第十三話 『迷宮突入、イリスには気を付けよう』
すみません! 異常に遅くなってしまいました!
投稿するはずのデータが色々あって消えてしまったので、こんなに遅れてしまいました。
一万文字あるので、話は兎も角、読みごたえはあると思います。
「――――んっ……」
魔法陣から放出された光。目を瞑り、意識が飛んだ感覚があった。
体感的にはほんの数秒間だが、意識が飛んだ時間はどれだけだったのだろう。数分かもしれないし、もしくは数十分……一時間を超えているのかもしれない。
目を開けると、そこは先程までいたギルドの小部屋ではない。周りには岩や土で作られた広場。
大きさはテニスコート程だろうか、壁には何時からあったのか判らない蝋燭が灯りを灯していた。
そして今立っている場所は紫色に光る魔法陣の前のようだ。この中に飛び込めばきっとあのギルドの小部屋に移動することが出来るのだろう。
「ここは……いや、イリスは?」
気付いて近くを見渡すと、俺の横で目を瞑っているイリスが立っていた。はぐれるという事が無かった事に安心をする。
転移点が違ったらどうしようかと少しばかり危惧していたのだ。その事に安堵の息を吐く。
ゆっくりと、イリスの瞼が開いていく。開いた瞳は周りを見渡し、改めて俺の顔を捉えて頬を赤く染めた。
「す、すみません……。私、どうやらソラ様を待たせていたみたいですね」
「いや、いいさ。俺もさっき目を覚ました所だから。それにしても、意識が飛ぶって……もし魔物に襲われたらどうするんだよ……」
どれくらい意識を失っていたのか判らないが、魔物が強くても弱くても危険がないわけではない。【ウル迷宮】の魔物は他の迷宮の魔物よりも弱いと言われているが、散漫な警戒で命を落とす人間もいるのだから。
俺がそう考えているとイリスが頭を傾げながら、
「あの、ここは魔物が入ってこないエリアじゃないんですか? 魔法陣がある部屋入口には特別な魔石が埋め込まれていて、敵意のあるものは入って来れないって言っていましたよ」
「はぁ? 誰がそんなこと?」
「ソラ様が他の冒険者の方に連れて行かれている時に、ティオさんが」
「俺聞いてないんだけど!? それ一番重要だろうが!」
ティオさんはやっぱり色々と抜けている人だった。いや、この場合はイリスが俺に言わなかったのが悪いんだろうけど。
確かその時は俺がティオさんと話していただけで連れていかれた時だな。あの時はティオさんファンの連中にどんな気持ちでそれを見ているのか延々と聞かされた。思い出したくもない。
兎に角、一応外に出てみることにした。ここが安全な場所だからといってずっとここにいるわけにもいかない。こうしている間にも時間は流れ、進み、削っていく。
時間は無限ではないのだ。有限なそれは、着実に進んでいる。慎重なのは危険な場所にいる上で大切なことだが、俺達はそうはいかない。危険な事があっても、早さを基本として攻略をする。そうでないと、目標である迷宮攻略の先は遠くなるのだ。
出口に向かうと、確かに端と端の両端に白っぽい鈍い光を放つ結晶があった。触ってみようとするが、不可視の魔力の激流が結晶の周りに渦巻いており、触ろうとしても手が流されているかのように触れることさえ出来ない。
「へぇ、これは興味深いな……どうなってんだろ?」
そんな疑問を持っていないわけではないが、好奇心なんかに時間を使っていてはいけない。
本当に……本当に名残惜しいが、結晶から目を逸らして部屋の外に出た。俺マジ我慢強い子。
外に出ると、先ほどまでの岩や土で彩られた茶色ではなく、コンクリートのようなブロックが積み重なって出来た空間があった。
通路であろうそこは横に広く、左右に道が分かれた分岐点となっている。
「凄いですね……こんな所が存在するなんて……!」
「確かにな……。俺の世界にも遺跡とかは有るんだけど実際に生で見たことがなかったし、日本と異世界合わせて初遺跡だ」
テレビで見ることの出来たピラミッド等の遺跡の内部はこんな感じだったと思う。
