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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第二章 【迷宮探索者】
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第十七話 『忠義の騎士と風精霊』

今回はイリス視点となります。難しかった……。

遅れて申し訳ありませんでした!




「えっ? イリス!?」


 迷宮の主と名乗る声の言葉を聞いた瞬間、足にかかる抵抗がなくなる感覚。気付いたときには足元の地面に穴が開いていた。


「そ、ソラ様ァッ!」


 ソラ様が伸ばしてくれた手を掴もうと私も手を伸ばしました。ですが残念ながら重力に軍配が上がり、私の手は虚しく空気を掴んだだけ。

 穴は塞がり、私はそのまま落ち続ける。

 落ちる瞬間に見えたソラ様の悲しそうな顔。私は落ちながらもそんなことを考えていた。


「ふぁ、『火球』!」


 ですが、時間は待ってはくれない。この穴がどこまで続いているのか判らないし、このままだと地面に墜落してただでは済まない事は嫌でも判る。


 咄嗟に魔力を練り、暗闇で見えない地面に向かって『火球』を放つ。すると四秒後、地面に何かがぶつかる音がした。


「『エア・クッション』!」


 攻撃用途ではない拡散型の強力な風を下に向かって叩き込む。すると大きな音を立てながら地面に当たり、上へと上がってきた風の風圧を受けて私の落下速度が下がりました。

 そのお陰もあり、地面に衝撃をあまり受けずに着地することが出来た。


 暗い。目の前の闇は途方もなく広がって私の視界を黒く染め上げる。

 私の耳には今のところ魔物の息づかいは届いていない。ですが、このままだと行動することは出来ないでしょう。


 私はインベントリから木の棒を取りだし、それに魔法で火を着けた。火で手元が見えるようになったため、別の木や布、ソラ様の持っていた食用油で簡単な松明たいまつを作りました。


「ふぅ、上は……登る事は無理そうですね」


 松明を掲げて上を見上げるが、穴を塞がれたことで光は届いていない。仮に穴が開いていても登る手段は無いに等しいでしょう。

 つまり元の場所に戻ることは出来ない。何処か違う道を見つけないと。


「と言っても、何処へ向かえば道があるんでしょうか?」


 試しに松明を上に上げて火の揺らめきを確認してみますが、それは微々たる動きでどこから風が吹いているのか判断することが出来ない。

 これだと私は動けない。ソラ様はきっと心配しているだろう……なんとかしないと。でも、どうやって?


 途方もない袋小路。ただ時間だけが過ぎていき、正しい方向を見つける事を私は内心諦めかけていた。もう闇雲でも構わないから動いたほうが良いのかもしれない。

 そう思っていた時、



『――――――ぃ――』



「えっ? 今、なんて?」


 ふと何処からか声が聞こえてきました。それは小さいですが、明らかに迷宮の主の声ではありません。

 確かこの声は前も聞いたことがある。

 ――迷宮でゴブリンの群れを討伐した時と、サイクロプス戦で危険を知らせてくれた声に。


「――――西」


 確かに聞こえた。声は『――西に』と聞き取ることが出来た。これは合っているんでしょうか?

 不安がないわけではない。ですが、私はこの声にサイクロプスとの戦いで命を救われた。だから、運なんかよりよっぽど信じられる。


「……行きましょう」


 暗闇の世界。あるのは手にある松明の光だけ、私は五感を最大限に使い先の見えない世界に足を踏み入れた。






◇ ◇ ◇






 五感を利用している今、私の脳や身体はかなり疲弊している。誰もいない、暗闇から魔物が襲ってくるかもしれない危機感に苛まれている状態なのだから、それは当然と言えるでしょう。

 ソラ様と居たときよりも明らかに休憩の頻度も増えてきている。疲れすぎていてはいざというときに魔法は使えない為、それは当然とは言えますけど。


「…………はぁ……」


 深い溜め息を吐きながら携帯食料の干し肉を囓る。

 味がしないし塩辛い。食事の時間が一番苦痛だったかもしれない。

 ソラ様は料理上手だったのでいつも美味しい食事を摂ることが出来ていましたが、私はそんなに上手く作れないし、なにより食材はソラ様が持っているから料理というものは作れない。


