第二十三話 『休日』
何時もよりほんの少し文字数を増やしました。
それではどうぞ!
「――ん…………」
心地よい風が吹く。窓を開けているお陰で風は入るが蒸し暑い。更に眩しい日差しが瞼に当たり、目をゆっくりと開けた。
眠気で閉じそうな目を擦り、両手を挙げて大きく伸びをする。
昨日はギルドから出ると直ぐにヴィリムのオッサンやダリウスさん、アランさんにも昇格の報告をした。皆とても喜んでくれていて、イリスは涙を流したりもした。エミル姉妹みたいだ。
その後は宿に戻って夕飯を食べ、早い内から眠った覚えがある。
――なのに……。
「…………スゥ。……スゥ」
「これが……本当の朝チュンか……。遂に卒業しちまったのか、俺?」
――俺の横にはイリスが規則的な呼吸をして俺の腰にしがみ付きながら寝ている。その顔は安心仕切った表情をしていた。
布団の中は女性特有の甘い香りが漂っていた。香りがダイレクトに鼻孔を突き抜け脳を痺れさせる。その香りは麻薬のような依存性があり、何時までも感じたくなるほどだ。
……いや、待て。良く見ると俺とイリスは服を着ている。ベッドも乱れた様子は無いし、イリスの破瓜の証も無い。よし、大丈夫だ。俺のチェリーは未だ健在。
流石に保護している大切なイリスとそういう行為に陥るのは俺の良心に反する。
改めて寝ているイリスの顔を覗く。とても整っている容姿の少女が寝ているのを見て微笑ましく思った。こういう時って劣情を催すと思っていたが、意外とそう思わないんだな。思わずイリスの髪を撫でる。
「…………んんっ……」
髪の違和感に気付いたのか重そうな瞼を開いた。視線がキョロキョロと周りを見渡した後、俺の顔をロックする。
「起きたか。おはよう」
「ん……あれ……、ソラ……様? おは、よう……ございます……んっ? ……って、ソラ様!? なんで私のベッドにいるんですか!?」
「いや、ここ俺のベッドだから。どちらかというとイリスが入ってきた方だろ」
イリスは頬を赤く染め、わなわなと震わせながら混乱している。「まさか私……ソラ様と……」って俺と同じような勘違いをしていたっぽいので否定しておく。やっぱり朝一緒に寝てたら何かあったのかと考えるのは世界が違っても同じなんだな。俺はこれが初めてだけど。
「ごめんなさい……。夜、御手洗いから帰った際に寝惚けてソラ様のベッドに潜り込んでしまったみたいです」
「別に良いよ。役得役得」
イリスは恥ずかしそうに俯いている。寝惚けていたお陰で俺は良い思いをしたから別に良いのに。
「それに昨日は魔法を散々使っただろ? それなら疲れていて寝惚けるのもおかしくはないさ」
魔法とは脳を酷使する力だ。その為魔術師は普通よりも長く睡眠を取り出来るだけ脳を休めないといけない。
護衛依頼の夜営でも多くの魔術師は依頼人と同じように長く睡眠し、戦士が見張りを担当するというのが基本だ。だからイリスがそうなるのも頷けるし、寧ろ睡眠不足だろうし仕方がない。
「そろそろ下に降りよう。ドリーさんが朝飯を作ってくれているだろうし。……今日は冒険者業を休んで街を回るんだから」
そう。昨日は元々休日として午後から買い物をしたりするつもりだったが、オーガとの戦闘で行けなかった。だから今日行くことにしたのだ。
「判りました。少し顔を洗ってきますね」
顔を洗いにいったイリスを待ち、二人で食堂へ赴く。ドリーさんは既に朝食を準備して、席に座るとサンドイッチとサラダを机に置いた。
「今日はカンザキ達は街を回るんだろ?」
「ええ。先ずはイリスの服を買いますけどね。その後に色々と回りますよ。と言っても食べ歩きみたいな形になるでしょうけど」
イリスが私服として着ているのは魔法使い用のローブだ。セーラから貰った服もあるが、それは貴族が着ていそうな綺羅びやかな物だったり、逆に女っ気がない地味な服だったりしてあまり私服には向いていない。
と言うわけで今日は服屋――は高いためダリウスさんの店で買うことになっている。
「そうかい。イリスちゃん、何でも買って貰いなよ。カンザキの財布が空になるくらいに!」
「いや、そこまでは買いませんよ。つか、勘弁してください」
「はい! 沢山買っていただきます!」
「えっ、決定事項なの!?」
俺の叫びに二人は声を上げて笑った。
◇
俺達が【エルノ商店】に入ると、会計のために座っているダリウスさんとそのダリウスさんと話している女性がこちらに向いた。
「あ、カンザキ君にイリスさん、待ってたよ」
「イリスちゃん! 用意は出来てるわよ。ささっ、こっちに来て」
「は、はい。ソラ様、少し行ってきます」
イリスは女性――ミムルさんに手を引かれて店の奥に連れていかれた。今日はミムルさんの若い頃のお古を頂けることになっている。と言っても買うんだけど。