昔からファンタジーな話を聞いたり読んだりしていた俺は、自然と昔の謎についての興味もあった。毎回テレビ予約して、その度興奮していた覚えがある。
「生で見たことがないって……それってこの前言っていた『てれび』でしたっけ? 薄い板の中に人が入っているっていう魔法の箱ですよね」
「まあ、人は入っていないんだけどな。俺も原理に関しては詳しくは知らないけど、イメージはそんな感じだ」
俺が異世界人だということが判ってから、イリスは俺の世界についてよく聞いてくるようになった。
車やビル、ゲームにテレビと、反応が面白くてついつい沢山教えている。そのお陰で偏ってはいるが、知識だけなら現代の日本人に劣らないだろう。
そのせいか和食も挑戦していたけど、日本人でもない人間が調味料も少ない状態で作るのは無理があったのだ。不味いとは言っていないぞ。
「兎に角、先に進むか。どっちに向かえばいいかは判らないけど、止まってるわけにも行かないし」
「……そうですね! 任せてください。私、お役に立ってみせますから!」
「……あまり気負わないでね? 心配になるから」
イリスは本当に辛い時、空元気を出して後でダウンする事があった。倒れた時、本当に驚いて視界が真っ白になった。
……過保護ではないけど、このままだと本当に過保護になりそう。
「おーい。何をしてるんだ?」
その事で俺がイリスを説得していると、後ろから声が掛かった。
振り向くと、そこには中々高そうな防具を着た三人組が俺達に向かって手を振っていた。
「………どうも」
「お前ら、新人か? 駄目だぜ、二人だけでこんな危険な場所に居たら!」
「そんなこと言ってやるなよ、ジョニー。コイツらも頑張りたい年頃なんだから。なぁ、デイビス」
「おう、ロイの言う通りだぜ。俺達だってこのぐらいの時は迷宮に挑んでボコボコにやられたじゃねえか。懐かしいなぁ」
俺達に会話を挟む間さえ与えず、自分達の間で会話をしている。会話をしているのだが、あらかじめ用意していたような言葉に首を傾げた。
「あ、あの。貴方達は誰でしょ――」
「おう!? 可愛いお嬢さんがいるぜ!」
「本当だ! すげえ、美少女だな? こんな所でこんな女の子に会えるなんて……」
「お嬢さん。俺達と何処かに出掛けないかい?」
なんだその歓楽街に居そうな誘いは。ナンパか? 一回自分の顔を見てみろ。俺と同じでお前らは相手なんかされねぇぞ。同族嫌悪ってやつか。
「うぅ……ソラさまぁ……!」
イリスが涙目になりながら俺の身体にひしっと抱きついた。
この三人のウザさに嫌になったのだろう。優しいイリスをダウンさせるとは……やるな。
そんなイリスに抱きつかれた俺に三人はギロッと睨んだが、直ぐに表情を戻し、
「やっぱり迷宮に新人が二人で居るのは危険だし、俺達とパーティを組まないか?」
「パーティですか? それなら別に大丈夫ですよ。俺達は俺達のペースで攻略するので。誘って下さってありがとうございます」
「そんなこと言わないでさ……なあ? 良いだろ?」
へらへらと、愛想笑いを顔に貼り付かせながら俺達に話し掛けてくる。
それは幾らなんでもおかしい。立場が逆なら未だしも、俺達よりも強い筈の人間が、役立たずである俺達を積極的に誘う意味はない。
親切? それはないだろう。パーティを組むということは、そこで手に入れた素材や金を分配しなければならない。それをするメリットは、コイツらには無いだろう。
……成る程。段々コイツらの目的が理解出来てきたぞ。
「そこまで言うなら組んでみてはどうですか? どうやら親切な方々みたいですし」
イリスの表情を見るなり、組みたいとは考えていないみたいだが、この先を考えて組んだ方が利点があると踏んだんだろう。考え込んでいる俺に提案してくる。
……ふむ。そうだな。
「えぇ、良いですよ。お願いしますね」
「おおっ!? そりゃ良かったぜ。それじゃあ、握手だ」
