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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第二章 【迷宮探索者】
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第十四話 『声と宝箱』





 ――なんなんだこの迷宮は!




 そんな心の叫びを上げながら、現在、俺とイリスは全速力で疾走していた。

 後ろからゴロゴロと音が聞こえ、振り向くと巨大な球が猛スピードで転がり、俺達を襲っていた。


「確かにっ、定番だけど! 鬼畜過ぎるだろっ!」


 あの時、仮眠を取るためにそこら中を探索し、見つけた狭い道の方へ歩いていった。

 何となくそこに小部屋がありそうな気がしたが、それは間違った直感。


 道を通り、少し歩くと上から巨大な球が降ってきたのだ。漫画では多く使われるダンジョンや迷路専用の罠。まさかそれを自分が体験する事になるとは思わなかった。

 坂でもないのにかなりのスピードで転がってくる。あれに巻き込まれれば身体はペチャンコ……どころか、本当にモザイクが掛かるような事態になってしまう。というか、死因がソレって絶対に嫌だ。


 しかも意地の悪いことに、曲がり角が一切なく、真っ直ぐな道が続いている。避ける場所もないため、止まることさえ出来ない。

 つまり、ゴブリンの群れとの戦いで疲労が溜まっている状態でずっと走り続けているのだ。本当に鬼畜仕様の糞ゲー並だ。


 心臓が張り裂けるような激痛が身体中を襲う。怪我などしていないのに、内臓があまりの負荷に耐えることが出来ていないのだ。



「ソ、ラ様、待って、ください……! 速いで、すよッ!」


「いや! 待ってたら! 死ぬから!」


「うぅっ、はくじょっ、うものぉ!」


 イリスが涙ながらで懇願する。何時もの俺ならその上目使いに陥落すると思うが、流石に今の状況では無理だ。


 風魔法を後ろに放ち、ブースターのような役割をさせる。何時もの敏捷性にプラスされ、その速度は自動車と比べても遜色はない。


 対してイリスは俺とは違い知力特化だ。イリスも風魔法をブースター代わりにしているが、強くしすぎると制御がしにくくなる為、総合的に俺よりも遅い結果となっている。


「――――おっ! 頑張れイリス! 曲がり道だ!」


 汗を額に滲ませながら前方を見ると、直線だった道に曲がり角が存在している。

 あそこに転がり込めばこの地獄のような時間が終わるだろう。イリスの目に力が出てきている。


「うっ、おお!」


 曲がるためにスピードを落としたせいで球に轢かれそうになったが、ギリギリのところで避けることに成功して転がり込むことが出来た。

 俺がギリギリならイリスもどうなるんだ、と思ったが、イリスは上手く真横の壁に風をぶち当てて方向転換したらしい。

 その証拠に俺よりも奥へと跳び、上手く受け身が取れなくて顔面から落下した。それほど勢いは無かったから怪我は酷くはないと思うが、アレは痛いな。


「ハァ……ハァ……だ、大丈夫か、イリス?」


「――――」


 ……返事がない。ただのしかばねのようだ。


「し、しかばねじゃありませんよ! 大丈夫です!」


「あれ? 心の声、読まれた?」


「思いっきり声に出してましたけど……」


 イリスは予想していたより大丈夫そうだ。これなら少し休憩するだけで動けるだろう。


 それにしても、今は大体何時くらいだろうか。転移した時に誤差とかがなければ、夕方かそれくらいだと思う。

