第十話 『冒険者始動』
それではどうぞ!
翌朝、気怠い疲労感と共に目を覚ました。外では雀が鳴いている。これが朝チュンってやつか。虚しいけど。
今日から冒険者家業が始まる。ギルドに行く前にヴィリムのオッサンの所で外套を受け取りにいかないと。
階段を降りて食堂へ向かう。食堂の扉を開けた瞬間に酒の匂いが広がった。思わず顔を顰めてしまう。
「ん? カンザキかい、おはよう。今すぐ料理作るからね」
疲れの様子が見られないドリーさんが厨房から出てきた。これが働く女の実力か……。昨日の冒険者達よりもよっぽど立派に見えるのはドリーさんが凄いのか、あるいは冒険者がだらしないのかのどちらかだろう。俺は前者を望みます。
「おはようございます、ドリーさん。それにしてもこの部屋は凄いですね。お酒の匂いがちょっと……」
「なに言ってるんだい! カンザキも冒険者になったんだからこれが普通になるんだよ。慣れなきゃダメさ。そんな小さいこと気にしていたら女にモテないよ」
ドリーさんは笑うが、俺は笑えない。これは彼女いない歴=年齢の俺に対する当て付けじゃないだろうか。歪な笑顔で返して涙は見せなかった。……部屋に戻ってから存分にね。
「今日から冒険者として活動するんだってね? 頑張りなよ。冒険者は甘くないし危険も多いんだからね」
「ありがとうございます。肝に命じておきますよ。――うわっ。今日のご飯も美味しそうですね!」
「それは嬉しいね。お金が貯まったらこの宿を利用しなよ」
実際にこれからもこの宿を利用しようと考えてはいた。ドリーさんは優しいし、何より人見知りするのが嫌だしね。
今日の朝食も中々豪華で、本当に赤字にならないのか心配になってきた。美味しく頂いたけど。
さて、オッサンの所に行こうとするか……。
オッサンの武器屋は何時も空いている。繁盛してないんだろうか? 一応ギルドでも紹介する位だから悪くはないと思うんだけどなぁ。悪いとしたらオッサンの人格だ。そうに違いない。
「……何か失礼なこと考えてないか?」
「いや、オッサンの人格は酷いなぁと思ってただけだぞ?」
「ハッキリ言うんじゃねぇ! せめて言葉を濁せ!」
陰でネチネチ言うよりも本人に言った方が良いと思うんだ。それの方が罪悪感も減るし、オッサンにとっても良いだろう。俺は言って欲しくはないけどね! ガラスのハートだからさ!
「チッ。相変わらず生意気なガキだ。まあ、嫌いじゃ無いがな」
そう言って笑って許してくれた。寛大な心を持っているオッサンに感し痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!
「許すつもりはねぇからな? もう言うんじゃねぇぞ」
「解った! 解ったから、アイアンクローはやめて!」
こめかみから手を離す。見た目の筋肉は伊達じゃないということか。
その内筋肉○スターとかしそうで怖い。そんなことされたら俺死んじゃう。
オッサンは涙目の俺を見て満足したのか、店の奥に入り黒っぽい色の服を持ってきた。
「ほれ、これがお望みの品だ。色々と手を加えたから革鎧並みの耐久性は備わっていると思うぞ。ボロボロになったら直してやるから持ってこい。グレーフウルフよりも良い素材が手に入ったらまた新しい外套を造ってやるよ。勿論金は取るがな」
グレーフウルフの外套は長袖で、裾が膝近くまでの長い。色は鞣した時よりも光沢を帯びている。そして不似合いにもフードが備わっているスタイルだ。
早速着てみると肩幅辺りがとても馴染んでいる。ぴったりだ。
「それは打撃には強いんだがな、魔法や刃物による斬撃には弱いから注意しろよ」
「それって殆ど効果は無いじゃないか……」
「バカ言うな。ミスリル糸で造った鎧とかじゃねぇと斬撃とかには対抗出来ねぇよ。お前が金を払ってくれるなら造ってやらねぇこともないが?」
「……しゅ、出世払いとかは?」
「あるわけねえだろクソ坊主」
金のことは一切妥協しないのがヴィリムクオリティ。この事が店をギリギリ潰れない秘訣なのかもしれないな。いつかは潰れるだろうけど。
「まっ、これで坊主も今日から冒険者だ。気楽に頑張れよ」
「ありがとう、オッサン! 金が貯まったらまたここで装備品を買うから宜しくな!」
「期待しねぇで待ってるよ」
ツンデレというのは治らないみたいだ。オッサンがやると気持ち悪いだけなのにな。
◇
オッサン特製の外套と籠手、刀と小剣を装備して冒険者スタイルになった俺はギルドの扉を開ける。
音を立てて開けたせいか皆が俺に注目をして不審そうな顔をする。そりゃまあ、黒っぽい長い外套を着て目元まで隠れるほどのフードを被っていたらそんな顔もするだろう。端から見たら確実に不審者だ。確かに髪については何も言われなさそうだけど、別の意味で注目を浴びていたら本末転倒だと思うんだ。ヴィリムのオッサンは悪くないけど。
