第二十話 『擦り付け』
それではどうぞ!
あの日から三日経ち、俺達はギルドにやって来ていた。イリスもこの空気に慣れてきたと思う。
実際、今もイリスのファンとなった暑苦しい冒険者達がイリスに声を掛けている。
それも当然と言えるだろう。イリスは既にフードを被っていないため、その美しい容姿が晒され全ての者を魅了していた。いや、全てとは言い過ぎか。冒険者の中にも未だに認めていない者もいるしな。
「おっ、カンザキ。羨ましいな、可愛い女の子を連れて」
「羨ましくてもこれっぽっちもピンクの空気はありませんよ」
俺は茶化して言うアランさんに肩を竦めてみせる。その前ではイリスが呼び掛けている冒険者達に手を振って笑顔で応えていた。アイドルかよ。
「良かったな、イリスちゃんも殆どの人に認められるようになって」
「ええ。最初はどうなるかと不安でしたけどね」
そう、最初は大変だった。元貴族の人間が嫌悪を露にしてイリスを罵倒したり、傲慢な冒険者が俺からイリスを奪い取ろうとしたこともあった。
その時もアランさんが止めてくれたお陰で、なんとかその場は納まった。今もイリスの事を狙っている者もいるが、人気者となったこのギルドでそんな馬鹿なことは起こさないだろう。
「後はお前があの娘を護れる位の力をつけるこった。――ほら、イリスちゃんがお前を呼んでるぞ。早く行ってやれ」
アランさんが俺の髪をワシャワシャと掻き乱し、依頼掲示板の前で手を振っているイリスを顎で示した。
「ソラ様! こっちですよ!」
「ああ! 今行くよ! ……それじゃあアランさん。失礼しますね」
「おう! また次の鍛練の時な」
俺はアランさんに一礼してからイリスの下へ向かう。イリスは俺が近付くと判りやすく頬を緩めた。
「ソラ様、今日はどんな依頼を受けるんですか?」
「んー、そうだな。大発生中の『サンドワーム』を軽く討伐しよう。その後は疲れが溜まってるし、休日としてゆっくりとしようかな」
最近の依頼はイリスのお陰で楽な戦いになっている。受ける依頼も選べる余裕も出来た程だ。今日はイリスのご褒美として簡単な依頼の達成後に飯でも食いに行こうと思う。
その意図を告げると嬉しそうな顔でイリスは了承した。よし、決まりだ。
早速掲示板からサンドワーム討伐の依頼書を取り、ティオさんの所に持っていく。
「これでお願いします」
「判りました。はぁ……良いですねイリスさんは。こんな優しいご主人様が居て」
依頼書を受注すると、ティオさんがイリスを見て恨みがましそうに呟く。
その言葉でイリスは嬉しそうに微笑んだ。
「はい! 優しい方です!」
「はいはい、惚気とか要らないですよ。私も実はカンザキさんの事狙っていたんだけどな」
「えっ、マジで!?」
惚気とかの意味は判らなかったが、ティオさんが俺の事を狙っていた? 冗談じゃなくて本当だったら、是非付き合いたいで――いや、なんでイリスは無表情で見てくるんですか?
イリスはそんな俺を冷たく一瞥し、ティオさんの方に向き返る。
「ソラ様の事はいいですから、私達は早速依頼に行ってきますね」
「いや、そんなに急がなくても……」
「良いんです! 早く行きますよ!」
「お、おい……! ちょっと待てって!」
イリスは俺の腕を引っ張りながらギルドの出口まで引き摺っていく。最初の頃のおどおどした感じが無くなったのは嬉しいことだが、ちょっと変わりすぎだろ。
ティオさんは俺達に向かって「いってらっしゃい」と手を振った。その笑顔になんとも癒される。
その癒しを最後に、俺はギルドから出た。
「――狙っているのは本当ですよ」
◇
俺達が『ハリー草原』の外れにある荒野にやって来てから約三時間が経っていた。
そして現在、サンドワームと相対している。サンドワームは直径三メートル程の芋虫のような見た目をしている。だが、糸の代わりに砂を吐き出すという変な生物だ。サンドワームの上位種だと砂の中に潜れるものもいるみたいだが、こいつはそんなことが出来ないため比較的に狩りやすい。
「らァッ!」
突進してきたサンドワームの攻撃を回避し、その横っ腹に掌底を叩き込む。その衝撃で口から青色っぽい液体を吐き出した。
直ぐさまサンドワームは身体を捻り俺の身体を踏み潰そうとする。
それをイリスが放った『火矢』により阻止し、その隙に俺はサンドワームから離れる。
「大丈夫ですか、ソラ様!」
「大丈夫だ!」
イリスの心配に応える。そろそろイリスも魔力が少なくなってきているだろう。サンドワームが体勢を立て直すまでに一気に行く!
