幕間 『イリスのご主人様』
お久し振りです。この話はどちらかというとイリスの過去編に近いものだと思われます。
ですが、イリスの事を知ってもらい、少しでも気に入って貰えると幸いです。
※11/26、所々訂正しました。
私にとってこの十六年、とてもじゃないですが良い人生だったと言えません。
私の母はエルフ、父は人間族と、他種族の夫婦という珍しい構図です。
母はエルフの里で有名な精霊術師だったらしい。というのも私には親しい知り合いが居なかったので詳しくは知らないだけなんですが……。
そんな母が大陸を回っていた時に出会ったのが、当時Bランク冒険者の魔術師として活動していた父だったそうです。
そこから色々あり、恋に落ちた二人は立ちはだかる種族間の問題等を乗り越え、大恋愛の末に結ばれたそうです。私の親ながら少し憧れてしまいます。
――閑話休題。
私は母の故郷であるエルフの里の外れで両親と共に暮らしていました。
やはり他種族夫婦とは問題があったのでしょう。母は結婚する前から里の人からの人望もあったので追放まではいきませんでしたが、里の外れで暮らすことを強要されました。
それでも父と母の仲は悪くはなく、寧ろおしどり夫婦というのが相応しいでしょう。
そんな二人から生まれた子供が私です。
里の皆も両親も判っていたことですが、私はハーフエルフとして生まれました。
耳は他のエルフ達よりも短く、瞳は翡翠ではなく碧色。
私と同年代の子は皆が気味悪がったり、いじめのようなものがあり、私はその頃独りで遊んでいたりしていました。
大人達はハーフエルフの身体的特徴を知っていたのでしょう、私のその外見に対しても寛容的な態度で接してくれました。
――ですが、それは私が只のハーフエルフだった時まで。
初めて【精霊術】を使う時、何故か発動しませんでした。精霊の声も聴こえません。何度やっても結果は同じでした。
私は只のハーフエルフから、【精霊術】の使えない出来損ないのハーフエルフに成り下がったのです。
そこから先の大人達の行動は、私の擁護から迫害へと変わっていきました。
里の広場に行けば、あちこちから私は『忌み子』と蔑まれる。
【精霊術】の使えないエルフは精霊から忌み嫌われた存在。
精霊と共に暮らすエルフ達にとっては、それは揺るぐことの無い確定事項です。
私には、幼い時から親しい人が居ませんでした。
そんな中、両親だけが私の味方でした。
母は私が【精霊術】が使えなくても気にしません。父と結婚したのもそういう価値観が無かったからでしょう。
父は私が【精霊術】を使うことが出来ない代わりに魔法を教えてくれました。
私達エルフは【精霊術】を使うので、魔法を扱うことはありません。というより、自身の魔力を全て魔法に変えるというのも概念が無いのです。
私が読んだ昔の書物によると、【精霊術】を扱う私達を真似て他の人間や亜人が魔法を開発したと言われています。
父の血を継いだ私には、魔法を使う才能があったのでしょう。父から教えてもらった魔法を少しずつですが、着実にモノにしていきました。
やはり魔力により発動する魔法では、自然に司る精霊の力を借りる【精霊術】に及ぶことはありませんでしたが、それでもかなりの力を着けたと思います。
ハーフエルフなので所有魔力が多いお陰もありますが。
――それから数年が経ち、私は十六歳になりました。
その時には既に、上位の魔法だと言われる【氷魔法】を使えるようになっていました。
魔法をモノにするには、その魔法の性質や形成についてを感覚で感じ取らないといけません。【氷魔法】はそれを理解するのにとても苦労しました。
それ以外の〈火・水・風・土〉の魔法に関しては、どれもが中級魔法に達する事が出来ました。これで【魔術師】として充分にやっていける力を着けたでしょう。
そして、私にとっての転機が訪れました。
その年のある日。里の近くで強力な魔物が現れたのが確認されました。
