プロローグ 『遠い日の約束』
『ねぇ。あなたは私のこと、好き?』
まるで夢だ。
心地よい、そんな夢。
太陽も沈みかけの夕焼けが美しい空。何処かの城のテラスに、光に照らされている少女の姿がある。
いや、少女だけではない。少女に向かい合うように少年もそこに立っていた。
年はどちらも十を越した程でしかないだろう。
少年は少女の言葉に照れているのか、顔を少女から背けて困惑しているように見える。少女の方も頬を染めて恥ずかしがっているが、少年から視線を外さない。
その光景はまるで映画のワンシーンのようで、夕焼けが妙に少女達を映えさせていた。
少年と少女の間には暫く沈黙が続く。一瞬のようで、それはとても長い時間。ただ、その時間は無意味ではないのだ。
すると少年は覚悟を決めたのか、少女の方に向き返る。
少年は顔を赤くしていた頬を一瞬の内に治め、口を開いた。
『もちろん。僕は君の事が好きだよ』
少年が万感の想いで応えると、少女は宝石のような瞳を潤ませて笑顔を浮かべた。
それと同時に、少女はまるで答えが分かっていたかの様に驚いた様子はない。
当然のように……だが、それはとても大切な――愛のメッセージ。
少女は長い金髪を伸ばしている。容姿はとても美しく、瞳はルビーのような赤い眼をしている。服は高値であろう白いドレスを着ていて、その美貌との相乗効果を生んでいた。
対して少年は黒い髪を靡かせ、瞳は黒い。容姿は可愛らしいとは言えるが、どこか貫禄のある容貌をしている。
着ている服は皮の鎧だろうか、使い込まれているように見える。
『そうよね。ごめんね、変なこと聞いて』
謝らなくていい。
言葉の代わりに、少年は少女の髪を撫でた。
撫でると少女は頬を赤らめ、まるで小動物のような上目遣いで少年を見つめる。
『……ありがとう』
少女は礼を述べる。
その姿を見て少年の頬は自然に緩み、少女を優しく抱き寄せた。
その様子だけでも少女らが信頼し合っているのが分かる。互いの温もりを、光を逃がさないかのように。
それが、どれだけ難しいことか、判っているのだろうか。
『じゃあね、約束して欲しいの』
『約束?』
少女の言葉に、少年は首を傾げた。傾げた頭が抱き締めている少女の頭にぶつかり、少女は微笑む。
『私はずっとあなたを想って待ってる。だから、あなたは私を迎えに来て』
『待ってるってどういうこと?』
なんの脈絡のない約束。なんて身勝手な約束なのだろう。
その言葉の真意が分からない少年も、当然の如く疑問を抱いた。
でも、少女はそれに応える気配はない。少女と少年の間には沈黙が漂う。
その沈黙を破るように、少女はただ――――
『――お願い……』
――――ただ、懇願した。
少女はまるで独りぼっちだ。独りぼっちで脆くて、誰かが守ってあげないと直ぐにでも壊れてしまいそうなぐらい。
少女には少年が必要だ。少年がいるだけで少女は笑う事が出来る。隣に少年がいれば。
そうすれば、彼女は――――
『うん。分かったよ』
何が判ったのだろうか。いや、判っていないことだらけだが、彼女の懇願に応えないといけないと少年は感覚で判っていた。
そんな少年の言葉に少女は瞳を潤ませ、堪えきれなくなった涙が頬を流れた。
ぐじゃぐじゃな顔。少女は涙を流しながら『ありがとう』と繰り返し呟いた。
泣いている少女の背中を少年は優しくさすり、落ち着かせようとする。
そんな少女の呟きは、そのうち『ごめんなさい』と謝罪に代わっていた。
誰に謝っているのか判らない。だから、少年は少女の背中を擦ることしか出来なかった。
しばらくして少女が落ち着いたのを確認した後、少年は少女を抱き留めるのを止めた。
その代わり、少年は少女の両肩に手を置き、瞳を見つめて先程の言葉の続きを紡ぐ。
『約束するよ』
これは永遠の誓い。
どれだけの時間が経っても。
もし世界が変わったとしても。
例え、この命が尽きたとしても。
『――――君を迎えに行く』
少年は少女を抱き締める。
だから、知らない。
少女はどんな表情をしていたのか。
知るはずも、ない。
――――悲しみ泣いているその表情を、誰も見ることは出来なかった。