きっとあの奥ではファッションショーが行われるのだろう。ミムルさんは結構お洒落だからそんなに心配はしなくて大丈夫だ。
「ごめんね、うちの妻はマイペースで。昔はお淑やかな女性だったんだけど」
「いえ、それが寧ろイリスにとっては嬉しいと思いますよ。あまり自己主張が少ない性格なので、誰かに引っ張って貰った方が気が楽でしょうし」
イリスと居て彼女が自分の意思をハッキリと伝えてきたことは一度もない。
それはそうだ。仮にも俺は主人。そういう意識が彼女の俺に対する態度に表れているんだと思う。
「そういえば君に伝えないといけないことがあったんだ」
「俺に?」
「正確には君達に、かな。この前君はイリスさんを助ける為に盗賊と戦ったよね。そして返り討ちにした」
数日前の事だろう。俺が初めてイリスと出会い、契約をした日だ。
「その事がどうしました?」
「実はこの街に盗賊がちょくちょく現れているらしくて、襲われた被害者の人の話だと『ハーフエルフの奴隷を連れたフードを被った外套の少年』の居場所を聞かれたそうだ」
「それは……俺達しか居ませんね」
少年とエルフという組み合わせなら無くは無いと思うが、奴隷のエルフは批判されるから居ないだろう。しかし奴隷のハーフエルフとの組み合わせ。しかも外套の少年は俺ぐらいしか居ない。
つまり、狙いは俺達だ。
「君達はこの街では有名だからね。見麗しいハーフエルフを連れた冒険者。きっと向こうは君達の居場所を掴んでいるだろうね」
「もしかしたら、襲撃が来る可能性がある……?」
俺が噛み締めるように言葉を紡ぐと、ダリウスさんは頷いた。
やっぱりあの時逃がした盗賊の一人のせいか。くそっ、逃がすんじゃなかったッ。
「多分この街にもう潜伏しているだろうね。盗賊はならず者の集まり。その分プライドが高いから君達を襲う可能性は高い。だから君は……」
「イリスを護れるように警戒しておいてくれってことですか?」
「そうだよ。今日は君達は休日として過ごすんだろうけど、気を抜かないようにね」
俺は判りましたと頷いた。
そうだよ、護らなきゃいけない。俺には彼女を奴隷として受け入れた責任があるから。
……イリスには伝えない方がいいかもしれない。話したら責任を感じてしまって今日は充分楽しめなくなるだろうし。
「お待たせ! カンザキ君、イリスちゃん可愛くなったよ」
俺がそう考えながら席を立ち雑貨を眺めていると、奥からミムルさんが帰ってきた。
そして後ろからイリスが――
「えっ…………!?」
イリスはさっきまでのローブ姿ではない格好。明るい水色のミニワンピース。そのワンピースに隠れて申し訳なさ程度に見えている白いショートパンツ。茶色いブーツを履いて、流行の女子高生みたいな服装を着ている。
そこに神秘的な銀髪が合わさって、とても可愛らしい。
「あ、あの……ソラ様、どう……でしょうか?」
もじもじと恥ずかしそうにするイリス。おい止めろ、萌えちまうだろ。
「ま、まあ…………似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……。とても嬉しいです……」
そのやり取り後、話が続かず二人とも目を逸らした。そのやり取りをダリウス夫妻は微笑ましいものを見たようにこっちに笑顔を向けている。
「初々しいわね……」
「僕達も昔はあんな頃もあったね……。とても懐かしいよ」
そこっ! 夫婦の絆を深め合ってないでこっちをフォローしてくださいよ!
◇
結局ミムルさんから三着分の服を貰い、俺達は街へと繰り出した。
と言ってもすることはあまり無い。精々食べ歩きぐらいだろう。
それでもイリスは嬉しそうだ。今までエルフの里に居たからこういうのが珍しいと言うこともあるとは思うが。
「何処へ行きますか、ソラ様?」
「行く場所は決めてないよ。まあ、行き当たりばったりだ。適当にぶらぶらしていこう」
デートのようだがこれはデートじゃないし、男の方が計画を考えなくていいだろう。休日なのにそういうことに頭は使いたくない。
一先ずぶらぶらとしていると、なにやら香ばしい香りが漂ってきた。その匂いを嗅ぐだけで腹が減ってくる。
イリスの手を引いて匂いの元を探りに行った。
「おっ、いらっしゃい! 兄ちゃん、『ホップスバード』のヤキトリだよ。一本銀貨一枚だ! 買うかい?」
「焼鳥だって!?」
「何ですか、ヤキトリって?」
この世界では食べれない物だと思っていた。いや、歴代の勇者が色々な食べ物を食うために醤油や味噌を作ったから、何処かには有るとは思っていた。だけどまさかこんなにも早く見つかるなんて……。
この街では塩や出汁で味付けしたものが多いため、こういうのはとても嬉しい。
銀貨一枚ってことは千円分だ。高いが、買う価値は充分にある!
