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【空中迷宮】の魔法剣士  作者: 千羽 銀
第一章 【異世界転移】
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第二十七話 『和解の後の覚悟』

ちょっとはっちゃけましたが後悔はしていません。多分。

 地下への階段は薄暗い。壁に青白い光を放つランプが取り付けられているが、気を付けないと滑り落ちてしまいそうだ。

 階段の幅は狭く、二人並んで降りる事は少し危ないだろう。だから俺が先に降り、その後ろからイリスが追従するという形だ。


 暫く階段を降りる足音しか聞こえない。沈黙が続く。

 正直気まずかった。イリスはさっきから口を開かない。俺との距離を掴みきれていないのだろうか。それはお互い様だけど。

 この心境で試練に挑むのは危険だ。わだかまりがある以上、腹を割って話すのが一番となるだろう。


 だが、その事を口に出来ない自分が情けなく思う。悪いのは俺だ。こんな状況に陥ったのも『異世界人』という事が原因だし、その事をイリスに話していなかった事による罪悪感が俺の心を蝕み、それが今でも引き摺ることになっていた。


「ハァ…………」


 イリスをチラリと横目で一瞥し、小さく溜め息を吐く。謝罪をし、協力を乞えば良いだけなのに。

 そんな俺の心情を読むかのように、


「――――ソラ様」


 沈黙の空間に響く、鈴の音のような声。その主が誰なのか判っていた。

 振り向いてその声の主であるイリスを見る。足を止め、見つめ合う俺達。


 イリスの表情から一切の情動を感じることが出来ない。彼女の心情はいったいなんなのだろうか。憤怒なのか、 寂寥なのか、それとも哀切なのだろうか。

 彼女の言葉を待つ。俺から言葉を出す事は出来ない。資格がない。

 俺達は裏切り者と裏切られた者。その関係性が解消されない限り、俺とイリスの関係を修復する事は出来ない。


 なら謝罪し、許しを乞うべきか?


 いや、それはもう出来ない。せめて彼女が声を掛けてくるまでにするべきだった方法だ。自分からではない謝罪は、ただただ滑稽なだけ。


 再びの沈黙を遂にイリスが破る。その言葉に込められていたのは――



「――信じています」



 ――慈愛だった。



「な、にが……?」


 伝えられた言葉。その言葉の意味が判らず、ようやく出てきた言葉は謝罪でもなく、只の問い掛け。


「ソラ様の懸念は、異世界人だったことを私に言わなかったことでしょうか?」


「えっ……ぁ」


 言葉に詰まり、動揺がイリスに伝わっただろう。いや、確かに図星ではあるが、ここまでしっかりと確信を持って当てられるのは予想もしてなかった。

 そんな俺を見てイリスは小さく微笑み、


「ソラ様の顔を見ていれば判りますよ。ここ数日、ずっとお側で暮らしていたんですから」


「――――」


「確かに私にも思うことはあります。ソラ様はなんで私に言ってくれなかったんだろう。私はソラ様にとって信頼出来るような人間では無かったんだろうかって……」


 そんなことはない。だが、それを言葉にすることは出来なかった。実際にイリスの思いを聞くと、色々と考え、脅え、恐くなった。


「でも、私はソラ様が居なければここには居ません。もしかしたら死んでいたかもしれません。いずれにしても、私は死んでしまう方がマシと思えるほどの苦痛が待っていたでしょう」