「…………『火球』」


 暗闇に向かって『火球』を放つと、ゴブリンの悲鳴が一瞬だけ聞こえてまた沈黙に戻りました。

 耳にはゴブリンが接近していたことが判っていたからだ。


 休憩といっても簡易なもので、干し肉の最後の一切れを口に放り込み立ち上がる。

 魔法を温存するために魔導杖を腰に差し、代わりに弓を取り出した。

 ここにいる魔物はゴブリンナイトやメイジといった強力な魔物はいない。ですが、代わりに素早く夜目のきく魔物が多数いる。自分の五感でいち早く対応することが大事になるでしょう。


 ……さて、ここからどこに進めばいいんでしょうか。


『――――』


「…………東……ですか」


 私の言葉に答えるようにまた声が聞こえてくる。今度は東に進めと言っているようだ。

 松明の火の揺らめきで風が近いことは判っていたため、その声に信頼感が芽生えていた。いえ、膨れ上がった……と言った方がいいかもしれない。

 弓を握り締め、私は東に身体向け歩いていく。


「うっ…………」


 少し進んだだけで感じる。直ぐに気付き、思わず鼻を押さえた。


 この臭いは……『死臭』。


 生き物が死に、朽ち、腐敗した臭い。


「いったい……この先に何があるんですか……?」


 この先に臭いの元がある。生き物が死んだなにかが。

 でも、だからといって引き返すという選択肢はついえている。

 風の元は確実に近づいているのだ。臭いが流れてきていることからその事は判っているし、まずここ以外に出口はない。

 進むしか、ない。


「……待っててください。私は貴方のお側に」


 死臭が漂う道を、魔物を討伐しながら私は進んでいきました。






「ここは……?」


 死臭が酷くなっていく中、足を踏み入れた瞬間周りが明るくなった。

 よく見てみると壁に備え付けられている蝋燭がいつの間にか火を灯している。ゆらゆらと揺れ、それに合わせて影も同様に動いていた。


 どんな原理なのだろう。さっきまでは暗闇が空間を染め上げ、光は松明の火しかなかった。なのに、明らかにこの空間に光を与えている蝋燭は存在している。


『――――っ――――』


「…………あれは……出口?」


 目の先に階段らしきものが存在していた。どうやら風の元はあそこみたいで、声もあれを示しているようだ。

 周りを見渡してみるが魔物の姿も見えない。罠……の可能性はあるかもしれないが、風から感じると出口はここしかないだろう。


 私は階段に足を運ぶが、聞こえてきた音により咄嗟に後ろに跳躍した。

 すると直ぐに私がさっきまで居たところに何かが落下してきて砂煙を立ち上らせる。


「――くっ!」


 砂煙が晴れるのを待ち、ゆっくりと距離を取る。

 暫くすると煙は晴れ、クレーターの上に立っている者を確認することが出来た。


「なに、あれは……!?」


 姿を現したのは全身を銀の鎧を身に纏った者。人間なのか判らないが、鎧が微かに規則的に動いているので呼吸はしているのだろうか。

 左の腰には騎士剣がぶら下がっている。全身鎧とその立ち姿には、どこか威風が感じられた。



『――またか。また新たな人間がここに来たのか』



「――――っ!」


  反射的に腰に差していた魔導杖を構える。甲冑が話した声は男性のものだと判る。

 その声には、どこか悲しげな響きを纏っていた。


『ここに来て何百年経ったんだろうな。考えるだけでも億劫だが、もう諦めた』


 甲冑はゆっくりと腰の騎士剣を鞘から抜いた。

 銀のきらめき。新品のように刀身は蝋燭の火を反射している。


『主は……あの男は私を裏切った……だから、これはただの八つ当たりだ。八つ当たりで身勝手な理由だとは判っているが、お前には、死んでもらう』


 そう言って甲冑は地面を蹴り、直ぐに私との距離を詰めてきた。


「きゃっ! こっ、のぉ……!」


 振り下ろされた剣をなんとか避け、地面に転がった。ソラ様よりは速くはないが、突進力だけならソラ様の『六花“貫”』と大差はない。


 私は体勢を崩しながらも『岩石弾』を甲冑に撃ち込んだ。

 だが――


「――っ!? 魔法を! 斬った!?」


 ゆったりと手に持った騎士剣を『岩石弾』に振り上げると、『岩石弾』が簡単に斬られた。

 確かに土魔法は物理的な魔法が多く、斬ることも可能でしょうがそれでも意図も簡単に斬られるのは、相手が相当な技量の持ち主である証拠でしょう。そう簡単には倒せない。

 ですが、まだまだ始まったばかりです。


「これなら……どうですか! 『風刃』! 『豪炎』!」


