第十二話 『迷宮へ』
今回はあまり話が濃くありません。
次回から本格的な迷宮攻略となります。
「――――」
風の音が耳に届き、髪を揺らす。
そんな雑音さえも消し去るほどに集中しないといけない。ブレる事なく、身体に一本の芯が入っているかのようにイメージする。
ゆっくりと鞘に差してある【蒼月】の柄を掴んで鯉口を切り、呼吸を整える。
まるで刀と自分の身体が溶け合ってしまったかのような感覚。
音が消え去り、自分の鼓動しか聞こえなくなった瞬間、
「――――『“抜刀”三日月』!」
蒼にも銀にもみえる軌跡が、まるで三日月のような弧を描いて空気を切り裂いた。
その速度は、常人の目では追い付けない程だ。振り抜いた先には、真っ二つになったリンガが転がっている。神速――とは言わないが、高速で抜かれた刃がリンガを切り裂いたことが判るだろう。
先程の腕の動きを確認しながら抜いた刀を左腰にある鞘に納めた。
首や肩を回しながら凝りをほぐし、
「…………ふぅ、刀を抜くまで十数秒位か? 集中力が足りてないし、抜く技術もまだ低いな」
直ぐに集中力を高める事が出来ない未熟さと抜刀術の練度の低さに歯痒く思う。
迷宮攻略へ向かうには少しでも力を付けておかないといけない。だが、一度技を使うのに十秒以上も必要なら意味がないのだ。
一息を吐いた途端、汗が吹き出してくる。気が緩んだせいなのだろう。汗で湿った服が気持ち悪くて上半身だけ裸になった。
「きゃっ!」
脱いだと同時に後ろから悲鳴が聞こえてきた。
声の発生源に顔を向けると、顔を赤くして目を逸らしているイリスの姿があった。
「どうした、イリス?」
「どうした、じゃないですよ! 服を着てください! ここは外なんですから!」
「お、おう。別に外だからって脱ぐ事はおかしくないと思うけど……」
俺が弱々しくそう言うと、イリスが涙目で睨んできたので急いでインベントリから布と替えの服を取り出す。
取り出した布で上半身の汗を素早く拭い、洗い立ての服を着た。
「着替えたからもう大丈夫だぞ」
俺がそう呼び掛けると、後ろを向いていたイリスが俺の姿を見てホッとした表情をした。
彼女はインベントリからコップに入ったよく冷えた水を俺に手渡す。
「はい、どうぞ。ドリーさんが果汁を混ぜた水ですよ。きっと疲れがとれます」
「おっ、サンキ――ありがとう。……ああっ、美味いな、これ!」
良く冷えた水が全身に広がった。味的にジュグだろうか。甘みのお陰で疲れが取れていくようだ。
ドリーさんの心遣いに感謝をしつつ、果汁入りの水を飲み干した。
「どうですか? 今日の鍛練は?」
「ん~、やっぱりまだまだ駄目だな。実戦にはまだ使えない。【蒼月】は結構慣れてきたけどな」
俺が鍛練している『“抜刀”三日月』は居合斬りの技だ。
居合斬りは刀使いにとって難度の高い技であり、一瞬の速度においては最速とも言われる技だ。
居合は『近距離の飛び道具』と言われるときもあり、長い刀だからこそ遠くにいる相手を切り裂くことができる。
「居合斬りは【蒼月】に相性が良いから使えるようになりたいんだけど、俺の技術が足りないんだよ。確実に使うには集中しないと出来ないしさ」
長い刀である【蒼月】と、長い刀であるほど範囲が広くなる居合斬りはとても相性が良いのだ。
だが、敵は繰り出すまでの集中を待ってはくれない。
ボーナスポイントを使ってDEXを上げれば使えるようになるとは思うが、技を再現するためだけに上げるのはポイントが勿体無い。もう少し考えるべきだろう。
「なら、私がソラ様を護ってみせますよ。ですから、ソラ様はその間に技を放つ準備をすれば良いんです!」
「そりゃ頼もしいな。今日から三日間、大変だと思うけど、宜しく頼むな」
「勿論です!」
グッと両手で握りこぶしを作り、イリスは意気込む。
そのイリスの美しい容姿とのギャップで、密かに萌えたのは秘密だ。……だって俺も男の子だもの。
――今日から三日間、俺達は【ウル迷宮】に挑む。