 イリスは一つ一つ、噛み締めるように言葉を紡いでいく。


「私は仲間であり、奴隷でもある……貴方のもの」


 自分の想いを届かせるように。


「だからこそ、私はソラ様を信じています」


 俺の心に染み渡るかのように。



「――ソラ様の考えが、私にとって最良の結果でしょうから」



「――――ッ」


 俺は許されるなんて思っていない。だから、全て受け止めるつもりだった。それが罵倒でも、拒絶でも。

 そして、イリスが俺に課した罰はとても残酷な事だ。


 それは彼女の全ての責任を負うということ。


 イリスもきっと思うことはあっただろう。不満もあった筈だ。

 だが、イリスは俺の選択に全てを委ねるつもりだ。その事が何を意味するか。俺の行動がイリスの人生も左右することになるということだ。

 だから俺は彼女の期待に応えないといけない。イリスにとって最良の選択をしなければならない。


 それが、イリスが俺に課した残酷な罰。


「――ハハッ……それは優しくない、罰だな」


「ええ、ソラ様が言ったんですよ。私は奴隷じゃなく仲間だって。だから、私も仲間としてソラ様に罰を与えます」


 イリスは少し茶化した様子で微笑んだ。

 確かに罰を与えられた。重い罰を……。それでもイリスの優しさに救われた自分に気づき、俺も笑った。







 イリスと和解出来た。まだいつも通りとは言わないが蟠りもなくなった頃、長い階段に終点が訪れた。

 広い空間。円状に広がったそこは、やたら目立つ扉以外何もない。


「如何にもっていうか、あの扉の先だろうな……」


 あの扉を開ければ、【審判の祠】の試練が始まる。死ぬかもしれない。危険は多い。だが、やるしかない。


「ソラ様」


 イリスがそっと俺の手を握ってくれる。その手は大丈夫だというかのように強く握り締められている。


「……お前も手が震えてるじゃないか……」


 イリスの方が不安は大きいだろう。でも、イリスは覚悟を決めて俺についてきてくれる。そして俺は、ついてきてくれる彼女にとって最良の道を照らさないといけないんだ。


「……もう大丈夫だ。――行こう」


 落ち着くように一息吐き、扉の前に近付く。


 青い門。大きな門。その両隣に巨大な甲冑のオブジェ。


『――称号、【異世界より来たりし者】確認。

 これより【審判】を開始する』


 何処からか聞こえてきた低い声。それが俺に向けて発せられている事は理解できた。

 そしてこの声により、試練が開始する合図だと理解する。


 ――ゴゴゴゴッ


 重苦しい音を立てながら、巨大な扉がゆっくりと開く。

 開けた瞬間、内側から感じる雰囲気が全然違うと感じた。緊張感を際立たせるようなソレは、明らかに錯覚ではないのだろう。


 扉が完全に開き、俺達は部屋の中に入る。中に入ると、完全に扉は音を立てて閉じてしまった。

 これでもう、一刻経つか試練を打ち破るまで出られない。


 扉の中はさっきの空間よりもかなり広い。周りには青い光で部屋の中を照らす。地面は何故か土で作られている。さっきまで石なのか金属なのか解らない材料で作られた地面だったので少し予想外だったが、【土魔法】が使えるからまあ良いだろう。


「えっと……【審判】って、何も無いんですが」


 イリスはキョロキョロと周りを見渡した。勿論何もない。

 試練というからには何かモンスターが待ち構えているのが定番だ。この世界の住人であるイリスにはゲームの知識は知らないと思うが、やはり大抵待ち構えていると思っていたのだろう。


 だが、流石に何もないということはない。必ず何かある。


 そういえば、俺のやっていた『RWO』でのダンジョンでもこういうボスが最初に居ないという事があった。

 そういうときは大抵後からポップするのが多いが、稀にそれ以外にも現れる場合がある。

 それは――


「――上か!?」


 咄嗟に上を見る。パッと見ただけでは何もないように見えるが、ふと、小さな点が見えた。それは点ではなくなり徐々に大きくなる。いや、近づいてきている!


 その何かは部屋の中央に落下した。ドシンッという大きな音とその何かによって漂った砂埃が部屋を包み込む。


「あれは、なんでしょうか……?」


「まあ、間違いなくアレが【審判】だろうな……!」


 砂埃が晴れていくごとに、少しずつその何かが正体を現してくる。

 大体五,六メートル程の巨大な影。その大きさはオーガよりも一回り大きい。肉体はとても筋肉質で、麻のような腰布のみを巻いただけだ。

 その影の一番の特徴は、その『単眼』。ギョロッとした大きさで瞳は金色っぽい。手には大きな鎚を持っている。


「ソラ様、この魔物は……!」


「『サイクロプス』か……!?」


 単眼が特徴的とされる巨人。ギリシア神話に登場する凶暴な怪物だ。怪物としてはそうだが、神としては鍛冶の神とも言われる。あの鎚はその名残なのだろうか……。地球と【スフィア】の神が一致しているわけではないのだが。


 ただ、一つ気になるのはその皮膚。この世界にもサイクロプスはいるらしいが、肌色や少し青っぽい肌をしている。

 だがこのサイクロプスは何故か赤黒い肌をしている。見た目はワニ皮のようだ。



「グォォオオオオオオォォオオオッ!」



 サイクロプスは俺達を瞳に捉え、雄叫びを上げる。戦闘準備は満タンってことか。


「先手必勝だろッ!」


 刀を抜き、加速して飛び出した。サイクロプスは鎚を振り上げるが、予想外に遅い。攻撃が加えられるまでにサイクロプスの懐に入り、刀を一閃する。


 ガリッ!