精霊にとっては魔物は相反する天敵の様なものです。その精霊の力を借りて生活している私達にとって、精霊の敵は私達の敵でもある。直ぐに討伐隊が組まれました。
その討伐隊には実力の高い母を始め、魔術師としての実績のある父も参加しました。私への風当たりを少しでも緩和するために、両親は積極的に活動してくれているみたいです。
そして両親が他のエルフ達と討伐しにいく間、私は家で留守番することになりました。
両親が里を発ってから数日後、家のドアが忙しくなくノックされました。
「誰ですか?」
ドアノブを回した瞬間、大きな音を立ててドアが開かれ、私は尻餅をつきました。
何がなんだか判らない。混乱した頭で顔を上げると、怒りで顔を真っ赤にさせた里のエルフが数人立っていました。彼等は確か里に残っていたエルフ達だったと思います。
「貴様、遂にやってくれたな! この忌み子が!」
「彼女の娘だったから今まで我慢していたが、もう限界だ!」
彼等は口々に私に罵詈雑言を浴びせかけます。
「な、なんの事ですか!?」
その怒りは明確に私に向かっている。嫌がらせとも違う。ただ事ではないその様子に戸惑うが、身に覚えの無い事もあり説明を求めるように問う。
その私に更に怒りを覚えたのだろう。
「惚けるな! 貴様が『神聖樹』の枝を折ったことは判っているのだ!」
「あれを傷付けることは大罪なのよ!」
「それを知らなかったとは言わせねぇぞ!」
『神聖樹』とは初代勇者である『ヒイラギ』がこの地に植えた樹の事です。勇者の魔力を込めたその樹には自然と精霊が集まり、そこにこのエルフの里が出来たと言われています。
そして、その樹を傷付けた者はこの里では大罪となる。――それが、私?
「私じゃありません! 信じ――」
「言い訳は聞かない! 目撃者もいるのだからな!」
「貴女は『神聖樹』を傷付けた容疑でこの里から追放します。さっさと出ていきなさい!」
目撃者なんて居る筈も無い。ですが、私を元々嫌悪している彼等なら捏造も可能でしょう。
『忌み子』の私と里の仲間、どちらを信じるのなんて言わずもがなです。
――こうして、私は里から追放されました。
◇
両親が里に残っていれば無実を証明出来たかもしれない。そんな過ぎたことを考えながら、私は何処かも判らない森を彷徨っていました。
追放されてから、私は木の実を拾ったりして飢えを凌いでいました。飲み水は魔法を使えば作り出せますし、行水にも困ることはありません。
ですが、目的もなくただ独りで歩く事は私の精神を徐々に、しかし着実に摩耗していきました。
追放された日から数日後、私は奴隷になりました。
経緯なんて単純なことです。寝ている間に奴隷狩りに捕まっただけです。
冷たい首輪。砂埃や泥で汚れた服。揺れる馬車。
そして、これからの人生を予測して泣き喚く他の捕まった人達。
惨めだった。魔術を唱えようにも首輪の仮の誓約により使えない。力を着けたのに、見返すための力は使う事なく自分を護ることさえ出来ない。
それは、惨めとしか言いようがないでしょう。
私以外の奴隷は、皆が近場にある街で売られていきました。私はエルフと言うこともあり、人間族が多く居る場所で売られるみたいです。
いつ私も売られてしまうのだろう。そんな絶望の先を考え、私は心を閉ざしました。
◇
私が明瞭に意識を取り戻したのは、いつの間にか馬車に乗っていた少女に話し掛けられた時です。
どうやらここは私が居た【シルベール大陸】から離れた【スコラット大陸】みたいです。食べて寝るだけという周りを気にしない生活をしていただけなので、全く気付きませんでした。
「お姉さんは何処に行くの?」
少女は共に乗車している姉と共に何処かに行くみたいです。ここが奴隷商の馬車とは疑っていない笑顔で。
教えてあげよう。そう思って声を発しようするが、首輪が締まり声を出せませんでした。苦しい。こんなことも出来ないの? 私は!
