第十七話 『奴隷契約』
そんなに文字は多くないですが……。どうぞ
俺はエミル姉妹と捕まえた盗賊達を馬車に乗せて街に戻ってきていた。
俺はこれから【白薔薇騎士団】の騎士院に盗賊達を連れて行くため、ここでエミル姉妹とはお別れだ。
「カンザキさん……私と妹を救っていただいてありがとうございました……!」
「ありがとうねっ、お兄ちゃん!」
エミル姉は何故か少し顔を赤くしてお辞儀した。泣いてんのかな?
エミルは俺の手を取ってぶんぶんと上下に振っている。可愛ぇ。
「だから良いって言ったろ? ほらっ、お前らの両親も心配してるかもしれないんだから早く帰れ」
エミル姉は俺と同い年ぐらいだとは思うんだが、何となく年下の子って感じがする。なんて言うんだろう。精神年齢というか、纏っている感じが幼い。女性に対しては失礼だとは思うけど。
「確かに……あの人ならもう知っているかもしれません」
お前の親って何なの? 情報屋なの?
「今度からは少し疑うことを覚えろよ、エミル姉」
「エミル姉じゃありません! エミリアという名前があるんです!」
そうなのか? まあ、どちらでもいいんだが。
「まあ、何でもいいよ。俺は騎士院に行くから、兎に角、今日の事を忘れたら駄目だぞ」
今日の事を反省しないと、またこんなことが起こるかもしれない。今回みたいに助けが来るとは限らないんだから。
俺のその言葉にエミル姉はジト目になる。無視だ無視。
「……判りましたよ。……あのエルフの方を任せました」
「……ああ、何とかするさ」
エルフの少女は全く話さない。馬車に乗っている時もエミルが話し掛けたが反応は鈍かった。
これから騎士院に行ってそれを相談に行こうと思っている。あの娘の今後がどうなるかは俺には判らない。
「それではまた」
「じゃあね、お兄ちゃん!」
「おう、またな」
なんかまた早い内に会いそうな気がする。気のせいかな。
◇
エミル姉妹と別れ、エルフの少女と盗賊達を連れて【白薔薇騎士団】の騎士院に来ていた。
騎士団は街の秩序、安全を守るため様々な相談事や厄介事を解決してくれる。だが、殆どの騎士が名家生まれの者が多く、態度は傲慢だ。冒険者という職業が野蛮なものに見えているのだろう。俺に嘲笑的な視線を向ける者も居る。
だから俺は今回の件もセーラに頼んだ。アイツはそういうことは気にしないからな。
そして、俺はエルフの少女を連れてセーラと共に小さな個室で話をしていた。
「ふむ、盗賊団か……。最近この街では失踪者が増えていたのだ。お手柄だぞ、ソラ」
「お手柄って素直には喜べないな。実質、その失踪者は殺されたか奴隷として売り飛ばされて戻っては来ないんだし。俺がちゃんとアイツらのアジトを突き止めていたら……」
俺が連れてきた盗賊達はどうやら下っ端のようらしく、ボスの名や幹部達のアジトさえ知らないみたいだ。あの逃げた奴は幹部達に近い位置だったらしいが。
セーラは感謝しているようだ。これからのことも考えたらそうなんだろうけど、被害者の事を考えると喜べない。生憎、そんな図太い神経は俺には持ち合わしていない。
「だが、まだ無事だった者もいる。そこのエルフの少女だってそなたが救わなければ過酷な人生を歩んでいたのだ。そう自分を卑下するな」
「……あぁ、そうだな。悪かった」
「ふふっ、まあいいさ。寧ろそこまで考えていることに私は驚いているが。それよりも彼女の事だ」
そう言ってセーラはフードを被っているエルフの少女に視線を向けた。その視線を受けてか、少女はビクッと怯えてセーラを見ている。
この少女は馬車の方でも最初は俺に怯えの視線を向けていた。優しく話し掛けてやると、少しずつ慣れたのか小さいながらも俺に返事を返していた。それなのにそれ以上の恐怖をセーラに抱いているようだ。
「心配はない。私はそなたを傷付ける気はないからな」
「…………ほ、本当……ですか……?」
少女は怪訝そうな顔をしてセーラを見つめたが、頷いたのを見て少し緊張が解れたようにホッと息を吐いた。
えーと……。
「どういうことだ?」
なんで傷付ける付けないの話になるのかが判らない。エルフっていうのは神聖な種族として人間族が敬意の対象として見る存在じゃないのか?
