第十八話 『殺意の果てに』
「――殺す……殺してやる……!」
激情が、情動が、鬱屈とした殺意が胸の内でドロドロと渦巻いている。
この世界に来て、魔物を殺すことに明確な殺意を持ったことはない。生きるため、生きていくために仕方なく殺していただけだ。
そこに殺意はないとは口が裂けても言えない。それは俺が今まで殺してきた魔物に対する侮辱にもなる。
だが、今回は違う。生きるためとか、誰かを護るためとか、そんな理由じゃない。
ただ、殺したい。純粋な殺意が、今の俺の感情を汚く塗り潰していた。
「ふぅ……ふぅ……殺す!」
瞬間、アゴールさんの血で口を真っ赤に染めた黒い獣が地面を蹴った。
獣のスピードはやはり速い。俺では奴を完全には捉えきれていないのだろう。
だが、それならそれで構わない。見えなくても、対応出来なくても、一太刀でも与えてアイツを殺せばいいのだ。
ただ、それだけだ。
獣が右の前足で俺を踏み潰そうと足を出すが、避けきれない程ではない。カウンターで剣を当てるのも難しそうなため、俺は足を避け回避に専念する。
だが、避けた瞬間獣が身体を浮かせるように飛び、一回転。
回転した遠心力を利用して奴の尾が俺の身体を吹き飛ばした。
「あがっ!」
尾が当たった瞬間に意識が飛びそうになったが、唇を噛み締めて意識を留まらせる。
血の味。口に溜まった血を唾液と共に吐き捨てた。
「はぁ……くそっ! 曲芸師かよ……アイツは!」
ただの魔物だと思っていたらまたやられる。あの巨体だが、見た目に騙されては駄目だ。攻撃も回避も、一筋縄ではいかないだろう。
「グルァ!」
「くっ、そがッ!」
体勢を立て直していないにもかかわらず、獣はその爪を俺に向ける。当然だ。あの獣にとって、俺やアゴールは食い物としか思っていないのだから。
だが、そう簡単にやられるつもりはない。
「吹き飛べ……! 『業火弾』!」
爪が俺に届く前につい先日修得した上級魔法『業火弾』を獣の顔面に撃ち込んだ。
『業火弾』は『火球』よりも高い発射スピードと、『豪炎』並の火力を有している。
奴の体毛が硬くて刀が通らないことは知っている。だから刀で戦おうとせず、先ずは魔法で相手の隙を作ることが最初からの狙いだった。
案の定、『業火弾』の威力で怯んでいる獣の側に接近することは容易い。炎で目を焼かれ、視界も暫くの間見えない筈だからだ。
「死にやがれ……『二重焔奏“弧月”』!」
焔を纏った刃の二連撃が獣の前足を襲う。今まで【魔法剣】で斬れないものなど無かった。全てを切り裂き、全てを斬り倒してきたその刃には敵うものなどいない。どこかでそう考えていた。
だが、それは俺の思い上がりだった。
「……っ、通ら、ねぇ……!」
刃は、獣の体毛の奥を切り裂く事が出来なかった。
確かに【魔法剣】は体毛を切り裂いた。二連撃も当てれば確実にそれが可能になる。
だが、それだけだ。
表面を切り裂いても、奥に届かせるほどの筋力が無ければならない。俺の斬撃は、獣の肉や骨を絶ち切る為の最後の『押し』が足らなかった。体毛を斬るだけで精一杯だったのだ。
刀を戻し、また振り直そうとする。もう一度さっきの場所に当てれば奴の肉を切り裂ける筈だ。
そう思っていたが、あの斬撃で斬ることが出来なかったのは相当な痛手だ。案の定、視界を取り戻した獣は俺を睨み付け、その爪により俺は吹き飛んだ。
「あ、がっ……!」
爪の威力で俺はこの滞空を止めることが出来ない。魔法も唱えることは出来ないし、気圧で腕も挙げることは困難だ。
「グルゥア!!」
その俺を追いかけるように獣は接近してくる。そのスピードはかなりのもので、俺が地面に落下した瞬間には既に追い付き、前足を振りかぶってきた。
「あ、がぁあああああああああっ!」
苦痛。激痛。獣が振るった爪は、俺の脇腹の肉を削ぎ落とすように抉り、俺は脳が沸騰したような感覚に襲われた。
堪えきれない痛み。それを紛らわすかのように、そのまま絶叫と共に吐き出した。サイクロプスの外套のが無ければ更に傷は深かっただろう。その外套もボロボロだ。
血がボタボタと零れ、死が近づいてくる感覚がする。強い。あの獣は簡単に俺の命を刈り取ることが出来るのだ。
獣は吹き飛ばした俺を一瞥し、ゆっくりと近付いてくる。弱るのを待っているつもりなのだろうか。そこも獣らしい。
「――くはっ! これじゃあ、殺せないなぁ」
自分の無力さに笑いが出てくる。
今の俺では殺せない。もっと。もっと強い力が必要だ。奴をねじ伏せる……最強の力が。
そのためには……どうすればいい?
