第二十九話 『魔法剣』
遅れました!
「ごめんな、遅れちまって。俺がお前を護るから、安心してくれ」
優しい声。慰めるような声。安心する、声。
心に直接語り掛けるようなその声音は、イリスの恐怖に強張った心を甘やかに溶かしてくれる。
自分を抱き締めてくれている力強い手。暖かい、独りではないと確かめる事の出来るような温もりが、イリスを包んでいた。
イリスを救ったソラの満身創痍だったであろう身体は、今も青い光を放つ回復魔法により少しずつ癒えていく。
あの身体で魔法を唱えることは難しい。強靭な精神力が必要となる状態で、ソラは自分で自分を回復させたのだ。
魔法に通じるイリスにも、そのような芸当は不可能である。
イリスはふと、ソラの持っている小剣に意識が向いた。
「ソラ様、その剣は一体……? 焔を纏っているように見えますが……」
「ん? これか。これはな――」
「――グガァガァッ!」
ソラがイリスの質問に答えようとした瞬間、サイクロプスが鎚を二人に向かって振り下ろした。
ソラは小剣を素早く鞘に仕舞い、イリスを改めて抱き締めてそこから飛び退いた。
鎚は地面にクレーターを作る。
「邪魔するなよな。人が話しているだろうが」
ソラは心底面倒くさそうに、怠そうに、不満を隠さずにそう言い捨てた。
「悪い、イリス。アイツと決着をつけてくるよ」
イリスの眼をしっかりと見つめてそう言いきる。
一人で大丈夫なのか。私も手伝わなくていいのだろうか。だが、その言葉は出ない。
イリスの胸にあるのは主人の役に立たないことの寂寥、そして無念だった。
だからこそ、
「――待っていますよ、ソラ様。勝ってきてください」
只、声援を送ることしか出来なかった。
「おう、行ってくる」
軽く手を上げ、イリスに背を向けてサイクロプスと対峙する。
既にサイクロプスはこちらを射殺さんばかりに睨んでいた。
「一先ず、こちらから攻めようかね!」
腰から刀を抜き、サイクロプスに加速しながら向かっていく。
最初の時と全く同じ状況下。だが、サイクロプスのスピードだけは何段階も上になっている。
サイクロプスは向かって来るソラを鎚で迎え撃つ。
「よっとッ!」
転がりながら回避。直ぐに体勢を立て直し、鎚を振り切り無防備になった懐に『六花“貫”』を放った。
「グガァッ!」
切っ先はサイクロプスの皮膚に弾かれ、その反動がソラの腕を襲った。
やはり魔法は兎も角、斬撃や打撃は効かないようだ。実証済みではあったが、この状態でもそれは変わらないらしい。
「やっぱり硬いな……魔法でしかダメージは与えられない、と。それならこれで行くか」
ソラは刀に意識を集中させていく。それは先程脳裏に過った、頭に浮かんだ必殺技と言っても構わないような能力。
一体なんだったのかソラには判らなかったが、あの死ぬ間際での状況がソラがあの力を手にするキッカケとなったのだろう。
魔力を刀に込め、そして叫ぶ。
「――『魔法剣“紅蓮”』!」
叫んだ瞬間、刀身に漂った魔力は直ぐに姿を焔に変え、刀身を包み込む。
綺麗な赤い焔。美しい煌めき。芸術とも言えるその焔は確かな熱を持った力だ。この刀であれば、どんな物でも斬れる気さえする。
「行くぞ!」
サイクロプスも加速し、鎚を振るった。この技はソラが最初にやられた時と同じ技だ。
それをソラは『受け流し』し、その反動を利用して避ける。
速すぎる攻撃を『受け流し』することは、今までのソラでは不可能だっただろう。だが、ソラも不思議に思うほどに今は感覚が鋭敏に研ぎ澄まされている。
まるで思考が何倍も加速したような感覚。
【魔法剣】と同じように、それはソラにもたらされた特別な力だ。だが、これのお陰でサイクロプスとも戦える。
「フッ!」
ソラは焔の刀でサイクロプスの腕を斬った。そう、斬ったのだ。
鮮血が宙を舞う。魔法による攻撃でもなく、刀を使った攻撃で。
「これで刃は届く! ここからだ!」
最初の戦いの強者はソラであった。
動きの鈍いサイクロプスを魔法で蹂躙し、重傷を負わせた。
次の戦いの強者はサイクロプスだ。
満身創痍となった身体を引き摺り、捨て身の力で最初よりも素早く、力強い攻撃をソラに放ち、重傷を負わせた。
そして、今。強者を決める戦いが始まる。これが最後のラウンド。
ソラは新たに魔法の剣を手にし、刃がサイクロプスに届くようになった。
サイクロプスはその圧倒的な膂力により、ソラを一撃で沈める事の出来る力を手にしている。
どちらが勝つか。人間か、魔物か。
今、【審判】が下される。
「グオォオオオオオッ!」
サイクロプスは鎚をソラに向かって振り下ろす。単調な攻撃。集中すれば見えるその攻撃をソラは難なく躱した。
だが、それはサイクロプスの狙った罠だ。斜めから振り下ろされた鎚は地面を砕き、前方にいるソラ目掛けて岩の礫が襲い掛かった。
「ぐあッ!」
