第二十一話 『死闘』
襲ってきたオーガとオークの行動は大きく分かれた。
オーガは殺戮者として近くにいる俺を始末しようとしているし、オークは自分の欲望を解消するために女を襲おうとイリスの方へ向かった。
イリスは魔力をかなり使っているため辛いだろう。俺もイリスの下へ駆けつけたかったが、生憎オーガはそれを許してくれなさそうだ。
「グウォオオオッ!」
「らァッ!」
俺は刀でオーガの肌を斬ろうとするが、オーガも俺を棍棒で殴ろうとして来る。そして俺はオーガの腕が一瞬消えたように錯覚した。
すると気付けば俺の左側に棍棒が振られている。
「なっ!?」
あまりに速すぎる攻撃。その攻撃をギリギリ刀で受け止めるが、圧倒的な膂力の違いから刀ごと身体を吹き飛ばされた。
一瞬の浮遊感の後、背中から落下して口から空気が漏れる。痛みと衝撃から頭がクラクラするが、ここで止まっているとオーガに殺されてしまう。
直ぐに立ち上がり横目でイリスの方を見ると弓矢で立ち回っている。まだまだ体力的に余裕があり、倒してはいないがそれほど心配しなくても良さそうだ。
チラチラとこっちの方を焦ったように見ているから「心配するな」と言うように手で押さえた。
そうしている間も無くオーガが俺に向かって突貫してくる。俺は痛みを堪えて迎え撃つことにした。
振り下ろされた棍棒の一撃を『受け流し』し、オーガに『二重奏“弧月”』を放った。
だが、その斬撃はオーガの硬い皮によって止められる。それは二発目も同じ。俺の手にはゴムを殴ったような感覚が残った。
「硬ってぇ……! こいつ本当に倒せるのかよ!?」
自分の実力が足りない事は判っていたが、あまりにも差がありすぎる。Dランク指定の魔物はこんなにも強いのか? 俺だってDランク相当の実力は有ると言われていたから楽観視していたが、やはり俺より上なのは上だ。ソロじゃ勝てっこない。
俺は舌打ちをしつつ『岩石弾』を撃ち込んでみるが傷一つつかない。寧ろオーガを逆上させ、より凶暴性が増してしまった。
「ガァアアアアアアッ!」
「くっ! ――『土壁』!」
オーガが水平に振った棍棒の延長線上に素早く『土壁』を発生させたが、オーガの一撃で直ぐに砕けてしまう。
予測はしていた為後ろにジャンプし回避するが、棍棒で飛ばされた礫が俺の頬を掠めて頬から鋭い痛みが走る。
どうすれば攻撃を与えられるか。奴の皮膚は硬いため駄目だ。まともに刀を振るっても全く傷がつかない。
「なら、どうするか……」
皮膚が駄目なら粘膜とか……。いや、無理だ。撃ち込むならオーガの顔を無防備な状態に持っていかないといけないし、何よりリスクが高い。
なら、皮膚を剥がすか。これも難しい。実際に出来るかもしれない方法を知っているが、あくまでも『かも』だ。やるとしたら他の方法を一通り試してからの方が良いだろう。
「そうすると、狙うところは……『関節』かな」
効果的な部位は関節だ。関節は骨と骨が連結しているところだ。筋肉や靭帯によって繋がってはいるが、他の部位と比べて筋肉のついている量も少ない。
人間も関節を痛めると動かなくなったりする場合がある。それは例え些細な事故であっても関節に影響を及ぼす事もあり、それだけ関節とは大事であり脆くもある。
試すならオーガが腕を振り上げたタイミングだ。その時に一瞬で関節を叩く。
「『水球』!」
俺の放った『水球』がオーガの顔に向かっていくが、それを軽く屈んで回避する。
オーガは俺をジロッと睨み付け、大きな雄叫びを上げた。
そして俺を殴ろうと棍棒を振り上げる。
「ゴアァアッ!」
「今だ!」
その振り上げられた腕に向かい、加速しながらオーガの腕を掻い潜り、全力で刀を叩き付ける。
俺は成功したと確信した。だが、オーガは一瞬の判断で腕を後ろに下げ、俺の一閃はオーガの二の腕を切っ先が掠っただけだった。