「……そうだな、忘れてた。奴を殺すには、純粋な力を得ればいいんだよな」
俺は腹部の傷を『水癒』で身体が動かせる程度まで回復させる。
獣はまだ襲う気配はない。だが、俺が回復したお陰で弱ることがなくなったことを理解しているはずだ。いつ襲ってきてもおかしくはない。
「だが、そん時は真正面からねじ伏せるだけだ」
俺は素早くステータスを開いた。
そこにある貯まっていた『ボーナスポイント』をタップ。
これをどうすればいい?
あの硬い体毛を切り裂くための『筋力』を上げるべきか?
いや、それでは駄目だ。奴は俺を遥かに超える速度を持っている。当てることは難しいのに、力など必要ない。
なら、あの爪を防ぐことの出来る『耐久』を上げるべきか?
いや、それでは駄目だ。今まで耐久値を上げていなかったのに、上げたとしても今までのツケがのし掛かってくる。
では、奴を撃ち破るための『知力』を上げるべきか?
いや、それも駄目だ。イリス並みの魔法ならまだしも、俺の魔法では奴の体毛ぐらいしか撃ち破れないだろう。
なら、結果は一つだ。
俺は今までどんなスタイルで戦ってきた。どんな戦い方が俺に合っている。
俺の【魔法剣】を活かすためには、足りなかった推進力さえも補え、奴のスピードに着いていける『敏捷』を上げれば良いではないか。
だから、俺は『ポイント』を全てそこに注ぎ込む。
◇ ◇ ◇
ソラ・カンザキ
Age:17
種族:人間族
クラス:魔法剣士
Lv:31
STR:255
VIT:189
AGI:293→503
INT:221
MDF:189
DEX:244→314
【ユニークスキル】 《国士無双》
【固有スキル】
・魔法剣“紅蓮”
・言語理解
【スキル】
・剣術Ⅳ・体術Ⅲ・投擲Ⅱ・索敵Ⅱ・解析Ⅱ・回避Ⅳ・料理Ⅳ・身体強化Ⅲ・魔力操作Ⅱ・火魔法Ⅲ・水魔法Ⅱ・風魔法Ⅱ・土魔法Ⅱ
【装備】
・【蒼月】・鋼鉄の太刀・鉄の小剣・単眼黒鬼の外套・鉄の籠手・単眼黒鬼の手甲・革の靴
【称号】
・異世界より来たりし者
・迷宮攻略者
・ボーナスポイント【70→0】
◇ ◇ ◇
「……かかってこいよ。返り討ちにしてやる」
ステータスが大幅に上がっている。『敏捷』に関しては今までの数値が嘘みたいだ。
これなら、負ける気はしない。
「グルルルゥッ!」
獣が危機感を感じたのかなんなのかは判らないが、飛び掛かってきた。
あの巨体であのスピードは本当に化け物だ。俺が戦ったサイクロプスよりも速く、それでいて力も遥かに上。
今まで戦ってきた中で一番強い魔物だ。
――だが、
「…………遅い」
俺は頭上に高く跳躍。ステータスにより脚力強化されているためか、獣の攻撃を躱すことが出来た。
それも、獣が鈍間に思えるほどに。
そのまま、獣の背後に着地することに成功した。
「……っ……あはははっ! 遅い、遅すぎる! そんなんじゃ俺を殺すことなんて出来ないよなぁ!?」
俺はお前に喰われるだけの餌じゃない。お前じゃ、もう俺を殺すことなんて出来やしないんだ。
俺の嘲りの視線を感じたのか、獣は激昂したように咆哮を上げて俺のもとへ爪を振り下ろそうとする。
