翼はそこにある
「本当はね、車も船も飛行機も、バイクや自転車だって、そんなもの必要ないんだよ」
彼はそう言った。言っていることが分からない。
「あんなのは、いたずらに時間を使うだけなんだよ。時間の節約、とか言ってる人がそんなものを使っているなんて、間抜けも間抜け、大間抜けだよね。ね、そう思うだろ?」
私に同意を求めて来る。言っていることが分からない。
「それに、地球は大切にしましょうって言ってるやさしい人たちも、あんなの使わなければいいのに。あれこそが環境を壊しているのに。どうしてあんなの使っているんだろう?」
私に問いかけて来る。言っていることが分からない。
「本当は人は、空を飛べるのにね」
「空を・・・飛ぶ?」
「やっと声を出してくれたね。返事をしてくれる人に会うのはいつ以来だろう。無視され続けるのは寂しかったよ」
彼は微笑んだ。続きが気になる。
「そうだよ。僕たちはただ勘違いをしているだけで、勝手にそうと決め付けているだけで、本当の本当は空を飛べるんだ」
彼は微笑んだ。続きを聞かせて。
「もともと、僕たちは空を飛んでいた。例えば夢の中で、例えば心の中で、例えば頭の中で。でも人は、いつからか飛ばなくなる。常識と言う錘で飛べなくなる、現実という空想で飛べなくなる。空想を現実と思い込んで、現実を空想と思い込んで、空を飛ぶことをやめてしまったんだ」
彼はため息をついた。続きが気になる。
「だから、空を飛ぶには、現実を受け入れる心、本物を見る目が必要なんだ」
「私にも・・・それはあるの?」
「あるさ、君だけじゃない、誰にだってあるんだ。ただ見ようとしないだけで。だた隠そうとしているだけで」
彼は微笑む。私にも飛べるの?
「誰にだって飛ぶ可能性はある。飛びたいと思えば、飛べると思えば」
彼は微笑む。私も飛びたい!
「僕はこれから遠くまで飛んでいくつもりだけど、君はどうする?」
彼は尋ねてくる。私も飛びたい!
「私も、私も飛びたい!」
「よかった、君は現実を見ることができたんだね。君の背中、僕の背中を見てごらん。今の君には何が見える?」
背中、そこには翼がある。今まで気づいていなかった、見て見ぬふりをしていた、見えていなかった。でも、今は見える。翼が見える!
「じゃあ行こうか。空に」
彼は私の手を引いた。そして、翼が、私を、空へ連れて行く。
風が吹いている。地上では感じられなかった、冷たいけど暖かい、厳しいけど優しい、そんな風が吹いている。
地上ではなかったものが空にはある。空想の中で生きていたときには感じられなかったことが、現実では感じられる。気持ちがいい。
「初めてにしては上手だよ。君はもともと飛びたかったんだろうね」
飛びたかった。私は飛びたかった。あの時もあの時もあの時も飛びたいと願っていた。でも飛べないと思っていた。
「最初はみんなそう。僕もそうだった」
彼は微笑んでいる。空を飛べて楽しい。
「空を飛べるようになった君は、今度は誰かに教えてあげなければいけない。本当のことを伝えてあげなければいけない。空を飛べることを思い出させてあげなければいけない。君ならもう、できるよね?」
彼は問いかけてきた。私は微笑んでうなずいた。
「ありがとう、君とはまたあえる。近い未来だったら、君にももう見えるだろう。空を飛ぶのはただの始まりで、本当はもっとたくさんの錘をいろんなところにつけられているんだ。時間はかかるけど、一つ一つ、現実と向き合えあえば、空想にだまされなければ、いろんな可能性が、可能にかわるよ」
彼はそう言った。私は微笑んだ。
「初心者の君に先輩として言えることは一つ。ありえないんじゃない、ありえるかもでもない、ありえるんだ!」
ありえる。あれもこれもありえる。
( )
「ん? おお、もうテレパシーが使えるようになったんだ。これで携帯いらずだね。それじゃあ、六日後にまた会おう」