 右手と左手で一つ一つ『風刃』と『豪炎』を作り出し、同時に撃ち込む。風と炎は剣では斬れない筈だ。この攻撃を防ぐ手は魔法を躱すか受けるしかない。

 躱したとしてもまた別の魔法を撃ち込めばいいし、相手の体力を減らすことも一つの手である。

 そう思った攻撃だった。しかし、それは無情にも、


「な、なんで……!?」


『…………こんなものか、女』


 私が放った魔法は簡単にその騎士剣の元に沈んだ。魔法を切り裂く事なんて、ソラ様ぐらいしか出来ないと思っていた。いや、それだけじゃない。

 ソラ様よりも簡単に、スムーズに魔法を防いだのだ。それはソラ様の『魔法斬り』をいつでも使えることを意味する。


「魔法を纏っている様子はなかった……なのに、魔法を斬ることなんて出来るの……!」


 そうだ。あれは物理では切り裂けない魔法を、武器に同じく魔法を纏わせる事で魔法に対抗出来る手段を得る方法。

 なのに甲冑は魔法を纏わせずに斬ることが出来たのだ。『魔法斬り』は聞いたことがないため詳しくは判らない。だけど、ただの剣で魔法を斬ることは出来ないのは確かだ。


 つまり――


「その剣に……なにか仕掛けてあるんですね」


『――――』


 甲冑は何も言わない。ですが、動揺していることは手に取るように判った。

 視覚を最大限まで利用し騎士剣を観察してみると、刀身に薄く魔法陣のようなものが描かれていた。


「見つけた……!」


 あれが恐らく『魔法斬り』の種なのでしょう。あの剣にさえ当たらなければ、ダメージを与えることは可能な筈です。

 どうにかして、あの剣をすり抜けないと。


『…………ふははっ!』


 ふいに甲冑が笑いだした。心底おかしそうで楽しそうで、殺気なんてものは引っ込んでいる。

 何が……おかしいのでしょう。


『そうか、私の『マジックブレイカー』を初見で見抜いた人間は早々いなかった。なのにお前は気付くことが出来た……面白い。久し振りに楽しく戦えそうだ』


「それは……お断りですっ!」


 『魔鋭弓』を取りだし、連続で矢を射る。魔法よりも遥かに速い攻撃は剣に防がれることは無かったが、甲冑にそれほど目立つようなダメージを与えることは出来なかった。

 やっぱり、魔法じゃないとダメかもしれない。


『もう終わりか? そんなものなら……こっちも行かせてもらうぞ』


 そう言った瞬間、甲冑は私の所まで突進をしてきた。さっきよりも速い。

 目では反応できている。頭もどうすればいいか理解している。

 だけど、肝心の身体が動いてはくれない。ソラ様のような瞬発力が無い私にはこの攻撃を避けるのはあまりにも難しく、その刃は私の脇腹を切り裂いた。


「っぁあっ!」


 鋭い痛みが私の脳を駆け巡る。

 駄目だ。接近戦は魔術師である私には不利な状況。それに剣士や戦士相手は今までソラ様に任せきりだったため、私には経験すらない。


 私は唇を噛み締めながら痛みを堪えて魔法を放った。

 甲冑も危険だと判断したのか、私から距離を取る。その様子を見て、少しの安堵からか私は膝を着いてしまった。


「ハァ……ハァ……っ……」


『――拍子抜けたぞ、女。少しは私を楽しませてくれると思ったが、あれぐらいでもう限界だとはな。結局お前は頭だけだということか』


 甲冑は離れた私からでも判るほど大きな溜め息を吐いた。そしてそれが、呆れたような、失望したような声音が含んでいることも。

 私は魔術師だから接近戦には強くない。それは自分自身でも判っている。でも、そんなのは理由にはならない。単なる逃げだ。


 私がもっと強くて賢くて……【精霊術】を使えていたら……そんな後悔は、もう遅い。


『もしかしてお前も主に捨てられたのか? ハッ! それなら納得だ。その首輪は奴隷の証だろう。差し詰め、役立たずのお前をここに捨てたとか、そんなところか?』


「お前……?」


 何を言っているのだろうか。

 力が入らない足を無理矢理立たせる。ゆっくりと甲冑の方を見てみるが、顔は見えないため表情は判らない。

 でも、その表情が悲しげに感じたのは私の気のせいなのだろう。


『そうだ。私は敬愛する主から裏切られ、ここに落とされた。私は主の為に感情を押し殺してなんでもやった。……親友とも言える友を裏切ってもな。その結果が、今の私だ』


 何故だろう。甲冑の声音は本気で悔いているように聞こえた。

 それが友を裏切ったところで、深く感じるほどに。


『何故かここは歳をとらないみたいでな。寿命で死ぬことは出来ない。いや、何度も自害を考えた。だが、私は主を――あの男を忘れることが出来なかった。憎くて憎くて、死にきれなかったのだ!』


