第二話 『情報』
今日からたまに【スフィア】の解説を後書きに書いていきます。
暖かい日差し。賑やかな屋台。活気のある人々。
そんな騒がしくも賑やかな道を歩くのは二人の姿。
一人は黒い外套を纏い、連結しているフードを深く被った少年。チラリと見える彫りの浅い顔の造形は童顔で、装飾や彩り方によっては少女とも取れるだろう。
もう一人は魔術師の代名詞と言われるローブを着た銀髪の少女だ。その容姿だが、サファイアのような碧色の瞳をした美しい女性である。目立つのはピクピクと時折動く長い尖った耳。その事から少女はエルフの血を継いでいることを窺わせる。
――まあ、俺達なんだが。
宿を出発した俺達は当初の目的だった冒険者ギルドに向かっている。
周りから視線を感じる。主にイリスの事を見ているのだろう。ハーフエルフだとしても、貴族でもない周りの人間は忌避な視線を向けない。寧ろその美貌と淑やかな性格から人気は高い。
それに比べて俺の人気は上がらない。寧ろ男達からの妬みの視線が日に日に増えるだけだ。男達の視線はどうでもいいから女性からの評価は上がらないのかな。
ふいに、隣のイリスの顔を窺う。
「あの……イリスさん? そろそろ機嫌を直して貰えないでしょうかね?」
そう言うと、イリスはぷいっと顔を逸らし頬を膨らませる。
「ぐはっ……!」
その仕草に思わず血反吐を吐きそうになった。危なかった……好きになってしまいそうだったぜ。別に構わないとは思うが。
「くっ……どうしたら許してくれるんだ? 気まずくて仕方ないんだけど……! ……せめて話してもらえませんかね?」
若干半泣きで懇願する。情けない姿を見せたお陰なのか懇願したお陰なのか、やっとイリスは溜め息を吐きながら顔をこちらに向ける。
「……判りました。あれは私も悪いですし、それに無意識に『岩石弾』をソラ様に当ててしまったのでお互い様です。こちらこそすみませんでした」
「ありがとうございますっ!」
俺はあの時、桃源郷を見た後に衝撃を受け気絶した。あの衝撃はイリスが放った魔法が頭部に当たった事によるものだ。
本当の意味で冥界が見えた気がしたが、それは置いておく。
奴隷は誓約により主を傷付けると首輪が締まる筈だが、魔法を放ち主に怪我をさせたイリスは首輪が締まる事はなかった。
ドリーさんや奴隷を買った事のある冒険者達に聞いてみると、無意識で傷付ける意思が無かったから誓約が当てはまらなかったのではないかという話が出た。
もしそれが本当なら運が良かった。偶然でイリスが死にかけるとかマジで勘弁。
「そういえば昨日街でヴィリムさんに会いましたけど、近い内に店に来て欲しいって言っていましたよ。何でも頼まれたものが出来たそうです」
「へぇ……もう出来たのか。一週間前に頼んだけど、流石に仕事が早いな」
オッサンには新たに武器や防具の製作を頼んでいた。主にあの時の【審判の祠】で手に入れた素材でだ。
他の店にアテがあるわけではないし、ギルド職員のティオさんが薦めるほど武器屋としての腕は高い。実は結構信頼してたりする。
造るのが早いのは……いい加減客増やさないと潰れるぞ。常連が全く居ないしな。
「じゃあ今日の依頼を終えたら行ってみるか。そろそろこの防具じゃ心許ないし」
着ている外套を見流す。この外套は俺がギルド登録当時から着ている【灰狼の外套】だ。サイクロプス戦でボロボロとなり、流した血液のせいで真っ黒に変色している。
愛用の品ではあるが、安物なのです防御力には乏しい。否が応でも換えなければいけないだろう。
「そうですね……。私は後衛ですし上質なローブを着ているので大丈夫ですけど、ソラ様は前衛ですからね」
イリスが着ているのは【ミスリルのローブ】だ。そのローブを眺めていると、イリスの左腰に紫色の水晶が取り付けてある杖が差してあるのが見える。
数週間前の【審判の祠】以来、俺の刀を真似しているのかそのように差している。恥ずかしい半分、少し嬉しい。
「そうと決まれば、さっさとギルドに行くか」
気持ち早足で、俺達は冒険者ギルドに向かった。
◇
ギルドに入って直ぐに依頼掲示板に歩いていく。歩きながら奥で冒険者と談笑しているくすんだ金髪の男の姿が見えた。
「ちっ、アイツ…………!」
あのくすんだ金髪。間違いなく数週間前、俺達にとって最悪な男。キールだ。
