのは『二刀流』や『鋭敏な感覚』の力が大きい。でも、あれは俺の力ではない。

 俺の身の奥底から飛び出してきた『なにか』に、身体を動かされていただけだから。


 現に、今の俺は『二刀流』を使える自信はない。


「五月蝿い……五月蝿いんだよ……! 消えろ! 消えろ、消えろ、消えろッ!」


 自分の中で、悪魔が囁いている。


 アゴールさんが死んだのは?

 あの男を殺せないのは?

 イリスが今も危険に晒されているのは?



 ――それは誰のせいだ?



「止めてくれよ……おね、がい……だから……ッ」


 本当は気付いている。でも、そんなことを考えれば、また俺は自分の罪に押し潰される。

 それは嫌だから、自分の殻に閉じ籠るしかないのだ。


 誰か……助けて欲しい。

 親父、母さん、ユキ……俺の家族には会えない。だから、助けてはくれない。

 愛羽達は……アイツらの居場所は判らない。きっと、俺とは違って四人で助け合っているのだろう。



 ……じゃあ、イリスは――



『――ソラ様の考えが、私にとって最良の結果でしょうから』



 ふと、記憶の奥底から声がフラッシュバックした。

 俺を信じてくれている、少女の声が。


「ち、違う……違うんだ、イリス! 俺は……俺はっ!」


 恐怖からか、身体が震え出す。この恐怖はきっとイリスに嫌われるのが怖いからだ。

 俺は、自分の手を血に染めた。

 彼女が信じてくれていたというのに、俺は人を殺した。


 それは、イリスに対する裏切りではないのか?


 俺は彼女を導いていく義務がある。それが巻き込んでしまったイリスに対する贖罪なのだ。

 俺が導き、イリスが俺を支える。その対等な関係だからこそ俺達は『主人』と『奴隷』という関係ではなく『仲間』として一緒にいられる。


 それなのに俺は彼女を導くべき道を間違え、その事から子供のように喚き、目を逸らそうとしているのだ。

 そんな大バカ野郎が、イリスに助けてもらう価値なんてない。


「――そうか……俺は独りなのか……ッ」


 湧き上がってくる感情。自覚すればするほど、それは大きくなり、俺を苛める。

 大きくなれば当然、その感情は堪えることなんて出来ない。その感情と共に別の感情が生まれてくる。


 ――もう……限界だった。


「なんで……なんで俺なんだよ! 俺だって一人は嫌だった! 俺だって誰かに寄り掛かりたかった! その帰結にこんなことになるなら、誰か俺を護ってくれよ!」


 耳を塞いでいた手を地面に下ろし、強く土を握り締め、ただ思いの丈を言の葉として地面に叩き付けた。


 近くにバルクが居ても構わない。弱音を見せても構わない。

 大切な人には、俺のこんな姿を見せたくないから。なら、今のうちに全て吐露したかった。

 俺だって、こんなこと嫌だったのに。


「俺は独りぼっちなんて嫌だ! 辛いんだよ! 平気なわけないだろうがッ!」


「なにを、言ってるんだ? 壊れちまったのか?」


 呆れたように頭を掻きながらバルクは声を掛けてくる。が、バルクの言葉なんて耳には入らない。

 ただ、自分の殻の中で好き勝手に叫び、この汚い感情を一秒でも早く吐き出したかった。


 いつも誰かに気を使っていた。元の世界にいるときも、どこか家族に壁を感じ、出来るだけ違和感のないよう努力していたこともある。

 ゲームをするとき、頼られたから、期待されていたから、誰よりも強くなるよう思案した。


 そしてこの世界に来て、頼れる存在なんていないから自分の手でここまで駆け抜けてきた。その道の中で様々な問題や困難がのし掛かり、更に自分の負担は増えていく。

 弱音だって吐けない。頼ることも出来ない。そんな状況の中で、俺は今まで戦ってきたのだ。


 ――もう辛いのだ。


「誰か……誰か俺を護ってくれよッ! 俺だってこの世界に来たくて来たわけじゃないのに。勇者じゃないのに。なんで俺がこんな思いをしなきゃいけねぇんだよッ! 休みたいんだよ! 辛いんだよ! だから、もう止めてくれよ!」