 悲しげな声は一変して憎悪に染まる。憎くて憎くて堪らない。そんな感情が滲み出ているようだ。

 それだけ人を憎むなんて、彼の主は何をしたのだろうか。


『……ああ、そうだ。所詮八つ当たりなのだ。主に裏切られた、それだけのな。お前も、主人に碌なことをされていないんじゃないのか?』


 甲冑は憐れむように私の方に顔を向ける。

 お前と私は同じような人間なんだ。お前もそうなんだろう? と語りかけ、同意を求めてくる。



 だけど、私は…………貴方とは違う!



「勝手なことを言わないで! 知ったような口を聞かないで! 何も知らないくせに! 私の主は貴方とは違う、心優しきお方なんです。奴隷の私を、ハーフエルフの私を認めてくださった人なんです!」


 今でも忘れない。奴隷になるのだと心の底で絶望していた私を助けてくれた。あの時は王女様を助けるついでだったのかもしれませんが、それでも助けてくれたんです。

 私は両親以外、どこに行っても、誰にでも嫌われると思っていた。そんな不安で一杯だった私を、ソラ様は馬車でずっと言葉を掛け続けてくれた。


「私は主の為なら、ソラ様の為ならどんな辛いことだって耐えてみせます。ソラ様の為なら何処へでも行きましょう。たとえ、拒絶されたとしても、裏切られたとしても……」


 元々無くなっていたかもしれない命を救い上げてくれた、私の偉大な勇者様。

 ソラ様になら、裏切られてもいい。それでもついていきたいと思ったのが私なんだ。

 だから、そんな気持ちが負ける筈がない。


「私たちは貴方とは違う。私たちの関係を、貴方と一緒にしないでください!」


 私とソラ様を、貴方の価値観で図らないで。

 私は死んでも、彼に付き従う事を決めているのだから。


 ――ソラ様が、私に前を向いて歩く勇気を与えてくれたから。




『――――やっとね』




「――えっ?」


『こ、この女ぁ……! 殺してやる……お前こそ私の心の内を知らないくせに! 私がどれ程の思いでアイツを裏切ってしまったか、知らないくせに!』


 甲冑は怒りで私に剣を向けてきた。もう、彼が私に容赦することは無いのだろう。

 だけど、私は不思議と恐怖も不安も感じなかった。


「貴方の心の内なんて知りたくもありませんよ。私と貴方は違うのだから」


『――殺してやる!』


 そう吐き捨てた甲冑は先程までよりも明らかに速度を上げて襲いかかってきた。駄目です。私の身体は反応できない。このままだと私は斬られるでしょう。


 甲冑は地面を蹴り飛び掛かりました。騎士剣を高く上げ、そしてそのまま――






◇ ◇ ◇






『――退きなさい』



『なにっ!?』


 声が聞こえ、その瞬間強風が吹き荒れ甲冑を吹き飛ばした。

 それは突風のようだが、風が全くないこんな場所で発生することはない。

 では魔法か。いや、それも違う。

 これは『加護』だ。


『ハァ……やっと気付いてくれたのね。ずっと待ちわびたわよ』


「……ありがとう。貴女は……精霊、ですよね?」


『ええ、そうよ。貴女なら判るはずでしょ? 貴女も精霊と心を通わす事の出来るエルフの血族なんだから』


 私の横でプカプカと宙に浮かんでいる小さな少女。全長三十センチ程で、緑色のショートヘア。目鼻立ちはまだまだ十にも満たないほど幼く見えるが、纏っている雰囲気はその容姿とは噛み合っておらず、落ち着いている。