その為の準備をこの数日間で行ってきた。
武器や防具は揃えたし、鍛練も毎日欠かさず行っていた。三日分の食料や布などもダリウスさんの店で揃えた。
昨日はアドマンド国王の誕生日で、エミル姉妹から招待も来ていたが行かなかったのだ。エミルが凄く悲しそうな目をしていて、涙目だったが心を鬼にして断ったのだ。
……すいません。謝り倒して許してもらっている私です。申し訳ない。
【ウル迷宮】がこの街に滞空しているのは三日間。その期間で攻略出来ないといけない。
期間を過ぎると食料的にも足りていないし、迷宮から帰った場所が違う場合もある。この三日間が本当にギリギリだ。
この期間内に攻略できなければ、次に来る日は判らない。
三ヶ月後かもしれないし、半年後かもしれない。もしかしたら一年後かもしれないのだ。
だが、そんなには待てない。早く元の世界に戻らないといけないのだから。
「まっ、考えても仕方ないか。朝飯食って、ギルドに行こう」
「はいっ! ドリーさんが言うにはトンカツ……ですよ。ソラ様が考えた料理です。迷宮に勝つ! って意味を込めているそうですよ!」
「へぇ! そりゃ嬉しいな……早く行こうぜ!」
腹が朝食に対しての期待に音を立てる。
その事をイリスに笑われながら、宿の中に戻った。
◇
ギルドに入ると、何時も賑やかな内部ががらがらに空いていた。居るのはほんの二,三人ぐらいだろう。
そんな事を考えるが、大体予想はつくのでそのまま何時も通りティオさんの所へ向かった。
「おはようございます。カンザキさん、イリスさん」
「おはようございます」
「おはようございます、ティオさん。……早速なんですが」
「【ウル迷宮】への転移ですね。判っていますよ。少し待っていてください」
ティオさんはそう言うと、ギルドの奥に消えていった。
お、おう……やっぱり判るもんなんだな。まあ、それは当然だろう。ギルド内に人が居ないのも、朝から多くの冒険者が迷宮攻略に挑んでいるのだから。
暫くすると、ティオさんが戻ってきた。
「手続きは終わりました。直ぐに迷宮へ転移することが出来ますけど、どうしますか?」
「当然行きますよ。俺達はそのつもりで来たんですから」
「……判りました。では、付いてきて下さい」
そう言われ、ティオさんが俺達をギルドの奥に連れていった。
奥にいき、一つの小部屋に入ると、紫色に光る魔法陣が部屋全体を照らしていた。
「綺麗……まるで宝石みたいです」
イリスがうっとりとした目でその光を見ている。やっぱり女性は光り物が好きなんだな。俺があげたペンダントもよく眺めているし。
「へぇ……こんな部屋がギルドにはあるんですね」
「ええ、凄いですよね。ギルドには迷宮の魔法陣が有るところに建てられるものも少なくないですし」
俺的にはもっと遠いところで厳重に管理しているのかと思っていたが、迷宮が近くに無かったら効果を発揮しないのかもな。それならそこまで管理する必要もないのか?
「それでは、この魔法陣の上に乗ってください。乗った瞬間、迷宮の中に転移できると思います」
……いよいよだ。遂に俺達は迷宮に挑むことが出来る。その最奥に何があるのか……行ってみないと判らないのだけども。
ふいに、俺の右手に暖かいものが触れた。それは俺の手を握り、
「…………頑張りましょうね、ソラ様」
「イリス……」
その笑顔に、言葉に、力が抜けるような感覚。
気付かなかったが、どうやら俺は緊張して強張っていたらしい。
たくっ、イリスには敵わないな……。
「――――行こう、イリス!」
「……はいっ!」
俺達は手を繋ぎ、同時に魔法陣の上に乗った。
目の前にはティオさんが手を振って俺達を送ってくれていた。だから俺達も彼女に手を振り返し、微笑んだ。
「行ってきます、ティオさん!」
「いってらっしゃい、カンザキさん、イリスさん!」
さあ、行こう。
俺達は一層繋いだ手に力を込め、そして――――
◇
「――頑張って、生きて帰ってきて下さい……!」