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探索者  作者: バナナカリウム
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プロローグ

よろしくお願いします。





 「おばさん、ぼかぁねぇ、このトマトはもう少しマケてもいいと思うんだよね。見てよこの顔みたいな形。愛嬌があって可愛いけど、食べるときに申し訳なくなっちゃうんじゃないかなぁ、なんてさ」


 昼時の市場は昼食を摂る人々と売り声をあげる商人の活気で満ちていた。

 木箱に並んだ真っ赤なトマトを指し示しながら、いつもの柔らかい調子で笑っている長髪のエルフの少年、エルムは店主を相手に値切りを行っていた。


 「なまいってんじゃないよ、エルム!うちのはいつでも形も味も一等品さ。マケようとしたって無駄だよ」

 「いやあ、なはは。今日もだめだったか」


 店主の返答にエルムはゆったりと肩をすくめ、銅貨を渡し、トマトを一つ受け取るとそのまま丸かじりした。

 口いっぱいに広がる酸味と甘み。店主の言うとおり、この店の野菜はいつも一級品だ。


 「ああ、そうだ。いつもの薬草ある?あの指みたいな名前の、えーと…あーあ、ここんとこ忘れっぽくて世話ないね」

 「夜露日草ね。少し待ってな、すぐに持ってくるから」


 ふと思い出したようなエルムの言葉に、店主は慣れた様子で木箱の奥から薬草の束を取り出した。


 「ほらよ、エルム。それにしても最近薬草ばっかり買ってるじゃないか。どこか悪いんじゃないのかい?」


 店主は薬草の束を渡すと少し声を潜め、心配そうにエルムの顔を覗き込んだ。


 「数ヶ月前までずっと魔物の討伐依頼に出かけてたのに、ギルドにも顔を出していないそうじゃない?」

 「あはは、最近はちょっと忙しくてね、冒険者稼業はしばらくお休みなんだ」


 エルムはトマトを飲み込むと屈託なく笑い、店主の視線から逃れるようにして受け取った薬草の束を丁寧に布で包み、代金を支払う。

 そのあからさまな誤魔化し方に、店主は小さく嘆息した。

 エルムが自分のことについて喋りたがらないのは今に始まったことではない。


 「あんたがそう言うんだったらもう聞かないけどね、無理はするんじゃないよ」

 「うん、ありがとね。じゃあその言葉に甘えて今日は家でゆっくり休ませてもらおうかな」


 呆れた様子の店主に別れを告げると、エルムは颯爽と店を離れ、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら大通りを進んでいく。





