第二十六話 『審判の祠』
遅れて申し訳ありませんでした。
「『勇を信ず者』……? つまりは勇者の信仰者みたいなものか。それで、俺を襲う理由になるのは何故だ?」
勇者の崇拝者、『勇を信ず者』という集団。勇者と俺の接点は、転移者という事だ。それならば俺を襲う理由が判らない。
特にキール達の思想である勇者の意思を継ぐ事に俺を襲う理由が当てはまらないだろう。
「理由として話が少し変わるんだが、歴代の勇者達は初代を除き、全員が元の世界に戻ることを渇望していた。その結果、彼等は生涯にその目的を果たすことは出来なかった」
「いや、ちょっと待て。初代勇者も帰還を渇望していたのじゃないのか? そうじゃないと元の世界に帰らないだろう? 記述ではそう書かれているが」
そうだ。『勇者英雄譚』には愛する王女と涙ながらに別れたと書いてあった。
元の世界に残した家族を選んで……。
「それは嘘偽りだろう」
「どうしてそう言い切れるんだ? 正直お前の話は信用できない。明確な理由が知りたい」
勇者の崇拝者を自称するのなら、それぐらい知っていて当然だ。寧ろそれを答えれなければ、キールの言葉に信憑性は無くなる。
「カンザキは初代勇者『ヒイラギ』が何処の国の勇者か知っているか?」
「はあ? いきなり何を……」
「何故所属していた国が記されていない? その後の国は? 勇者が帰還した後の『聖女』はどうなったんだ?」
「それは――――」
――答えられない。
そう言えばそうだ。何故他の……二代目からの勇者の事は後日談までも詳細に書かれているのに対し、『ヒイラギ』の事は曖昧だ。
何故初代勇者として、英雄として活躍し世に広まった『ヒイラギ』の出身国が後世に残らない? 彼を支え続けていた『聖女』のその後の事が何故話題にならない?
「これがもし意図的に仕組まれていたとしたら? この記述の過去は改竄されたもので、実際は話が違うんじゃないのか」
「……それが本当の事だとすると、なんで改竄する必要が――」
「――それが知りたいからオレ達は今ここにいる」
キールはそれが正しい事だと、やるべき事だと、そう信じて疑わないように語る。
これが『勇を信ず者』の活動だと言うのか? 知りたいから、何故俺を必要とする?
「それで、俺を狙ったのは何故だ。お前等の目的に本当に俺が必要となるのか?」
「それなら少し話を聞いてくれ。……初代勇者が他の勇者と異なる点は【空中迷宮】の全ての攻略をしたかどうかだ。そして、初代を除く迷宮攻略に挑んだ全ての勇者は皆が【空中迷宮】に何かがあると残している」
【空中迷宮】
五代目勇者の一人が残した手紙にも迷宮に何かがあり、帰還への手掛かりがあると踏んでいた。
俺も何時かは行こうと考えていた、唯一の帰還への手掛かり。
――まさか、キールが俺に望んでいることは……。
「オレ達は知りたいんだ。その【空中迷宮】の先に何があるのか。『ヒイラギ』しか見たことのない迷宮の先を知りたい。そういう意味ではオレ達は勇者を崇拝しているというより、勇者達の望んだ最果てである【空中迷宮】への探求心を持つ集団だ。まあ、本当に勇者を崇拝する過激派もいるんだがな」
純粋な……無垢な……まるで子供のような好奇心。
そんな欲求を満たす事を、『勇者の意思を継ぐ』という都合の良い考えに変換しているだけだ。厳密には只の子供の我が儘。浅はかな考え。
「誰にも理解されなくても良い。オレ達はそれでも追い求めるだけだ」
「――――」
「そして、オレはお前を見つけた」
キールは俺を見て不敵に笑った。
「オレ達がお前に頼みたいのは只一つ。【空中迷宮】の攻略だ」
「……俺よりも強いお前が行けば良いじゃないか。俺にこだわる必要はないだろ」
予想通りの答え。だからこそ俺も合理的な返事をした。さっきの俺はキールに遊ばれたように敗北した。実力差など言わずもがなだろう。それなのに俺に頼む意味が理解できない。
「それは無理な話だな。【空中迷宮】の終点である迷宮の主に挑むにはとある儀式をする必要がある。それは低レベルながら実力のある者……そして条件に適合する者しか出来ない」
「なんだよ……それ?」
儀式? 迷宮攻略には制限があるって言うのか?
