第十九話 『再び武器屋』
明日からテスト……無理です。ずっと小説書いてました。
それではどうぞ!
「オッサン、邪魔するぞ」
「お、お邪魔します……」
俺達は『ヴィリムの武器屋』にやって来ていた。俺はこの二週間ですっかり慣れた扉を無造作に開き、その後ろをイリスが慣れない様子で入ってくる。
流石に布の服だけで魔物と戦わせるのは無理だ。俺はこの二週間で三十万ゴルの貯金があるから、結構いい防具や弓が買えると思う。
「おう、坊主。……その後ろの別嬪さんは誰だ? 首輪って事は買っちまったのか。遂に坊主にも春が来たんだな?」
オッサンは俺に手を挙げて応答すると、その後ろにいるイリスに気付いた。イリスはこの時フードを被っていないため、ハーフエルフと判った上での対応だろう。……もしかしたら知らないかもしれないが。
「いや、その……私はっ……」
オッサンの言葉にイリスは頬を赤らめて戸惑っている。
「春なんて来たことねぇよ。訳あって俺の奴隷になっているイリスだ。詳しいことは面倒いから聞くな」
「ちっ、判ったよ。ていうことは今日の予定は武器の整備じゃなくてその嬢ちゃんの装備品か?」
「まあな」
俺はこの店を初めて訪れた日から一度も新しい武器や防具を新調していない。というよりもこのオッサンの腕が良いのか、少しの整備だけでいいのだ。
俺が久し振りに買うからか、少し微笑んでいる。まあ、この店は繁盛しないからな。
「嬢ちゃんはエルフっていうことは弓と魔導杖が必要か?」
「は、はい。出来るならそれが良いです。……宜しいでしょうか?」
イリスは俺の顔を見て承認を取ろうしている。勿論そのつもりだったので頷いて了承した。
エルフは森で生きる種族のためか視力や聴力などの五感が鋭い。その特性を生かした弓での狩りが得意である種族だ。更には精霊と会話出来るほどの魔力との親和性とその量により、魔法の威力が上がるとされる魔導杖が必要だ。
つまり、後衛をする上で弓と魔導杖は必須と言えるだろう。
「ならこの弓はどうだ? 【エルメリクス大陸】の弾性があり、しなやかで丈夫な『ホルミ樹』を使って作った弓だ。そこの坊主の稼ぎから考えて、他の物を買うならこれが一番丁度良いと思うんだが」
渡された弓の弦を引いて確かめる。イリスも元は狩人として弓を使ってきたのだろう。じっくりと品定めをして満足そうに笑顔を向けてきた。
「良い弓です。これにします」
「そうか! それは良かったぜッ。じゃあ、次は杖だな」
「この後の防具の方が大事だから、出来るだけ良いのを買えるように予算は調節してくれ」
俺は魔法も使えるから今のところそこまで後衛に強化は必要ない。それよりもイリスが怪我をしないように良い防具は買っておきたかった。
「判ったよ。坊主は心配性だな。嬢ちゃん、愛されてるぞ」
「は、……はい」
「ちょっ、変なこと言わないで!? 防具の方が大事なのは基本だろうが!」
オッサンの意味深な視線にイリスは照れてしまった。今日初めて会って俺の事を知らないから否定が難しいだろうが、肯定せずに何かしら言って欲しかった。
「魔導杖は今持ってるのだとこれぐらいしか薦めるやつは無いな。『魔結晶』も良いやつを使っているから、武器としては良い筈だ」
イリスが渡されたものはしっかりとした木で作られたであろう柄と、その上には紫色に光る『魔結晶』が載っている。
俺は腕だけは良いこの店しか行く気がないし、そのオッサンが薦めるなら当然買いだ。
「後は防具だが、俺はローブが良いと思う」
「なんでローブなんだ?」
「ローブには魔法使いの為の魔方陣や素材が使われている。それを着ると魔力の回復量が上がったり、耐魔に強い等様々だな」
確かに後衛にそれほどしっかりとした防具は要らないだろう。パーティを組んでいるなら攻撃を受けることは魔法ぐらいだ。それよりも補佐的な能力が必要となる。
「じゃあ、それで。イリスも良いか?」
「はい……。でも、良いんですか? ローブはとても高価だと言います。それを奴隷なんかに与えるなんて……」
「だから、気にするな。お前が力をつければ最終的には俺の力になる。期待している報酬だと思ってくれ」
決して甘やかすつもりはない。『期待している』と少しだけ圧力をかけた。これで役に立てないのなら捨てられるかもという危機感を抱かせる。
そうすれば技術の向上にもなるだろう。勿論捨てるつもりはないぞ?