 初めて俺は人を殺した。いつもテレビで人殺しに対して負の感情を持ち、憤っていたことは多い。


 人を殺すということは、人間として最低な行為だ。


 俺はそう思っていた。誰かを護るために人を殺していた歴史も、俺は嫌いだったし、もっと違う方法があったんじゃないかと非難したこともある。


 なのに、それを俺が行ったのだ。

 しかも怒りに身を任せた身勝手な行為。そんなもの、俺は人を非難できる資格なんてないじゃないか。

 そして一番辛いのは、誰も俺に罰を与えてくれないことだ。


「もう……堪えられない。誰か……お願いだから――」


 誰かに断罪して欲しかった。非難して欲しかった。

 誰も俺を責めてはくれず、自分の過ちを一人で背負っていかなければならない。

 だったら、俺を悪だと罰を与えてくれる方が余程マシなのだ。


 自分は罰を与えられている。罪を償っている。


 そう感じられなければ、俺は前を向いて走り出すことなんて出来やしないのだ。


「お願いだから! 誰ぅぐっ!」


「いい加減にしろよ……聞いててうるせぇんだよ」


 頭を下げて下を向いていた俺の後頭部に衝撃が加わり、額を強く地面にぶつける。

 痛い。後頭部の衝撃の元凶……バルクの足が俺の頭をぐりぐりと抉るかのように踏みつけ、粒状の砂が額をやすりのように削る。


 そんな俺の上から、言葉が降ってくる。

 その言葉が含んでるのはなにもない、ただの無感情だった。


「お前なんかが勇者? 転移者? 笑わせるなよ。お前は所詮紛い物だったんだな」


「ま、がい……物?」


 なにを言っているのだろうか?

 バルクは困惑している俺の首を掴み、締め付けるように持ち上げる。

 呼吸がままならず、息を洩れ出すように排出した。


「ぅっ……ぐ」


「ああ、紛い物だ。勇者ってのはそんなんじゃない筈だからな。誰にも頼らず、気高くたくましい孤高の強者。それが勇者って者の筈だ。なのにお前は子供みてぇに喚きやがって……」


 そんな人……本当にいるのだろうか?

 そんな勇者がいるのなら、それは人間ではない『なにか』だ。勇敢なる人なんてよく言ったものだが、そんな割り切れる奴なんて、俺は人間とは認めたくない。


「――れなら」


「あっ?」


「そ、れなら……」




 それなら、俺は紛い物でいい。



 心は弱いくせに、誰にも頼らない気高い強者。それを演じきってやれば、俺は人間として日本に帰れる。イリスを導く仲間になれる。

 それが……一番じゃないのか?


「お前らは狂ってる! 俺は弱くて無能な屑だけど、そんな『勇者』になんかなりたくねぇんだよ! そんな人間じゃ、誰かを導くことなんて出来やしない!」


 きっと、今回の事を聞けばイリスは俺の事を幻滅するだろう。いや、もしかしたら既に俺の事など失望しているかもしれない。

 所詮は主人と奴隷の関係だ。彼女が奴隷から解放されれば、きっとイリスは俺の前から去っていく。あの日の言葉も、奴隷として俺を励ますための虚言なのだろう。


 でも、それでいい。

 俺の過ちをイリスが知らない間は、彼女を導く『勇者』になりたいから。だから今だけは虚勢でもいいから張ってやる。

 誰も助けてくれないのなら、頼らせてくれないのなら、擦りきれる最後まで戦いたいから。


「お前らはなにも見てないんだよ! 『勇者』っていう称号に憧れてるだけだろうが! 誰かが死んだら悲しんで、誰かを殺したら苦しんで、誰かを護れなかったら悔やんで、そんな辛いことも胸に秘めて誰かを笑顔に変えるのが『勇者』じゃないのかよ!」


