第十一話 『偽婚約者VS.自称婚約者』
リアルの方が忙しくて、遅れてしまいました。
明日はしっかりと更新出来るように頑張ります。
「――――私はエミリア様の婚約者ですよ」
その言葉で全員が凍り付いたように部屋に沈黙が漂った。
いや、本当の意味で沈黙しているのはジャリーアと騎士二人、そしてエミル姉だけなのだが。
エミル姉は本当に男に免疫が無いようで、演技だと判っていても戸惑って顔を真っ赤に染めている。
まあ、俺もあまり女性に免疫は無いが、何故か妹が俺に演劇の練習という形で王子役だの恋人役だのよくやっていたので、演技だと思えば意外と出来るのだ。要は気持ちの問題だろうけど。
「き、貴様は……! 貴様っ、虚言も大概にしろ! 彼女の婚約者は私なのだ! 判ったらさっさと彼女から離れろ!」
顔をトマトのように怒りで真っ赤にし、唾を吐きながら喚き出す。それはまるでオモチャを取られた子供のようだ。貴族らしい品の良さも無い。ただ主張するだけの小さな子供だ。
そんなジャリーアに、俺は微笑みを顔に貼り付けて飄々と話す。
「それはアドマンド国王陛下公認なのですか? 私は既に彼女との仲を認めて頂いております。そも、私以外に婚約者がいるということは今日、初めてお訊きしましたが?」
出来るだけ高貴な貴族のイメージを顔に貼り付けろ。
俺のイメージではどんな出来事にも表情を少ししか変えないポーカーフェイスを基本としている。
自分から言葉を荒げたりしなければ、相手は自分が追い詰められていると勘違いする。荒げる人間は隙があり、逆に自分が冷静にしていれば、相手に焦燥感を与える事が出来る。
それは今の状況と一致しているだろう。
「そ、そんなバカな!? 私はエミリア様に婚約者が居るなど聞いていないぞっ!」
案の定、ジャリーアは声を荒げた。
ジャリーアの質問は当然である。今さっき設定を作ったのだから。あと、自分の事を棚に上げるなよ……自称婚約者。
「私が婚約者になったのは最近の事ですよ。ですからそちらに情報がしっかりと行き届いていなかったのではないでしょうか? ……それで、貴方は国王様公認の方なのでしょうか」
目を細め、出来るだけ睨みをきかせる。自分の非を認めない。そしてジャリーアにとって最も聞かれたくない事を聞く。
俺はアドマンド国王がジャリーアを婚約者に認めていないというカードを持っているし、ジャリーアとしても俺というよく判らない存在がいるため、不用意な事は話せない筈だ。
「いや、それは……そ、そうだ! 私はまだ婚約者ではない。だが、私の部下であるカンザキがエミリア様を救ったのだ。だから私が彼女の婚約者になるのは時間の問題なのだ!」
「うわっ…………」
やっぱり前言撤回だ。あまりに考えてなさすぎだろ。
度を越したご都合解釈。部下の者が王女を助けたから、必然的に自分が婚約者になると、そんな身勝手な事ばかり考えている。
しかもそれは本人とアドマンド国王がいる前での言葉ではない。これだけでジャリーアの無能さがよく判る。
「おかしいですねぇ……。そのカンザキは私の筈ですが。……ジャリーア様、貴方は誰と勘違いしているのでしょうか?」
「ばっ!? そんなわけが……!」
ジャリーアは自分の言った事の原点を覆され、明らかに動揺した。不安感や焦燥感、様々な感情が回っているのだろう。
ジャリーアは俺の言葉が嘘だと決め付けたのか、強気で声を出したが、俺の姿を見て徐々に言葉が萎んでいった。
俺の格好は、フード付きの黒い外套。腰に差した刀。黒髪黒目。これは情報にあった『カンザキ』の姿だ。
「ま、まさか……貴様が本物のカンザキなのか? カンザキとやらは只の冒険者の筈だ! 何故この場にいるのだ!?」
……語るに落ちるとはこの事だろう。自分から本物のカンザキを初めて見たという発言。自分で墓穴を掘っているのに気付いていないのも、滑稽で惨めに感じる。
「エミリア様を救った婚約者だからこそ、この場にいるんでしょう? ですよね、エミリア様?」
「きゃっ! ちょ、カンザキさん……そんなに抱きつかないでください。お、男の方と抱き合うのはとても……は、恥ずかしいんですよぉ」
エミル姉を抱き締め、その肢体の感触を楽しむ。これぐらいは偽婚約者をやっている俺への報酬にしてくれたって良い筈だ。
美人なのは変わらないし、清純な彼女に俺は少なからず好印象を持っている。ジャリーアが惚れるのも無理は無いだろう。
そんなエミル姉の反応は、予想以上の破壊力を持ち、思わず彼女をからかいたくなるのは男の性なのだから仕方がない。
「エミリア様……『カンザキ』なんて他人行儀な呼び方は止めていただきたいです。……何時も通り、『ソラ』と呼んでください」
「そ、ソラさん……!?」
「はい、ソラです」
親密な関係を示すために名前を呼ばせ、抱き寄せる。その姿は本当に恋人のようで、ジャリーアは怒りで身体をわなわなと震わせているのが判った。
これが寝取られというやつなのだろう。貴族という立場から殆ど手に入れてきた彼にとっては信じられない程の屈辱。それも立場的には冒険者という、明らかに自分よりも格下の人間が惚れた女の婚約者だというのは我慢できない筈だ。
「き、貴様のような男が……冒険者のような平民が私を差し置いてエミリア様の婚約者になることは許されぬのだ! 今すぐそこから退け!」
「――――黙るがよい」
