プロローグ 『隣の空白』
お久し振りです。今年も残りわずかになってきましたね。
今日から毎日更新を頑張りますので宜しくお願いします!
窓から射し込む光。
小鳥のさえずり。
髪を揺らすそよ風。
太陽が顔を出してから随分と経ち、今は既に昼。外からは屋台の香ばしい香りが微かに漂っている。
そしてその匂いは教会にまで届いていた。【ラフリア】の外れにある大きな教会。
その教会のとある個室に居るのは一人の少年だ。黒髪を揺らし、瞳は髪と同じで黒い。
教会に居る少年はベッドで横になりながら只、窓の外を眺めていた。
少年の瞳は何処か焦点が合っていない。何処かを眺めるという目的すらなく、虚空を見つめ、何かを考えている。
その心情には何があるのだろう。少なくとも歓喜の類いではなく、表情から哀切に近いと思われる。
「――――」
部屋には彼一人しかいない。それがより一層部屋の静寂を強調するかのようだ。
――コン、コンっ
その静寂を破るように、部屋にノックの音が響いた。
少年は無言で扉の方を見つめる。目を見開き、そして何かを期待するように。
暫くするとノックに対する返事が来ないと諦めたのか、扉が開かれ女性が部屋に入ってくる。
「――全く……起きているのなら返事をしてくれ。日を改めようか迷っていたんだぞ」
女性は紅い髪を揺らし、白い鎧を纏っていた。
その鎧はこの街にある【白薔薇騎士団】のものだ。つまり彼女は貴族。貴族でありながら物腰はとても柔らかい。
「……悪いな。返事をすることがすっかりと頭から抜けていた」
自分が扉を開けなかった事実を正直に話す。我ながら可笑しい事だとは思った。ノックをされたら返事をするのが常識である。なのにそれを忘れるなんて。
――そこまで、堪えているのだろうか。
「まあ、仕方がないとは思うが。少し待っていてくれ。リンガを剥いてあげるから」
女性は持ってきていた袋からリンガを取りだし、ナイフでリンガを剥いていく。くるくると回しながら一本の長い皮を作り出していき、あっという間に淡い黄色の果実が顔を出した。
それを小さく切り分け、少年に手渡した。
「……どうした? 食べないのか?」
渡されたリンガを口に運ばず、机の上に置いた。その様子を見て女性は首を傾げる。
「……悪い。今は食欲が無い。折角剥いてもらったしな。後で貰うから心配しないでくれ」
少年は弱々しく微笑み、ベッドに背を預ける。感じる布団の柔らかさが眠気を誘い、瞼が閉じてしまいそうになる。
それはまるで現実を逃避しているかのようだ。
夢の中に逃げ込みたい、そんな防衛本能。
「……まだ、気にしているのか?」
「――――」
女性の問いに少年は答えない。意識ははっきりとしている。聞こえていないわけではなく、自分の意思で無言を貫いていた。
「確かに気にするのは仕方がない。だが、あれはきっと理由があったのではないか? そなたが駄目というわけではない筈だ」
「やめろ……」
「彼女はそなたの事を大事に思っていた。それは私もよく知っている。だから、」
「――やめてくれ!」
女性の優しさに、恩情に、そして同情に。
軋む心が堪えられなくなって声を荒げる。
虚ろな瞳は憤怒と哀情の入り雑じった、汚濁のような感情を映していた。濁ったそれは、少年の心に絡み付く。
それが只の八つ当たりだと、理解しているのに。
「……今は、一人に、してくれ……ッ」
弱々しく呟き、ゆっくりと俯いた。
今浮かべている表情を見られたくない。
きっと、汚い心を悟られるから。
「……判った。また来るから、元気を出してくれ」
女性は立ち上がり、部屋から出ていった。扉が閉まる音が響き、また部屋に静寂が舞い戻る。
罪悪感に苛まれ、心には凝りが残っている。吐き出したいのに吐き出せない。そんなもどかしい感情に少年は流されるだけだ。
――暫くしてから、少年は立ち上がり、壁に寄りかかった。
こんな心情でも、窓から入ってくる風はやけに心地好いのが恨めしい。
「――――」
少年の身体は包帯でぐるぐる巻きになっていた。地球で着るような病衣を纏った姿から、それが療養中の患者だとは一目で分かる。
所々に赤い染みを作っていることからまだ傷口は塞がっていないのだろう。
だが、痛々しいまでのその傷など、今の少年にとってはどうでもよかった。
身体の傷より、内面の傷の方が堪えるのだから。
「……なあ、お前は俺を――」
その先にある言葉を紡がない。
いや、紡ぐ必要がないのだろう。
彼女がどう思っていたか等、少年の中では既に結論が出ていたのだから。
少年はふと、隣に顔を向けた。
――居る筈の無い、少女を想って……。
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