俺はその姿を見て、手に持っていた刀を鞘に仕舞い、構える。
「今の俺なら出来る筈だ……。今の俺なら……殺せるはずだろうが!」
俺は姿勢を低くして獣に向かって走り、勢いをつけたまま跳躍した。
そして、すれ違い様に刀を抜刀。
「くらいやがれ……『“抜刀”三火月』!」
鞘から抜いた瞬間、高温にまで高められた焔を纏った刀身が抜刀される。
そしてその【魔法剣】は、獣の右肩から右胸辺りまで深々と切り裂いた。
「グギュアアアアッ!」
苦悶や痛覚、憤怒を混じり合わせた咆哮が迷宮内に響き渡る。
今まで速く放つ事が出来なかった『“抜刀”三日月』は『器用値』が足りなかった。だが、『敏捷値』を上げたことにより、追加で少しだが上昇した『器用値』がその速度をカバーしてくれたのだ。
更にその神速の斬撃に加え、『敏捷値』上昇により不足していた『推進力』まで補ったお陰で、俺の刀は奴の身体に届く。
獣の深い傷口から大量の血が吹き出て俺の身体にまで掛かるが、そんなことはどうでも良かった。
「……どうだよ、怖いかよ。それがお前が餌にしか思っていなかった人間の力だ! アゴールさんの仇……俺がとってやるんだ……だから殺すんだよ!」
ごちゃごちゃに渦巻く殺意は、言葉の節々に顕著に表れている。身体が……頭がふわふわしているような感覚。浮いているような感覚でまるで夢の中みたいだ。
でも忘れていない。俺の目の前で死んだアゴールさんを。これは現実で、目の前にアゴールさんの仇がいる。なら、殺すしかないじゃないか。
「次で終わらせる……! 絶対に勝ってやるんだよ!」
俺は刀を構え、獣に向かっていく。そろそろ魔力もキツい。奴の喉でも切り裂いてしまえば、それだけで俺の勝利は確定するんだ。
そんな甘い考えが駄目だったのだろう。
獣は口腔から血を流しつつも口を大きく開き、俺の方へ向ける。
意味のない行動だと思っていたが、徐々にその口腔に魔力が圧縮されていくことが判った。
「ま、まさか!?」
嫌な予感がし、咄嗟に足を止めその場から離脱しようとしたが、結果的に間に合わなかった。
「グルルォオオッ!」
「――――づぁあ!?」
獣が放った物は高密度にまで圧縮された『火焔弾』。
その速度は俺の『業火弾』を越え、回避行動をとった俺でも間に合うことが出来ずに腹部へと直撃した。
喉の奥底から沸き上がる感覚。衝撃によりそれは自然と口から吐き出る。味や、飛ばされながらも見えたそれが血だと気付くにはそう時間は掛からなかった。
痛みが全身を駆け巡る。『火焔弾』は獣によって切り裂かれ十分な治癒を施していない傷口に直撃していた。これまでの攻撃を遥かに越える痛みに俺は意識が遠ざかっている事を感じる。
「…………ま、けれない……。俺は……こんなところで負けちゃ……いけねぇんだ、よ……!」
朦朧とする意識の中、映ったのは元の世界で待っているであろう両親と最愛の妹。そしてこんな俺を大事に思ってくれているイリスの姿だった。
……そうだ。こんなところで死ねない。俺には、会いたい奴等がいるんだ。
――じゃあ、どうすればいいか判るよね?