 それが何年も生きる【精霊】なら尚更だ。


「――シルフィ。風精霊のシルフィ」


『……へぇ、私の名前を理解できたのね』


「当然なんでしょう? 私も貴女の事は理解できました」


 エルフと精霊は心を通わす事が出来る。念話も出来るし、思考までも理解することが出来る。故に【精霊術師】とは厄介な相手と言われています。


 私が精霊の事を理解出来たきっかけは、シルフィの思考から知ることが出来た。

 昔と違い、ソラ様のお陰で自分に、ハーフエルフの自分に自信が持てるようになったから。前を向けるようになったから。

 心の余裕は自然と精霊とのパスを繋げる事が出来た……そういうことみたいだ。


『成る程な……さっきのには覚えがある。【精霊術師】だったのか。エルフというところで気付くべきだった。本当に、お前は殺しがいがある』


 私とシルフィは会話を中断する。甲冑が立ち上がり、私たちに殺気を向けた。さっきよりも落ち着いているようだが、殺気はより鋭く感じる。

 どうやら甲冑はシルフィを認識していないみたいだが、あの風だけで【精霊術】だと気付いたみたいだ。


『ふんっ、雰囲気が変わったわね。あの男、相当な実力者よ』


「ええ……でも、負けません」


 私は魔力を込め、『風刃』を四連撃で撃ち込みます。タイミングをずらした風の刃は甲冑を襲った。


『だから、こんな攻撃が効くか!』


 甲冑は騎士剣を巧みに扱い簡単に風を切り裂いていく。それほど速くないとはいえ、連続で襲いかかる魔法を防ぐことはそう簡単ではない。

 これも全て、あの甲冑の実力なのだろう。接近戦ではソラ様も勝てるかどうか判らない。

 だけど――


『がっ!? な、なに……が……?』


 甲冑が衝撃を受け、動きを止める。視線は徐々に下に下がっていき、胸に刺さっている矢を見つけたことで視線は固定された。


「ふぅ……『風精霊の矢シルフィード・アロー』。成功して良かった」


『私の加護がついた魔法よ? 速さ、威力共に上級魔法にも引けを取らないわ』


 魔法が人の体内の魔力を使うものなら、【精霊術】は体外……即ち空気中の魔力を何かに纏わせて撃ち込む技だ。

 魔力を一切消費しない上に、武器まで強化できる。これがエルフの戦い方の特徴だ。

 イメージはソラ様の【魔法剣】に近い。そんな威力の物をただの鎧では防ぎようがないでしょう。


『……あぁ、私は、死ぬのか……?』


 痛みを感じている様子は無かったですが、肉体は限界のようだ。ゆっくりと身体が光の粒子になっていく。

 ですが、甲冑は死に恐怖している様子はない。運命を、ありのままで受け入れようとしているみたいだ。


『……ふっ、私も落ちたものだな。あれぐらいの攻撃。昔の私なら防げたものを……なぁ、女』


「――――」


『いつかお前の主はお前を裏切るかもしれない。敬愛する主がお前を捨てることだってある筈だ。私のようにな。……それでも、お前は主を信じるのか?』


 甲冑もどんどん消えていき、徐々に人間の姿が見えてきた。まだ完全ではないため、辛うじて見えた瞳には、涙が溜まっていたように見える。

 その声音は、縋りつくように聞こえた。


「――ええ。私は信じています。だって私は、ソラ様が好きだから」


 胸の前に手を添え、私は万感の思いで呟いた。

 恩義もある。他の思いもある。でも、一番の想いはソラ様が、好きだから。


 それだけで、私は彼と共に歩きたいと思える。


『……そうか。私もお前のように思えたら、違ったのかもしれないな』


 甲冑が殆ど消え去り、表情が全て見えるようになった。だから、彼が笑っているのを確認することが出来た。


『――ローヴァン様……すまなかった……――ィ――ラギ――』


 その声を最期に、甲冑の騎士は消えていった。

 残ったものは、彼の使っていた騎士剣のみ。


『――簡単に死ぬのね……』


 ふと、シルフィは悲しげに呟いた。


「…………うん」


『そんなに主の事を思っていたのなら、そんな顔で逝かないでよ……』


 その声は、どこかにいる誰かに告げているようだった。寂しく、響いて。



 ――その後、騎士剣を墓標に名も判らない騎士の墓標を作って、私は階段を登った。


 墓標の近くにあった岩に『忠義ある騎士、ここに眠る』と刻んで――






◇ ◇ ◇






 私は階段を登ったあと、ソラ様が残したと思われる道しるべに沿って進んでいった。

 ソラ様も無事だ。そう思った私の思いは、簡単に打ち砕かれる。




 ――とてつもない死臭。その部屋には倒れている異形の化け物。


 その化け物の近くに一人の青年が立っている。


 そしてその側に倒れているのは――






 ――血塗れになって動かない、ソラ様の姿だった。








次話からはソラ視点に戻ります。

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