俺は『六花“貫”』を放ち、サンドワームの顔に近いところを貫いた。その痛みにより、甲高い鳴き声を上げる。
その身体から刀を抜き、振り上げて一閃しようとするが、痛みを誤魔化すように身体を捩るサンドワームに潰されそうになったため背後にジャンプする。
「こいつ……しぶといな」
「キュアアァァァァ!」
サンドワームが顔を俺に向ける。口がモゴモゴと動いている。ヤバイ……『息吹』だ!
「キュロォオオオオォッ!」
「ソラ様! ――『土壁』!」
俺に吹き掛けられた砂嵐のように激しい『息吹』。それをイリスの『土壁』が俺の前に発動し、防いでくれる。
「危ねぇ……、ありがとうイリス!」
「当然です!」
体内の砂を全て出しきり、突進しか出来ないサンドワームが方向転換してイリスの方へ向かう。
だが、心配はしていない。
「行ったぞ!」
「はい! ――『渦昇風』!」
イリスの中級風魔法である『渦昇風』がサンドワームの進行方向に発生し、それに巻き込まれたサンドワームは空高く舞い上がる。
大体七メートル程高く上がっただろう。俺はその落下点まで走り、躱すことの出来ないサンドワームの下へジャンプする。
「終わりだ。『二重奏“弧月”』!」
『RWO』の剣術スキルである『二重奏“弧月”』は二連続で回転斬りをする技だ。相手の脇を通り過ぎる時に有効で、素早い動きが特徴となる。
只、二回転する程の体幹の強さと技術が必要になるため、DEXの高い今だからこそ出来る技だ。
俺の斬撃はサンドワームを三等分にし、そのまま落下する。俺はドシンと砂埃を立てて落下したピクピクと動くサンドワームの身体をクッションにして地上に降り立った。
直ぐさまイリスが俺の下へ駆け寄ってくる。
「見事でした!」
「いや、イリスの方こそあのタイミングでの『土壁』と『渦昇風』は凄く助かった。やっぱりソロと比べるとイリスが居てくれると戦闘が大分楽になるな」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
このサンドワームで今日は七体目だ。この魔物は一体銀貨五枚で討伐報酬が貰えるので、確実に三万は手に入れたな。
サンドワームの証拠部位である触角を切り取りインベントリに突っ込む。
別に売れないところは無いが、インベントリの容量の事とそこまで高くない事から全部は持っていかない。この近くにいるオークとかが処理してくれるだろう。
俺達は街に戻ろうとすると何かの荒い息遣い。そして声が聞こえる。
「なんだ?」
その音の発信源に向きを変えると遠くからローブを被り、顔が見えない人間が走っている。
只、その人間だけでは無い。
「あ、あれは……『オーガ』……!」
Dランク討伐指定とされているオーガは、とても凶暴で今の俺では敵わない相手だ。低ランク冒険者が命を落とす大半はこのオーガとも言われている。
その人間を追い掛けるように棍棒を持ったオーガとその後ろからオークが二体いる。その人間が真っ直ぐ此方に近付いてくる。
何故あのローブの人間は此方に来るんだ? 助けを呼ぶような声も出さないし。
その疑問が浮かぶが、一瞬にしてその理由としての可能性が頭を駆け巡った。
「まさか……!」
「ソラ様……?」
その意図に気付かないイリスが俺に疑問を問い掛けるが、応えられない。
俺は刀を抜いて構えた。
「な、何をしているんですか? 早く逃げないと!」
「逃げれるかよ……! アレは『擦り付け』だ!」
『擦り付け』とはゲームで使われる言葉で、プレイヤーがモンスターを引き連れて、別のプレイヤーに擦り付ける。有名な言い方ではMPKと言われるものだ。
だがアレは恨みを持ったりしている人間が復讐の為にするのが多い。俺達は別にそんなことをしたつもりはないんだが。
案の定、ローブの人間はある程度引き付けたら魔法で小さな穴を造ってその中に入り、オーガ達をやり過ごしてその場から走り去った。
そして興奮状態のオーガ達は俺達を標的にして駆けてくる。
「戦う、しかないな……!」
「ソラ様……来ます!」
――死闘が、始まる……!
次話の更新は一旦休止しようと思います。
と言っても長いわけではありません。直ぐです。ここでは長いので活動報告にでも理由を載せたいと思いますので、読んでください。