……前も聞こえた、俺の心に語りかけてくるもう一人の俺の声。
「……勝、てばいい……!」
そうだ。死なないために目の前のこいつを倒すしかない。それは結局、殺すしかないのだ。
――なら、僕が力を貸してやる。
そして、俺があいつを殺すだけだ。簡単なこと。
「……寄越せ……俺は負けるわけにはいかないんだよ!」
俺はインベントリから『鉄の小剣』を取りだし、【蒼月】と合わせて二刀流の構えを取った。
大丈夫だ。俺ならやれる。今まで、それが普通だったのだから。
「来いよ……俺はお前を殺す!」
飛び掛かってきた獣。大丈夫だ。ステータスが上がった俺にはその動きに対応できる。
避ける躱す。身体は軋んで流血により意識は朦朧としているが、最低限な動きで躱しつづける事など造作もない。
見える。どうすれば良いのか、頭が冴えたように次の動きが判る。
――そうだ。あのサイクロプスとの戦いで感じたあの時の感覚だ。
「グルルルゥオッ!」
獣が咆哮を上げる。獲物が思い通りに死なない事に憤っているのだろう。確かに俺も躱しつづける事で状況はなにも変わっていない。どちらかが相手を追い詰めるまでなにも変わらないのだ。
だったら、俺が奴を迎え撃つ。
「うぉおおおおおっ!」
獣の咆哮に対抗するように吼えて気合いを入れる。
振り下ろされる獣の腕。それを躱そうとはせず、俺は二本の剣を獣に向けて構え、
「――ッらァ!」
獣の腕を凪ぎ払うように二本の剣で『受け流し』した。
一本では出来なかった『受け流し』。それは、ステータスのボーナスポイントによる『器用値』の上昇と二本の剣によって可能になった。
初めて使う『二刀流』……だが、俺はこの技が出来ることを知っていた。だって、俺は――なのだから。
「ど、うだッ! これが僕の『二刀流』と俺の『受け流し』の合わせ技だ! お前の攻撃はもう食らわねぇ!」
正直、もう獣の打撃を食らうことはないだろう。今の俺は奴の攻撃を避け続けられるステータスと技能があるのだから。
この悪夢の元凶を殺せるまで、俺は地に伏せるわけにはいかない。
「隙だらけだ……見せてやるよ、本物の【魔法剣】を!」
言い切り、俺は二本の剣を半身になって構える。
『受け流し』は成功すると相手に一瞬だけ隙を作る。
そう。この一瞬こそが最大の勝機。この攻撃で、奴を殺すのだ。
もう、誰も失わないように。誰も泣かないように。あの時、誓ったではないか。
その為には、どんなに強大な敵であっても殺さなければいけない。僕のやるべきことなのだ。
「ハァアアアアッ! 『絶衝“爆焔刃”』!」
二本の焔を纏った剣が紅い軌跡を描きながら高速で獣に斬撃を撃ち込む。
初めて使った二刀流……いや、初めてではないのだろう。でなければ、こんなにスムーズに二本の剣を操れるわけがない。だが、今はそんなことどうでもいいのだ。
「これで……最後、だっ!」
十に届くほどの斬撃は全て獣の身体に撃ち込まれた。【魔法剣】はその一振りで強大な敵を屠る事が出来る。それが多くの斬撃ともあれば、獣は立ち上がることは出来ないはずだ。
案の定、傷跡から噴出した大量の血液が獣の全身を覆う。一太刀は喉も斬ったおかげで、こいつはあの『火焔弾』は使えないだろうし、直ぐに出血死することだろう。
フラフラと足元もおぼつかない様子の獣。口から血を滴らしているが、その目には敵意が滲み出ていた。くぐもった唸り声が静寂した空間に響く。
――なんだよ、その目は。
「自分が捕食者の立場から入れ替わったら他の相手を憎むのか!? ふざっけんな! ふざけんじゃねぇよ! お前にそんな目をする権利になんてないんだよ!」
アゴールさんを殺し、更に俺も喰おうとした。確かにこの獣はただ捕食のために俺達を襲ったということは判っている。悪意なんてないことも判っている。