 後少し……いや、仮眠というよりもう休んだ方が良いかもしれない。無理は禁物だ。




『――クスクスクスクス』




「っ! なんだ!?」


「女性の……笑い声?」


 俺達が安堵の吐息を漏らしていると、何処からか女性の笑い声が聞こえてきた。

 直ぐ様刀を抜き、周りを警戒する。

 奇襲か? いや、それならわざわざ声を出すのはおかしい。それともそれは絶対的な力による余裕なのか。ますます判らない。


「おい、何処だ! 出てこい!」


 迷宮内に響き渡るような大声。だが、その言葉に反応するものはない。静寂のみが返ってきた。


「ソラ様、気配も感じません。音も聞こえないので、近くで隠れてるしかないと思いますが……」


 エルフ特有の五感の鋭さでイリスも調べたが、気配を感じないのなら動いているということは無いだろう。それにあの笑い声は近くじゃないと俺達の耳には届かない筈だ。


「なら、こっちから見つけてやる。【索敵】」


 久し振りに使う。これは近くにいるのなら確実に反応が出る。これなら隠れている相手の場所も判る筈だ。


 だが、


「反応がない!? なんで!」


 【索敵】には隠れている存在は見つからなかった。つまり、この場にはそんな人物は居ないということだ。

 イリスの五感にも引っ掛からないということは有り得るのか。何かのスキルなのか、それとも……、


「くっ、兎に角、ここから離れよう。もしかしたらさっきの声の奴が俺達を何処かから狙っているかもしれないし」


「わ、判りました!」


 刀を構えながら少しずつその場から離れる。

 あの球による罠でよく判らないところまで来たが、近くに道があるなら進むしかない。

 この先に何があるか、さっきみたいな罠もあるかもしれないし、笑い声の主もいるかもしれない。


 俺達は不安を持ちつつも、奥へと進んでいった。












『クスクスクスクス。あれが『あの人』が選んだ人なんだね。ということは彼が――』




 ソラとイリスが去った後、何処からか女性の声が反響した。

 だが、その声の主の姿は見えない。声だけが、存在している。




『君にこの迷宮は攻略出来るかな。ううん、『あの人』が選んだ人なら出来て当然だね』




 『あの人』が選んだのなら、彼はきっと『――』のような存在になるだろう。今まで一人しか選ばなかった『あの人』が選んだのなら。




 ――だから、




『だから、仲間が居なくても乗り越えて見せてよ。――クスクスクスクス』




 品定めをするように言葉を発し、暫くの間笑い声が続いていた。


 心底楽しそうに……そして、期待しているように。










 宝箱の部屋。


 RPGをしたことのある人間なら知っているであろう。そこはレアなアイテムが手に入れることの出来る部屋だ。ダンジョン系の場所にはソレが多く、そのアイテムを使って更なる強化をすることが可能になる。


 さて、何でこんな話をしているかというと、


「本当にあるものなんだな……」


 俺の目の前には祭壇のような場所の上に置いてある宝箱が存在していた。

 如何にも宝箱! というような感じで、部屋の中はその箱だけがあり、周りは不自然なくらい何もない。


「なにが入っているんでしょうね?」


「ん? そうだな……定番なら武器や防具だろうけど、ゲームとは違うからな。何か希少価値の高い鉱石やアイテムかもしれない」


 大体のRPGでは武器や防具がそのまま入っている場合がある。『RWO』でもダンジョンを攻略している時に宝箱があったりして、組んでいたパーティーメンバーと分配について話し合ったりもした。