あの日、冒険者ギルドに着いた後、直ぐに襲われた事やキールの目的等を話したが誰も信じてはくれなかった。
今思えば当然だろう。俺は登録してまだ一ヶ月も経っていない駆け出し冒険者。
それに対し、キールは実績も経験も熟練者の域に達しているCランク冒険者だ。
信じる信じない以前の問題だ。
ふいに、苛立つ俺の腕を優しく掴む感触。
「落ち着いてください、ソラ様ッ。あの人も向こうからは必要な限りでしか接触はしてこないみたいですし、気にしない方が……」
優しく諭されてゆっくりと深呼吸をする。怒りで早まっていた鼓動が落ち着きを取り戻す。
……うん、もう大丈夫だ。
「……すまん。ありがとうな、イリス」
「いえ、当然ですよ。私はソラ様のものですから」
若干発言が気になったが、イリスがそう言ってくれるのは有難い。イリスは俺に巻き込まれた純粋な被害者なのに。
……なんかイリスが悶えている気がするがどうしたんだろうか。腹でも痛いのかな?
「大丈夫か、イリス?」
「だ、大丈夫です! 早く依頼を選びましょう!」
顔を赤くし妙に早口になった事が気になったが、イリスが言うのなら追求はしない。
さて、彼女の心遣いに心から感謝しつつ、早速依頼を選ぶとしよう。
「…………おっ、これなんかどうだ?」
俺が見つけた依頼は『シャープベア』の討伐。
Eランクの魔物で、特徴的なのは名前の通り鋭い爪と牙。他のクマも充分鋭いが、その爪や牙を凌駕する硬度は鉄の鎧すら切り裂くと言われている。そして凶暴性も高い。
「……い、良いんじゃないでしょうか? ソラ様の実力なら油断さえしなければ負けることもないでしょうし。私も魔法で牽制すれば良いですからね」
「ん、了解。じゃ、これを受けるか」
掲示板から依頼書を剥がし、受付に持っていく。向かう先は勿論ティオさんの所。
「ティオさん、この依頼受けます」
「はぁ……。毎日毎日ギルドで依頼を受けるなんて、少しくらい休んではどうですか?」
ティオさんは呆れたように息を吐く。
確かにここ最近は休日らしい日を取っていない気がする。数週間前にイリスにペンダントをプレゼントした時から今日に至るまで、二日程しか休日は無かった覚えがある。
その代わりたまに有名な店に出向いて外食をしているのだが、それは休日とは言わないだろう。
「んー。確かに休日を取ってもいいんですが、もう少し実力をつけておきたいし実績も欲しいですからね」
まだ俺は“強者”という次元には達していない。『RWO』での技術がこの世界で俺の力になっていることは事実だ。だが、それがイコール強さにはならない。
この世界で『RWO』のステータスは無い。俺の能力は初期化され、更にゲームとは全く違う痛覚の関係もある。そして何より、圧倒的に違うのは『経験』だ。
俺がバーチャルの剣を振っていた三年間と、この世界で数十年間武器を握り本物の死と隣り合わせで過ごしてきた【スフィア】の人々。『経験』も『慣れ』も違う。そんな俺が追い付くためには、実力を付け経験を積むことだから。
「実力って……登録して一ヶ月足らずでDランク冒険者になったお二人には十分だとは思いますけど……」
「アハハ……」
「ソラ様、顔が引きつってますよ?」
普通の冒険者――駆け出しの冒険者がEランクに上がるのには一ヶ月が必要と言われ、その上のDランクになるには更に三ヶ月が必要というのが一般的だ。
それと対称的な俺達は、僅か数週間で昇格に成功している。これは前にオーガを討伐したことが影響しているのだろう。
イリスは一週間前にDランクに上がったばかり。これは俺の称号、【異世界より来たりし者】の効果によりステータスの伸びが良いことも要因となっている。
兎に角、これで俺達は他の冒険者からは注目されている。
「まあ、向上心が有って悪いことは無いですし良いじゃ無いですか」
「あまり無茶をして身体を壊さないで下さいよ? イリスさんも居るんですから」
「肝に命じておきますよ」
「本当でしょうか……。――はい、承りました」
依頼の受注が済んだ事で、早速依頼場所に向かおうと出入口の方に身体を向けた。と同時にティオさんから声が掛かった。
「あ、待ってください。忘れていました!」
「いや、忘れたって……。まあ、良いですけど。それで、なんですか?」
職員が仕事の事で忘れるという失態は良いのかと思ったが、日本と違うからそういうこともあるのだろう。それに美人の事だから許す!