だが、それで割り切れるわけではない。あの瞬間から、この獣は俺の明確な敵になったのだから。
だったら、俺は一片の慈悲もなく奴を殺すしかないのだ。
「この勝負、俺の勝ちだ。恨んでも構わない。だが、謝罪はしない。俺はお前を殺す気しかないからな」
アゴールさんを殺した時点でこの獣は俺の敵なのだ。俺は逃がすつもりもないし、自分勝手なただの八つ当たり。でも、こいつを殺さなければ俺が俺自身を許せなくなる。
アゴールさんを護れなかった。そんな自分の弱さが情けなくて、少しでもこの罪悪感から逃れたいだけなのだ。それだけのために、俺は自分勝手な冷酷者になる。
「……じゃあな。生まれ変わってまた俺を殺しにこい」
そう言って、焔の太刀で獣の首を確実に切り落とした。
殺意に塗れた戦いが終わった。その事を実感すると共に殺意が薄れ、代わりに虚しさが俺の心を支配する。
俺はただ殺意で動いただけなのだ。誰かの為でもなく、自分自身の為に。
それ故に、戦いが終わった後のこの感情はあまりにも耐えがたいものだ。
「……アゴールさん」
今の俺がいる場所――そこから離れた場所にこびり付いた多量の血痕。その血痕の主である人の名前を呼び、俺はそこへ移動しようとした。
「――へぇ、よく『ヘルハウンド』を殺したな」
「――――っ!?」
不意に背後から声が掛かり、俺は咄嗟に跳び距離を取った。距離を取り、その声の主を確認する。
濁った青色の髪と瞳をした男。黒いローブを身に纏い、不敵な笑みを浮かべて俺を見据えている。
気配は感じなかった。いつの間にこの場に現れたんだろう。ただ、確実なのはこいつは只者ではないということだ。
「…………アンタは、誰だ?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな」
男は頭を掻きながら、その顔に更に深い笑みを張り付け、
「俺の名はバルク。『勇を信ず者』のメンバーだ」
聞きたくもない言葉を口にした。
◇ ◇ ◇
「ぶ、『勇を信ず者』……だと?」
『 勇を信ず者 』。忘れもしないその言葉は今でも俺の記憶にこびりついている。
この男はあのキールと同じ仲間なのだ。つまり、同類。
徐々に頭に血が登ってくる感覚。
「ああ、どうやらその様子だと『勇を信ず者』の意味は理解しているようだな」
「お前は、キールの仲間ってわけか……?」
「ほう? その様子だとキールとも接触してたみたいだな。たくっ、あの野郎、上にも報告しとけよ。俺がソラ・カンサギを発見してなかったら知られることはなかったじゃねぇか……」
男――バルクは眉間を押さえて愚痴を溢す。言葉からすると、コイツもキールの仲間で間違いはないようだ。
だが、そんなことよりも気になることがあった。
キールは『勇を信ず者』の上に報告していなかった? つまり、この数ヵ月キール以外のメンバーの接触がなかったのはキールが黙っていたからだ。
それは何故だ。
「まぁ、過ぎたものをごちゃごちゃ言ってても始まらねぇか。『ヘルハウンド』を嗾けたお陰で、あの実力。ソラ・カンサギが確実に異世界人だということは理解出来たしな」
「――――」
……今、コイツはなんて言った?
「嗾けた……? つま、り、どういう……?」
「そのまんまの意味だ。お前の実力を見るために、俺がここで『ヘルハウンド』を放したんだ。ここは迷宮の最奥。目指す者ならここに必ず来ると思っていたからな。まあ、関係のない冒険者もそこそこ死んでしまったがな」
――そうか。そうだったのか。
全てコイツが元凶なのだ。
アゴールさんが死んだのも。
あの獣、『ヘルハウンド』が死んだのも。
全て、コイツが――!
