1.プロローグ
今生きる国とは違う、大国。
前世、彼女はそこにいた。
彼女の記憶にある世界は狭く、暮らした邸から夜会が催される会場、そしてその往復が主であった。
実際、彼女のいた世界が小さな世界だった、ということではない。
しかし、行動が限られていた彼女の世界は狭かった。そういうことだ。
覚えている光景は、あまりに眩しく。燭台に灯された小さな炎が照らし出す世界は、いつだって華々しかった。
――忘れはしない。
決して忘れることのない記憶。
細かな模様の刻まれた象牙色の壁、大理石の床には紅の絨毯が敷かれ、集まる男女は洗練された魅力を放つ。誰もが背景になることはなく、自分が主役だと主張するようだった。
その中で、彼女は疎外感を味わう。
外の世界をあまり知らない彼女は、自分は脇役で野暮ったく、この場に不相応だと思ったのだ。
生温い空気に息が詰まるのを感じ、ついに彼女はテラスへと逃げるようにして足早に向かう。
涼やかな微風が会場の熱気でのぼせそうだった彼女の体温を下げる。共に、心も幾分落ち着き、小さく笑む。
そうして、夜の暗闇に包まれた庭園で。
――彼女は、出逢うのだ。
「――今宵、君と出逢えた奇跡に」
そう言って、青い薔薇を差し出した青年に。
――彼女は、知るのだ。
身を焦がすような、命をも懸けるほどの、最愛を。
――彼女は、恋に落ちるのだ。
己を滅ぼすことになる、その、きっかけと……。