「まあ、頑張れってこった。坊主の為にもな」
「はい! ソラ様に救われた身ですので、私は恩を返さないといけません。いいえ、返したいんです!」
……ここまでストレートに言われるとなんとも照れるな。ていうかオッサン、俺達をそんな慈愛に満ちた目で見ないで下さい。
「肝心のローブだが、ミスリル糸で編んだローブが良いだろう。ミスリルは魔力の伝導性が高いし、斬撃にも耐えれるほどに優れているから、高くはなるがこれを買った方がいい。それぐらいじゃないとお前は安心出来ないだろ?」
「ミ、ミスリルなんてそんな――」
「――買おう」
「ソラ様!?」
イリスが何か言っているが無視だ。可愛い女の子への保護欲は大事。それが俺の事を思ってくれている娘なら尚更だ。
「即決だな……。高いが金は有るのか?」
「俺だって伊達に討伐依頼ばかり受けている訳じゃないんだ。予算は金貨三枚分あるぞ」
「坊主も稼ぐようになったな。それなら三つとも買えるぜ」
稼ぐようになったって言われてもまだEランクの冒険者だ。わざわざアランさんみたいなBランクの冒険者に鍛えてもらっているのにこれぐらいできないとアランさんに悪い。
それでもアランさんの稼ぎは一日に金貨二,三枚程らしい。全然金の量が違う。だからなのかよく鍛練の後は食事に連れて行ってくれる。凄く高くて旨いからそれがとても楽しみになっている。
……なんの話してたっけ? まあいいや。
「金は弓で三万。魔導杖で七万とローブで十六万だ。矢は百本で二万だが、買うか?」
「頼む」
「毎度あり!」
俺はインベントリから二十八万ゴルを出してオッサンに渡した。これで金は残り大銀貨二枚しかないが、イリスが明日から冒険者として俺とパーティを組む。今までソロじゃ倒せなかった魔物も倒せるようになるだろう。金は直ぐに稼げるようになると思う。
「じゃあオッサン。また宜しくな。」
「ありがとうございました!」
「おう、これからもご贔屓にな!」
オッサンの声を背後に聞きながら、俺達は『宿り木の満腹亭』に向かった。
◇
俺の頭に振り下ろされるフライパンを咄嗟に避ける。
そのフライパンの主であるドリーさんは顔を怒りで真っ赤に染めていた。
「カンザキ! アンタ、奴隷なんて買って……! アンタはそう言う事をしない誠実な男だと思っていたのに!」
「ちょっ、違いますって! 話を聞いてください!」
ドリーさんは俺の言葉を聞かずにフライパンを振り回し、俺はそれを避け続ける。
俺の近くいるイリスがおろおろと俺達を見ている。そして遠くからその宿屋に泊まって食事中である冒険者達がその光景を見て盛り上がっている。おいおい。見てないで止めてくれよ……!
その後旦那さんがドリーさんを落ち着かせることに成功し、話を聞いてもらってなんとか切り抜けることが出来た。
寧ろドリーさんに褒められ、何故か部屋をダブルにされそうになったが、ツインで場を納めた。まあ、ダブルと言われたときのイリスの顔を見れただけでも良かったとしよう。
そして俺達は飯を食った後部屋に戻ってきていた。
「どうだった、イリス。俺とやっていけそうか?」
それが俺の気になっていることだった。イリスは親元を離れ、慣れない人間の側で冒険者になるんだ。もしイリスが嫌なら少し時間を置いてもいいと俺は考えていた。
「まだ不安ですが皆さん良い人ですし、ソラ様もいらっしゃるので大丈夫だと思います」
「貴族の奴等は駄目だと思うけどな。セーラは特別だ」
思えば奴隷契約をした時に居たあの個室も、他の騎士達に見られないようにするためのセーラの配慮だったのだろう。俺は本当にこの世界で良い人達に恵まれている気がする。
「そうかもしれません……。ですが、私は楽しいんです」
「楽しい?」
「私は里では嫌われていましたので肩身の狭い思いをしてきました。親しくしてくれるのは両親位のもので、ですからこんなに温かくしてくれる方々に出会えて嬉しいんです。明日もこんな日が続くと思うと楽しくて仕方ありません」
イリスは本当に幸せそうに笑った。
彼女にとって今日という日はどんな日になったのだろう。奴隷になって俺を恨んでいるんじゃないかと思ったりしていたが、少し俺の肩の荷が下りた。イリスは少なくとも今日は良い日になったと思ってくれている。
「私、頑張りますね。ソラ様のお力になれるように」
「ああ。……そろそろ寝よう。イリスも疲れているだろう? 明日は宜しく頼むな」
「はい。おやすみなさい、ソラ様」
俺は自分のベッドに入ると、直ぐに睡魔が襲ってきた。隣ではイリスもベッドに入ったようだ。ごそごそと聞こえる。
俺はベッドの中で小さく『おやすみ』と呟き、目を瞑った。
――その日は久し振りに夢を見ないほどに熟睡することが出来た。
◇
深夜の宿屋のとある一室。静まり返ったその部屋で、か細い声が聞こえていた。
「……お父さん、お母さん……。会いたいよぉ……」
その声はここには居ない、里にいる両親に向かって呟いていた。無意識の内に心の安らぎを求めている。
目を瞑った少女の目からは、一筋の涙が流れているのを、隣の少年は気付くことが出来なかった。
明日は18時に更新となります。