「嘘だろ!?」
奇襲が失敗したことにより頭が真っ白になるが、直ぐさま切り替える。
まだだ! まだ俺は――
「ぐわぁッ!」
左腕に痛みが走る。そして何故か地面に足が着いていない。
その原因を知るために左腕を見てみると、オーガの腕が俺の腕を掴んでいる。あまりの握力。俺の骨からギシギシと軋む音が聞こえる。
「は……なせ、よッ!」
近距離から火属性中級魔法『豪炎』を顔面に撃つ。『火球』よりも遥かに火力の高い炎は近くにいた俺の髪を少し焦がしたが、明らかにオーガにダメージを与えたようだ。オーガの顔から今まで流れることのなかった鮮血がその証拠だ。
「グオオオオオオッ!」
「――――ガバッ!」
気の緩んだ一瞬でオーガに投げ飛ばされる。その勢いによる気圧により気の遠くなった。
そして飛ばされた先にある岩に叩き付けられ、意識が覚醒する。口に鉄臭い味が広がり吐血した。
「ソラ様ッ!」
遠くからイリスの絶叫が聞こえるが、身体が全く動かない。かろうじて顔をイリスの方に向けた。
「――『渦昇風』!」
「ブオォオオオオッ!?」
イリスは目の色を変え、発動させた風がオーク達を空高く吹き飛ばしている。
オークは身体を支える事が出来ない初めての経験に、手足をバタバタとさせる。
ある程度上がると、今度は重力に従って地面に向かって落下し始めた。
「『幾尖針』!」
荒野に広がる土が幾つもの針の絨毯となり、そこにオーク達は全体重を預けた。
「――――!」
オーク達は声にならない悲鳴を上げ、痛みから逃れるために暴れ出すが、寧ろ棘が更に突き刺さるという悪循環により徐々に元気も無くなってきた。
イリスは直ぐさま俺に近付こうとするが、それより先にオーガが俺に向かって走り出してきた。……止めを差す為に。
「ソラ様からッ、離れろッ! ――『落穴』!」
イリスは追撃しようとしたオーガの足下に落とし穴を作り、そこに落とした。落とし穴は直径八十センチ程の穴で深さは一メートルだ。
その穴はしっかりとオーガの右足を埋める。
「『岩地縛』!」
更にその穴の周りの土を使ってより固めて縛る。このお陰でオーガは少しの間身動き出来ないだろう。
この隙にイリスは俺の下に駆け寄り、インベントリからポーションを出して俺に飲ませる。
苦味と甘味の不思議な風味が口の中に広がり、少しずつ俺の傷が治癒していき身体に力が入るようになった。
「大丈夫ですか!? ソラ様!」
「ゲホッ、ゲホッ……! ……ああ、大丈夫だ。ありがとうな」
俺がそう言ってイリスの頬を擦ると、彼女は大粒の涙を流して謝罪する。
「すみ……ません……! 私が魔力を、温存せずに……直ぐにソラ様の下へ駆けつけていたら……ッ!」
魔力の温存。仕方ないだろう。俺は戦う前に出来るだけ魔力を使わないように命じた。これはイリスのミスではない。
「過ぎたことを気にするな。あれは俺が悪い。それよりも、これからどうやってオーガを倒すかだ」
「…………はい!」
あまり時間がない。もうすぐオーガの拘束が解かれる。その前に倒す方法を考えないといけない。
……さっきの『豪炎』の時に見た傷。あの方法で俺が皮膚を剥がし、鋭い攻撃なら届くはずだ。
――鋭い攻撃はイリスに任せるしかない。
「――イリス。五分でより硬く鋭い槍を形成してくれ。その槍が届くように俺がオーガの皮膚を剥ぐ」
「で、出来るとは思いますが、五分も大丈夫ですか……?」
イリスの心配そうな顔が俺の顔を覗き込む。俺だって不安だ。でも、今だけはその不安を呑み込め。
「大丈夫だ。…………任したぞ、俺の魔術師」
「……私は貴方の奴隷です。ソラ様が望むなら、私は自分の使命を果たしましょう!」
そして、俺達は再びオーガと対峙する。
「グガァアアアアアアッ!」
「――行くぞ!」
「はい!」