 まあ、俺と組んでいたのは殆ど愛羽だったから、決闘方式で決めると大抵負けるんだけどな。


 只、この場合は気を付けなければいけないことがある。ダンジョンにおいて、宝箱などの明らさまな物がある時は罠が多いことを。

 しかもこの迷宮はさっきの罠みたいに中々意地が悪い。何もないということはない筈だ。


「イリス、この箱を開ける前に戦闘準備だけはしておけ。開いた瞬間、何かあるかもしれない」


「わ、判りました。そんなこと想定もしていませんでしたが、流石はソラ様ですね!」


 イリスは弓を取り出して矢を掛ける。魔力はこれまでの連戦やゴブリンの群れとの戦闘で少なくなっているのだから仕方がないだろう。


 俺も【蒼月】を右手に持ち、左手で宝箱に手を掛けた。何もないかもしれないが、用心はした方が良い。


「……じゃあ、開けるぞ」


「はい、お願いします……!」


 イリスに声を掛け、左手に力を込める。

 こんな時でも心情にあるのは不安と同じくらいの宝箱を開けるワクワク感があった。

 やっぱりゲーマーはこんな事を思うって。元々こういう系のゲームが大好きだったのだから当然だけど。



「せぇーの、ッと!」


 イリスにも判るように掛け声をかけながら宝箱を開ける。

 警戒を最大限にしながら箱の中身を覗くと、



「……結晶?」



 宝箱の中身は淡い青色の光を放つ結晶が入っていた。大きさとしては手のひらに調度収まる程度だろう。中身はその結晶が一つしか入っていなかった。


 装備品ではないのか。そんな期待をしていただけに落胆も大きい。

 この結晶ならイリスの魔導杖を更に強化出来るだろうけど、加工するには時間が掛かるだろうし、迷宮を探索し終わるまで戻る気はないから意味がないだろう。


「そ、ソラ様……これって……」


「ん? この結晶がどうかしたのか?」


 イリスが宝箱に入っている結晶を見て動揺している。この反応からして、ただの『魔結晶』ではないのか?


「確かこれは『転移結晶』だったと思います。ほら、ティオさんが迷宮での話で言っていた……」


 『転移結晶』……そういえば俺が冒険者登録する時、それにイリスと迷宮について再確認していた時も言っていたな。使えば登録した場所に転移できる希少なアイテムだって。

 それにしてもなんでそんな物が入っているんだ? 説明ではとある冒険者が作ったもので、人工的な物だったと思うんだけど。


 なんとなくそんな疑問を浮かべていると、それを吹き飛ばすほどの発言をイリスが発した。


「た、確か売るとなると大金貨一枚分になると聞いていますが……!」


「えっ!? マジで!?」


 素で叫んでしまった。いや、仕方がないってこれは。

 大金貨一枚といったら今まで俺が稼いできた金の二倍以上あるだろう。そんな金額がこれ一つにあるなら流石に動揺してしまう。これだけでも迷宮に来た価値があるぐらいだろう。


 それが駄目だった。


 警戒心を無意識に解いてしまい、その結晶を手に取ってしまったのが。



「ブモォオオオオオッ!」



「……あっ」


 背後から獣の唸り声が聞こえた瞬間、頭が冷えた。「やっちまった」と思ったがもう遅い。


 後ろを振り向くと、光によって出来た影から赤い色をした猛牛が現れた。その牛は映画とかで見るような牛より一回り大きく、耳付近にある筈の角がなく、代わりに脳天に尖った長い角が生えている。

 かつて討伐したホーンズボアよりも鋭く、そして長い。あの角を食らったら一溜まりもないだろう。


 その猛牛は地面をその場で蹴りながら戦闘態勢に入っていた。猛牛というより、闘牛か?