俺が提案を受けた途端、三人が愉快そうに笑い、確かデイビスと呼ばれた男が手を伸ばしてくる。
「どうした? 握手ぐらいしようぜ?」
手をぶらぶらとしながら握手を催促してくる。それを見て、俺は思った。
――やっぱり、確定かな。
「はい、判りました」
「お? それじゃあ、俺達と組むって事だな!?」
「ええ、そうですよ」
それを聞き、先程と同じように手を俺に差し出してくる。
そう言った瞬間の、デイビスの顔が印象的だった。
目的を達成することが出来たという、歓喜の表情が。
俺はその手を取ろうとして、そして――
「なっ!?」
――その手とは反対の腕で振るわれた剣を、咄嗟に籠手で受け止めた。
近距離だったせいか、それほど勢いの乗っていない攻撃は、衝撃も少なく受け止めることが出来た。
それと、デイビスの考えもあったのだろう。
不意討ちの筈だった攻撃を、殺すための攻撃にそこまでの力は要らないという油断が。
「な、何故……受け止めることが出来たんだ?」
俺以外……イリスも含めた四人は、その事に疑問と驚愕を浮かべている。いや、イリスだけは三人組に対する憤りもあるみたいだけど。
「それは……なッ!」
「……がっ!?」
質問に答えようとし、同時にデイビスの隙だらけの額に手甲に包まれた拳で殴り付けた。
仮にも手甲には薄いが鉄が仕込まれている。それで額に衝撃を与えられれば、デイビスは当然のように気絶した。
「デイビス!?」
「へぇ……殴ったのに全然痛くないな。あのサイクロプスの皮から作ったんなら、衝撃も吸収出来るってことか?」
予想以上の装備の性能。アランさんとの戦闘では殴ると言うより受け流したりする事が多かったから、それに気付くことはなかった。
衝撃が軽減されているのは、これからの戦闘でも役に立つ。特に徒手戦闘の場合だ。
「てめぇ……ふざけやがってぇ……ッ!」
「あれ、デシャブ? まあ、どうでもいいか」
三人組というシチュエーションに記憶の奥底にある絡まれたシーンを思い浮かべる。うん、見事に同じだ。
「俺がお前等の考えを見抜いたのは、そう難しいことじゃない。寧ろ、気付いて当然だ。アンタらみたいに実力のある……らしい人間が、こんな序盤に居るわけないだろ」
「――――ッ」
強い人間……例えばアランさんならもう既に半分以上は進んでいるだろう。他の冒険者もアランさんよりハイペースで探索している筈だ。
だからこそ、ここに居るのはおかしい。
「待ち合わせや帰る途中なら判るが、俺達をしつこくパーティに誘うことからそれはないと確信したからな。差し詰め、実力もなく未熟な新規Dランク冒険者を仲間にして油断させてから襲い、持っている金品や装備品を奪うのが目的ってところか?」
「な、なんで……!?」
図星のようで、デイビスを除いた二人は武器を抜いて俺を睨み付ける。
よく判らない。何故自分達の作戦が、考えが読まれてしまったのか。そんな事に対する恐怖が目に見えて判った。
「襲い掛かるとしても、仲間になって馴染んだ後ではそれも難しい。迷宮の中は危険が多いから、相手の警戒心が強くてそう簡単には仕留めることは出来ないしな。それならもっとも警戒心が薄い最初の地点で襲う確率が高いと踏んでいたんだよ」
だから俺は籠手で剣を受け止めることが、対処することが出来たのだ。
――俺は何度も何度も、経験してきたのだから。
「チッ、だからなんだって言うんだ! 所詮お前等は新米のヒヨッコだろうが!」
「そ、そうだな。俺達もDランクの冒険者だ。お前みたいな奴に負けるわけないだろ!」
開き直ったのか、二人は声を荒げ、武器を構えた。
確かにDランクの冒険者二人を相手にするのは正直キツイ。かつて戦った三人組にも苦戦を強いられたのだから、今回はそれ以上だろう。
だが、
「悪いけど、今回はアンタ等の負けだ」
「はぁ? 何を言っている。戦ってもいないのに、俺達がお前より劣っていると言いたいのか?」
劣っているかは判らない。言った通り、戦ってもいないのに強さを測ろうなんて事は不可能だ。
だったら何故か?