「……なんか変なこと考えてませんか?」
「い、いや! 別に!」
イリスに絶対零度の視線で睨まれ、背筋が粟立った。怖い……!
「何をしてるんですか……。そんなことより耳寄りの情報です! 【メイア迷宮】が三日後、この街の転移範囲に入るそうですよ!」
「ッ! それは本当ですか!?」
【メイア迷宮】とはこの大陸に浮かぶ迷宮の事だ。そう呼ばれている。
【空中迷宮】は何時でも赴く事が出来るわけではない。そんなことが出来たら迷宮は既に攻略されている筈だ。まあ、迷宮の主とは戦えないが。
挑むには大陸を浮かんで回る迷宮が、街にある転移魔法陣の届く範囲に来なければならない。
俺は、この日をずっと待っていた。
「はい。大体三日間はこの街に留まる筈ですよ。カンザキさん、気になっていたみたいですので」
「はい! 聞きたかった事なので、教えて貰って助かりました!」
キールが俺に強制する事を関係なく、迷宮に挑みたかった。
それは日本に帰れる手がかりという事ではなく、ただ挑戦したいという少年の探求心だ。
「どういたしまして。その時になったらまた声を掛けてくださいね」
「判りました。こちらこそ、その時は宜しくお願いします!」
「ちょっ、カンザキさん!?」
ティオさんの手を握りながら、日本人の伝統『お辞儀』をこれでもかと深く行う。感謝の気持ちは大事だ。うん。
「……ソラ様、そろそろ行きましょう。それにティオさんの手を離してはどうですか? 女性の手を安易に掴むのはデリカシーが無いですし」
やけに冷たく抑揚が無い声でイリスに言われてから気付いた。
確かに失礼だし、後ろの方から冒険者達から殺気が感じられる。うん、死ぬかも。
「す、すみません」
「い、いえ……私は別に……」
ティオさんは顔を俯かせる。表情は判らないが怒っているのだろう。嫌われたかもしれない……先輩冒険者に殺される!
「はい、行きますよ、ソラ様!」
「いや、ちょっ、イリス!? 引っ張るなって……何で怒ってるんだよ? だから待っ、弁明させてくれませんか!?」
ティオさんに嫌われたままだと危ないんだって! 本当に止まってくれよ!
俺の願い虚しく、俺達はギルドを後にした。
◇
騒がしい二人が居なくなったギルド内で騒がしく言葉が飛び交う。
その内容は『ティオの手を握った』だの『イリスに嫉妬されてる』だの『羨ましい、爆発しろ!』等様々だ。
それは顔を赤くしてボーッとしているティオの表情で加速する。
ソラ殺害計画が立てられているのは、仕方がないことかもしれない。
その騒がしい中、ポツリと発した言葉。
「――もうすぐだ」
その言葉を周りは聞き取ることが出来なかった。
【スフィア】解説
・【空中迷宮】
空に浮かぶ迷宮。【スフィア】に存在する五つの大陸に一つずつ浮かび、大陸を長い期間で回る為、街の頭上に再び現れる時は不定期とされ、予測する事は出来ない。
全ての迷宮を制覇した人物は初代勇者『ヒイラギ』のみで、彼以外に全てを攻略した人物は居ないと言われている。
実際は迷宮の最奥に到達できる人物は、『異世界人』の【異世界より来たりし者】という称号を持った人物と、その『異世界人』に認められた者のみ。その理由は謎に包まれている。
攻略した者は強力な力を手に入れることが出来ると言われているが、それを確かめる者は今は居ない。
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次話は明日の18時に更新します。