第十五話 『迷宮の試練は』
遅くなりました!
遅くなったわけは後書きに書きますので、どうぞ。
――ねぇ、教えてよ。
どれだけ剣を振れば良いのだろう。どれだけ努力をすれば認められるのだろう。
何度問い掛けたことか、何度問い掛けて、そして諦めたことか。
自分が無能だということは判っていた。それは他人の話を聞いていれば簡単に判る。
でも、だからこそ抗いたかった。少しでも、ほんの少しでも良いから他人に認められたかったから。
「ヤァッ! テイッ!」
今現在も剣を振っている自分の手は、豆が潰れて血だらけになっている。
幼い自分にとって、その痛みは味わったことのない苦痛だ。ただでさえ身の丈に合わない重い剣を振っているのだから、それは更に増して痛覚を刺激する。
それとは対称的に澄んだ朝の空気が心地好い。熱気の強い昼間であれば、これ程までに取り組むことは出来なかったかもしれない。
振れば振るほど少しずつ空気を切り裂く音が変わっていく。それだけに集中する事も続けられる秘訣だと最近気がついた。
だけど、やはりそれも無理があるようだ。握力が落ち続け、しまいには下に落としてしまった。朝から、既に身体は限界に達していた。
「ハァ……ハァ……っ。もう、一度っ」
だからといって、素振りを止めるつもりはない。
止めたら、自分は本当に必要とされない存在になるような気がして。
泣き言はもう吐かない。涙はもう十分に流したのだから。
ここにはお父さんも、お母さんもいない。
胸を貸してくれて、涙が枯れ果てる程泣かせることを許容してくれる存在はいないのだから。
「ヤッ! フッ! タァァアッ!」
走ってもいないのに、心臓が酸素を求めて激しく鼓動している。視界が真っ白に染まっていくのが判るが、それでもいい。
振り続ければ――そんな都合の良い考えだけが希望なのだから。
「――またやっているの? 本当、飽きないわね」
ふいに、声が掛かる。
その声は大きくはないが、高い音のお陰かハッキリと耳に届いた。
その声で……いや、自分に声を掛けてくるのは一人しか居ないことから、それが誰か見ないでも判る。
だからこそ、どんなに苦しくても振り続けた剣を下ろした。
「……好きでやっているわけではありませんよ」
声変わりをしていない喉から、自分でも驚くほど低い音が出た。でも、仕方がない。
ただ、彼女の言葉がどうしても聞き流せなかったから。
その言葉は自分が好きでやっていると、娯楽のためにやっていると、言外にそう言っているようだった。
彼女も判っている筈なのに、いや、彼女だからこそ知っていなければならないのに。
努力をし続けなければいけない理由を知っているくせに。
「そうなの?」
「そうなんです!」
彼女の純粋な疑問に、思わず大きな声で叫んでしまった。
言った後で血の気が去っていくのを感じる。それは彼女に無礼を働いたという事ではなく、違うことでだ。
「あっ………ッ」
周りを見渡してみると、近くに通りがかったであろう二人組が自分の方を見て、侮蔑の視線を向けながら舌打ちをして過ぎていった。
よく見ると他にもいた人達も同じような視線でこっちを見てくる。
それが耐えられず、下を向いて目を瞑った。
視界が黒く染まり、何もかもが見えなくなった世界で、足音が聞こえてくる。
それは遠くから近くにくる音ではなく、近くから遠くに去っていくように離れているものだ。
きっと、彼女が去っていったのだろう。
それもそうだ。彼女と自分では立場が違う。彼女だって自分に話し掛けてくるのは、ただ単なる暇潰し程度でしかないのだ。
つまらないのなら他に暇を潰せるものを探せばいい。彼女も立場上自由な時間も少ないはずだから、有効に時間を使うなら自分から離れた方が良いのだ。
――なのに、
「疲れたでしょ? ほら、水よ。貴方も少しは休みなさいよね。見ているこっちが心配になっちゃう」
――ねぇ、なんで君はこんなにも僕の事を……?