 だが、彼が向かったのは自分の家ではなく、坂の上の診療所だった。


 コンコン、とドアを叩いて中に入ると、そこにはすっかり顔馴染みになった医師、アレンがひどく暗い顔で机に向かっていた。

 机の上には、医療ギルドの刻印がおされた冷たく光る分厚い羊皮紙が広げられている。


 「やあ。ポーションに必要な薬草、あそこのおばさんのところで買わせてもらったよ。これでまたポーション作ってくれないかな」

 「エルムさん!わざわざ貴方が薬草を買う必要はありません。お体に障りますよ!」

 「大丈夫大丈夫、元気ピンピンさっ!だからそんなに心配しなくていいよ」


 「今日は気分がいいんだ」と言いながらエルムは慣れた様子で診療所の椅子に腰掛け、ずっしりとした羊皮紙を見ながらあっけらかんとした声で言った。


 「で、あと何ヶ月だったっけ?」

 「っ、……11ヶ月ほどかと」

 「そっかぁ…」


 エルムはぼんやりと返事をしながら小さく息を吐いた。


 「魔法の使用を極力抑えれば、あと1年は延ばせるはずです」

 「ああ、うん。わかったよ、ありがとう」


 エルムは自身の震える指を優しくおさえ、返答する。


 『魔鎖崩落症』

 幼少期の限度を超えた魔法の使用により、魔力回路に異常が発生し、他の臓器を蝕む病。


 それが今彼を蝕んでいる病だ。


 たとえどんな高名な治癒魔導士が何度呪文を唱えようが、どれほど高価な薬草を煎じようが、彼の内側で静かに巣食うその病を止めることはできない。


 エルムがその病を知ったは二月ほど前、その時にはすでに手遅れだった。


 このままいけばあと1年ほどで、彼の命の灯火は完全に消える。

 それが羊皮紙に予言された残酷な事実だった。


 「あなたは……怖くないんですか?」


 いくらか他愛のない雑談の後、

 絞り出すように放たれたアレンの問いに、エルムは「まさか」と笑って、椅子からひらりと飛び降りた。


 「これでも君の2倍くらいの年月は生きてるんだぜ?十分楽しんださ、悔いはないよ」

 「でもあなたは長命種でしょう?まだ子供だ」


 アレンは悲痛な面持ちでエルムを見つめる。


 「年下に子供扱いされるなんて心外だなぁ」


 なれない憐憫にさらされたエルムはポリポリと頭をかくと、朗らかな笑みを浮かべる。

 その後は軽く診察を受けたあと、精製されたいくつかのポーションを受け取り、代金を支払うとそのまま診療所のドアへと歩き出した。


 「じゃあね、ポーションがなくなったらまた来るよ」

 「くれぐれも無理はしないでくださいね?薬草はコチラで仕入れますから」


 アレンの言葉に「分かったよー」ひらひらと手を振って診療所を出る。


 パタリ、と静かにドアが閉まり、賑やかな街の雑踏の中をゆっくりと歩きながら帰路につく。


 道には家路につく子どもたちや、仕事を終えて酒場へ向かう職人たちの陽気な笑い声が響いていた。

 エルムはそんな背後から聞こえる喧騒を振り切るように、自然と歩調を早める。

 

 やがて月が出始め、人目のつかない自宅に入り鍵を閉めたその瞬間だった。


 エルムは、自分の上着のポケットに突っ込んだ右手を、ぎゅっと、壊れそうなほど強く握りしめた。


 爪が手のひらに跡が残るほどに食い込み、鋭い痛みが走る。

 その指先は、まるで痙攣しているように、静かに、小刻みに揺れていた。


「……怖いよ、あたりまえじゃないか…!」


 それはとても小さな呟き。

 「悔いはない」と笑った彼の瞳の奥には、底の知れない不安と、死への怯えが確かに張り付いていた。


 深く考えてしまえば、その瞬間に足元から広がる恐怖に自分が完全に呑み込まれてしまうだろう。

 だから今日も彼は、憔悴と怯えが浮かんだ表情の上にへらへらとした笑みの仮面をつけて、その重い影から逃れるように軽い足取りで歩き続けるのだ。


 自分がいつか、この世界から消えてしまうその日まで




 「…ああ、駄目だ駄目だ!とんでもなくマイナス思考になってる!」


 エルムはひどく憂鬱な思考へと陥っていた自分を自戒すると手の震えを抑え、パチン、と頬を叩く。


 「今日は少し疲れてるんだ、休まないと」


 気分を切り替えるように独りごちて、読書をしようと本棚へ向かう。

 ここ最近エルムは毎日のように書物を読み漁っていた。

 それは、もしかしたら自分の病に対する治療法が書かれているかもしれないという期待感と、

 そうでなくとも本のなかに描かれたきらびやかな物語がどうしようもない現実に向き合う力を与えてくれることからの行動だった。


 本棚に並んだ背表紙を指先でなぞりながら、今夜のお供を探していたところ、エルムの目にふと一冊の本が飛び込んできた。

 それは、幼少期のころに親から読み聞かせてもらっていたかつての勇者の旅を元に描かれた絵本だった。


 (こんなところにしまっていたのか!)


 ずいぶん前に失くしたと思っていたが、どうやら本棚の隅っこにひっそり隠れていたらしい。


 すっかり擦り切れた様子の表紙になつかしさを感じたエルムはその本を今夜のお供にするとベッドに持ち込み、読み始める。

 

 夜が深まるにつれ、ロウソクの火に照らされた文章と、挿絵に描かれた美しい景色が彼に幼少期時代を思い出させる。


 (いっつも読み聞かせをせがむもんだから母さん困ってたっけ?)

 

 そんなことを思いながら読み進めている途中、とあるページで手が止まった。


 そこには拙いタッチで「東の果て」の情景が描かれていた。はるか東方で起こるとされる転移現象、それによって流れ着くとされている異世界の遺物。

 

 そして……あらゆる理不尽な病や傷を癒やすという、黄金色に輝く奇跡の液体『エリクサー』の挿絵。


 かつての自分はそこまで真剣に聞いていなかったであろう話。

 だが、この世界のあらゆる医術も治癒魔法も通用しないと知った今、この「世界の外側」を描いたこの絵本だけが、エルムの前に残された唯一の救いに思えてならなかった。


「万病を治す、奇跡の薬ねぇ……」


 本のページを愛おしそうに指先でなぞりながら、エルムは小さく呟いた。

 普通の人間ならこんな根拠のない夢物語に命を懸けたりはしないだろう。

 けれど、確定した『死』をただベッドの上で待つくらいなら、このおとぎ話の向こう側へ駆けていく方がずっと自分らしい。


 いつの間にかエルムの口元には不敵で、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。

 彼は本をそっと閉じると、それを枕元ではなく、旅用の背負い袋の奥深くへと仕舞い込んだ。


 (いつも心配かけてごめんね、アレンくん。でも、じっとしているのは性に合わないんだ。)


 そう心の中で謝罪すると、これからの旅路を想いながら少年は穏やかな眠りにつくのだった。



 



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