「お前達異世界人が持つと言われる【異世界より来たりし者】という称号を持つ者が、【審判の祠】という場所で実力を示さないといけない。理由は不明だがな。そこで示した者は初めて【空中迷宮】の終点の扉の鍵となる称号を手に入れることができる」
なんだよ……異世界人しか行けない場所。まるで誰かの思惑が絡んでいるかのような……。
「そして一番問題なのは、受ける人間のレベルが高ければ高い程、その場所の難易度が高くなってしまうということだ」
制限……レベルが低いながら実力のある者しか受けるのは難しい――そう、勇者や転移者のように自分のステータスに補正がつかない限りは。
「話によると、そこで一回でも失敗するともう儀式を行うことが出来ない。だから、成功率の高い内に挑んでおきたい」
「……なあ、さっきから疑問に思っていたんだが、何でお前はそんなに勇者に対して詳しいんだ? 流石に詳しすぎるとは思うんだが」
何故こいつは【空中迷宮】の挑戦方法を知っていたり、祠がどう使われていたという過去の事を知っているんだ? 日本でいったら国家機密レベル並だぞ。
「言っていなかったな。オレ達『勇を信ず者』の構成員の幹部は、皆が歴代勇者達の子孫でもある。その幹部からオレ達は情報を貰っていたりするんだよ」
◇
「し、子孫だって……?」
聞き捨てならないような事を聞いたような気がする。えっと、『勇を信ず者』の構成員の幹部が勇者の子孫だって言わなかったか?
思わず聞き返すと、それが偽りではないように小さく頷いた。
「元々『勇を信ず者』はその幹部連中が設立した組織だった。そりゃ自分の先祖が偉大な英雄だったら、彼等について気になるのは普通のことだろう。因みに俺にも血は流れているんだぜ?」
キールは自分のくすんだ金髪を弄くりだした。あの髪色は、もしかして勇者の血が混ざったことによりあんな色になったって事か?
「俺が若くしてCランク冒険者についてなれたのも、勇者の血が影響しているだけだ。それでも、やはり薄まった血は限界を示したんだけどな」
キールは自嘲気味に小さく笑う。それはなんとも寂しく、それでいて諦めたような感情が混ざりあっているようだった。
「だから、オレ達に出来ない事をお前に頼み、やってもらいたい。オレ達は只それだけが知りたいんだ」
「……断ると言ったら?」
「そんな事、お前に出来るわけがないだろう」
キールが軽く腕を挙げると、イリスを保護していた一人がナイフをイリスの首に当てた。
少しだけ力の入れたナイフにより、首筋から一筋の血が流れる。
「イリスッ!」
「悪いがお前に決定権は無い。大人しくオレ達の言うことを聞け」
憎々しげにキールを睨み付ける。イリスが人質に捕られていては反抗も出来ない。実力でも敵わないから逃げることも出来ないだろう。
俺は悪態をつきながら刀を鞘に納め、反抗の意志が無いことを示す。
「よし、それじゃあカンザキ、馬車の中に入れ。今すぐ出発する」
「……何処に行く気だよ」
俺の質問にキールは笑みを浮かべながら、
「――【審判の祠】だ」
◇
ガタガタっと馬車が揺れながら走っている。馬車の荷台に乗ってかれこれ三時間程掛かっただろう。既に辺りは真っ暗闇で、これ以上進むのは危険だろう。
イリスは既に目を覚ましているが、やはり見張りが付いているせいか黙ったままだ。
俺達の馬車には俺とイリス、そして見張りの一人と、御者のキールの四人。
そして隠してあったもう一つの馬車には残りの武装集団が乗り込んでいる。
馬車が小石を乗り上げ、馬が走る音しか聞こえない。沈黙が空間を支配している。
居心地が悪いが、話し相手など居ない。見張りの一人に声を掛けようと思ったが、全く反応を示さなかった。まるで人形のような表情。
「なんだってんだよ……」
呟いた言葉は、馬車の音に掻き消され、やがて消えていった。
目的地に着いたのか、馬車はスピードを落として止まった。見張りはイリスを連れて先に降り、その後に続いて俺も降りた。
降りた場所は林の入口。奥は深く、夜だから真っ暗闇だ。この先になにがあるのか見当も付かない。
「祠はこの先だ。着いてきてくれ」
キールがランプを持ちながら先導するように進むため、全員それに着いて行くように歩き出す。集団は馬車の荷物を背負いながら……何かに使うんだろうか?
