第五話 『模擬戦』
翌日、俺とイリスは訓練所に訪れていた。
訓練所とは新人冒険者、騎士等が自由に使用できる施設だ。
俺は毎週ここに訪れて『RWO』時代の技を試したりしている。確実に出来る技は限られている為でもあるからだ。
今日は【蒼月】の素振りでもして身体に慣れさせようとしていた。ここ一ヶ月で慣れてしまった【鋼鉄の太刀】よりも長い刀身は、細かな動きをすると自分に当たったり、周りの物を自分の意思とは関係なく傷付けてしまう。慣れるのはまだ少し掛かりそうだ。
そして今、俺はアランさんと対峙していた。
「久し振りだな……お前と模擬戦をやるなんて、何時振りだったか?」
「確か……三週間前が最後だったと思います」
偶然訓練所で会ったアランさんと模擬戦をすることになった。
俺が冒険者登録をする前からアランさんには指導してもらっていた。剣の振り方、身体の効率の良い動き、体術。等々様々なことを学んでいる。
たまに模擬戦をやっていたが、ステータスも技術的にも差があるため勝ったことは無い。
だが、俺は【審判の祠】でステータスも上がったしスキルも上がっている。
勝てる可能性は無いわけではない筈だ。
「今回は勝たせてもらいますよ。俺だって遊んでいたわけではないですから」
「ほう……大きく出たな。知ってるぜ、ギルドの評価も高いらしいな。それと、キールがお前のことを気にかけてた。アイツはお前のことを期待の新人だと言ってたぞ」
「キール……さんが?」
キールが俺を気にかけていた? 確かに俺は【空中迷宮】を攻略できる一人だ。気にかけるのはその事だろうが、アイツが俺を褒めるなんて事はあるのか? 解せない。
「キールは良い奴だからな。お前もアイツに指導してもらうと良い。Cランクだが、近接の実力はBランクでもおかしくはないからな」
「……そうですね。機会があれば頼んでみますよ」
その優しさが偽りの物だと知ったらどうなるんだろう。俺はあの人の本性を知っているから、アランさんに真実を告げた方が良いかもしれない。
だけど、信頼しているとなれば、信じて貰うことは難しいか。
「じゃあ、そろそろ始めましょう」
考えれば考えるほど無限のループに陥りそうだった為、回避する。今は目の前の事に集中するべきだろう。
「よし、それじゃあやるか」
俺とアランさんはお互いに武器を構える。
俺の装備は昨日手に入れた外套と手甲。そして武器は木製の刀と後ろ腰に小剣だ。
対してアランさんは板金鎧を纏い、凧形盾を左腕に装備している。
得物は彼の身の丈ほどもある両手剣程の大きさは無いが、十分に大きい木製の両手剣。
板金鎧と凧形盾は見ただけでも質の良いものだと判る。これなら昨日の俺の防具の値段にも納得だ。
「ソラ様! 頑張って下さい!」
イリスが両手でメガホンを作り、俺に声援を送る。そんな様子を見た周りの訓練していた人達がイリスに微笑ましい視線を向けていた。
「おいおい……。イリスちゃん、俺も応援してくれよ」
「それは出来ません。私はソラ様のものですから!」
周りの見学者やアランさんは今度は俺に生暖かい視線を向ける。
「カンザキ、愛されてるじゃねぇか」
「良いでしょ別に!? 早く戦いますよ!」
アランさんは肩を竦め、改めて両手剣を構える。
周りが静かになる。焦らされて脚がピクッと動いているが構わない。
模擬戦の開始の声を出すのはイリスだ。イリスは大きく息を吸い、
「――――始めです!」
俺とアランさんは同時に走り出した。
◇
先ず先手を取ったのは俺だ。刀をブランと垂らし、右薙ぎをする。俺の敏捷の勢いをそのまま乗せた為、かなり重い筈だ。
