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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第二章 【迷宮探索者】
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第八話 『貴族とは』

本日は【スフィア】解説は休みです。


 周りの歓声に包まれ、勝ったという実感が湧いた瞬間、膝が折れて尻餅を着いた。

 緊張が解けて腰が抜けたのだ。それに練習したことのない『魔法斬り』の使用。暫く立てなくても仕方がないだろう。


「大丈夫ですか!? ソラ様!」


 歓声によって全ての音が塗り潰される中、やけに明瞭に響いた鈴とした音。

 美しい銀髪を靡かせた少女は一目散に駆け寄ってくる。


「ああ、イリス。大丈夫だ。約束通り勝ってやったよ」


 ニコリと笑顔を見せると、イリスも目尻に涙を浮かばせながら笑顔で返した。そのまま俺の身体に抱き着いてくる。


「ちょ、待って! 腰に力が入らないから! だから離れてっ…………あがっ!」


 幾ら軽いとは言え、女性一人分の重み。腰が抜けている状態でその重みを受け止めることは出来る筈もなく、上半身を倒して地面に後頭部を強打した。


 俺が痛みに悶絶していると、アランさんが近付いてきた。アランさんは顔に笑みを浮かべ、


「よく勝ったな、カンザキ。デリック様は若い王宮騎士の中では上位の実力を持っているんだ。それをお前は撃ち破った」


「ま、まぁ……確かに強かったですよ。最後の魔法は特に危なかったですし」


 正直、剣術だけなら俺と同等の実力だろう。魔法をある程度まで修練した後に騎士に転向したデリックにとって、あそこまで剣を振るえるのは努力をしてきた証だ。

 性格に難があるだけで、自分の努力には怠らない。そういう人間は、貴族の中では珍しいのではないか?


「それにお前……魔法使えたのかよ? しかも焔の剣なんて、魔剣しか見たことないぞ?」


 俺はギルドでも着ている装備から戦士職だと思われている。否定はしない。イリスと共に戦闘をしている時は普通の剣士として戦っているのだから。

 それに、魔法が使える剣士というのは目立って嫌だということもある。


「俺も魔法アリの決闘だったらお前に負けていたかもな。正直、レイピアも斬り裂く焔の剣を防ぐ自信はない」


「まともに剣を届かせるかが重要ですけどね……。ほら、イリス。重いから離れてくれ」


 腰に力が入るようになった為、イリスを退かそうと呼び掛ける。


 すると、イリスは涙を引っ込め俺を睨んでいた。


「ど、どうしたんだよ? 俺、なにかしたか?」


「知りませんっ!」


 聞いても、イリスは顔をふいと横に向ける。機嫌を損ねてしまったみたいだ。


「……おいおい。それは女性には禁句だぜカンザキ……」


「……………………あっ」


 妹にも怒られた言葉。女性に“重い”は駄目な言葉だったのを気にしてなかった。

 気付いた所で弁明しても意味がないだろうから、イリスを優しく降ろし、頭を撫でながら立ち上がった。


 これで機嫌が少しは直ってくれれば良いのだけど。


「も、もう良いですよ。気にしてませんからっ」


 顔を赤くしながらも、その顔には怒りは映ってなかった。

 良かった。イリスも妹と同じで撫でられるのが好きで。妹も撫でられると機嫌を直してくれる娘だったからな。


「さて……」


 俺は近くで俯いているデリックの元へ向かった。

 敗けという事実がデリックの上に重くのし掛かっているようだ。


「おい、アンタ。俺の勝ちだ。顔を上げろよ」


 そういうと、デリックはゆるゆると顔を上げた。


「……私は、敗けたのだ。格下と思っていた貴様に、魔法という不正を働いてまで敗けた。ルーカス家の誇りなど語ったが、只の言い訳に過ぎない。全てに置いて、私は貴様に敗けたのだ……!」


 デリックの声は少し震えていた。

 貴族としてのプライドをズタズタにされ、しかも不正紛いの行為を働いてまで敗けた。努力家であろうデリックが己の情けなさを感じるのは必然の事かもしれない。


「私は、どうすればいいのだ? 貴族として許されない敗北。騎士の隊長という立場でありながら、低ランクの冒険者に敗けて自信も信頼も失った。それでこれから……私は何を糧にしていけばいいのだ?」


 デリックのその姿には、さっきまでの傲慢な貴族という態度は消え失せていた。

 まるで迷子になった子供が、誰かに縋るような……そんな瞳をしている。


 ――そんなの、


「俺に聞かれても困る。でも、自信も信頼も失い、何かを糧にしないとやっていけない。そんなの関係ないだろうが」


「なんだと……!?」


「――だからっ!」


 俺の言葉が癪に障ったのか、俺を睨み付けるデリックの言葉を遮る。



「自信も信頼もないなら、今から築いていけばいい。糧なんて弱い人間が必要とするものだ。糧なんて無くても、自分自身の力で強くなれよ。それでこそ、国民の上に立つ『貴族』じゃないのか?」



