第二十五話 『勇を信ず者』
少し遅れました……!
それではどうぞ!
「闘り合う……? キール……アンタ、俺と戦う気かよ!」
嘘だと信じたかった。妄想だと……都合の悪い夢だと、そう信じたかった。
だが、その願いは目の前の光景で真っ黒に塗り潰される。
周囲には俺を包囲するかのように武装した集団。口を押さえられ、俺を涙目で見ながら呻き声しか上げることの出来ないイリス。
そして、さっきまで俺達と共に馬車に乗っていたはずの……イリスの口を押さえ俺を嘲笑するキール。
「……さっきまで呼んでいたようにキールさんと呼んでくれ。オレも若いが、キャリアとしても年齢としてもお前よりも上なんだからな」
「そんなこと言う前にイリスを放せ! 話し合うならそこからだ。それに、お前らの目的を教えろ!」
無意識に焦り、早口で捲し立てる。兎に角早くイリスを解放したかった。少しでも考える時間が欲しかった。
俺の言葉に、キールは鼻で笑う。
「何が可笑しいんだよ……?」
「……目的? そんなの、最初から決まっている」
キールはおもむろにイリスを見て、彼女の首筋に手刀を落とす。イリスはビクッと身体を跳ねさせながら意識を落とした。
「イリスッ!」
イリスを見て、激情により視界が真っ赤に染まる。許さない。許すわけがない。絶対に一発ぶん殴ってやる!
キールを睨み返し、姿勢を低くして刀を強く握る。
激情に任せて刀を振りたい。一刻も早くイリスを助け出したい。だが、キールの実力から安易に攻めることが出来ないと、理性が俺を止めていた。
キールはイリスを武装した一人に受け渡すと、俺に向き返った。
「オレの目的は最初からカンザキ……お前だけだ」
「俺だけ?」
俺がキール達の目的になる理由があるのか? 心当たりが全く無い。……いや、やっぱり一つだけある。もしかしてエミル達の時が……?
「そうだ。だからオレはお前を仲間達に探させた」
「……探させた? なら、盗賊として人を襲っていたのもお前らの仕業かよ!」
確信ではない。だが、街で俺の居場所を聞き回っていたのは盗賊達だ。
あの時エミル達の人攫いを俺によって阻止された。だから盗賊は俺を恨み、いつかは俺を襲いに来ると思っていたが、その親玉がキールだったのか。
「それについては否定させてもらう。いや、すまない。謝罪する」
そう言うとキールは軽く頭を下げた。続けて周囲にいる武装した集団も頭を下げる。
「何故謝る? やっぱりお前らが盗賊だったのか!」
「お前らを襲った者達、街の人々を襲った者達は全員オレ達の同士だった。だが、奴等は只の意地汚い盗賊風情だったがな。冒険者として街の人々に危害を加えるのはオレとしても見過ごせない。既に断罪してある」
何を言っているのか判らない。同士? 見過ごせない? 断罪した?
その事が頭に残った。その中で特に気になっているのは同士という言葉。
「同士って……どういうことだ。盗賊じゃないのか?」
「オレ達はある目的の為にあらゆる情報を集めている。それは決して盗賊の行為じゃない。……お前達をオーガに襲わせたのも目的の為だ」
思考が一瞬止まった。なんて言った。オーガに襲わせた? つまり、あの擦り付けしてきたローブの人間は――
「あのローブの人間はお前らだったのか……。俺達を襲う必要のある目的ってなんだよ!」
判らない。なんのために俺達を陥れる理由があるのか。あの時、本気で死ぬと思った。身体の骨が折れる痛み。血反吐が喉にまで上がってくる感覚。あれが目的の為。――そんな自分勝手な理由に俺達はあんな思いをしたのか!