お前等は俺よりも注意すべき人物に目を向けていないからだ。
「――――貴方達は」
高い声。やけに明瞭に響いたその声には、大きな思いが込められていた。
声の主である彼女を注目し、目に捉えた瞬間、二人は「ひぅっ」という女の子のような小さな悲鳴を上げる。
それもその筈だ。
彼女の表情から、隠しきれない怒気が滲み出ているのだから。
「貴方達は誰に手を出したのか、判っているのですか? いえ、判っていたらこんなことにはならなかったですよね」
自問自答で納得し、持っていた魔導杖に魔力が集まり出す。
魔法に通じている俺はそれが判ったが、武器から見て、魔法にそこまで関わっていないであろう二人からしたら、何かボヤけて見えるだけだろう。
「な、なにがだよ! 別に関係――」
「――煩いです」
その一言で、確かジョニーという名前だった男がイリスの放った『岩石弾』で吹き飛ばされ、白目を向きながら倒れた。
「ぁ、あぁ……」
残されたロイは流石に不利と悟ったのか、後退りながらイリスから離れようとしている。
どんな相手であろうと、剣士や戦士よりも厄介なのは魔術師だ。魔術師の放つ魔法は一撃の威力や質が高く、遠距離でも攻撃出来るため、剣士達にとっても天敵である。
高ランクの人間なら逆に攻め込み、魔術師と対等以上に戦えるだろうが、Dランクの人間ではそれも難しい。
ましてや、仲間と組んで弱い者から搾取していた人間では、それは不可能に等しい。
「だから言っただろうが」
――本当に注意すべき人物が誰なのかって。
「手を出したのが誰なのか、後悔しなさい! ――『水弾』!」
「ま、待ってッ……、ぐぁっ!」
イリスが放った中級水魔法『水弾』がロイの腹を撃ち、泡をふきながら倒れた。
この瞬間、迷宮で低ランク狩りをしていた三人は完全に沈黙した。
「大丈夫でしたか、ソラ様!」
ロイが倒れたのを見届けてから一息を吐き、イリスは俺の身体をベタベタと触りながら傷がないか確認をする。
「あ、ああ。大丈夫だから別に良いって……いや、たから……って、そんなとこ触らないで!?」
「す、すみません。あっ、今……」
「恥ずかしいなら止めろ……頬を赤くするな! 俺も恥ずかしいんだから!」
イリスがとある場所を偶然触ってしまったことで俺もイリスも顔を真っ赤にしたが、直ぐに落ち着いた。いや、落ち着かせたという方が正しいか。
イリスは放っておくと暫くわたわたと慌てふためくし。
「そんな心配しなくても、俺はこの通り傷一つないだろ? あんな不意討ちぐらいなら防げるさ」
「そ、それは良かったです……! それで、あの三人をどうしますか? 必要ならソラ様に謝らせますが?」
「いいよ! いいからその魔力を抑えろ! 俺の事で怒ってくれるのは嬉しいが、少しは自重しろ」
目に怒りを浮かばせながら倒れた三人を睨み付けるイリスを落ち着かせた。なんか俺、迷宮でイリスを落ち着かせる事しかしてない気がする。
イリスは【審判の祠】から帰還してから、俺に対する敵意に過敏になった。自分の事は貶されてもいいという考えも出来ているため、その事でアランさんからも言われている。
――依存している関係は、案外脆いものだ。
この言葉の意味は、まだよく判っていない。イリスが依存しているからといって、これからどうなるかも想像出来ない。
だから、俺は考えることを止めた。
「さて、この三人を拘束するか」
イリスに連れてきてもらって、三人を束ねるように縄で縛り付けた。インベントリから紙と羽ペンを取り出して文字を書く。
えっと、『こいつら強奪犯。捕まえて』っと。
紙を縄に貼り付け、魔法陣に放り投げて転移させる。冒険者はまだまだ転移してくるだろうから、直ぐに発見することが出来るだろう。心配しなくてもいいな。
「それにしても、本当にソラ様は凄いですね……。あんな不意討ちを防げるなんて、流石です!」
「あはは……そうかな……」