「――――ッ!」


 自分一人の足では立てない。自分を信頼している人がいないと駄目だという、そんなのは詭弁だ。

 自分に言い訳をし、少しでも罪から逃れようとするのは人間としてやってはいけない行為だと俺は思う。

 自分が人の上に立つ貴族だと言うのなら、それを護れるぐらいにならなければ、その資格はない。


 デリックは暫く考えているように目を瞑っていた。そして急に立ち上がり、俺の後ろで見守っていたイリスの方へ向かった。


「あっ、おい」


 デリックは怯えて後ずさりそうなイリスを見据え、


「……申し訳なかった」


 頭を下げてそう謝罪した。


「えっ……? い、いえ。もう気にしていませんから……」


 デリックは深くとは言わないが、足を交差させ胸に手を当てて軽く頭を下げた。きっとこれが騎士流の挨拶なのだろう。

 すんなりと謝罪をしたことにイリスは戸惑っているようだ。確かに決闘では俺が勝てばイリスに謝罪をすることを要求したが、自分から、しかも忌避しているハーフエルフに対しての謝罪が信じられない。


 デリックは顔を上げ、俺の方へ振り返った。


「私は、ハーフエルフや平民に対しての価値観はそう簡単に変えることは出来ない」


「まだ言うのか……!」


「だが……」


 謝罪をしたことから少しは改めたのかと思った後での発言に失望と怒りを感じた。

 その言葉を聞いて、デリックはまた言葉を紡ぐ。


「だが、これまでのハーフエルフの娘に対する発言、貴様に働いた不正に関して謝罪する。申し訳なかった」


 二度目の謝罪だが、その言葉には先程にも優るほどの誠意が込められていた。

 自分の非を、貴族というのも関係なく認めている。


 そういえば『貴様』という言葉も柔らかくなっているのが判った。元々は尊敬の意を表していた昔のように。


「貴様の言葉で目が覚めた。かつては私も自分に誇りを持っていたのだが、いつの間にか貴族という力を自分の力のように振るっていたのだな……」


 デリックは後悔するように目を瞑った。だが、その顔には何処か清々しさが映っていた。


 ……なんか知らない間に改心してるんだが、元々根は真面目そうだったからそれが影響しているのか?


「……あの、デリック様――」


「いや、今更様付けで呼ばなくても良い。貴族として傲慢な態度は取る気はない。貴様に諭されたこれからを改めるためにも、戒めとして貴様には呼び捨てにして貰った方がいい」


「ええっ!? でもそれは――」


 態度の変わりように愕然としつつも、異議を唱えようとするが、肩にポンと手が置かれる。


「カンザキ、貴族様のお言葉だぞ。拒否したらどうなるか判っているのか?」


「いや、その時点で貴族の力じゃないですか……」


 アランさんに言われ、渋々受け入れることにした。確かに幾ら改心したからって元々は貴族。結局は拒否しようがない。


「……判りました。でしたら、俺の事もカンザキと呼んでください。後、貴族の貴方に暴言を放つのは駄目なことなので、敬語を使わせてもらいます」


「……あぁ。認めよう、カンザキ」


 呼び捨ては聞かれなければ問題は無いが、その話し方はしっかりとしないと反逆罪で罪に問われるだろう。これぐらいは仕方がない。


「……さっきまでずっと敬語ではなかったですけどね」


「イリス、気にしたら負けだ」


 イリスが小言を言ったが、確かにそれは俺も悔やんでいた。だから反省して敬語にしてるんだよ。







「――随分と遅いと思い来てみましたが、これはどうしたのですか?」


 声が聞こえた方へ振り向くと、そこには白髪の男性。六十歳は越えているであろう男性は何処か品があり、燕尾服を着ている。


「あれは誰だ?」


「あの方は【アドマンド国】第一王女の執事だ。ゾトル様という」


 俺の質問に答えたのはデリックだ。王女の執事ということはデリックの知り合いだろう。


「デリック様。これは何があったのでしょうか?」


「ハッ! 件のカンザキと決闘をしておりました! お互いに同意の上です!」


 ゾトル氏の言葉にデリックが答える。

 確かに同意の上での決闘だったが、そこまで細かく言わないといけないのか?


 するとゾトル氏は俺の方に振り向き、


「カンザキ殿、それは本当ですか?」


「……はい。同意の上でデリック様と決闘を行いました!」


 その言葉を聞いて、再びデリックの方を振り向く。


「それは安心しました。デリック様が貴族の立場を利用して強要していたと思っておりました」


「ま、まさか。そんなわけないでしょう」


 デリックは図星を突かれて吃った。

 やっぱりゾトル氏もデリックの態度に気付いていたんだな。


「さて、デリック様。私がここに来た理由は判っておりますかな?」


「……はい。カンザキを向かいに来たのですね」


 ……そういえば言ってたな。国王の命で俺を向かいに来たって。


「申し訳無いです。私の責任でした。罰は幾らでも受けます」


「……ふむ。いつの間にか角が取れたようですな。心配は要りません。失態という程のものではないですし」


 ゾトル氏は優しい微笑みをデリックに向ける。

 大人の寛大な心が格好いいと、そう思った。


 そしてゾトル氏は俺に御辞儀をし、


「さぁ、カンザキ殿。参りましょう」


「えっと……何処にですか?」


 ゾトル氏は軽く微笑んだ。




「――【アドマンド国】王城ですよ」




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