◇
「んっ…………あれ?」
キョロキョロと辺りを見回す。辺りを見回すと、イリスがウトウトと船を漕いでいた。
身体を伸ばしつつ、絶賛睡眠中のイリスの肩を揺らす。
「おい。起きろって。おーい、イリスさん。起きないとイタズラしちゃうぞぉ」
自然と視線がイリスの真っ白な太ももに向かった。昨日は色々と精神的に危なかったから、朝から目の毒だ。その後胸へと移動するが、慎ましいソレに少し落ち着くことが出来たので自重する。
「それにしても、ダルいな。身体が重てぇ……」
疲れが溜まっているのも無理はないだろう。
朝から長い間迷宮を探索し、スタミナや魔力をかなり消費する【魔法剣】まで使ったのだから、身体は自分の予想以上に疲れている。
イリスが寝てしまったのも、魔力の消費が原因でもあるはずだ。
「……ソ、ラしゃ……ま……?」
考えていると声が掛かった。寝ていたイリスが起きたようで、目を擦りながらキョロキョロとしている。頬は若干上気し、呂律の回らない口調から熟睡していたことが判る。
よくこの短時間で熟睡出来るな。自分で起きたし、しっかりと身体に習慣が身に付いているのかもしれない。
「おはよう、イリス」
「はぁい、おはようごじゃいます……」
まだ寝ぼけているようなので、目を覚ますのを少し待つことにする。
前は寝顔を見て怒られたりしたが、流石に迷宮ではイリスも恥ずかしがっているだけで留めている。いや、疲れから大声を出す元気は無いだけかもしれないけど。
そして思ったよりも回復するのが早く、頬を赤らめながらもいつものイリスに戻った。
「すみません、寝てしまっていて……。それに、あ、あの……変なところを見せて申し訳ないです……」
「大丈夫だ。萌えた」
「へっ? 燃えた? それってどういう……」
できれば知らない方が良いと思う。今の純粋さを忘れずに居てくれれば、イリスの天然萌えが炸裂してとても眼福な想いが出来る。つまりは俺の為にそのままでいてくれということだ。
「まぁ、いいじゃないか。さて、そろそろ行くか?」
「は、はぁ……。私は大丈夫ですっ。寝てしまったので予定よりも睡眠を取ってますし」
「そうか。じゃあ、直ぐに出発するぞ」
寝る前に準備だけはしていた為、毛布をインベントリに突っ込むだけで出発の準備が整った。周りを見る。今のところ敵の気配も無いし、【索敵】にも引っ掛からない。よし、大丈夫だ。
「一応警戒だけはしておけよ。昨日みたいな罠がないとは限らないんだからな」
「……昨日そう言って罠に引っ掛かった人は誰ですか?」
「…………ごめんなさい」
はい。宝箱の『転移結晶』を無警戒で掴んで罠に引っ掛かった人です。最近イリスからの評価が駄々下がりなのは気のせいじゃないかもしれない。てか、絶対そうだ。
少しだけ落ち込みつつも、俺が先導して進まないといけないだろう。ゲームとはいえ、ダンジョン系統で前衛をやっていた俺は少しなら慣れている。イリスを危ない目にあわせるわけにはいかないしな。
「あっ、出る前に忘れ物とかないか確認してくださいね。ここには戻ってこないと思いますし」
「お前は遠足の保母さんか……」
そんなやり取りのお陰で眠気はすっかりと覚めている。これなら直ぐに戦闘にも移れるだろう。
そして俺とイリスは寝ていた宝箱の部屋から出ていこうとすると、ふと、あの声が掛かった。
『クスクスクスクス……!』
「「!?」」
昨日の罠でも聞こえてきた声。
不意に聞こえたその笑い声に俺達は直ぐ様胸で武器を構えた。
「おい……何処にいやがる! お前は何者だ!?」
昨日の【索敵】で反応がなかった時から、声の正体は姿を見せないことは判っていた。それは【索敵】と対になるスキルである【隠蔽】持ちなのか、あるいは……。
「……駄目です。遠くからこちらを見ているわけではないようです。それに、動いている何かはこの場には居ませんし」
イリスが聴覚と視覚を十分に使って周りを見渡すが、やはり何かがいるわけではないみたいだ。つまり……。
「声の正体は……迷宮の仕様か何かか?」
『――うーん、半分正解で半分間違いかな』
俺の呟きに答えるように何処かからまた声が響いく。
ただの憶測だったが、どうやら当たっていたみたいだ。敵意が感じられない声音に、俺の警戒心が少しだけ薄まる。
「アンタが誰だか知らないけど、半分正解で半分間違いってどういう事だよ?」
「なんでもう順応してるんですか!? 大丈夫なんですか!?」
確かに罠とか何か裏があるとか思うのが普通だろうが、それだけで切るのは、貴重な情報の損失にも繋がる。
なら、罠だとしても聞いておくのが一番良い。
『ハハッ! 彼女、面白いね。ゲイニンになってみないかい?』
「面白くありません!」
いや、案外イリスも順応してるじゃないか。
というより、芸人って言葉はこの世界にもあるんだな。お笑いなんてものは日本みたいに安全な国でしか生まれないと思っていたし。
……ま、それは兎も角、
「…………で? 質問の続きだ。どういう事か教えてくれ」
『そうだね……まぁ簡単なことだよ。ボクこそがこの【ウル迷宮】の主だからさ』
「迷宮の……主? つまりお前がこの迷宮の管理者か?」
『まぁ、そういうことになるのかな?』
まるで普通のことのように、当然であるかのように迷宮の主は言葉を響かせる。
迷宮の最奥には何かがあると言っていたが、それがこの迷宮の主ということなのだろうか?