 少なくとも、バルクが言っている勇者は勇者ではない。認めない。

 自分勝手でもいい。独りよがりの感情だと非難されてもいい。

 ――俺のこの感情が無駄ではないと信じたいから。


「だから俺はおま――ぁぐっ!」



 頭に激痛が走った直後、俺の意識は暗転した。






◇ ◇ ◇






「ったく……言わせておけば好き勝手言いやがって……」


 先程まで無感情の様子だったバルクは、地面に叩きつけて気絶させた黒髪の少年を見下ろす。

 その瞳には、先程までとは違い失望と憤怒が滲み出ていた。


「勇者……ね。そんな脆い勇者なんて、認めることなんて出来ないんだよ」


 大きく溜め息を吐き、バルクは大きく舌打ちをする。

 その音は広い空間に響くことなく、虚空に沈んだ。




『――よくもやってくれたね』




「……その声は……『ウル=メイア』様ですか?」


 一転。何処からか聞こえてきた声にバルクは大きく顔を上げる。その顔には、笑みが張り付いていた。


 バルクの言葉に応じるように、また何処からか声が響いた。


『そうだよ。全く、ここまで君たちが来るとは思わなかったよ。これも【アイツ】の命令かな?』


「いえ、違います。『あの方』とは無関係の独断です。私はこの街に『適正者』がいると聞いて訪れたんですよ。まあ、もっとも――」


 一息、バルクは倒れ伏したソラの脇腹を軽く蹴りつけ、


「所詮は紛い物でしたけどね。これなら【ノールム王国】に召喚されたという『勇者』を見に行けば良かった」


 落胆しながら軽く答える。

 バルクは【ノールム王国】で召喚された『勇者』見に行く途中、近くにある街で恐ろしく成長が早い冒険者がいるという噂を聞きつけ【ラフリア】を訪れたのだ。

 『勇者』や『転移者』は成長が早い事が特徴である。何処かに移動される前に会っておこうとバルクは選択した。もし違っても、強い人間なら『勇を信ず者』にスカウトしてもいいとそう思っていたから。


 だが、そこにいたのは実力はあるが心の弱い少年だった。


「こいつは貴女の迷宮もきっと乗り越えられないでしょう。弱い人間は、この厳しい世界にふるい落とされるんですから」


 【空中迷宮】とは弱き者では乗り越える事など出来ないのだ。そうでなければ理不尽なのだ。


『……なに、嫉妬かい? 確かにボクたちは自分達が選んだ人しかボクたちのところまで連れていくことはしない。だから鬱陶しい人間が来ないように『迷宮の最奥には試練を乗り越えた異世界転移者しか辿り着く事ができない』って噂を流しているけどね――』


 最初は笑っているように明るかった声はどんどん低くなっていく。抑揚のない声。それをバルクは酷く恐ろしく感じた。




『――君はボクたちを舐めているのかい? 彼が強くなれないと、どんな根拠で言っているんだ?』




 その声には、明らかに憤怒が感じられた。

 バルクはその言葉に冷や汗が伝うのに気付く。気付くが、出来るだけ動揺を隠そうとしているのだろう、無理をしているのが判る歪な笑みを浮かべていた。


「で、ですが……コイツよりも私や他のメンバーの方が強いと思うんです。いえ、強いんですよ!」


 虚勢を張りつつ、声の主に反論する。

 そうだ。バルクはこの事が一番気に食わなかったのだ。

 何故自分達よりも弱い奴が特別扱いされているのだろう? 自分達の方が強いというのに。


『……その事が間違いだよ』


「えっ?」


 バルクの言葉の軽い反論。虚を突かれた言葉に、思わずバルクは声を洩らした。




『弱くても、脆くても。ボクたちはそんな『勇者』を知っている。そんな人間でこそ、誰よりも人の哀しみを知っている優しい『勇者』になれるんだよ』




 抑揚のない言葉から、何処か憂いを含んだ声に変わる。

 意外なその言葉に、バルクは反応を返せずにいた。


 まるで、今まで信じてきたものが塗り替えられるようなそんな違和感を。


『まぁ、そんな優しい人間だからこそ、手に入るものはあるみたいだね。だから、あながち彼の選んだ事も間違いじゃないんだよ』


「……そ、それはどういう――」






「――ソラ……様……?」






 ふいに、この空間にはなかった声に、バルクは声の主に顔を向ける。

 顔を向けて、感じた。


 強い。魔力といい、声の主の纏う魔力以外のなにかといい。明らかに実力者というのは理解できた。

 バルクは確認するように顔に意識を向けた。




 ――そこには長い耳をした銀髪の少女が、倒れ伏した黒髪の少年を見つめていた。





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