こんなに目を光らせているイリスには、ゲームでダンジョンを攻略する際のプレイヤーキラー対策とは言えない。あれが遊びでやってきた事の結果というのは、自分でも落胆する。
というか、そう考えるとあの三人が可哀想になってきた。まあ、自業自得なのだが。
その事もあって、俺はイリスから目を逸らした。
視線が堪えられなかったんで、マジで。
◇
迷宮に突入してから数時間が経っただろうか。
――俺達は今、ゴブリンの群れと応戦していた。
「グガァアアア!」
「くっ!」
錆び付いてボロボロになった剣を振るうゴブリンの攻撃を防ぐ。だが、元々筋力が高いゴブリンだ。受け止めるだけでもかなり辛い。
「ソラ様!」
「グガァーガ!」
「ッ! 『水球』!」
ゴブリンが放った『火球』を『水球』で相殺する。イリスは魔法で同時に二,三体を相手にしているため、負担は大きいだろう。
「迷宮の魔物を甘く見ていた……こんなの只の魔物じゃないじゃないか!」
今まで討伐してきたゴブリンに、魔法を使うような知性はなかった。それに俺が応戦しているゴブリンのように、巧みに剣を使う技術もなかった。
明らかに異常とも言える相手。ゴブリンメイジもゴブリンナイトも、一体ずつしか居ないのがせめてもの救いだろう。
「こ、のッ!」
剣同士を何回か打ち合い、弾いて距離をとる。
スキルの熟練度的には【剣術Ⅱ】ぐらいはあるだろう。俺の方がスキルは高いが、ゴブリンナイトは盾のスキルもあるようで、俺の攻撃を未だに防いでいた。
「ガァッ!」
「ちっ! 邪魔くさいんっだよっ!」
下がった場所に横からゴブリンが襲いかかってくる。
タイミングを見計らい横にステップして突進を躱し、その醜悪な顔面に拳を全力で叩き込んだ。
倒れるゴブリンを見届ける暇もない。正面からゴブリンナイトが剣を振るってくる。【蒼月】で剣を『受け流し』しつつ、魔法を撃ち込むが錆び付いた盾で防がれてしまう。
「厄介だなこれはッ!」
元々二十近かったゴブリンの群れは、俺とイリスが少しずつ討伐しているお陰で十体もいない。
だが、この数時間の迷宮探索で神経も磨り減っている。魔力は減り、身体にも疲労が溜まっている状態に、いつもと違う強い魔物との戦いが長引いてしまうのも仕方がないだろう。
「ッ!? ソラ様、危ない! ――『風刃』!」
イリスの放った不可視の風の刃が俺の横を過ぎ去り、髪を一房切り取った。
背筋が粟立ち冷や汗がたっぷりと滲み出たが、直ぐに後ろからゴブリンの悲鳴が聞こえたことで状況を悟る。
危機一髪のところをイリスに救われたのだと。
イリスが俺を殺すつもりで放ったのではないかと一瞬疑った自分を叱責したい気分だ。いや、確かに危なかったんだけど。
「無事でよかったです……!」
「いや、まぁ助かったんだけどね……もう少しやり方に…………ッ、イリス!」
疲労で力無くイリスの方へ微笑むと、イリスの背後にもゴブリンが襲いかかろうとしていた。
イリスは気付いたようだが、ちょうどゴブリンメイジが魔法を放った為、直ぐに回避行動には移れない。このままだとイリスが危ない。
「うぉおおおおおおッ!」
ゴブリンナイトを振り払い、全力で駆ける。敏捷特化のステータスだからこそ出来る速度だ。
俺は【蒼月】を弩弓のように引き絞り、襲いかかろうとしているゴブリンに『六花“貫”』を放った。
切先は間一髪でゴブリンの右胸を貫く。ゴブリンは声にならない悲鳴を出しつつ力尽きた。
「あ、ありがとう……ございます……!」
「ハァハァ……お互い、様だ」
イリスの背中を護るように立ち、刀を構える。
ゴブリンナイトの狙いは俺。ゴブリンメイジの狙いはイリスと、明らかに向こうでも役割が出来ているようだ。
滴る汗を手で拭い、目の前のゴブリン達を見据える。向こうも数は減ってきているが、人数的にも体力的にもこちらの方が不利だ。
……これは使った方がいいかもしれない。
「……悪い、イリス。【魔法剣】を使う。流石にこれ以上はジリ貧になるだろうし」
元々重要な場面でしか使う予定は無かったが、体力が厳しい時に魔力が大量にあっても無駄なだけだ。
