第二十八話 『私の――』
大会で投稿できませんでした。
今回は少し短めですが、三人称に挑戦しました!
イリスにとってさっきの光景はあまりにも絶望を誘う出来事だった。
先程まで優勢に見えたサイクロプスとの戦い。【審判】の突破の為に、ソラの為に、魔法を放った。
ソラに出会ってから自分のステータスの上昇には著しいものがあり、今回放った『散雹の吹雪』は自分が放った魔法の中でも最大級の威力があった。
やはりその魔法を食らったサイクロプスは無事では済まなかったらしく、あちこちが血だらけだった。
(やった……ソラ様、やりました!)
イリスは自分の魔法によりソラの役に立った事で気分が高揚する。頬を染め、口元がだらしなく弛んだ。
(――えっ?)
だからその光景が信じられなかった。
赤黒く皮膚を脈動させ、蒸気を出した明らかに異常の状態のサイクロプスの鎚により、気付いた時にはソラは壁に叩きつけられ、全身から血を出しながらベチャッと地面に落下していた。
「ソラ様ぁああああッ!」
イリスの絶叫が響く。
頭が痛い。足が震えて立っていられない。ソラが死んでしまった事で、視界が暗い。
そんな意識の中、ふと思った。
――ソラ様が死んだのなら、何故私は死なない?
奴隷は主人が亡くなれば、首輪が絞まり死んでしまう。それは奴隷契約の誓約だ。
なのにイリスの首は全く苦しくない。頭が痛いのは精神的なものだ。
つまりソラは死んでいない。危険な状態ではあるが、まだ助かる。
絶望の中で唯一、熱を持った何かが輝いている。
それを人は希望と呼ぶのだろう。
イリスの選んだ道は、逃げるのでも情けなく泣き喚くのでもない。
――只、戦うこと。
「私がソラ様を……護る!」
魔導杖を強く握る。自分は魔術師だ。ソラのように近接で戦うことは難しいし、何より自分はエルフの血を継いだハーフエルフ。魔法で戦うことに特化した種族だ。
だからこそ、自分が出来る力を全て出しきり、主人を護る。
「食らえ! 『風刃』!」
無数の風の刃がサイクロプスを襲う。一つ一つの威力は小さいが、手数で押すタイプの魔法。
「グォォオオオッ!」
「――!? 掻き消した!?」
風の刃は無情にも、サイクロプスが鎚を振っただけで掻き消された。
先程まではあんな速度では振っていなかった。ソラを襲った時から感じていたことだが、明らかに強くなっている。
「早く……ッ、早くソラ様の下へ行かないといけないのに……!」
自分が時間を掛ければ掛ける程ソラの命が喪われていく。そんな時間制限の中、たった一人で戦わなければならない。
そしてそれはイリスも同じだった。
この気が張った状況下の中、時間が経つにつれて体力は消耗し、疲弊し、精神が擦り切れてしまう。
「あぁああッ! 『豪炎』!」
雄叫びを上げながら、魔力を搾り取るように『豪炎』を放つ。それを避ける事もなくサイクロプスに直撃する。爆炎により出てきた煙がサイクロプスを包み込んだ。
(やった……?)
油断は出来ない。油断による代償は先程身を持って思い知った。
その結果がソラの負傷だ。あの時、ソラもイリスも勝ちを確信していた。いや、思い違いをしていた。
その事は教訓としてイリスの心に強く残っている。魔導杖を構え、いつでも魔法を放てるようにしておく。
刹那――イリスの背筋に冷たいものが走った。何故だか判らない。只、危険だという事だけが頭を支配した。
「くっ……! 『突風』!」
誰かに囁かれた気がする。直感かもしれないが、確かに頭に響いた。
――直ぐにそこから退避しろと。
それは結果的にイリスの命を救う事になる。
無意識に放った最大出力の『突風』は、煙の中から振るわれていた鎚に直撃。その反動によりイリスは後ろに転がり、死への一撃から逃れることが出来た。
鎚が振り下ろされた地面にはその形に沿ったクレーターが出来ている。そこは先程までイリスが立っていた場所だ。
あの一瞬の判断が無ければ自分があの鎚の餌食になっていたのだと思い、イリスはゾッとした表情を浮かべた。
「……嘘……っ」
『豪炎』が直撃したにも関わらず、サイクロプスには特に負傷した所は無い。
寧ろ攻撃を怒りに変えてより凶暴性を増しているように見える。
ボーっとしているわけにもいかない。直ぐ様立とうと足に力を入れると激痛が走った。どうやら足を捻ってしまったらしい。
「ぁああああ……!」
痛みを堪えて立ち上がるが、そこから一歩を動けそうに無い。絶望というのはこういう状況なのだろう。
声が枯れる程大声を出し動けと身体に命じるが、痛みにより無意識にその命令を拒否してしまう。
サイクロプスが鎚を振りかぶる。魔法は間に合わない。避けれない。
(あぁ……すみません、ソラ様…………)
――勝つことが出来なくて。
――護ることが出来なくて。
――最後まで迷惑を掛けて。
自分の情けなさを懺悔し、目の前にある死を受け入れる為にイリスは瞼を閉じた。
◇
たった数秒の時間。何故だろう。何故私は死んでいないのだろう。
そんな疑問がイリスの脳裏を過った。
死んでしまったのだろうか。いや、死とは魂すらも現世には残らず、考えることすらも出来ない状態だ。少なくともそんな状態ではない。
ではなんだ?
一体何が起こっているのだろうか? イリスが目を開けようとした瞬間、
「グガァガァァァァァァァァ…………ッ!」
「きゃっ!」
サイクロプスの声。だが、これは雄叫びなんかではない。
苦痛を与えられた者、尊厳を傷付けられた者の悲鳴だ。
反射的にイリスは目を開き、サイクロプスを見た。
――時が、止まった。
サイクロプスが苦痛を堪えるかのように鎚を持っていた右腕を左手で掴んでいる。
その右腕には焔を纏った小剣が突き刺さっていた。
焔を纏う剣など聞いたことが無かったが、それよりもイリスはあることに意識が向いていた。
それは絶望を塗り替えてくれるほどの、希望。
「あれは……ソラ様がダリウスさんから頂いたショートソード……? えっ? つまり、ソラ様は……!」
そんなイリスの希望を叶えるかのように、サイクロプスの右腕に“何か”が飛び付いた。
その“何か”は焔を纏った小剣を握り締める。
「……お返しだ、目玉野郎」
“何か”はサイクロプスの内部から切り裂くように抜いた。いや、抉ったという表現があっているだろう。サイクロプスの悲鳴が一際大きくなる。
“何か”は軽く地面に着地し、イリスをお姫様抱っこの形で保護してサイクロプスから距離を取る。
その顔はどこか不敵な笑みを浮かべているが、明らかに余裕を持った安心させる雰囲気を纏っていた。
イリスはその“何か”を前に、先程まで溜まっていた涙を零れ落とす。一粒,二粒――。
ポロポロと零れ落とすソレを、“何か”が指で掬いながら慰める。
イリスは涙を流しながらも、万感の思いで微笑んだ。
「信じていました、ソラ様」
イリスにとってその時のソラはまさに――
「待たせたな。イリスを傷付けた落とし前、きっちりつけてもらうぞ」
――まさに勇者のようであった。
出来たら次話は明日に更新します。判らないですが
後一,二話で一章を終わる予定です。終わったら少し時間を置いて二章を毎日更新する予定なので宜しくお願いします!