それをアランさんは凧形盾で受け止めた。
そう簡単にはいかないと思ってはいたが、びくともしない。ゲーム内でのタンクと然程変わらない防御力だ。
「らァッ!」
アランさんは右手で両手剣を持ち、切り上げる。
そんな芸当、膂力に余程の自信がないと出来ない技だ。
だが、それは今までの模擬戦から判っていた事のため冷静に後ろに下がって回避した。
後ろに下がるが、アランさんは追撃してくる。重い筈の両手剣を上から降り下ろしてくる。
「くっ、『受け流し』!」
降り下ろされた刀身の右横を刀で弾いた。俺がこの世界で得意となった技術の一つだ。
その勢いのまま左足で首元にハイキックを繰り出す。鎧に当てても意味は無い。一番効果があるのは顔面付近だろう。
「なっ!?」
だが、俺の蹴りは届かなかった。
咄嗟の判断でアランさんは上体を倒して躱したのだ。
俺もアランさんもバランスを崩しているため、どちらも後ろに下がって距離を取った。
「今のは危なかった。どんどん動きが良くなっているな」
「ハァ、ハァ……。そりゃ、どうも」
体術はスキルの補正により動きが良くなっているが、基本的な動きや繰り出し方はアランさんから教わった。
だが、それは代えってマイナスな要素だ。アランさんに教わった基礎は、勿論アランさんも知っている。
少し攻め方を変えないと駄目か。
「ふぅ……行くぞ。――『六花“貫”』!」
地面を蹴り、直ぐに最高速度に到達する。
その突きのイメージは弾丸。弩弓のように引き絞って接近する。
そしてアランさんは両手剣の横腹を見せ、受け止める形を取った。
――真っ正面から受け止めるつもりか……!
引き絞った刀を接近と同時に構えられた両手剣に向かって放つ。
スピードが乗ったその突きはアランさんを後ろに下がらせる程の威力があった。
だが、俺の突きはアランさんのガードを崩すことが出来なく、
「甘ぇぞっ!」
アランさんは両手剣を押し、俺を吹き飛ばした。
予想だにしない行動に、俺は飛ばされて転がる。
「ぐっ!」
アランさんは転がっている俺を追いかけながら両手剣を構えた。
マズイっ! このままだと敗けだ!
俺は視界もブレているその状態で、地面に思い切り両手を叩き付けて身体を一瞬浮かせた。
その一瞬の浮遊の間で腹筋と背筋を使って身体を起こす。
その行動が意外だったのか、アランさんは剣を降り下ろすタイミングが遅れた。
その隙で俺はまた距離を取る。
「危ねぇ……さっきから避けてばかりだな。防戦一方じゃ駄目だ。流れを変えないと」
【疾風剣舞】では駄目だ。
この剣術は手数で押しきるものだが、アランさんのようなしっかりと防御をするタイプには意味がない。
ならば戦い方を【流水剣舞】に変える。
【疾風剣舞】が『剛』だとすれば、【流水剣舞】はさしずめ『柔』の剣術。
相手を翻弄するように手数を増やして斬りあう戦い方ではなく、相手の攻撃を受け流し、その剣撃の中で隙を見つける!
直ぐ様駆け出し、アランさんの肩口に向けて袈裟斬りを放つ。
アランさんは俺を力で押し切れると思ったのか、切り上げで対抗する。このままだと押し負けるだろう。
だが、
「はっ!」
俺は当たった瞬間、両手剣の軌道から自分の身を逸らし、力を抜いて受け流した。
そのため、両手剣は刀としっかり打ち合う事もなく、行き場をなくした力のせいでアランさんの構えが崩れる。
俺は力を抜いていた為、直ぐに攻撃に移る事が可能だ。
俺の逆袈裟斬りはアランさんの脇腹に直撃する。
「ぐぅっ!」
アランさんは直ぐ様身体を捻り、腕に付いている凧形盾で俺を狙う。
俺はそれを軽く回避し、更に追撃をする。
――ギャリリリィッ!