 砂を噛んだかのような不協和音が響く。予想はしていたことなので、特にもたつく事もなくバックステップで距離を取った。


「やっぱりオーガよりも硬いな。まあ、そんなに甘くはないか」


 レベルアップし、筋力値と器用値が上昇している今の俺ならあのオーガの肌を切り裂く事は出来ると思うが、あのオーガよりも遥かに硬い。見た目からして判っていたが、これで斬撃は通用しないことが改めて判った。

 その事から弓を引いていたイリスを止める。


「この前みたいにソラ様の爆発で倒す事は出来ないんでしょうか?」


「『粉塵爆発』はあのサイズの敵にはそんなに効果はないだろうな。それに効果があるとしても必要な小麦粉がねぇよ」


 あの時は本当に不測の事態だった。小麦粉がインベントリに入っていたのは奇跡と言って良いだろう。また小麦粉を買い直さないといけないな。


「兎に角、イリスは出来るだけ魔力を高めて強い魔法を打ってくれ。俺は刀でサイクロプスを牽制する」


「判りました!」


 頷き合い、イリスは魔法の詠唱。俺はサイクロプスに飛び込んでいく。


「グロォオオオッ!」


「『“破心”五月雨』!」


 やはり遅いサイクロプスの鎚を掻い潜り、五連撃の斬撃を叩き込む。

 無理に攻撃を加える必要はない。充分な『敵意ヘイト』さえ稼げれば良いだろう。


 下がりながら『火球ファイアボール』を撃ち込む。

 そして気付いた。魔法を与えた時の方がダメージが大きいように感じる。

 確かめるように更に魔法を二,三発撃ち込むと、サイクロプスが後退り、それは確信へと変わった。


「イリス! こいつは魔法は効くみたいだ。一気に魔法をぶち込んでくれ!」


「もうすぐ、発動します!」


 刀を腰に納め、小剣を抜いて片手で構える。空いたもう片方の手で魔法を撃ち込むために魔力を込めた。


「『火槍ファイアランス』!」


 炎の槍を発動させ発射し、それと同時にサイクロプスに突っ込んだ。

 サイクロプスは鎚で俺に向かい打とうとするが、その前に槍が腹に突き刺さり、サイクロプスは絶叫を上げる。

 そんなチャンスを見逃すわけがない。『二重奏“弧月”』で更に追い討ちを掛けた。


「こいつが本当に【審判】なのか? もしかしたらオーガの方が手強かったかもしれないぞ」


 オーガの方が鋭く速い攻撃をしていた。オーガは魔法さえも効かなかった。拍子抜けしたが、それはそれで好都合だ。

 オーガの鎚を躱し、小剣で牽制。魔法で着実にダメージを与えていく。順調だ。このままいけば負けることはないだろう。



「ソラ様! 魔法の準備が出来ました!」


「判った!」


 イリスの掛け声と同時にサイクロプスから距離を取る。


「貫け氷の礫。吹き荒れる突風と共に吹雪と化せ!

 ――『散雹の吹雪ディフュージョン・ブリザード』!」


 イリスの氷と風の混合魔法がサイクロプスを襲う。氷の礫は風によりまるで散弾のようだ。サイクロプスの身体を貫き、サイクロプスは血だらけになった。


「グォォオオオオオッ…………!」


 明らかに判る絶叫。苦痛を知らす叫喚。


「やったか!?」


 既に瀕死の怪物。勝利を確信した瞬間、サイクロプスに変化が起きる。


「グォォオオオオオオオオォォォォオ…………ッ!」


 サイクロプスの赤黒い肌から蒸気が発せられ、その単眼は紅く光出す。


 そして、サイクロプスは俺に鎚を振っていた。


「ぐがぁ……ァ……!」


 自己防衛である反射を最大限に生かし、衝撃を少し逃がすがそれはほんの少し。

 声にならない悲鳴を上げ、俺は壁に叩きつけられていた。


「ソラ様ぁああああッ!」


 イリスの声が遠くに聞こえ、俺の身体が徐々に寒くなっていく感覚。

 身体が痛い。剣を握ろうとして手を動かすが、訪れる激痛に身体が拒否反応を起こす。

 何処が上なのかも判らない。いや、考えることが出来ていないだけか。

 回復魔法で身体を回復させようとするが、頭が働かないのなら、それも不可能だ。


 そして目に入った光景。


 杖を構え、赤黒い怪物と対峙する銀髪の少女。

 彼女の眼には涙が溜まっていたが、彼女は諦めていないみたいだ。


「――――ぁああ……!」


 意識が覚醒する。何をしているんだ俺は。

 俺の仲間であるか弱い少女。俺が人生を背負うことになり、償わなければいけない少女。


 助けないと。


 ――お前は良いのか、このまま見殺しにして。


 ダメに決まっている。


『私はソラ様を信じています』


 俺を信じてくれる少女を見殺しなんて出来るか。


 ――なら、戦え。


 身体が動かないんだよ。


 ――おれなら戦えたよ。


 ……………………。


 ――覚悟を決めろ。


 イリスの為に。



「――ぼくが護ってやる……!」




 刀身から、紅い焔が燃え上がった。



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