「ソラ様…………」


「判ってるよ! 判ってるからごめんなさい!」


 イリスの視線が怖い。俺があれだけ言っていたのに本人がやってしまったらそうなるのは当たり前だけど……ごめんなさい。


「まあ、やってしまったもんは仕方がない! 兎に角やるぞ!」


「開き直るんですか!?」


 イリスの言葉を聞かなかったことにして、闘牛に飛び込む。闘牛は先程までの蹴りを溜めていたかのように力強い突進を繰り出してきた。


「速っ! だけど、躱せないこともない!」


 突進を躱し、闘牛の肌に一瞬だけ触れて【解析】を使う。主にこれはスキル上げの為だが、名前も知ることが出来るので一石二鳥だ。


 この闘牛の名は『バーサクオックス』らしい。バーサクは『狂暴な』という意味だから、その通り狂暴なだけなのだろう。

 名前は一種の情報だ。名前でその魔物の特徴が判る。だから、今回の闘牛もそこまで特殊な能力はない筈だ。


「ソラ様! 援護します!」


 イリスが矢を放ちながらバーサクオックスを牽制する。だが、結構硬いようでそれほど深い傷は負っていないようだ。


「『四刃乱舞“回帰”』!」


 四つの斬撃をバーサクオックスに放とうとするが、危機を感知したかのように爆走して捉えきれない。これじゃあ、攻撃も当てれないだろう。


「仕方がないか……イリス! これを使え!」


 バーサクオックスの『敵意ヘイト』を溜めつつ、イリスにインベントリから一本の矢を投げ渡した。その矢は俺特製の物。


「それを何処でもいいから刺してくれ! 頼んだぞ!」


「任せてください!」


 イリスはそれを聞いて頷き、渡した矢を限界まで引き絞る。

 彼女はエルフの血を継いだ五感に特化した種族だ。その集中力は計り知れない。だから、イリスに任せた。


「ブモォオオオッ!」


「そんな叫ばなくても相手してやるよ。だけど、先ずは俺じゃない」


 一直線に突進してくるバーサクオックスの目に何かが飛んでいった。イリスが放った矢が刺さると、バーサクオックスは絶叫を上げる。


「ブモォオオオオオオオッッォォ!」


「成る程、粘膜なら刺さるってか。……というかよく当てれたな。イリスさんマジ神業」


 確かに矢を当てやすいようにイリスの延長線上に誘導したが、それでも当てるのは至難の技だ。それを当てれると言うことは、相当な技量がないと無理だろう。つまりイリスは凄いってことだ。


「どれだけ里で獲物を狩ったと思うんですか。動く鹿もエルフなら当てることが出来ます。……目に命中するとは思いませんでしたけど」


「いや、上等だ。サンキューな、イリス」


 俺達は会話をするほどの余裕を持つことが出来た。それは何故か。


 矢に仕込んでいた毒によってバーサクオックスの動きが止まっていたからだ。


「ブッモォ……ォ」


「それは俺が調合した特製の痺れ毒だ。それは即効性で、直ぐに身体に影響が出る。まぁ、三十分もすれば抜けるからそれまで頑張ってくれ。でも」


 『魔法剣“紅蓮”』で刀身に焔を纏わせ、振りかぶり、



「――俺は、それまで待つつもりはないけどな」



 振り下ろして、バーサクオックスはその命を跡絶えた。










 バーサクオックスの肉から過熱で毒を飛ばし、ステーキにして食べた。筋は固かったが、味は悪くなかった。

 持っていた調理器具で煮込むと少し柔らかくなったけど。俺は主夫か。


 今日の探索はここまでだ。燃費の悪い【魔法剣】を使ったお陰で魔力も少ないし、疲労もある。イリスも魔力を結構消費している筈だしな。


 これ以上動くのは危険と判断し、俺達は宝箱の部屋で寝ることにした。


「本当に良いんですか? 私が先に寝てしまったらソラ様に悪い気が……」


「良いって。魔力の少ないイリスが最初に番をするより、寝て少しでも回復した時の方が番もしやすいし合理的だ。寧ろ俺の為だからさっさと寝ろ」


 今魔物も敵も居なくても、危険が無いとは限らない。二人が寝るのは危険があるから、一人見張りをすることにした。

 イリスは主人である俺を差し置いて先に寝るのは心苦しそうだったが、安全や堅実性を考えるとイリスに先に寝てもらった方がいい。

 寝ればそれだけ精神が回復し、それに比例して魔力も回復するからだ。俺は魔力がなくても近接戦闘が出来るが、イリスはそうではない。


 だったら、俺が先に番をした方が得策だ。


「……判りました。おやすみなさい、ソラ様」


「……あぁ、おやすみ」


 イリスが魔物の毛皮で作った毛布に包まってから少し経って、寝息が聞こえるようになった。

 どうやら寝たみたいだな。


 イリスの寝顔は本当に可愛らしい。年相応の少女の顔。可愛い妹とは違う種類の可愛さだ。


「……駄目だ。色々と駄目だ。勘弁してくれよ、全く……!」


 少し悶々とした気持ちが溢れ出てきてマズイ。本当にマズイ。

 今までの戦闘で疲れきっているせいで更にマズイ事になっている。

 これをあと数時間まで耐えきらないといけないのか? そんなのは地獄だ。健全な男子高校性に対する拷問に近いだろう。


「……くそォ……っ!」



 イリスと交代するまで、俺は敵に対する警戒と劣情の二つと戦っていた。

 寝る前にイリスに謝ったのは、罪悪感からです。イリスには理由を言えないけどな……。





 ――こうして、迷宮一日目が終わった。








これで一日目が終わりましたが、殆ど繋ぎでしかありません。

本番は二日目からです!(私的には。)


次回も一週間を目処にしますが、もしかしたら早く投稿できるかも知れません。


それではまた次話で会いましょう!


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