「ソラ、彼女は只のエルフじゃない。ハーフエルフなんだ」
「ハーフ、エルフ?」
――ハーフエルフ。つまりエルフと他種族の混血。
「すまないが、フードを取って貰えるか?」
セーラは少女にフードを取らせる。
彼女がフードを取るとそこにはキラキラと光る銀髪。その髪の間からは尖ったように少し長い耳が覗かしている。肌は白く、髪と合わさって現実味の無い美しさを表していた。瞳は大きい。薄い碧色の瞳がまるでサファイアのようだ。勿論その容姿は、美しい。
「彼女がエルフでない理由はその耳と瞳の色にある」
「耳と、瞳?」
「そうだ。彼女は一般的なエルフよりも耳が短いんだ。これは混血のエルフの特徴の一つでもある。そしてもう一つ。彼女の瞳は碧色だろう? エルフは全員が翡翠色をしているんだ。彼女がずっとフードを被っていたのはその特徴を隠すためだ」
エルフの少女はフードを被り直し俯く。そんなにも見せたくないのか……。
正直、勿体無いと思う。容姿はかなりの物だ。ハーフエルフという肩書きさえなければ、人気者に成れただろうに。
「ハーフエルフという存在は、誇り高き貴族やエルフ達にとっては穢らわしいと思われている存在だ。私はそんな事に一々拘りなんて無いが、この騎士団は貴族の令嬢が多く居る。だから私はそなたと彼女を個別にこの部屋に呼んだのだ」
「そう言うことか……」
「あの奴隷商人は判っていなかったみたいだがな。こういうハーフエルフの知識は貴族や文学に手を付けている者にしか判らない。正式な商人じゃなかったから仕方ないんだろうが」
この世界でも差別みたいなものがあるのか。フードをやたら気にしているのはもしかしたら過去にそう言う経験があったからかもしれないな。
「その子は解放できないのか?」
俺は少女に付けられた首輪を指し示した。
「無理だ。まだ主従契約はしていないが、奴隷としての契約魔法を掛けられている。強力な光魔法を使える者じゃないと解くことは出来ないであろう」
「じゃあ、どうするんだよ。このまま奴隷として過ごさせるのか?」
「うむ! そこで本題だ!」
セーラはその質問を待っていたかのように身を乗り出した。その勢いに思わず俺と少女はビクッと反応する。
「――ソラ、そなたがこの娘の主人となれ」
「はあ!?」
「…………!?」
セーラの発言に俺と少女は椅子からこぼれ落ちそうになった。
ちょ、ちょっと待て! 主人!?
「何言ってんだよ! その娘を奴隷として扱うなんてそんなのあんまりだろ!?」
「これは仕方がないんだ。私達騎士団では勿論無理だ。だからと言って保護しないわけにはいかないし、奴隷として売るのも駄目だ。そこで奴隷にも優しく信頼出来るお前しか居ないと私は考えた」
「だからって……! お前は良いのか?」
俺は視線を少女の方に向ける。これは俺やセーラが決める事じゃない。俺的にはこの美少女と一緒に居たい下心がある。ハーフとはいえ憧れのエルフなら、是非に主人になりたい。
だが、彼女にも人権はある。奴隷扱いをするつもりはない。
彼女は急なことに狼狽えていたが、やがて小さな声で、
「……私は故郷には帰れません。かといって貴族の方に虐待されるのも嫌です。……貴方は優しい人だと思います……。貴方が良ければ私を奴隷にしてくれませんか……?」
そう言った少女の顔は悲痛の色に塗り潰されていた。嫌だったのだろう。苦渋の決断だった筈だ。なのに自分の身を守るためにそれを選ぶしかなかったんだ。
「……判った。契約をしよう」
「ありがとう、ございます……!」
彼女は眼に涙を溜めながらも微笑んで頭を下げた。その姿に思わず目を逸らしてしまう。
「そうか、ありがとう。では奴隷契約をする。そなた達の血をこれに垂らしてくれ」
俺とハーフエルフの少女は渡されたナイフで指先を切り、血を皿に落とした。血は混ざりあい、それをセーラが契約魔法を唱えていた。
奴隷契約は混ざりあった血を奴隷の首輪に塗り付けることで完了となる。これを見る少女はボーッとしていた。
……そう言えば。
「なあ、これから主人と奴隷の関係になるんだ。だったら自己紹介しよう」
俺はずっと“彼女”としか言っていない。お互いに名前を知らない者同士だ。
「俺はソラ・カンザキだ。Eランク冒険者をやっている。一緒にパーティを組むと思うから、そん時は宜しくな」
「は、はい。――私はイリスと言います。宜しくお願いします、ご主人様……」
「いや、別にご主人様って言わなくても良いさ。俺はお前を奴隷扱いなんてするつもりはない。ソラって呼んでくれ」
「判りました、ソラ様……!」
(別に様付けじゃなくてもいいんだが、まあいいか)
「それじゃあ、塗るぞ」
セーラがヘラみたいなもので血をイリスの首輪に塗り付ける。首輪は赤い光を発し、血は首輪に吸い込まれるように消えていった。
――これで俺とイリスは主人と奴隷の関係になった。
次話の更新は明日の18時になります。