「オッチャン、焼鳥二本くれ!」
「あいよ!」
祭りの屋台のノリみたいに頼み、二本の内の一本をイリスに渡してかぶり付いた。
日本ほどコクは無いが、口の中に慣れ親しんだ醤油の香りと肉の旨み。その味に止まらなくなる。
それはイリスも同じようで、二人とも直ぐ様食べ終わった。
「とても、美味しかったです……」
「ああ、美味かった。オッチャン、このタレの原料の醤油は何処で仕入れたんだ? 良かったら教えてくれ」
醤油はこの世界ではまだ見たことが無い。これからの料理のレパートリーを増やすためにはそれが必要だ。……というか普通に欲しい。
「ほう、ショウユを知っているのか? こんなに旨そうに食べてくれたんだし、良いぞ。流石にレシピは教えられないがな」
いや、普通に作り方とか聞かないから。教えたら儲けれなくなるだろ……。
醤油の他にみりんの仕入れ先も教えてもらい、俺達は次の屋台に向かった。
◇
俺は久し振りにと店先で買ったリンガを囓りながらイリスと歩いている。結構食べ歩き、腹も膨れたため食べ物から商品を見て回ることに切り替えた。イリスはキョロキョロと店先の商品を眺めていると、一つの商品に目が止まった。
「どうしたんだイリス? 欲しい物でもあったか?」
「い、いえ。欲しい物という訳ではないのですが、気になったものがありまして……」
イリスが示す商品はアメジストのような水晶を埋め込んだペンダント。何の変哲もない見た目だが、やけに引き込まれるような魅力がある。
「綺麗だな……。このペンダントがどうかしたのか?」
「これに似たペンダントを私の里に居るエルフ達が着けていたんですよ。一人前になった証として長から授与されるんです。私は里の皆から認められなかったので貰えませんでしたけど……」
そんな事でも迫害されてたのか……。ハーフエルフってだけでそこまでするのかよ。同じ里の仲間だっていうのに。
「ソラ様……?」
イリスが声をかけた事で自分の顔が強張っていたのに気が付いた。イジメなら日常的にあったが、規模が違いすぎる。無意識に嫌悪感を顔に出していたようだ。自分を心で叱り、直ぐに微笑んだ。
さて、このペンダントだ。本当にエルフのペンダントかもしれない。長い間見てきたイリスの記憶が間違っている可能性は低いだろうし。一応ペンダントに【解析】を使う。
【エルフのペンダント】
・長耳族の長が里で認められた者に渡すペンダント。主に一人前の証としエルフの魔力が込められている。
【付与】
・『魔力増強』
【解析】によるとやはりエルフの里で作られたペンダントのようだ。【付与】っていうのは着けているだけでスキルが得られる物でかなり稀少な筈だ。
この店は小さい店だし、価値が解るエルフも居ないことから只のペンダントだと思われていたのだろう。これは掘り出し物だ。
「イリス、どうやら本物みたいだぞ」
「えっ? やっぱりそうでしたか……」
イリスはペンダントを感慨深そうに眺める。
きっと懐かしいのだろう。そして、自分が認められなかったという証でもあったから……。……よし。
「お兄さん。このペンダントは幾らですか?」
「ん? ああ、金貨一枚ってとこだな。高いがなんというか魅力があるからな。坊主が彼女に買うのか?」
彼女ではないが頷いておく。そんな俺とペンダントを交互に見ながらイリスは困惑しているようだ。
インベントリから金貨一枚を出し、ペンダントを買った。
「イリス、着けてみな」
「いや、でも…………」
「お前に買ったんだから着けないと買った意味がないだろう?」
遠慮がちのイリスの首に半ば無理矢理ペンダントを掛ける。
イリスの白い肌に掛かる金色の首紐が映えている。それよりも目立つ紫色の大きな水晶が全ての主役だ。
「似合ってるよ、イリス。――里では認められなくても、お前は俺の魔術師だ。俺が認めてやる」
その言葉を聞いて、イリスの瞳から涙が溢れ落ちた。
「ありがとう、ございます…………!」
この日の休日が、イリスにとって良い日になることを願って……。
明日から修学旅行なので、更新は今日で休止します。
また三日後に更新するので宜しくお願いします!