だが、それはまたもや盾によって防がれた。
刀と盾の接触で、盾の金属部分が不協和音を上げる。
バランスを崩しても冷静さを失っていない。経験から判断を下しているのだ。
そして、アランさんの目付きが変わる。
「オラァッ!」
俺の刀に両手剣が降り下ろされる。
あまりのスピードに反射的に力を込めてしまい、衝撃が俺の腕に伝わった。
「ぐぁっ!」
一瞬力が入らなくなった手に無理矢理力を込めて刀を落とすことは回避できた。
さっきの一撃で形勢を逆転された。まだ甘かったか……!
「畜生!」
今ので攻めきれなかったのは痛い。このままだとジリ貧となるだろう。
この攻撃で決める。
俺は腰に差してある小剣を抜き、アランさんに投擲する。
「なんだこの攻撃は?」
アランさんは興醒めだと言わんばかりに軽く小剣を両手剣で弾いた。
俺はその直ぐ後に、
「うぉおおおおおっ! 『“破心”五月雨』!」
刀の五連撃をアランさんに放つ。
流れるような連撃。
袈裟斬り。斬り上げ。水平斬り。回転斬りがアランさんを襲った。
だが、俺の四連撃は盾に阻まる。
――最後の刺突は、
「がっ!」
刺突をする瞬間に両手剣の横腹で吹き飛ばされた。
そして倒れた俺の首元に剣先を突き付ける。
「これで終わりだな」
「その……ようです、ね」
俺の敗けが決定した瞬間だった。
◇
痛む身体をゆっくりと起こす。痛ぇ。
「大丈夫ですか! ソラ様!」
イリスが俺の元に駆け寄ってくる。転けて出来た傷口に『水癒』してくれた。
傷口に青白い光が当たり、ゆっくりと傷が癒えていく。
「ありがとな、イリス」
「いえ、これぐらい……」
俺はイリスに礼を言った後、アランさんに視線を向けた。
「敗けてしまいました」
「ああ。しかし、随分動けるようになったじゃないか。ヒヤッとする場面がいくつかあったぞ。技術は十分だ」
だが、敗けは敗けだ。確かに今回の動きは自分でも良かったと思っていたが。
それに、アランさんは本気ではなかった。それは戦っていて判った。
「只、最後の連撃は悪手だった。あの攻撃は身体のバランスを崩しているか、もしくは追撃の時に使えば良かった。そこ位だな」
「そうか……ありがとうございます」
反省し、アランさんと問題点を話し合っている内に俺の治療が終わった。
これからはそういうところを直すのに費やさなければならない。自分でも焦った部分があった。落ち着きを失い、その間で形勢を逆転されるパターンが多い。まだまだ甘いのかもしれない。
帰りに何処かの店で飯を食いに行くことになったタイミングで、周りが騒がしくなった。
「何ですかね?」
「判らねぇよ……俺が知るわけないだろ」
「ごもっともで」
俺達は話題の元に顔を向けると、奥から銀色の鎧を着た数人の騎士達が現れた。
「アイツらは……王宮騎士だ」
「王宮騎士?」
王宮騎士ということは、国専属の騎士だ。つまりあれが……。
俺達がボソボソと言っていると、一人の男が前に出て、剣を抜いて空に掲げ、
「我等は【アドマンド国】の騎士! 王の命により、この場にいる筈である『カンザキ』という男を向かいに参った!」
その瞬間、周りの人間が俺を一斉に見つめる。
「なんで……俺なんだよ?」
厄介な事に巻き込まれたのかもしれない。
【スフィア】解説
・『訓練所』
訓練所は国とギルドによって建てられた場所。
建築費は国が出し、更なる改良をギルドの冒険者達が実際に使用して行っている。
そこには多くの人が集まり、冒険者や騎士を目指す平民などが扱っている。
設備も充実し、百種類を超える木製の武器や鉄製の鎧があり、武器や鎧がない者達に貸し出されている。
今日もそこでは様々な人が剣を振り、交流を深めているのだろう。
◇
次話は明日の18時に更新します。