ならば、今使った方がマシだろう。
「わか、りました……私はどうすれば?」
「俺がナイトとメイジを相手するから、イリスは他のゴブリン達を倒してくれ。頼んだぞ」
「任せてください……!」
【蒼月】を上段に構え、有りったけの魔力を刀身に注いだ。
注いだ魔力は刀身に纏い、徐々に高密度になっていく。
「――『魔法剣“紅蓮”』!」
その魔力は爆発したかのように一気に燃え上がった。純度の高い、紅蓮の焔がメラメラと揺らいでいる。
「行くぞ! 『六花“焔穿”』!」
焔を纏った鋭い突きがゴブリンナイトを襲う。
ゴブリンナイトは先程までと殆ど変わること無く盾を構えて突きを迎えるつもりだ。だが、それはゴブリンナイトのミスでもある。
「そんなので……防げるかよッ!」
「グガァッ!?」
焔の突きは錆び付いた盾を溶かしてゴブリンナイトの腹を貫いた。
高密度の焔は当然火力も高い。熱に強い素材を使った盾なら兎も角、錆び付いてボロボロになった盾では防ぐ事は出来ない。
ゴブリンナイトは悲鳴を上げながら、その目を閉じた。
「次だ!」
ゴブリンナイトから刀を抜き、ゴブリンメイジの元へ向かう。メイジだからか離れた所にいるため、その途中でゴブリンが襲ってくるが、イリスが魔法で悉く倒してくれる。これで邪魔無くゴブリンメイジを倒すことが可能になった。
「グゥガァッ!」
ゴブリンメイジは接近してくる俺に気付き、『岩石弾』や『火球』を撃ち込んでくる。
だが、それは俺にとっては既に攻略済みであり、
「そんなの、食らうかよ! 『魔法斬り』!」
俺の敏捷を最大限に生かし、飛んでくる魔法を回避し続ける。躱せない魔法は、デリックとの決闘で修得した『魔法斬り』で切り裂いていく。
ゴブリンメイジは込めた魔力が切れたのか、魔法の連弾を使うことが出来なくなり、俺の接近を許してしまう。
魔術師だからこそ接近戦は苦手なため、ゴブリンメイジはゴブリンナイトのような抵抗をすることが出来なかった。いや、違う。
「――終わりだ」
知性が高い故、自分の敗北を悟ったかのように目を閉じ、焔の一閃を受け入れゴブリンメイジも絶命した。
周りを見てみると、イリスが全てのゴブリンを仕留めたみたいだ。
【魔法剣】を解き、深く息を吐いて腰を下ろした。身体中にゴブリンの返り血が付き、少し臭うが疲労の方が効く。
そんな俺の下にイリスが近寄ってきた。
「イリス……お疲れ。俺は流石にもう動けないわ」
「はい、お疲れさまでした……。私もかなり魔力が減っているので、少し休みたいです」
そういえば迷宮に入ってから休憩らしい休憩は取っていなかったな。仮眠ぐらいは取った方がいいかもしれない。
俺がそれを提案すると、イリスは満面の笑みを浮かべながら同意してきた。そんだけ疲れていたって事かな。
「んじゃ、何処か休めるとこを探すか」
俺が動かない身体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がって移動しようとすると、
「……あの、ソラ様」
ふと、イリスが声を掛けてきた。俺は振り返り、首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……ソラ様、先程話し掛けませんでしたか?」
イリスが恐る恐るそんなことを聞いてくる。話し掛けるのはさっきもしたことだが、どうも違うようだ。
「やめろよ……俺そういう怖いのあんまり得意じゃないんだ。寝れなくなったらどうしてくれるよ。そんな事になったらイリスに添い寝してもらうからな」
そんな俺の軽口に、何時もなら顔を赤くして反応してくれるイリスが何も言わない。
そんなイリスの横顔が、あまりにも印象的だった。
本当に遅れて申し訳ありませんでした。
次回も一万文字程で一週間以内で投稿するつもりです。これからも宜しくお願いします。
後、書いていただいたイラストを第一章の最後に貼ってあるので、もし宜しければ見てみてください。