感情のまま言葉をぶつけたジャリーアの上から低い声が降ってくる。
その言葉は、発言の権利を剥奪する声。
アドマンド国王は、冷ややかな目をジャリーアに向け、
「冒険者というのは関係ない。この国に利益を齎せるかどうか、エミリアを大切に出来るかどうかが大事なのだ」
「か、関係ないわけありません! 王族には貴族と婚姻するのが当然――」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
有無を言わせぬ声音が、ジャリーアの口を再び塞いだ。
抱き締めているエミル姉がビクッと震えたことから、この状態のアドマンド国王は彼女からしても怖いのだろう。
ていうか、このオッサン、【威圧】スキルでも持っているのか? 俺も思わず親父に怒られていた事を思い出したよ。
それを豚が耐えきれるわけもなく、端から見ても涙を目に浮かばせているのが判った。
「様々な国の初代国王は、元は平民から名誉を手に入れて建国した者も少なくはない。……それで、この国の王女を救った冒険者と、隣国から他人の功績を自分の物にして求婚してくる貴族。どちらがこの国に必要なのか、お主でも判る筈だぞ……ジャリーア殿?」
言外に、お前達のしたことを自分達は知っている。お前はエミリアの夫には相応しくない、冒険者にも劣る貴族であると、そう言われたのだ。
「わ、私は……!」
「……もうよい! 下がれ!」
そうアドマンド国王が叫んだ瞬間、扉から騎士が数人出てきてジャリーアと連れてきた騎士二人を拘束した。
不思議なことに騎士二人は抵抗をせず、言われるがまま扉の奥へと消えていった。彼らもジャリーアに愛想が尽きていたのかもしれない。
それとは対称的にジャリーアはその脂ぎった肉体を暴れさせ、俺とエミル姉の方を睨み付ける。
「許さない……私を拒絶したエミリアも……! 私をコケにした冒険者風情も……! 誰も許してやるものかっ! 覚悟しておけよ……!」
そう叫びながらジャリーアも扉の奥へと消えていき、バタンッと音を立てて扉が閉まった。暫く沈黙が漂い、エミル姉がハッとした表情で俺から離れる。
「も、もう離れても良いんですよね!? 大丈夫ですから離れてください!」
エミル姉は顔を真っ赤に染めてエミルの側まで走り寄る。妹の後ろに隠れるというのは、姉としてどうなんだろうか?
「あの……ジャリーアの事は大丈夫なんですか? 去り際に呪詛のように物騒なことを呟いていましたが……」
「構わぬ。そんなことはさせぬし出来ないであろう。そんなことをすれば、奴の家はお仕舞いだ。それをせずとも私があの家を潰してみせる」
大した自信だ。これも王族の成せることなのか……というか、ジャリーアの事など興味がないように感じる。敵ではないって事か?
「それにしてもカンザキ殿……エミリアの恋人役が中々サマになっておったな。エミリアも満更ではなさそうに見えたし」
「ホッホッホッ。エミリア様の顔は熱に浮かされる乙女のようでしたな!」
「止めてくださいよ! お父様もゾトルもっ!」
親戚のおじさんみたいなノリでエミル姉をからかっている。微笑ましく感じるのか、俺と一緒にデリックが微笑んで見ていた。
「すまんすまん……。カンザキ殿、さっきの私が話した言葉は偽りではない。お主が冒険者として功績を挙げたならばエミリアとの婚約も許すつもりだが……どうだ?」
「お父様! 何を言っているんですか?」
アドマンド国王公認で婚約出来るのなら、別に俺に対して害どころか得しかないだろう。美人の嫁が出来るなら悪くはない。
……でも、この話が本当でも嘘でも……俺は、
「いえ、私にはまだやりたいことがありますから……そのご提案を受けることは出来ません」
「……そうか。だが、困った事があれば相談してほしい。私が出来るだけ力になってやろう。それに、たまには娘達に会ってやって欲しい」
そう言われ、俺は姉妹の方へ顔を向けた。
「お兄ちゃん……もう行っちゃうの?」
エミルはとても泣きそうな顔で俺を見つめる。幼女にそんな目で見つめられると良心が痛んでくるので……、
「俺は今日はもう行くけど、また遊びに来てやるから……お前は笑ってろ」
「……笑ってたら、また来てくれるの?」
「おう、来てやるよ。エミル姉を助けた時だって約束したからな。俺は約束を破るつもりはねぇよ。また遊ぼうな」
「うんっ!」
やれやれ……また来なくちゃいけないな。今度はイリスも来れたら良いんだけど。
俺はエミル姉の方も見て、
「どうしたか? お前も遊んで欲しいのか?」
「違いますよ! 全く、ソラさんは私ばかりからかって……」
何故か俺の呼び方が変わっているんだが、もう婚約者のフリなんてしなくても良いんだけど。
「呼び方、別に戻しても良いんだぞ?」
「……ソラさんが呼べって言ったんですよ! もう直しませんよ!」
顔を赤くしたエミル姉にそう叫ばれた。まあ、俺が言った事だし、無理に直さなくてもいいけど。
「まあ、また来るよ。それじゃあな、エミル姉」
俺が笑ってそう言うと、エミル姉は何時ものように。
「――――私はエミリアですよっ!」
◇
俺達は何も考えていなかった。危機感すらも持たず、この場にいる者は全て笑っていた。
だから、回避できなかったのだ。
未来にどんな悲劇が待っているのか……彼に何が起こるのか。
――――そんなこと、誰も予測できずに。
次話から少しずつ迷宮攻略へ入っていこうと思います。