腹部にめり込んだ岩。吐き気が込み上がり、口から血反吐を吐き出しながら後方に飛ばされた。
身体の所々が礫による傷で血に染まる。止まっているわけにもいかず、痛みを堪えながらも直ぐ様立ち上がった。
「ッ痛……。知能まで上がっているのか? 意識が飛びそうになったぞ……」
あの状態のサイクロプスは色々な分野で能力が高まるらしい。更に厄介な存在に昇華したのだ。一筋縄ではいかなくなる。
自分の傷を回復魔法で癒しながら、ソラは身体の異変に気が付いていた。
最初に死の寸前まで追い込まれたあれや今の傷により、血を流しすぎている。気をしっかりと持っていないと倒れてしまいそうだ。
それに合わせて魔力もかなり少ない。傷を癒すために発動した回復魔法で魔力を使いすぎている。身体を動かすためとは言え、これ以上は使えないだろう。
そしてこの【魔法剣】だ。この技は魔力をかなり必要とする。集中力が要り、魔力も要るこれはあまりにも燃費が悪い。だが、サイクロプスと渡り合うにはこの能力が必要不可欠だ。
つまり、持久戦は望めない。
「集中しろ……。体力もあまりない。出来るだけ動かず、カウンターを主にしろ」
暗示のように、自分に言い聞かせるようにソラは呟いた。ソラにとってどちらの意味かと言われれば、恐らく前者なのだろう。改めて意識するためにソラは声に出したのだ。
その決め事を実行するようにダランとした力の無い構えをする。こういう構えは実は一番隙の無い構えだ。それでいてカウンターにも特化している。今のソラの鋭敏となった感覚や思考であれば、この構えを物に出来るだろう。
「グガァッ!」
ソラの狙いを知らず、サイクロプスが鎚を振るった。ソラは脚に力を込め、『受け流し』を発動しながら最小限の動きで攻撃を躱した。
「フゥッ! 『二重奏“弧月”』!」
鎚を掻い潜り、ソラはサイクロプスの腕に『二重奏“弧月”』を放った。難なく切り裂き、サイクロプスが悲鳴を上げた。
「フゥ……。【流水剣舞】ってとこかな」
相手の動きを流れる水のように逆らわずに受け流し、それを起点に攻撃に変える。ソラが生み出した新たな剣術だ。
「グガァガァァァァアア!」
「……そろそろ終わりにするぞ」
そう呟いた瞬間、刀に流す魔力を高める。ソラの刀の焔が更に火力を増した。
サイクロプスの攻撃を躱し、ソラは最高の攻撃を放った。
「食らえ……! ――『四刃焔舞“回帰”』!」
焔を纏った四つの斬撃が、二太刀ずつサイクロプスの腹部と背中に放たれた。焔による紅い軌跡は、まるで芸術のようだ。
「グオォオオオオオッ…………!」
サイクロプスの絶叫が【審判】の部屋で反響する。重く、鋭い攻撃。『四刃焔舞“回帰”』がサイクロプスの肉を裂き、骨を断った感覚がソラの腕に伝わった。
絶叫を上げるサイクロプスは今度こそ致命傷だ。倒しただろうとソラは確信した……が、
「グガァガァァァァッ……!」
「なっ!?」
最後の悪足掻き。命が尽きる前にサイクロプスは鎚を振るうのではなく、投げた。
予想外の攻撃にソラは反応できなかった。鎚がソラの頭上に落下した。当然ソラは避けていない。
「ソラ様ッ!」
力になれない事に歯痒い気持ちでソラとサイクロプスの戦いを見守っていたイリスが悲鳴を上げた。
「グガァガァァァァァァァァ!」
サイクロプスがまるで勝利を確信したかのように雄叫びを上げる。満身創痍の身体で、相討ちに出来れば上等だ。
サイクロプスは自分の鎚を取りに行く。残る細い女を殺すことが出来れば、死んだとしてもサイクロプスの勝利に終わる。
「ハァアアアアッ! 『岩石弾』!」
イリスは諦めていない。ソラは死んでいない。
いや、イリスはソラを信じているのだ。彼は負けないと。さっきは信じきれなかったのだ。だが、ソラは死の危険から這い上がり、イリスを危険から救ってくれた。
もう諦めない。ソラが帰ってくるまで、自分は戦い続ける。
発射された魔法を叩く為にサイクロプスは素早く鎚を握り、魔法を防いだ。
そして、鎚があった場所から黒い何かが飛び込んできた。
それは徐々に大きくなる。いや、眼に近づいてきた。
いきなりのことにサイクロプスは反応できない。
それは徐々に近付く。
イリスはそれを見て眼を潤ませながら微笑んだ。
「行ってください、ソラ様!」
黒い何かとの距離は零距離となった。
「らぁああああああッ! 『六花“貫”』!」
繰り出された刺突はサイクロプスの眼球に突き刺さる。肘まで生暖かいものが腕を包み込み、奥から吹き出ようとする血を感じる。
抉るように引き抜くと、サイクロプスは仰向けに倒れ、絶命した。
最初の戦いはソラの勝利。
その次の戦いはサイクロプスの勝利。
そして最後は――
「――これで、俺達の勝ちだ……!」
次回、一応のエピローグとなります。
どんな話にするか決めてないので時間が掛かるかも知れませんが宜しくお願いします!