それに、一つ疑問が残っている。
「なぁ、その迷宮の主さんが声だけとはいえ、なんで俺達に関わった? 迷宮の主が話し掛けてくるなんて聞いたこともないぞ」
そうだ。迷宮の主から探索者にコンタクトを取るなんて聞いたことがない。というか、先ず迷宮の主がいることも知らなかったのだから。
何か理由があるとしか思えない。
『ボクたちは君みたいな異世界人しか関わらないよ。まぁ、異世界人と言っても数人としか此方からは話し掛けないけどね』
「……へぇ、俺の事も知ってるってことか……」
俺が異世界人という事を既に知っているようだ。個人情報が駄々漏れだが、様々なスキルや魔法がある世界でそういう事も判る何かがあるのかもしれない。
『というか本題に入ろうか。ボクも迷宮の主として、君達……正確には君だけど、素質を見極めないといけないんだよ。だから無駄に群れてもらうのは困るんだよねぇ』
「見極め? 群れる?」
「どういうことですか……?」
何を言っているのかよく判らない。つまりはどういうことだ?
俺達の質問に直ぐには答えず、暫く沈黙が続いた。そして――
『だから、君達には別れて貰いまぁす!』
――悪魔の囁きが聞こえた。
「キャッ!?」
「えっ? イリス!?」
イリスの悲鳴が聞こえ、顔を向けると彼女の足元にぽっかりと大きな穴が開いていた。
イリスの身体を支える足場はない。
「そ、ソラ様ァッ!」
足場が無くなったことでイリスは重力に逆らえずそのまま穴に落ちていった。咄嗟に彼女の手を掴もうとしたが、間に合わず、手は虚しく空気を掴む。
穴は直ぐに閉じてしまい、イリスを追いかけることも出来ない。これもこいつの仕業か!
「くそっ! 一体どういうことだよっ!」
『そんなに怒らないで。大丈夫だよ、死んではいない筈だから。……まぁ、もしかしたらこれから死んでしまうかもしれないけどね』
迷宮の主の声は軽い。そんな人の命を軽く見ているような声音に恐怖を覚えた。
「……イリスは大丈夫なのか?」
『君達が死ななかったら合流できるはずだよ。まぁ、急いだ方がいいと思うよ。今の彼女じゃ勝てないからね。そして、二人が揃ったらボクの所へおいで。そこで最後の試練を行うから』
そう言って迷宮の主の声は聞こえなくなった。何度か呼び掛けてみたが、返事は帰ってこないので、これ以上干渉はしないと言うことだろうか。
イリスは下に落下した。どうにかして下に行く道を探すしかない。
……そういえばあの声はイリスの事を『今の彼女』と言ったけど、今のって言う必要があったのだろうか。いや、気にしすぎか?
「くそっ……兎に角、イリスを探すか」
久し振りにソロで活動する。強力な後衛がいない分不安はあるが、俺は先に進んだ。
遅くなったわけですが、現在テスト期間で執筆する時間があまり取れません。
次話も遅くなると思うので、どうかご了承ください。