「お前がぁああああああああっ! 殺してやるッ!」
殺意の奔流を抑えきれず、それを言葉にしてバルクに斬りかかる。
コイツが、コイツがコイツがコイツがコイツがッ!
アゴールさんを殺したのだ! なら、俺はコイツを殺さなければいけない!
「おっ! いいねぇ、その殺気。だが――」
「グガァア!」
俺の刃がバルクに届く前に何かに阻まれる。その何かは、どこから現れたのかも判らないゴブリンナイトだった。
「なんでここに……!」
「俺は『調教師』なんでな。魔物を使役するのは得意なんだよ。コイツはここに来るまでに使役した魔物だ」
『調教師』など、そんなスキルがあるのかと疑問は抱いたものの、直ぐに消し飛んだ。
「邪、魔だぁああ!」
二本の剣に焔を纏わせてゴブリンナイトを斬り捨てる。『ヘルハウンド』と比べると、ゴブリンナイトなどただの雑魚でしかない。
「今度こっ――!?」
刀をバルクに振り下ろそうとした瞬間、横から魔法が飛んできて俺は吹き飛ばされる。
魔法の発生源を睨み付けるように見ると、バルクの仲間なのか、魔術師が二人俺を見て笑みを浮かべていた。
「よし、バルク様から離れろ!」
「お前なんぞバルク様が相手をするまでもない! 僕達が相手になってやるぞ!」
威勢の良い連中だ。俺の邪魔をして、コイツらは……。
「……邪魔だ。先ずはお前らから殺すか」
殺意の矛先をバルクから二人の魔術師に変える。コイツらを殺れば、後は邪魔など居なくなる。
俺は二本の剣を構え、上昇した敏捷の速度で二人に肉薄する。『ヘルハウンド』を殺した俺の実力を思い出したのか、二人の顔に恐怖が浮かび上がった。
「く、来るな……! 来るなぁああああ!」
「止めろ! お願いだから止め――」
「さっきまでの威勢はどうした? まぁいい。死ね!」
二人もゴブリンナイトと同じように切り捨て、俺はバルクの方へ顔を向ける。
「……次は、お前だ」
「……こいつは驚いたなぁ。意外だった」
何を言っているのだろう。何を言っても俺がお前を殺すことに代わりはない。そんなこと無駄――
「――まさか異世界人であるお前が、普通に人を『殺す』とは思わなかった。大抵の異世界人は、殺人に抵抗があると聞いていたのだが」
「……………………えっ?」
ちょ、ちょっと待て。俺は何をした? 俺は何を斬った? まさか、嘘だろ?
俺は咄嗟に手元の剣を見つめる。焔でゆらゆらと刀身が見にくいが、明らかにそれはあった。
赤い、人の血が。
「……あ、ぁああああ!」
それと共に人を斬った肉の感触が、斬った瞬間がフラッシュバックのように頭によぎる。
俺は、殺意に呑まれて人を殺した。俺は殺人鬼?
嘘だろ? 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!
「嘘だぁぁああああああああっ!!」
慟哭が迷宮内に響き渡る。
知りたくもない。気付きたくもなかった現実に押し潰されそうになり、それを振り払うように声を張り上げる。
耳を塞ぎ、外界からの言葉を聞きたくない。目を瞑り、なにもかも見たくなかった。
「――脆いな」
ふと、バルクが呟いた。
「脆くて弱くて、歴代の異世界人もこんな風だったのか? それにしても、勇者には程遠い」
バルクの言葉は慟哭の中でも、耳を塞いであっても俺の耳に明瞭に届いた。
それを拒絶したくて、慟哭が止まることはなかった。
一ヶ月も遅れて申し訳ありませんでした。
皆様の暖かいお言葉のお陰で、この作品を更新出来るようになりました。
本当にありがとうございます!
これからも頑張っていきますので、宜しくお願いいたします!