少女は話さない私に首を傾げながら、その様子を苦笑いで見ていた姉の元に戻っていきました。
――あぁ、待って……。早く逃げて……。
「キャアアアアアアアアアッ!」
その願いも虚しく、この馬車は協力者であろう盗賊集団に襲われてしまいました。
姉妹の妹は逃げたみたいですが、姉の方は捕まってしまいました。馬車の中に居ても、その悲鳴は聞こえてきます。
私が悪いのかな。私が、伝えることが出来たら。
罪悪感が私の思考を支配する。出来ることは、その悲鳴を聞いて目を瞑ることだけ。
それは、『あの人』が来るまで続きました。
「大丈夫か?」
その声。奴隷商でもなく、姉妹のものでもなく、ましてや盗賊のものでもない。
男の人の声。しっかりとした、意思のある力強い声だ。
顔を上げてその人の顔を見る。私のように普通では見ない黒髪黒目。私と同じくらいの人間族の若い青年。その彼が、私に慈愛の満ちた視線を向ける。
「……ぇ、ぃや……」
私がハーフエルフだと知っているかもしれない。ハーフエルフは蔑まれる存在。その恐怖で私は声を出すことが出来なかった。
その様子を見て、彼は私に近づいた。
そして――
「――安心してくれ」
彼は私を抱き締めた。温かい、久し振りに感じる温もり。
一瞬身体は強張ったが、彼が優しく私の背を擦ってくれるお陰で、徐々に強張った身体が弛緩していきました。
「…………ぁあ」
私は、温もりに飢えていたのだ。心に何かが満たされていく感覚。
抱き締められているだけでこんなに安心出来るのか、確かめようがありません。
ですが、気付けば彼の背中に腕を回していました。
――これが、私と『ソラ様』との邂逅です。
◇
その後、【ラフリア】の街に移動しました。街の騎士院で色々と話し、私はソラ様と奴隷契約をすることになりました。
人間族がハーフエルフを嫌悪しないと言うことはなく、この騎士院で擦れ違った騎士の方々には冷ややかな視線を浴びせられました。
誰かの庇護下にいた方が良いと言うことで、私はソラ様の奴隷になることにしたのです。
その際、ソラ様が言ってくれた言葉は、今でも私の心に残っています。
『俺はお前を奴隷扱いなんてするつもりはない』
その言葉通り、ソラ様は私を『奴隷』としてではなく『仲間』として扱ってくれました。
彼と出会ってから、私を思ってくれる優しい方々に出会うことが出来ました。
私が欲しくて堪らなかった『温もり』が、今ここにある。
それが、今の私にとって掛け替えのないモノになっていました。
冒険者としてオーガを討伐し、その後日に買っていただいたペンダントは本当に嬉しかったです。
両親以外、誰も認めてくれなかった私を初めて認められたような気がしました。
これが幸せと言うんでしょうか? いいえ、幸せとしか言いようがありません。
私にとってこの十六年、望んだものがここにあるのだから。
そんなある日、ソラ様が『異世界人』だと言うことが判明しました。
『勇を信ず者』という組織に所属しているキールという冒険者がそれをソラ様に問いただし、ソラ様は認めました。
彼はとてもばつの悪そうな顔をしている。秘密にしていたことを、私に言わなかった事にとても悩んでいる。
私なんかの事を考えて、本当に想ってくれているのだ。
ソラ様には悪いが、それがとても嬉しかった。
ソラ様がサイクロプスに重傷を負わされた時、本当に辛かった。思考が真っ白になってしまうほどに。
彼が傷付くだけで、私の心はさざ波を立てるほどに依存している。
彼に比例して私の心は大きく揺れてしまう。
彼が笑えば、私にも幸福が。彼が悲しめば、私にも悲哀が。
ソラ様は今の私には必要な人。自分の家族のように大切な人。
だからこそ護る為に私はサイクロプスに向かっていった。只、ソラ様を助けたい一心で。
そして私もサイクロプスの餌食になる寸前、あの日のようにソラ様が救ってくれた。生きていた。歓喜により、私の心は塗り潰される。
それと同時に、彼の役に立てない事が歯痒く感じた。
私の十六年は何だったのだろう、と。
◇
彼と出会ってからそこまで時間は経っていませんが、私の心は大きく変わっています。
それは、サイクロプスとの戦いでソラ様が助けてくれた時から明確になりました。
只の恩義でもない。もっと特別な何か。
ソラ様、私を救ってくれてありがとう。
ソラ様、私を抱き締めてくれてありがとう。
ソラ様、私を仲間と言ってくれてありがとう。
ソラ様と出会えて、私は幸せになれました。
貴方は私に十六年間、ずっと求めていた温もりをくれました。
貴方は私に沢山のものを与えてくれます。
私は貴方の悩みを一緒に背負っていきたい。
貴方と一緒にいたい。
貴方と共に歩いていきたい。
そして、
――ソラ様、
――――私は貴方が好きです。
次は愛羽達クラスメイト視点を書くつもりなので、書け次第、活動報告で連絡するつもりです。