扉から入って右側にある掲示板には採取・討伐・護衛など、 様々な依頼書が貼られている。 掲示板はF~Dランクの依頼書が貼られている【銅・掲示板】。C~Aランクの依頼書が貼られている【銀・掲示板】。そしてSランクの依頼書が貼られている【金・掲示板】の三種類に別れている。
勿論俺はFランク冒険者なので【銅・掲示板】の依頼を見る。別にEランクの依頼を受けてもいいけど、初めてだし過信は良くないから先ずはFランクの依頼からだ。
やはり初心者向けの為か採取依頼が多い。採取依頼は危険性は低いが報酬が安く、所持金0の俺には金が多く貰える討伐依頼が好ましい。というか死活問題だ。
依頼にはゴブリンやグレーフウルフ討伐もあったが、あれは群れで行動するからパーティーを組んでいない俺にとっては厳しいだろう。それに一体を討伐したときの報酬も安いからこの二つは却下だ。
この二つ以外の依頼を探していると唯一の討伐依頼が見つかった。
◇◇----------------------------◇◇
【ホーンズボアの討伐】
依頼者:ギルド
依頼内容
『ハリー草原』に生息するホーンズボアを討伐せよ。
証拠部位として角を入手。
報酬:一体につき銀貨一枚
◇◇----------------------------◇◇
【ホーンズボア】って……猪に角が生えてんのかよ。ユニコーンの幻想を壊す魔物だな。あれ、ユニコーンって聖獣だっけ?
そんなことはともかく悪くない依頼だ。突進さえ気を付ければいいだけだし。角に突き刺さったら洒落にならないけど、唯の猪だったらこの前倒したばっかりだ。不意打ちだったが。
取り敢えず依頼書を取り、受付をしているティオさんに持っていく。何故か俺を見てキョロキョロと落ち着かない様子で涙目になっていたが、俺が近づくにつれてハッとしたような顔をして逆に不貞腐れた様子になった。解せぬ。
「ちょっと、カンザキさん! ビックリしたじゃないですか! てっきり変な人が私を襲おうとしているんじゃないかとドキドキしました!」
「変な人って……。そんな大袈裟な――」
「大袈裟じゃありません! 最近は顔を隠して通り魔紛いの事をしている人が居るんですから、フードで顔を隠している人がカンザキさんだって気付くまで怖かったんです!」
成る程。だからギルドに入った時に他の冒険者達が不審な視線を浴びせてきたのか。やっぱりこのフードは逆の意味で目立つな。
「それは申し訳ないです。だけど、もし俺が通り魔だったら危険なんですから、そう簡単に信用したら駄目ですよ」
「し、心配してくれてありがとうございます。ですけど本当の通り魔だったらこんな忠告なんてしないと思いますよ」
ティオさんは頬を少し意地の悪い笑みを浮かべる。反論の出来ない俺を見て、してやったりと思っているのだろう。
「と、兎に角! 依頼の受理をお願いしますよ! 今は1文無しなんですから!」
「ふふっ、解りました。えっと……えっ!? ホーンズボアを討伐するんですか!? 今日が初めてなんですから、先ずは採取依頼で馴れた方が良いんじゃないですか?」
「いえ、ご心配なく。昨日持っていたグレーフウルフの素材は俺が討伐したものですから、多少腕に自信はありますよ。流石に過信しているわけではありませんけどね」
「それなら良いんですが……。ですけど気を付けてくださいね。もしカンザキさんに何かあったら、責任が私に――いえっ! 何でもありませんよ!」
あっヤバイって顔をして言い直したけど、全部聞こえてる。下心? が満載だ。
それじゃ、ティオさんの為にも程々に頑張るとしようか。
「気を付けますよ」
「解れば良いんです、解れば。――はい、受理しました。その依頼は制限がないので、今日討伐出来ない場合、明日以降でも大丈夫です。それと討伐目標を何体倒しても、その分の報酬を用意しておくのでその点はご安心ください」
「解りました。沢山狩ってきますのでよろしくお願いしますね」
「はい、頑張ってくださいね。報酬は多く用意しておきますけど、無理はしないようにしてください」
美少女の声援を受けたお陰で何体でも狩れる気がする。『RWO』の時は仮想の美少女達に声援を受けたりはしていたけど、やっぱりリアルは素晴らしい。
もしかしたらあの笑顔は営業スマイルかもしれないが……。そう思うと一気に萎えてきた。考えないようにして、さっさと依頼を完遂するか。
俺は溜め息を吐きながら、ホーンズボアを討伐するため『ハリー草原』に向かった。
やっと十話目です。これもみなさんのお陰なので有難うございます。
そして今日気付いたのですが、第一章は三十話近くまで行きそうです。
肝心の【空中迷宮】がまだ先のようですが、この一章はその内出てくるハーフエルフさんの回だと思ってください! お願い致します。
次話は明日の18時に更新します。