俺はキールの側に走り寄り、キールの横に並び声を掛ける。
「【審判の祠】ってそんなに幾つもあるものなのか? 流石に俺から近すぎるというか……」
異世界人である俺の側の近くにあるというのは明らかに出来すぎではないだろうか。少しだけ疑問に思っていた。
「そうだな……世界中のあちこちに存在はしている。今から行く祠はその中でも難易度が低い方だろう」
そこから何も話さない。正直に言うと少しずつキールの話を信じ始めていた。だからこそ、これからすることを忘れておきたかった。
自分の目的の為には【空中迷宮】を攻略するために必要なその祠に挑むことは必須だろう。だが、実力がないといけない。もしかすると命を落とすかもしれない。その事が少しずつ恐怖となってのし掛かる。
だから、少しでも考えたくはなかった。
数十分程歩いただろう。やがて目的の場所であろう祠が見えてきた。
「……ここがそうなのか?」
「そうだ。ここが【審判の祠】。お前がこれから挑むことになる祠だ」
見た目は小さな祠。祀られているのは青い水晶のようなもの。
「お前等! 用意をしろ!」
キールが声を掛けると、集団の連中が黙って持っていた荷物を布から取り出した。
中身は神鏡や装飾など……これは必要なことなのか……?
「これから行く先は、お前とイリスの二人だけだ。入ったら祠の試練を打ち破るか一刻経つまで出ることは出来ないから、覚悟だけはしておけよ」
「えっ、イリスも行けるのか? 称号を持つものじゃないと挑めないんじゃないのか?」
キールは行けないのにイリスは行けるってどういうことだ?
「【空中迷宮】の最奥には称号持ちさえいれば誰でも行けるが祠には確かに異世界人しか挑めない。だが、イリスはお前の奴隷――つまりお前の所有物だ。奴隷なら誰でも連れていけることが出来ると記述に残されている」
なら、一人じゃないのか……。
良かったと思う反面、イリスを俺なんかに付き合わせて良いのかという不安がよぎった。俺が異世界人だということをイリスには話していないというのに……そんな奴にイリスは信頼してくれるのだろうか。
話し合いたいと願うが、イリスは見張りと一緒にいるため、意志疎通ができない。思わず溜め息が出る。
「さあ、始めろ」
キールのその言葉に、イリスの見張りを含めた集団は祠を円状に囲んで詠唱し始める。見張りはキールに代わったようで、イリスはキールの側に行かされた。
詠唱はなんの言葉か理解できない。日本で言うお経のようなスピードだ。
唱え始めてから少し経ち、祠の水晶に変化が訪れた。
「光ってる……?」
水晶は青い光を発しだした。それと同時に、集団の一人が膝を着いた。
「どうしたんだ!?」
その問いに答えず、詠唱を止めることはしない。やがて膝を着くものが更に増えていく。
「止めさせないと…………がッ!」
俺が走り出そうとするとキールが俺の襟首を掴み、顔に蹴りを入れた。
「ソラ様!?」
イリスの数時間ぶりの声を聞きながら地面に倒れ伏せる。錆びた鉄を口に入れたような味。どうやら口の中が切れたようだ。頭もくらくらする。
「なに……すんだよッ」
「邪魔をするな。あいつらはどうせ死ぬ」
その言葉に、理解をするのが遅れた。
死ぬ……?
「何を……何を、言ってるんだよ!」
声を荒げた視界の端に、また一人が倒れるのが見えた。
「そのままの意味だ。あいつらは俺の仲間による闇魔法で催眠を掛けた奴隷だ。その際に自我が崩壊したせいで、これからの人生を生きていく事は不可能だろう。そしてこの儀式は莫大な魔力が必要となる。魔力が空になって衰弱死してしまうだろうな」
また一人、また一人と倒れていく。それをキールは無表情で眺めている。
こいつは……!
「狂ってやがる……お前は!」
「言ったろ。目的の為には、何でもやるってな」
激情のままに襲い掛かりたいが、脳が揺らされたせいで身体が思うように動かない。その事に、自分の情けなさが際立った。
集団の人間が全員倒れた瞬間、祠が横に音を立てながらスライドしだした。
その祠の下から、地下へと続く階段が現れた。階段には入口に青い膜な様なものがうっすらと見える。
「さあ、開いたぞ! 【審判の祠】の始まりだ!」
キールは高笑いをし、歓喜の声を上げる。
その隙にイリスは俺の側に駆け寄り、肩を貸して立たせてくれた。
「イリス……」
「大丈夫ですか、ソラ様?」
俺は小さく頷いた。それを見てイリスはホッと笑みを浮かべた。
「頼むぞ、カンザキ! オレ達の悲願のために!」
キールの笑みは、既に狂人の笑みだ。
自分の目的の為に人が死に、それを何も思わずに只、目の前にある目的だけに手を伸ばしている。それを狂人と言わずになんと呼ぶのだろう。
「お前の為じゃねぇよ……」
頭がしっかりとしてきた。イリスと共に階段の下へ歩きだす。
……この先に、【空中迷宮】の始まりがあるのか。
「イリス、……行こう」
「……はい、お供します」
こうして【審判の祠】の試練のため、俺は階段に足を踏み入れた。
次話は今話を書くことができたので、明日か明後日には更新します。
宜しければ、これからも見捨てずに宜しくお願いします。