第一話 『白と黒』
早朝、『宿り木の満腹亭』で俺はフライパン片手に料理をしていた。
爽やかな朝には似つかないモワッとした熱気が立ち上る。
隣では朝食を作りながら笑顔で俺を見つめる恰幅の良い女性の姿がある。その表情から下心があるのが丸分かりなんだけど……。
それを意図的に無視しつつ、醤油やみりんといった物を混ぜ合わせた自家製ダレをこの前狩った『ホップスバード』にたっぷりと塗って焼いていく。
『ホップスバード』は柔らかい肉とクドくない脂が特徴で、醤油ベースのタレによく合う鳥だ。その事はこの数日で扱い良く理解している。
日本で嗅いだ親しみのある醤油の香りが部屋を充満していき、思わず生唾を飲んだ。
「「「うおぉおおおおおおおっ!」」」
香りが漂った瞬間、料理を見ていた冒険者達が声を上げる。
キーンと耳に響く音。思わず手元が狂いフライパンに指が当たってしまって火傷をしてしまった。
「熱ッ! ……ちょっと静かにしてくださいよッ! 危ないでしょうが!」
八つ当たりだが、間接的には冒険者達のせいでもあるため文句を言っても構わないだろう。ていうか、朝っぱらから五月蝿いんだよ。
「わ、悪い悪い。だけど美味そうでさ」
「カンザキの飯はなんかクセになるんだよな」
「そうそう。食ったことの無いような味だけど止まらなくなるみたいな?」
前に屋台で食った焼き鳥のタレとは違い、みりん等を混ぜて地球風にアレンジしたタレは更に旨味を出している。
その照り焼きや日本でいうハンバーグ等の試作品をこの宿の食堂で作っていたところ、同じくこの宿に泊まっていた冒険者達が味見してすっかり虜に。
以来、たまに作っては冒険者達に食わしたりしている。というか群がってくる。
……仕方がないか。
「ハァ……判りましたよ。三人までなら飯作ってあげるんで、話し合いか何かで誰が食べるか決めておいてください」
その言葉で殺伐とした雰囲気になった冒険者達を尻目に料理を再開する。
あらかじめ用意していたパンの間に日本で言うレタスやトマトを乗せ、自家製のマヨネーズを塗りつけ照り焼きチキンと一緒にサンドした。
出来ることなら辛子や塩胡椒が欲しいところだが、辛子はまだ見つかっていないし胡椒は高価だから仕方がない。これでも十分美味いしな。
「ほい、一丁あがり」
出来た照り焼きバーガーを皿に乗せ、隣で眺めていたドリーさんに手渡す。皿を見てドリーさんは首を傾げ、
「なんだいカンザキ、くれるのかい? あのアホ共の分とは別にくれるとは、嬉しいねぇ」
「…………確信犯」
その微笑んでいる顔から最初から期待していたのだと判っていた。まあ、元々この調理場は宿屋のものだから一つ別に作るつもりではいたけれど。
一緒に焼いていた照り焼きもパンに挟み三つ分作った。皿に置いて今度は冒険者達の元へ置くと野獣のように皿に群がり始める。戦闘も始まったが俺には支障がないので意識外に置く。
インベントリから更に四つの肉を自家製ダレにくぐらせて焼いていく。うん、香ばしい。
「アンタら! 暴れるんなら外でやりな!」
「うわっ、フライパンを振り回すなって!」
「おい、ドリー! 判ったから……って危ねぇ!」
バタバタと騒がしい。まだ早朝だというのに元気なものだ。
「まあ、平和が一番か……」
そう言いながら照り焼きチキンを引っくり返した。
◇
焼き終えた照り焼きチキンをパンに挟み込んで四セット作った。それをそのままインベントリに放り込んでいく。
日本のように紙で包み込まなくても、インベントリに入れればそのままの状態で時間を凍結出来るから問題ないだろう。ハイスペックなランチボックスのような物だ。
「出来たのかい?」
フライパン等を洗っているとドリーさんが声を掛けてきた。流水の代わりとして出していた水魔法を止め、
「はい、ありがとうございました」
「ならそこを退いとくれ。今から朝食を作るからね。直ぐ作れるから、もうイリスちゃんを起こしといで」
若干暗かった空は既に明るくなっている。日本で言うなら八時前程だろう。
「あぁ、確かにもう朝食時ですね。判りました。起こしてきますよ」
布で手を拭き、イリスがいる二階へ上がる。
イリスも俺と同じで302号室。つまりツインの部屋だ。最初に会った日よりも貯金に余裕があるため二部屋取ろうとしたが、イリスが頑なに拒否したためそのままになっている。
イリス曰く、
『わ、私は恥ずかしいですし、少し嫌という気持ちは有りますが、ですが……! で、ですが奴隷の身ですし、ツインの部屋で大丈夫ですよ……!』
『いや、イリスのお陰で貯金も増えてるし、嫌なら別に――』
『――大丈夫です!』
と、押し切られた。
主人想いなのは嬉しいことだが、少しは自分の事を考えてくれた方が俺的にも悩みが減るんだけど。
一時期そういうのが治っていた筈なんだが、また戻るとは……困りものだな。
そんなことを考えつつ部屋の前に立った。
今日、料理を作るために早く起きたが、この世界の人間にとっては俺達日本人よりも平均的に起きるのが遅い。だから料理を作り始めた時は既に七時前という時間帯だったのだ。
流石に起きているとは思うが、寝ていたら起こさなければ行けない。
妹を起こす時に経験したことだが、女性は寝顔を見られるのが嫌らしく、その時は半日程口も聞いてくれず気まずかったのを覚えている。
――ま、もうそんなことは起こさないが。
教訓を生かし、扉をノックする。
「おい、イリス。起きてるか?」
扉をノックしてから沈黙が続き、少し経ってからガタンッという大きな音がした。
「えっ、あ、ソラ様!? お、起きてますが、ちょっと……!」
「ん? 起きてるなら開けるぞ」
起きているなら寝顔とかの問題など無い。寝起きということも、声の大きさからして無いだろう。
そう思い、意気揚々と扉を開いた。
「ソラ様! 待ってください!」
――思わず、目を見開いた。
肌色の背中。きめ細やかな肌は、離れた扉からでも良く判るほど白く綺麗だった。その背中を彩る銀の髪は、まるで雪景色のような幻想的な様子を表している。
「……あ。あぅ……ゃ……」
上気した頬は赤く染まり、潤んだ碧色の瞳は艶っぽく、どこか官能的に感じる。
下着は白い肌とは相反し、黒という日本では勝負下着の定番と言われる色だ。清純そうな彼女からは考えられない。普段からこのような下着を穿いているのだろうか。
「…………Oh」
そして目がいくのは、腕に覆われたその白い膨らみ。完全に隠れていないソレは、大きくは無いが寧ろ丁度よい大きさに思え、思わず鼻の上に熱を感じてしまう。
その事から思ったことは――
「――ブラって……着けてないんですね」
瞬間、鼻から熱い何かが流れる感覚。だが、どこか心地好い。
「き……き、きゃ……」
涙を目に浮かばせたイリスは手のひらをこちらに向けて目を瞑っている。無意識なのか、その手のひらには魔力が密集しているのが判った。
同時に、終わりを悟る。
「キャアアアアアアアアアアアアアッ!」
飛んでくる石の礫。それが当たる瞬間、思う。
――この世界には、ブラが無いんだな。
頭に衝撃が走り、俺の意識は暗転した。
次話は18時に更新します。