「それを知りたいのなら……オレ達を認めさせてみろ」
「何を…………ッ!」
刹那、キールはいつの間にか取り出した鎖付き短剣を俺に向かって投擲した。一切の予備動作が無かったため、反応が遅れた。
短剣は俺の心臓を的確に狙って放たれている。咄嗟に左腕の籠手で短剣を受けようとすると、キールが上手く動かしたのか鎖鎌のように鎖が俺の腕に巻き付いた。
「なっ!?」
キールは鎖を引っ張り、俺はバランスを崩す。その隙に一瞬で俺に詰め寄ってきた。
短剣を俺の腹に突き刺そうとしてきた為、鎖の伸びるぎりぎりまで利用して攻撃を回避した。切っ先が僅かに俺の脇腹を切るが、痛みを堪えてキールに蹴りを入れる。
キールは俺の腕に巻き付いた鎖を解いてバックステップをしながら距離を取った。
「クソ……痛ってぇ……!」
あの攻撃は完璧な不意打ちだった。籠手での阻止、回避がなければ俺は死んでいただろう。考えるだけで背筋が寒くなる。
ふと周りを見渡すと、武装した集団は俺とキールを傍観していた。
手を出すのはキールだけってことか……?
つまりはキールと俺の一騎討ち。Cランク冒険者とDランク冒険者の戦いだ。
「ふむ……あと少しか」
キールは小さく何かを呟くと、短剣を二本とも両手に持ち、俺に斬撃を放つ。あまりにも速い斬撃。だが、その動きは何かの美しい舞にも見えていた。
「フゥ……フゥ……くっ! ラァッ!」
俺は刀とガントレットを上手く使い捌いていく。
集中しろ……見るのは相手の攻撃だけだ。一秒先、コンマ秒単位で動きを読み切れ!
きっと時間は十秒も経っていない。だが、体感的にはそれ以上の時間が経った気がする。
脳を酷使し過ぎて鼻血が垂れてきた。
「……もう満足した」
キールはそう言うと俺の刀を蹴り上げ、俺は刀を失った。
「……まだだ!」
「いや、もう終わりだよ」
キールは俺が息を吸い始めて力が抜けた瞬間を狙って俺に喉輪をした。
「――――ッハ!」
喉から空気が漏れ、視界が暗くなる。気絶する寸前にキールから解放され、喉を押さえて咳き込んだ。
そして、キールは俺の額に短剣を向ける。
俺の負けか。俺は死ぬのか? イリスはどうなるんだ? 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない!
死の恐怖に息が詰まる。気付けば足が震えていた。
「……合格だ。カンザキ」
ふと頭上から声が掛けられる。
その言葉に周囲の人間達からどよめきが広がった。
合格とは、どういうことだろう?
「――合格って……?」
死の恐怖から解放されたことに、心が少し軽くなる。そして、安全であろう会話に無意識に縋った。
「お前は本物だ、ソラ・カンザキ。――お前は、『勇者』だな?」
『勇者』
何を言われたのか、一瞬判らなかった。
「『勇者』……? 違う、俺はそんなんじゃない……」
そんなたいそうな者じゃない。俺が勇者なんて。
「それならば、これは当てはまるのか? お前の低レベルながらこのオレの攻撃を防ぐ技量。多彩なスキル。そしてその黒髪黒目」
キールは俺のフードの下に隠れている黒髪を指差した。
「お前は、『転移者』だな」
ドキっとした。何を知っている。俺の事を、何を知っている?
答えない方がいいだろう。だが、俺が反応を見せたことをこいつらは知っている。下手に誤魔化せば俺にも、イリスにも危害が及ぶかもしれない。
キールの質問に俺は少し考えた後、口をゆっくりと開いた。
「――そうだ。俺は、『転移者』だ」
俺の答えにキールは敵意を鎮め、小さな笑みを浮かべた。
「そうか。ならオレ達の紹介をしよう」
「紹介?」
気は抜かない。さっきのような不意打ちがあるかもしれない。だから、何時でも攻撃が出来るように俺は後ろ腰に差してある小剣を抜いた。
「そんな警戒はしなくていい。お前という人間を確かめる事が出来た。もう手を出さないさ」
「……信用できないな」
「そう言われるのは仕方がないか。紹介というのはオレ達の組織。そしてオレ達の目的に関してだ」
目的。俺達を襲った理由。
「オレ達は『勇を信ず者』。勇者を崇拝し、彼等の意思を継ぐ者達だ」
この話がどう思われるか不安です。
明日も投稿出来るか判らないので悪しからず。